第六話 領地発展しませんっ!?
領地に戻って来て。
私はじっくり考えました。
試練は暫くやらない事にする…と言うか、正しくは試練の1、領地の発展に力を入れようかな、って。
で、考えてみたんですよ。
食にも困ってない。皆平和的に過ごしている。
……何発展させたら良いと思うー…?
現代日本に比べると発展はしてないと思うんだけどさー。かと言ってこの世界にそんな急な発展が必要かと思うと、…要らない気がするんだよねー。
どうしようかなー…石畳の道をセメントにでもしてみようかなー?とか思ってもみたんだけど。
セメントの作り方、どうだったかなー…。記憶を辿ってもまーったく思い出せない。
正直、前世の学校で習わなかった事以外で詳しい事と言えば、野菜の育て方とか後は家畜の育て方、くらいだし。
そう言えば、前回私が一般的な食事に喜んだ所為か、最近では私にアゲット達が店で何か買ってきたりしてくれるようになった。
フルーツとか美味しいのが多くて。野菜も本当美味しいのが多いし…困った。本当に発展出来るようなことがない。
そもそもこの世界で今足りないものって何なの?
「お嬢様~。今日は今領地で流行りのお菓子を買って来ましたよ~」
「わーいっ!」
考えてた事や目の前にあった試練の書をポイッして両手を上げて喜ぶ。
「今日のおやつはなぁに?」
わくわくと期待を込めて訊ねると、アゲットはにっこり微笑んで。
「今日は焼き菓子です」
「焼き菓子っ」
「今紅茶をお淹れしますね」
アゲットがテーブルの上にある試練の書を私の変わりに片づけてくれて、サッと拭いてくれるとそこに紙袋を置いた。
待ちきれずにそっとその紙袋を開けると、マフィンが入っていた。
うあああぁぁ…美味しそうぅぅ…。
涎が出そうなのをぐっと堪えて、アゲットの紅茶を待つ。
「お待たせ致しました」
そう言って出された紅茶とお皿に置かれたマフィン。
ジッと視線をアゲットに向けるとニッコリと頷いてくれる。
やったっ!
「いただきますっ!」
マフィンを包んでいる紙をとって一口齧る。
「おいしぃぃぃっ」
「良かった。店主にもそうお伝えしておきます」
こくこくと必死に頷いて、私はマフィン攻略に集中する。
一個食べ終えて、アゲットの淹れてくれた紅茶を飲んで、一段落。落ち着いた所で、ふと思った事をアゲットに聞いてみた。
「ねぇ、アゲット?」
「どうされました?お嬢様」
「今、領地に足りない物って何かなぁ?」
「足りない物、ですか」
「うん。例えば人が少ない、とか、道の整備が、とか」
「あぁ、成程。そうですねぇ。旦那様も奥様もとても優秀でいらっしゃいますから。領民達も幸せな方ですし」
「うーん、そっかー」
「何故、そのような事を?」
聞かれ私はそっと視線を試練の書に向けるとアゲットは直ぐに察して「あぁ」と頷いてくれた。
「…そうですねぇ…。あっ、ではいっそ旦那様の領地視察について行っては如何ですか?」
「え?」
「実際に領地に出てその目で見て、領民と話して見るとまた何か違うかもしれませんよ」
「それは、確かにっ!流石、アゲットっ!早速父様に相談してみるっ!」
アゲットの名案に乗っかり私は急いで父様の執務室へ突入した。
途中風に飛ばされそうになったとか、気にしないっ!
勢いよく現れた私に父様は驚いていたけれど、理由を話すと父様は快諾してくれた。やったぜっ!
それから数日後。
父様に付いて領地視察にやって参りましたっ!
お忍びするの?と問うと父様は笑って、うちの領地は治安が良いから要らないし、何かあっても私が守るよ、とめっちゃカッコいい事を言ってくれました。
父様ってカッコいいよね…。父様ってカッコいいよねっ!?
