出会い
「ねぇ、こわがらなくていいからこっちにおいで」
少女は塀の前でしゃがみ込み壁に向かって話しかけている。
「おかあさん、あのこ、またかべとおはなしてるよ。」
「澪、ああいう人とは関わっちゃだめよ!」
「はーい・・・」
母親が子供の手を引きそそくさと少女を避けるように足早に去って行く。
「またあの子1人で壁に向かって話しかけているわ。あんなに小さい子を1人にして親はなにしてるのかしら。」
「私もあのくらいの歳だった頃にぬいぐるみと話しかけていたわよ。普通じゃない?」
「でもね、あの子の場合、壁よ、壁!絶対に普通じゃないわ・・・」
「確かにそうかもね。この前見かけた時はかなり強い雨が降っているにも関わらず1人で壁と話をしていたしね・・・」
少女は最近引っ越して来たのだが近所でも噂になるくらい、おかしな子供がこの街にやってきたとちょっとした有名人になっていた。遊ぶ友達もまだいないのか1人でいることが多い。
「いいこだから!ねっ。」
やはりそこには壁があるだけでその向こう側にも庭と一軒家があるだけだ。ただし一般人にはそう見えるだけで実は少女にはある特殊能力が備わっていた。でもその能力に気付いていない少女は現実世界と全く区別ができていない。少女の目には祠の隙間の中でひっそりと身を潜める小さな動物が映っていたのだ。1ヶ月近く通い続けた少女に根負けしたのか奥にいた何かはゆっくりと近づいていく。警戒しつつも距離を縮め、しばらく鼻で匂いを嗅いでいたが手を差し伸べるとその何かは驚いたのか突然少女の人差し指に噛みついた。
「ほら、ぜんぜんこわくないでしょ!」
少女は痛みを堪えながらも笑顔で問いかけた。その何かは指に噛みつきしばらく離さなかったが、やがて甘噛みとなり流れる血液を舌で舐め始めた。すると少女の指が突然光りだし、まるで時間が巻き戻されたかのようにみるみると傷口が塞がっていく。その何かは酷く汚れていてゆさゆさと尾を横に振っている。特徴は犬のようだが何処か違っていた。額には何やら不思議な形の痣があり額から鼻にかけて直線的で脚が長く、肉球が細長い。また肩幅が狭く足の位置が犬より後ろにあるそれは狼の子供のようだった。よく見るとその狼の子供は体中に傷があり怪我をしていた。彼女の名前は城崎 芽依♀6歳。霊感の強い少女と額に痣のある狼の子供との最初の出会いであった。