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011 安全第一

 レインは組長を両手で持ち上げると、そのぷにぷにボディーを堪能した。組長にじっと視線を合わせ、組長を勇者のもとへ行かせても良いものか、逡巡しているようだった。


 ぷにぷにされている組長は、「勇者のところに行って、レインの役に立つんだ!」という決意がつぶらな瞳に現れていた。


 五年前――私が人質として攫われたのと同時期に、レインと組長は出会った。


 レインが支配するダンジョンに住んでいた組長は、その時、アライダコという魔物に襲われていた。


 アライダコは下級の魔物で、そんなに強くはない。だが、人間が剣を一振りするだけで倒せてしまうようなアライダコも、魔物の中で最弱であるプニカメには強敵だ。


 本来、ダンジョンを支配する魔王軍の四天王は、その生態系に手を出してはいけないのだが、プニカメが襲われている現場を見たレインが何もせずに傍観するわけがなく。


 レインはアライダコを追い払い、襲われていたプニカメを助けた。


 背中に不思議な模様があったことから、そのプニカメを組長と名付け、魔王城で一緒に暮らすことに。


 犯人は「決して、誘拐してきたわけではありません。これは合意の上での……そう、保護です」と供述しており……。


「組長さん、レインくんに助けてもらった時の恩を返したいんだね」


 組長は「そうだ」と言わんばかりに手足をばたつかせた。


 レインはそんな組長をぎゅっと抱きしめる。相変わらず無表情のままだが、嬉しそうなのは伝わってきた。


「わかりました。そこまで言うなら、行ってきてもいいですよ。ただし、危ないと思ったらすぐに連れ戻しますからね」


 組長は「頑張る!」とその短い手を挙げた。どうやら、敬礼のつもりらしい。組長の可愛さに、この場の空気が和んだ。


 さて、と魔王コスモは手を鳴らす。


「組長が安全に使命を全うするためにも、作戦会議をしようか。シエルも手伝って」


 私が頷くと、コスモは満足げに作戦会議を始めた。


 人質に協力させるのはどうかと思う、とか言っていたレインは、やはり何も言ってこない。


 魔王軍の作戦とはいえ、ただ勇者と可愛い魔物を触れ合わせるだけだから、別に人質が関わっていても問題ない……のかな。


「まずは、組長と勇者をどこで出会わせるかだよね。ダンジョン……はそもそも勇者が来ないから無理だね」


「村や町だと、魔物は追い出されるか倒されるかですので、プニカメの生息域で強い魔物がいない場所がよさそうです」


 コスモとレインは仕事モードで話し合いを始めた。さすがは魔王と四天王。切り替えが早い。


 私はというと、急な空気の変わりようについていけず、二人に感心することしかできなかった。


「レインのダンジョン周辺の水辺は? あそこは勇者の目撃情報もたくさんあるし、プニカメがいても不自然じゃない」


「そうですね……ですが、あそこはプニカメが多すぎて、縄張り争いがよく起きます。勇者に出会う前に組長が追い出されてしまったら、元も子もありません」


 邪魔をしてはいけないと思ったのか、レインの膝の上にいた組長が私の膝へ移った。私たちは顔を見合わせたのち、コスモとレインの話に耳を傾けた。


「勇者の故郷の近くにある、小さな洞窟はどうですか? 魔物は少ないですし、勇者も来れそうです」


「お、いいじゃん。シエルはどう思う?」


「えっ? えっと……」


 勇者の故郷、つまり私の故郷でもある村の近くにある洞窟……って、あの薄暗い洞窟のことかな。


「あそこは……たぶん無理だと思うよ」


「なんで?」


「あの洞窟、村では心霊スポットとして有名で。勇者は魔物よりそういうほうがダメだから」


 たしか、あの洞窟に入ると幽霊に閉じ込められる、だとか。今思えば、子供が迷い込んで出られなくなるのを防ぐために流された噂だと思うのだが、当時は私も本気で怖がっていた。


 あの洞窟に行って帰ってきた幼馴染――アストが、転んで血だらけになって帰ってきたということもあって、あの洞窟は勇者のトラウマの一つでもある。


「そっかー。なんなら、もう手渡ししちゃう? 可愛がってくださいねって」


「それは――魔王様、もう面倒くさくなってますね?」


 コスモはふかふかのソファーに体を預け、机の上に置かれたクッキーを頬張っていた。それをミルクで流し込むと、コホンと咳払いをした。


「手渡しが一番いいと思うんだ」


 これはきっと、面倒くさくなったから手渡しの案で押し通す気だ。レインは、そんなコスモが面倒くさいと思っているのか、小さくため息をついた。


「プニカメを託す謎の人物……かっこよくて印象に残るよね」


「そうですね」


 レインの聞いていなさそうな返事は聞こえていないのか、コスモは続ける。


「プニカメは人間界でもペットとして飼われていることがあるから、人が抱えて歩いているなら別に何も不自然じゃないし」


「そうですね」


「しかも、それなら組長が傷つけられることもない」


「そう……え、どうしてですか?」


 コーヒーのカップを手に取り、口に運ぼうとしたところで、レインは手を止めて尋ねた。組長の安全が第一だから、レインは食い入るようにしてコスモを見つめていた。


「謎の人物から託された不思議なプニカメ……さすがに、それをぶった斬る奴はいないでしょ?」


「なるほど……?」


 レインはコーヒーに視線を落とし、口に含んだ。


「でも、たしかに『この子が旅の助けとなるだろう』とか言って渡されれば、倒そうとは思わないよね」


「だら? いい案でしょ?」


 私の膝の上でくつろいでいる組長を見ながら、レインは考え込んだ。

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