大事な事だから二回言ってみたよ。
馬車から降りて、父様は早速近くの店に入って店主と話す。
私の側にはアゲットがいてくれるから、私は私で何か発見がないかと辺りを見渡した。
「果物、野菜…。花も咲いてて…とても綺麗な街だよね」
「お嬢様の御父上様のお力ですよっ」
「ふえっ!?」
驚いて飛び跳ねる様に振り返ると、そこには恰幅の良いおばちゃんがニッカリ笑って立っていた。
「スファレライト様は本当に良い領主様さっ。知っているかい?お嬢様。この領地の一番の自慢は、闇街がない事だ」
「やみまち?」
「国の暗部の事です、お嬢様」
アゲットが教えてくれて私は素直に頷く。
「それは、誇れますねっ。けど、本当にないのかしら?」
「おや?お嬢様は御父上様の行動を疑うんですかい?」
「いいえ?でも、どんな世の中にも暗部って必ずあると思うんです。気付かないだけで、私達が知らないだけで」
私がそう言うと、おばちゃんもアゲットもぽかんとしてこっちを見る。
「そうだね。その通りだよ、フローラ。だからこそ」
「はい、父様。私達は努力が必要、ですよね」
背後から感じた父様の気配と声に私は笑顔で答え振り返る。
すると、父様は何故かふるふると震えて、次の瞬間には私は思い切り抱きしめられていた。
「うちの娘が天才過ぎてっ」
「全くだ。領主様。リヴィローズ領は安心だねっ」
父様に頬擦りされて、互いに頬がないから何か恐怖映像になったんだけど、どうやらこの領の大人達には見慣れた光景らしい。
歩いてすれ違う人達が父様を呼び止めては、明るく話して去って行く。
平和だー。平和過ぎるー。
無理矢理発展させるような事は何も浮かばないんだけどー。
美味しそうな食堂や市場もあるしなー。どうしても意識がそっちの方に行っちゃ…?
「……ん?」
何かあそこの通路。
店と店の間にある詰まれた木箱。何もないように見えるけど…その下にあるのってもしかして、穴?
気になって私は目の前を歩く父様の服を掴んで呼び止めた。
「どうした?フローラ」
「父様。あっち。あそこの通路に穴があります。子供が入れそうな穴です」
私は念の為に父様と楽しそうな内緒話をしているていでコソコソと伝える。
父様もそれを直ぐに察して、視線だけで実は一緒に来て父様の側に控えていたラバスさんに指示を出した。
ラバスさんも頷き、真っ直ぐその通路へ向かい、膝をついて穴を覗き込んだ。
「最近、物が盗まれると報告が上がっていたんだ。微々たるものだから恐らく子供だろうと踏んでいた。姿を隠すのが上手くてね。その子達の隠れ家を発見次第保護しようと思っていたんだが、中々見つけられずにいたんだ。フローラ、助かったよ」
「父様?あんな風に見つかった子達はどうなるのですか?」
「まずは身元調査。それから身寄りがないと判断されたり、事情がある場合は盗んだ分を盗んだ店で労働で返し、そこからは年齢によって学校に行かせたり、孤児院へ預けたり、教会へ向かわせたりと様々だな」
「成程。では今回は子供でしたが、それが大人だった場合は?」
「大人の場合もまずは窃盗の罪を償って貰う。子供と違い盗まずとも働く事が可能で理性もある年齢だからね。暫くは牢に入る事になる。それから、うちか、もしくは斡旋所にて仕事を紹介される」
「でも大人の場合はそれでも悪事を働く場合があります」
「その場合は【裁きの腕輪】をつけられ、再び投獄される。そうなれば完全なる犯罪者だからね」
「そうですね。納得です」
ここまで聞いて私は思ったよ。
ますますやる事がないってねっ!
えー…本当どうしよー…。
父様が領主として完璧すぎて、辛い。
あ、因みに【裁きの腕輪】ってのは、両腕に嵌められる腕輪で、罪を犯す度に電気が走るという結構な代物でございます。
それはそれとして、どうしよー…発展、発展かぁー…。
悩みながら周りを見ていたら。
「えーっ!?今日は一緒にお花畑に行こうって約束したじゃないっ!!」
「仕方ないでしょう?お父さんに急なお仕事が入っちゃんたんだから」
「だってっ、ずっと前から今日行こうね、って約束…」
お母さんと娘さんの会話が耳に飛び込んで来た。
そっかー、お父さんに急な仕事が入って遊びに行けなくなっちゃったかー。
……ん?
そう言えば、全然気にしてなかったけど。
「アゲットアゲット」
「どうされました?お嬢様」
「うちの領地の休日、ってどうなってるの?」
「きゅうじつ、ですか?」
え?何?その反応。
まさか、言葉の意味が解らないとか言わないよね?
「お嬢様。すみません。その【きゅうじつ】とは何でしょう?」
はい、決定ーっ!!
この世界ブラック決定ーーっ!!
