013 ど、ど、どうしましょう
「あれ……組長さんは?」
レインに抱えられていたはずの組長の姿が忽然と消えていた。
私とレインは辺りを見回し、目立つ色のプニカメを探した。しゃがんで人々の足元を見てみたが、組長の姿はない。
「ど、ど、どうしましょう」
焦った声でそう言い、私を見るレイン。彼の表情は、それでも無表情のままだ。そこまで焦っているようには見えないが、せわしなく行ったり来たりして組長を探しているあたり、相当焦っているようだった。
『え、組長がいなくなったの?』
脳に直接響いてくる通信魔法が気にならないほど、私は組長のことが心配だった。
「あの、えっと、その……」
「レインくん、落ち着いて。組長のことだから、きっとすぐ戻ってくるよ」
過呼吸気味になっているレインの背中をさする。
「でも、今日は人が多いですし、もしかしたら戻ってこられないかもしれません。この町には冒険者もいますから、怪我をする可能性も……」
いろんな心配ごとが頭をよぎり、レインはその場に座り込んだ。
組長も心配だが、まずはレインを落ち着かせないと探しに行くこともできない。
私はレインに視線を合わせ、彼の両肩を掴んだ。
「大丈夫。組長は頭が良くて方向感覚も良いんだから、組長のこと信じよう」
彼は力なく頷くと、胸に手を当てて深呼吸した。
「そうだ、町中にカンシチョウがいるんだったよね。どこかに映ってませんか?」
ほかの人に余裕がないと、逆に自分は冷静になれるものだ。私は映像を記録できる魔物の存在を思い出し、コスモに尋ねた。
『ちょっと待ってね、探してみる』
カンシチョウがいるならば、きっとすぐに見つけられるはずだ。組長は賢いから、カンシチョウを見つけたら「ここだよ」とアピールしているかもしれない。
それにしても、あの組長が勝手にどこかへ行くだなんて、どうしたのだろう。組長のことだから、きっと何か理由があるはずだ。
『あ、いたよ! 東の方向に向かってる』
レインははっと顔を上げて立ち上がり、道をたどるようにして視線を動かす。
「東、東? どっちですか?」
『今向いてるほうとは逆の向きだよ』
後ろを振り返り、私たちは顔を見合わせて頷き合った。私たちは組長のもとへ駆け出した。
途中でミナモの町の地図が張られていたから少し目を通してみると、どうやら東はレインのダンジョンがある方向らしい。
そこは組長の出身地でもあるから、もしかするとそこへ向かっているのかも知れない。
『ごめん、通り過ぎたかも。戻って』
「ええ……」
不満の声を漏らしながらも、私たちは踵を返し、来た道を戻った。
ダンジョンの懐かしい匂いに誘われているのか、それとも……勇者を見つけた、とか。勇者は最近、ダンジョンの周辺を活動場所としているらしいから、ありえなくもない。
『一旦ストップ!』
コスモの声に、私たちは立ち止まる。
私より一歩遅れてついてきたレインは、手を膝について息を整えている。
「大丈夫?」
「はい……」
大きく息を吐きだした彼は、私をまじまじと見た。
さすがは魔王軍四天王。体力の回復も早いらしい。
「シエルさん、なぜそんなに余裕そうなのですか? かなりの距離を走ってきたと思うのですが」
「まあ、体力には自信あるから……」
体力が化け物並みにある幼馴染、アストに連れられ、村の周辺を探索していたころを思い出す。
アストが足を踏み外して坂を転がって行ったり、アストが魔物にちょっかいをかけて吹き飛ばされたり、そんなことばかりだったため、あまり良い思い出はない。
だが、あのおかげで体力がついたのだと考えれば、少しは良かったのかもしれない。
『違う、東じゃなくて北のほう……いや、ん?』
コスモの曖昧な言葉に私たちは困惑する。
『ごめーん、見失っちゃった』
「は?」
レインの声色と視線が鋭くなった。通信魔法やカンシチョウを通してもそれが伝わったのか、コスモが「ひっ」と声をあげた。
カンシチョウが組長の姿を見失ってしまうのは非常にまずい。組長がどこに向かっているのかもわからないし、映像を見ていたコスモは組長の位置を正確には覚えていないようだった。
『誠に申し訳ございません』
レインに怯えながら、コスモは謝りなおす。やっぱり、魔王の威厳は微塵もない。
怒っていても仕方ないと思ったのか、それとも組長のことを思い出して心配になったのか、レインはため息をついてコスモに尋ねた。
「組長を最後に見たのはどこですか?」
『たぶん、今二人がいる道から左に曲がっていった。プニカメしか通れないような細い道だったよ』
彼は辺りを見回し、組長が通れそうな細い道を探した。けれど、そんな道は無数にあって、どの道に組長が入っていったかなんてわからない。
「二人で手分けして探そうか?」
私が提案すると、レインはじっと私を見つめた。
「逃げる気ですか?」
「違うって。組長さんを早く見つけるためだよ」
まだそのことも不安に思っていたのか。私は視界の隅に映ったカンシチョウに目を留める。
「私にカンシチョウを一匹つけたらどう? そうすれば逃げるなんて不可能でしょ?」
レインは私の視線をたどり、カンシチョウを見つめた。迷っている時間は無駄だと思ったのか、彼はすぐに決断した。
「わかりました。別行動しましょう。魔王様、シエルさんをしっかり見張っておいてください」
『りょうかーい』
信用できない返事に一瞬レインが反応したが、特に何も言わなかった。
「ぼくは向こうのほうを探してきますので、シエルさんはあっちをお願いします」
「わかった。見つけたらコスモさんを通して伝えればいい?」
「ええ、そうしましょう」
組長を早く見つけてあげなければ。一体、どこに行ってしまったのだろう。