017 帰ったらゆっくり休んでね
ミナモの町を救った英雄、蒼炎の騎士の挨拶が終わったのち、私たちは人混みから脱した。
レインは倒してしまったアイスネークの魔石を眺めながら、どうしたものかと考え込んでいるようだった。
「会って話ができたら一番良いのですが……」
「蒼炎の騎士って人と?」
「はい」
もし会って話ができたとしても、信じてもらえるのだろうか。
レインは私と視線を合わせると、首を横に振りため息をついた。
「もしアイスネークを倒したと知られたら、ぼくもミナモの町を救った英雄となってしまいます」
「それは……いいの?」
「だめでしょうね」
レインは魔王軍四天王だから、英雄として称えられている場合ではない。
それに、ぽっと出の冒険者がボスを倒しただなんて、いろんな疑いの目が向けられるに違いない。英雄が実は魔王軍四天王。そんなの、ミナモの町としても好ましくないだろう。
「名の知れた冒険者など、ボスアイスネークを倒したとしてもおかしくない人物……」
そう呟くと、レインははっと顔を上げた。
「そういえば、勇者は見つかりましたか?」
『ん? ああ……』
もしかして、うたた寝していたのだろうか。魔王コスモの声は眠たそうだった。
『勇者はね、人混みから外れて一人でいるよ。組長を渡すなら今がチャンス……』
そう言うと、コスモは大あくびをかました。
私とレインはそんなコスモの様子に顔を見合わせる。魔王がこんなので大丈夫だろうか。
「それで、勇者はどこですか?」
コスモからの返事がない。
レインは周りを確かめ、迷惑にならない程度の声量でコスモを呼ぶ。
「コスモ様?」
やはり返事はない。これはもしや、本格的に寝始めたのでは。自由奔放な魔王のリミッターであるカオスも側にいないようだし、こちらから起こすのは難しそうだ。
コスモの様子に、組長までもが呆れていた。
足音が聞こえ、私は振り返る。足を少し引きずるようにして、何者かがこちらへ近づいてきていた。自信なさげなその足音は、私の耳が覚えているそれと同じだった。
私はレインの肩を叩いて知らせる。
「私の勘違いかもだけど、たぶん近くに勇者がいるよ」
レインは、私に待っているよう手で指示すると、狭い道を進んで様子を窺った。曲がり角を覗くと振り返り、人差し指に手を当てた。
「いました。組長を渡してきます」
レインが小声でそう言うと、組長が「行ってきます」と手を挙げる。私はそれを掴んでぷにぷにした。
へにゃりと表情を緩めた組長は可愛い。勇者の魔物嫌いも、これで克服できることだろう。
「行ってらっしゃい」
私が小声でそう言うと、組長は目をキリッとさせた。
レインは黒いローブのフードを被って顔を隠すと、勇者のほうへ向かう。
私はプニカメの親子と共に、そっとレインと勇者の様子を窺った。
声は聞こえてくる距離だろう。それなのに、レインの声も勇者の声も聞こえてこない。たしかに、どちらも声量は小さいが、この距離で聞こえないなんてことはないはずだ。
長く感じた沈黙をうち破ったのは、レインに抱えられた組長だった。レインの腕から抜け出そうと手をパタパタさせ、勇者を見つめた。
レインはその様子にハッとし、組長を勇者に渡す。否、押し付けた、のほうが正しいだろう。
「きっと、この子が旅の助けになるでしょう」
よし、言えた。私は音が出ないようにしてレインに拍手を送った。
「えっ……と、あなたは……?」
絞り出すように問いかけた勇者。レインよりこっちのほうが人見知りだということを、私はすっかり忘れていた。
レインは何かを取り出すと、勇者の手の上に乗せる。
「これって……」
勇者が目を見開いてそれを眺めている隙に、レインはこちらへ戻ってきた。勇者の視界から完全に外れてから、レインはフードを脱ぐ。彼は深くため息をつき、その場に座り込んだ。
「お疲れ様」
私も顔を引っ込めて、勇者に見つからないようにした。
きっと、勇者は消えた謎の人物を探して、きょろきょろと辺りを見回しているだろう。
「ところで、勇者に何を渡したの?」
「ボスアイスネークの魔石です」
私は瞬きを数回して、聞き間違えかと思いもう一度尋ねる。
「え、何を渡したって?」
「ボスアイスネークの魔石です」
答えは同じ。
「そ、それって、つまり……」
「はい。ボスを倒したという功績を、勇者に押し付けました」
名案だとでもいうように(無表情のせいで本当にそう思っているのかはわからない)言い切ったレイン。
私はさっきまで勇者がいた場所を見てみる。もう彼はそこにいなかった。
「あの人がボスアイスネークを倒しただなんて、無理があるでしょ……」
「シエルさん、よく考えてみてください」
レインは私を見つめた。その様子がどこぞの魔王と似ているためか、嫌な予感がする。
「彼は勇者ですよ? 彼のことをよく知らない人からしたら、勇者がボスを倒したと聞いても不自然には思いません」
「まあ、それはそうだけど……」
もしかすると、レインは、蒼炎の騎士が倒すはずだったボスアイスネークを倒してしまい、動揺しているのかもしれない。だから、功績を勇者に押し付けるだなんて考えに至ってしまったのかも。
やってもいないことで英雄に祭り上げられてしまったら……勇者は人々の視線に耐えられるのだろうか。
「うーん……不安しかない」
レインはばつが悪そうに右へ視線を逸らした。