「休日がない、ってっ!じゃあ皆何時休んでるのーっ!?」
「え?え?休んでますよ?夜に」
「夜ぅぅぅ~?」
そんなの休みとか言わないからー…。
……作りましょうっ!
国民の休日ならぬ領民の休日を作りましょうっ!!
「発展になるかどうかは解らないけど、せめて皆がゆったりと過ごせる日を作ろうっ!」
私が今やれる事発見したーっ!
父様に言って早速行動開始するんだっ!!
改めてやる事が決まると自分のすべきことが見えてくる。
私は気分新たに父様の領地視察に付いて回った。
翌日私は部屋でラバスさんに用意して貰った書類と向き合っていた。
「お嬢様。これを一体どうなさるのですか?」
ラバスさんが不安気に聞いてくる。大丈夫よ、ラバスさん。悪戯はしないからっ!
「試練の為に必要なの。ちょっと読まさせてね」
「試練の為に?」
言って、ラバスさんとアゲットはそっと私を囲む様に側に立って一緒にその書類を覗き込んだ。
私がラバスさんに用意して貰ったのは、この領内にある職業一覧である。
商店に営業、職業斡旋所、林業、農業、土建、研究……ふむ。
「アゲット。メモ取りたいんだけど、紙とペンを」
「かしこまりました」
すぐに渡された紙とペンを受け取り、前世で言う所の曜日を書いて行く。
この世界の曜日は精、火、水、花、宝、地、空の七つで構成されている。前世でも曜日は七日周期だったからこれは解りやすくて助かった。
だがしかし。
前世ではあった週休二日制(一部企業には失われた産物)があったけれど、この世界にはその概念が無い。
敢えて休みを作らずとも皆休んでるのかな?とか思ってアゲットに聞いてみたけれど。
そうではなく、例えば店だとしたら用事が出来ない限りは毎日店を開けて用事が出来た時に閉めるって形らしい。
それは逆に言えば年中無休な訳です。で更に言えば、基本この世界は誰かを雇うのは貴族とお金持ちだけで、領民は人を雇うという概念がなく、家族経営が主。
前世で農家に産まれた私は家族経営の辛さが良く解る。良く解るからこそ!
「休みは大事っ!」
なのである。とは言え、実際休むに休めない職業があるってのも解るんだよね~。
それこそ農家は収穫の時期とかがあるし…。
無理矢理休みを作るのも、何か違う気がするし…。
曜日を決めて休ませるのは無理だから…何かこう皆が休める口実を作ってあげるのが良いかな?
休み、休みかー…。
休みって一口に言っても、肉体的な休みと精神的な休みとあるよね。
ストレス発散…。この世界の人達はストレスを発散させる為にどんな事してるんだろう?
「アゲット、ラバスさん。二人はこう…鬱屈とか鬱憤が溜まったらどうやって発散してるの?」
唐突の質問に二人が私の頭上で顔を見合わせた。息ピッタリね。
「アゲットは良く疲れた時はショッピングだーって外に出てるよな?」
「そう言うラバスは精神的に疲れた時は良く甘えてくるわよね」
「ちょっ、それをお嬢様の前で言わないでくれっ」
………ほう?
私全然気付かなかったけど、二人共できてたんか。
顔には出さずに確認する意味も込めて両隣を交互に見ると。
「……アゲットは妻です」
「あ、出来てる所かもう一緒になってるのね。知らなかったわ」
「お嬢様。一体何処でそんな言葉を…」
何かアゲットが言っているけど、それは今は置いといて。
成程。ショッピングとか甘えるとか…やっぱ基本的にはそうなるよねー…。後はストレス発散と言えば体を動かすとか、思いっきりはしゃぐとか?
アミューズメント施設とか作っても良いんだけど、貴族御用達とかになったら嫌だしなぁ。
もっとこう…パレード?カーニバル?っぽい……学校とかでも真似出来て楽しめる様な…体育祭…学園祭…祭事…っ!
「そうだっ!お祭りをしようっ!」
「お嬢様?」
「良いじゃん、お祭りっ!領民一丸となって一つのお祭りを作り上げるっ!そうすれば、お祭りに合わせて無理をしないようにお休みをとらせる事も出来るし、稼ぐことも出来るしっ」
良いじゃん良いじゃんっ!そうしようっ!決定っ!!
そうと決まったら何のお祭りを参考にしようかっ。
クリスマス?でも今は冬じゃないし。今は初夏だしな…初夏のイベント…。
七夕ねっ!!
七夕だったらお願いを領民達に書いて貰って、それを見て次のヒントにする事も出来るっ!!
「私賢いっ!」
「お嬢様?お一人で完結しないで私達に話して下さいませ」
「そうですよ、お嬢様。アゲットも知りたいです」
「うふふ~、あのねっ!」
私は今思い付いた事を説明する為に二人に椅子に座る様に言った。
「実はね?領で暮らして働いている皆にお休みをあげたくて」
「休みっ!?それは領を追放すると言う事ですかっ!?」
「何でぇーっ!?何でそうなるのーっ!?」
「え?え?ですが、領民に暇を与えると言う事ですよね?」
「ちっがーうっ!!領民に体を休ませて貰いたいって事なのっ!」
「体を…?」
「そうだよ。皆ずーっとずーっと働きづめでさ。もう少し体を休めて欲しいと思う訳ですよ。でも、たった今アゲットが証明してくれたように領民は休む事を悪い事だと思っちゃってる。その意識を変えて行きたいなって思ったの」
「お嬢様…」
「でね?そこでお祭りなのっ」
「おまつり?」
「…まさか、お祭りもないとか言わないよね?」
「おまつり、と言うのは?」
「お祭りって言うのは、えっと元々の由来って何だっけ?神様に恵みをくれた事を感謝する日、だっけ?諸説色々ありそうだけど…」
「あぁ、成程。お嬢様が仰られているのは【感謝の儀】の事ですね」
「感謝の儀?」
「感謝の儀とは、国王陛下が主催する、三年に一度行われる女神への祈りの日です。その日は皆神への感謝を外出せずに家で祈りを捧げるのです。とは言え実際は家の中で過ごすだけ、要はお嬢様の言うの所の休日ですね」
おっふ。
休日がちゃんとあった事にはホッとしたけど、まさかの三年に一度だった。しかも、外出禁止。お祭りでもなんでもないじゃんよ。
「もう、皆ちゃんと休もう。遊ぼう。私がちゃんと企画するから」
皆の勤労っぷりに、勤労感謝の日作ってやろうかと考えてしまった自分は悪くないと思う。
お祭りについてちゃんと考えようと改めて私は紙と向かい合う。
さて。お祭りを行うのは決まったとして。
お祭りを行うには、それなりの理由が必要だよね。
理由…理由かぁ。…妥当なのは収穫祭…なんだけど。収穫祭はしたくないんだよね。目的は休ませる事。収穫が終わった後とか一番の山を越えてやーっと休めるって時にイベント起こすのは目的に反してしまう。
別の理由が必要だよね。でも皆が盛り上がれるような…。
…何でもいいんだけどなぁ。何でもいいから何かにかこつけて…。
この世界って、毎年廻るものってないのかな?恒例行事にしたいから、毎年あることに託けたいんだよね。
一応春夏秋冬がある国なので何かしら託ける事ってあると思うんだけど…。
カレンダーとラバスさんが出してくれた書類を見比べて…ん?
「ラバスさん。ここ。どうしてここの時、収益が上がってるの?」
「収益?何故収益など…あ」
「ラバスさん。間違って持ってきちゃったんでしょ?収益帳簿。気を付けなきゃダメだよ?いくら私が領主の子でも悪用する人間は五万といるんだから。それはそれとして、どうしてここ収益上がってるの?」
「申し訳ございません。そちらの収益が上がっているのは、精霊が増える時だからですよ」
「精霊が増える?」
「えぇ。この時期になると精霊は星の川を渡って現れると言われています。その時は何故か様々な収穫が増えるのです」
「へぇ~」
良いじゃん良いじゃん。それ託けるにはうってつけ。
そうと決まったら精霊について調べてみようかな。
やる事が決まって私はアゲットとラバスさんに持って来てくれた資料を閉まって貰うように言って、早速書斎へと向かうのだった。
書斎に到着して、まずは精霊についての本を探す。
この際絵本でも良い。
タイトルに精霊とついている物を一冊手に取り開いてみる。あ、そうそう。毎日試練の書を読んでいたらすこーしだけ筋肉が付いて絵本一冊位は持てるようになりましたっ!ドヤッ!…は一先ず置いといて。
精霊ってどんなの?
と、わくわくして表紙を捲ると、そこに描かれていたのは、白と黒の模様の生き物。私が前世で育てていたもの。
「………牛じゃね?」
ページを捲って話を読み進めてもそこに描かれているのは牛。
「……そう言えば、女神像の側にあったのも牛だったし、属性開示の時も乗せられたのは牛のロデオだったような…。え?この世界の精霊って牛?あー…良く考えて見たらこの世界牛乳ないじゃん。牛肉もない…牛製品一つもないじゃん。ん?でも待って?それこそ開示式の時神官さんから渡されたあれって生キャラメルだったよね?って事はミルクないと作れなくない?」
って事は、…どっかに牛、いるって事だよね?
………じゅる。
おっといけない、涎が。
想像したら、食べたくなった。この世界に転生して久しくお肉なんて食べてない。多分この国にお肉を食べると言う概念がないのではないかと思う。
まぁ、生き物を殺す訳だしね。食べるとは言え殺生になる。この国は優しい国だからそれは出来ないのかもしれない。……とは言え、植物だって命は命だし。殺生せず生きれる生物なんて存在しない訳だし。
感謝を込めて美味しく頂けばいいと思うの。
ただなー、精霊を食べるってどうなの?バレた時やばいよねぇ?
でも牛肉…。ステーキとか丼ものとか…カレー…お菓子だって一杯…うぅぅ…食べたい。
…うん。精霊様を何とかして捕らえて食べようっ!キリッ!
まず精霊様って本当に牛なのか、実体としてあるかどうか調べなきゃね。
と思って色々調べてみたけれど…おかしいな。牛について…精霊様についてなーんにも出て来ない。
これは父様達に直接訪ねてみた方が良いかも知れないな。
思い立ったが吉日。
丁度良くアゲットが夕飯だと呼びに来てくれたので、早速食堂へと向かい父様に聞いてみる事にした。
「精霊のこと?」
「はい。父様の知っている事教えて頂きたいのですが」
「うぅ~ん。正直父様も良く知らないなぁ。精霊や女神の事は教会が管理しているからね」
「教会…。成程。じゃあ教会に行けば教えて貰えるのですね?」
「そうだね」
「では父様。私教会に行きたいです」
「解った。では明日にでもアゲットと一緒に行っておいで」
父様が、娘に甘い。甘すぎる…。
でも有難いので素直に感謝を口にして、私は美味しいご飯を食べた。すっかり牛を求めていた口はカスミでは物足りなかったけれども。涙。
そして翌日。
私はアゲットと二人、教会へと向かいそこで牛肉について……精霊について詳しく聞く事が出来た。
出来た、んだけど…どうにも信仰要素が強い説明で。まぁ、当然ながら食べるなんてあり得ないことが分かった。
本当に駄目なのかなぁ?精霊って言ったってどう見ても牛でしょうよ。…絶対美味しいってー…。
あ、そう言えば生キャラメルってどうやって作ってるの?ってのも一応聞いてみた。
国王様が現属性魔法で作ってるらしい。……何かお疲れ様。陛下。
…んー…。食べたいなぁ、牛ー…。だってさ?牛ってさ?体力増強剤みたいなものじゃない?
それ食べたら私のこの細っこい、むしろ骨な体も少しは丈夫になるかもしれないじゃん?
「お嬢様。私は馬車を呼んでまいりますので、聖堂の方でお待ちになってて下さいませ」
「はーい」
言われた通りに聖堂へ行って、この前座った椅子にもう一度座る。
どうせだからお祈りもしとくか。
座ったままだけどご勘弁ー。お手手を合わせてナームナーム。
(神様、牛食ったらダメですかー?なーんて)
『いいよー?』
(あー、マジですかー。やったぜー…って、はいぃっ!?)
思わず辺りを見回すけれど誰もいない。え?今の声、一体何処から?あの声、間違いなくあれよね?私を間違って殺した上にこんな世界に飛ばした奴の声。
『君の脳内に直接語りかけてます』
(え?キモイからマジ止めて)
『酷いな。これでも君に悪い事したなって思ったから話かけたんだけど?』
(……そうだわ。思い出した。私アンタを殴っても良い位の事されたんだったわ)
グッと拳をきつく握る。
『ちょ、ちょっと落ち着け。だから悪いと思ってこうして来たんだって。困ってる事あるだろうと思って』
(困ってる事しかないんだけど?アンタ神様なんだから私の元の、前世の姿知ってるよね?普通の女よりもハッキリ言ってかなり体格の良い方だったわけよ。それが何が悲しくてこんなほっそりとっ)
『あー、それはまー諦めてとしか』
(許せなーいっ!試練とか面倒な仕組みもあるしっ、前世の記憶も残ってるしっ、何してくれてんのっ!?唯一私の願いが通ってるの平和な世界だって事位じゃないのっ!?)
『あ、あー、うん。平和、平和、だと良かったんだけど』
(あ?ちょっと、それ、どう言う意味)
『あ、あ、あー…っと、そうだっ。今はそんな事よりも、他に聞きたい事があったんじゃないのか?早くしないと君の侍女戻ってくるぞ。教会で君がこうして一人で祈りを捧げないと俺と会話は出来ないからな』
(は?それ早く言いなさいよ。えっと何を聞こっ……ねぇ?この世界の精霊って牛じゃないの?)
『牛だぞ』
(それは私が知ってる、私が育ててきたあの牛?)
『君が前世で必死こいて育てて、美味しく食べていたあの牛だ』
(何か特別な力を持っているとかではなく?)
『勿論この世界に生まれた命だからな。魔力を帯びてる。けどまー、それはこの世界の命全てに共通して言える事だし。基本ただの牛だ』
(えー…じゃあ捕らえて食べても?)
『いいぞ。むしろ捕らえて少しでも減らしていかないと増え過ぎて森も川もヤバい事になるぞ』
(やった!牛っっ!!)
「お嬢様。お待たせしましたっ」
アゲットの声がして、私はハッと顔を上げた。
神様の声は聞こえない。駆け寄ってきたアゲットの足音だけが聞こえる。成程。一人じゃないと会話は出来ない、か。納得。
でも聞きたい事は聞けた。
馬車に乗りこんで、ぼやーっと天井を眺める。
次は、牛乳の……精霊のいる場所へ行ってみよう。
確かラバスさんは星の川を渡ってくるって言ってたよね。
星の川。実際に星の川って場所はあるのかと神官さんに聞いたらおとぎ話だと言われ微笑まれた。
おとぎ話…おとぎ話、ねぇ。
昔からおとぎ話とか伝説って言うのは、実際にあった出来事が何らかの形で変化して語られた話である事が多い。
だから、星の川、って何処かの川の事を言ってるんじゃないのかなぁ。
星、…星と言えば夜だよね。夜の、川…?
あー…もしかして川に水を飲みに来た牛を見て誰かがそう思ったとか?
牛って集団で移動する習性あるしなぁ。……川、か。川…あ、そう言えば家の裏手の森に川で囲まれた森があったなぁ。
あの森って何て名前だっけ?確か…精霊の、森…?
「あーっ!?」
「ひゃっ!?どうされましたお嬢様っ!?」
「アゲットっ、私、精霊の森に行ってみたいっ」
「え?ですがあそこは川に囲まれていて。それに今の時間に行っても何もおりませんよ?」
「え?そうなの?」
「はい。精霊様は夏の夜にしか現れないと言い伝えられておりますので」
「夏の夜しか現れない…?」
あぁ、そっか。夜ね。多分森の中に草原っぽい場所があるんだ。で、普段であればそこで事足りるんだけど、夏場は涼を求めて移動して水辺にまで降りてくるんだね。
「そっかー、納得」
「納得して頂けて何よりです。どちらにせよもう日も暮れますから、行くのは明日以降になりますよ」
そっかー、納得。
アゲットと一緒に大人しく屋敷へ戻り、今日の教会での収穫を離しながら夕食を終え、部屋に戻って就寝。
……なーんて、そんな大人しくする訳ないよねーっ!!
夜に行って夜に戻ってくれば何とかなるなるっ!
森を歩く体力?まぁ、足りないかもしれないけどねっ。
そこは、乗り物に頼りましょうっ!
現魔法を使って、子供一人乗れる小さなバイクを作り上げた。題して子型バイクっ!
風の抵抗も無いように、ピザ屋さんとかの配達に使うようなバイクに仕上げましたっ!
と言う訳で、窓からそっとお外に出まして、バイクに跨りレッツゴーッ!!
現属性の魔法は便利だなー。ただ、精霊力と言う名のカロリー消費をしてしまうから、ゲッソリ度が増すんだけどね。
だがしかしっ!
牛を食べる為ならば、多少の消費は仕方ないのですっ!!
公爵家の裏の森をバイクで駆け抜け、奥へ奥へと進むと大きな川へとぶつかった。
恐らく、こっから向こうが精霊の森、なんだ。
さっ。早速行ってみるぞっ!
「……止めときなよ」
「へ?」
唐突な声に私は回しかけていたアクセルを止めた。
キョロキョロと辺りを見ても誰もいない。
え?今の声誰?もしかして幽霊?だったら怖い……いや、水面に映った私の方が怖いな。
そう頷いていると、暗闇からぼんやりとカンテラの灯りと共にフードを深く被ったローブ姿の男の子?が現れた。
「いくらそっちが精霊の森だと言っても、夜の森は危ない」
「あ、はい。そうですね。危険だと思います。じゃっ」
「えっ!?じゃっ、ってちょっと待ってっ!」
彼は何やら大慌てて走って来て、私の服を掴んだ。
「駄目だって言ってるだろ。危ないって」
「え?あ、はい。聞きました。どなたか存じませんが、ご忠告ありがとうございます。それじゃっ」
しゅばっと手を上げて、敬礼をしつつ、忠告に感謝して。いざっ!!
「いや、だからっ。止めとけってばっ!」
「あ、あのっ、出来れば手を離して頂きたくっ」
「離したら川越える気だろっ。離せるかっ」
「ええーっ!?な、なんでですかっ!?大丈夫ですよっ!!私、強いですしっ!!」
「そんなに細っこくて強い訳ないだろっ!」
「確かにっ!!」
「納得するんだ…」
「でも、行かねばならないのですっ!!精霊に会いに行くのですっ!!」
「精霊に…?馬鹿な。会える訳が」
「会えますっ!!」
「何を根拠に…」
「牛の生態なら嫌って程知ってますからっ!!いざっ!!」
「いざって…あぁ、もうっ!見てみぬふり出来る訳ないだろっ。俺も連れてけっ!!」
言って彼は私の後ろに跨りぴったりとくっついて来た。
まぁ、二人乗り出来なくもないけどね。私、細いし。
……ここまで心配してくれてる訳だし…悪い人じゃなさそうだしね。いっか。
それにこれ以上時間消費出来ないし。
結果。
「レッツゴーッ!!」
バイクを走らせて、川の一番浅い所を走り抜けた。船作る必要あるかな?って思ったけど大丈夫そうだ。
「すごいな…、こんな乗り物初めてみた…」
何か彼が呟いているけれど、とりあえず聞こえない事にしてガンガン森を進んで行く。
そうして辿り着いた精霊の森の中央。
そこには案の定草原が広がっており、多数の牛がいた。……ちょっと多くね?
「凄い…こんなに、精霊がいるなんて…」
「さて、と。どうしようかな?どの牛から食べよう」
「えっ!?お、おいっ。ウシ、と言うのが何かは解らないけれど、もしかして精霊を食べるつもりかっ!?」
「美味しいんです」
真剣な顔でコクリと頷くと、顔の見えない彼は人の背後で唐突に大笑いしだした。
何故笑う?
「アハハハハッ!!こんな真夜中に、国王級の現魔法を使って、精霊の森に来るから何かと思いきや、精霊を食べるだってっ!?」
「美味しいんです」
大事な事だから二回言って置こう。
とても真剣に頷くと何故か背後の彼は更に腹を抱えて笑ってしまった。何でだ。
「どうやって食べるんだよっ、近寄れもしないんだぞっ、精霊はっ。アハハハハッ」
「牛は足が速いですからねー。しかも私達じゃ捌けませんし。なーのーでー。ここは現魔法を使おうと思います」
「アハハッ。どうするんだよっ」
「罠を張るんですよ。じゃ、行きましょうか」
「へっ?うおっ!?」
またバイクを走らせて牛から距離を置きつつ、バイクを止めて降りる。
そこに私は一つ罠となる魔法陣を仕掛けた。
その罠にはまると、血抜きされてちゃんと加工されたブロックのお肉と牛乳に変化してくれるように効果を仕込んでおいた。
私がその作業をしても良いんだけどさ。流石に血みどろで帰宅するのもあれだし。
それに精霊と崇めているものを殺して加工なんて堂々としていたら、私逮捕されそうだしね。
「それはなんだ?」
ローブ男子が聞いてきたけれど、詳細を言うと大変な事になりそうだから、私は内緒と言ってもう一度バイクに跨った。
彼が乗り込んだのも確認して、今度は牛達が罠に向かう様に態と囲うように誘導するようにバイクを走らせる。
すると、牛が何頭か魔法陣を踏み、ボフンッと音を立てて、お肉と瓶に入った牛乳へと変化した。
「…マジか…」
驚くローブ男子。そらそうだ。
加工されたお肉と牛乳の側へバイクを走らせて停車させる。
出来上がった牛乳の瓶の中を覗き込むと、しっかりと牛乳が入っていて、私は手でそれを掬い取って一口飲む。
「美味しーっ、濃厚ーっ!」
久しぶりに飲んだ牛乳の美味しい事っ!!
しかも消費された精霊力が戻って来た気がする。
「君も飲んでみる?」
バイクから降りずにこっちを向いていたローブ男子に問うと、彼は一瞬戸惑いを見せながらもそっとバイクを降りて私の隣に来て牛乳の瓶に手を入れてそれを掬って飲んだ。
「なん、だ…これっ。凄い精霊力が満ちてくるっ。精霊の力か?」
…精霊の力…と言うか牛の力だよね、うん。お肉も少し焼いて食べたいな…。
「けど、精霊を…殺めたんだよな?これ」
おっと、ヤバいっ。
だよね、普通に考えると、そうなるよねっ!?
言い訳を作らないと…。
「殺めたんじゃないよ」
「え?」
「星に返したの。…君は気付いてるよね?私が現魔法を使えるって事」
私は言いながら、小さな木の枝を集めてそれに持参していたマッチで火を点けた。
その火に当たりながら、最高級部位で少ししかとれないシャトーブリアンを木の枝にぶっ刺して、焼く。
そんな私の横に彼は座った。
「私は、教会で開示式を受けた時に神の声を聞いたの」
実際は今日の昼だけどねっ!
「神は言っていたわ。精霊がこれ以上増加したら大変なことになると」
天敵がいないと動物は増える一方だからね。そうなると草原とか破壊する事になるからあんまり良い事じゃない。
「神、が…」
「それを食い止めるには、精霊を殺めるしかない。けれど、そんな事が出来る筈がない。なら、どうしたら良いか考えたの。そして思い付いたのがあの魔法陣を使って精霊を一度神の下へ、星に返す事だと。そして星に返した代わりに与えられるのが」
「これだ、と?」
私は神妙にこくりと頷いた。
「成程…。うまい事考えた作り話だな」
「やっぱり信憑性足りないかー。もう少し練らなきゃ…」
「おい…。やっぱりお前が食いたいだけで精霊を殺めてないか?」
「否定はしませんよ。でも神からお告げがあったのは嘘じゃないです」
塩と胡椒を取り出して、焼けて来たお肉に振りかける。
…タレは今後作りだすとして…今はお肉そのものを…じゅるり。
「……所詮精霊と崇めているのは人間の勝手、そう言う事か?」
「そう言う事です。精霊と私達が言っているだけで、精霊もまた動物ですよ」
「動物は増え続けると、生態系を壊す?」
「そうです。ですが崇めている物を急に数減らしなんて出来る訳ないですし。結論、人にはそれなりの良い訳が必要です。はい、どうぞ」
そう言いながら私は枝に刺さった焼きたて肉をローブ男子に渡した。
勿論二つ焼いていたから、私の分もある。
「お前の目から見て、ここの精霊の数はどうだ?」
「多過ぎますね。ちょっと予想外の多さです。下手すると食べるものがなくなって街まで来ちゃいますよ」
がぶっ。もぐもぐ…。おいしぃー…涙。
「…それで?お前は夜な夜なここに来て精霊を星に返すのか?」
「毎日食べたら飽きちゃいますしねー…どうしようかなー…」
「…民にも食べて貰ったらどうだ?」
「あー、それ良いかも知れないですねー。領地の発展にもつながりそー」
なんかこう上手い事神事みたいに出来ないかなー?
で一年に一回皆に牛を食べて貰いながら、かつ休みを…。
星の川…星空…牛…。ぼんやりと空を見上げて星空を眺めていると、星がまるで川のように一列に輝いていて。
「あ、思い付いたっ」
「?、どうした?」
「七夕をしようっ!」
「タナバタ?」
「うんっ。これなら神話としても恋愛話としてもありだし、休みも与えられるし、皆で一丸となってやれるしっ!良いじゃんっ!!」
「おい?何か良い案でも?」
「ふふんっ!とっても良い案が思い付いたのっ!」
ガブッ。もぐもぐ…うまぁー…涙。
「……おかしな奴だな」
「見た目からしておかしい奴でしょうよ。そんなの気にしてたらこの世界では生きて行けないって実感したんで」
「ハハッ、確かに」
何故かローブ男子は笑って、大きく肉にかぶりついた。
「美味いな…」
「最高だよね…」
そうして私達は満足いくまで美味しいお肉を食べて、帰る事にした。
無事に森を抜けて帰還した私はローブ男子と出会った場所で彼と別れて、自室へ戻り眠りについた。