第三十四話 俺が手に入れた物は…。
外郭を手に入れて、ナンエゴ大陸の首領となってから2年が経った。
あの不可思議な廻る時間もなくなり、今はただ以前と変わらない…いや、領地は増えたが部下も増えた分仕事の量は減ったかもしれない。
充実した日々。
俺が望んだ日々―――だったはずだ。
なのに、俺は自分の中に何処か空虚なものを感じていた。
自分達の祖先がなそうとしていたことを俺の代で成し遂げた。
これ程胸が高揚することはないと、中央を攻め入り勝利の旗を掲げた時思った筈なのに。
こうして立派な椅子に座り、ナンエゴを全て一人で支配していると言うのに。
この空虚感はなんだと言うのだろう…。
空虚感は日々を過ごす内に、少しずつ俺の中で大きくなって行った。
埋めるにはどうしたらいい?
日々が過ぎる中で俺はそう考えるようになる。
例えば仕事に精をいれ他大陸と本格的な交渉をしたりとか大きな事をしてみた。だが全く空虚感は埋められず、ならばと女を抱いてみたり子を持とうとしてみたりも試してみた。結果はやはり一緒でむしろ空虚感は増えて行く。
どうしたらこの空虚感は埋まるのだろう…。
いっそ、あの脳内に響いていた声でも聞こえて来たら何か糸口が見えるだろうか。
ふとバーカと言われた事を思い出し、ちょっとイラッとした。
この俺に向かって馬鹿…そう言えばあの声には愚かだの無知だの散々言われたな。
あの声も中央を手に入れた時から聞こえなくなったな。
正しい時間の流れに戻った、と言う事なのだろうが……。
そうしてまた日々が過ぎ、俺の中の空虚感は肥大して…何をするにも気力がなくなったある日。
「首領っ!!お逃げ下さいっ!!」
トカイの声が俺のいる執務室に響いた。
「一体何事だっ!?」
俺は常に側に置いている円月刀を手に取った。
「反乱ですっ!!恐らく中央の残党かとっ!!ぐあっ!!」
駆け寄ってきたトカイが呻く。
その背後には長い剣を持った男がその剣で深々とトカイの胸を貫いていた。
一体この男はなんだっ?
確かめようとして顔を上げ見たその顔は…。
「ウバか…。生きていたのか」
「えぇ、生きていましたよ。リゼを誑かし、中央を乗っ取り、私の全てを奪った貴様を殺す為に地獄のような日々を生きてきました」
「リゼ、か…。懐かしい名を聞いたな」
「懐かしい、だと?……あぁ、本当にリゼは捨て駒だったのだな…。こんな犯罪者に利用されて…リゼは愚か者だ」
剣に刺さったトカイをまるでゴミの様に払い捨て、その歪んだ瞳を黒く光らせてそいつは俺を睨みつけた。
「何が【俺の女】だ。所詮貴様にとっては【都合のいい俺の女】だったんだろう。リゼは、私の婚約者は…貴様を本気で愛していたと言うのにっ」
「そんなの解っている」
「解ってなどいるものかっ!!」
剣が振り上げられた。
俺は素早く円月刀で受け止めて、払い流す。
ぶつかり合う金属の音が何度も何度も響き合う。
中央を手に入れてから、何度も反乱は起きその度に返り討ちにしてきた。
俺だって確実に力を手にいれ強くなっている。
その証拠に、俺はウバに打ち勝った。
俺の円月刀はウバの体を引き裂いた。
こいつにもう用はない。トカイも殺され、反乱を治められるのは俺だけだろう。
外に出て反乱分子達を全て粛清する。
生かしておいても意味はない。
そうして全ての反乱分子を処理した後、部下に死体の処理などを頼み、疲れた俺はふらりといつかのように砂漠へと向かった。
「あー、くそっ。血塗れで気持ち悪ぃ」
どっかで水を出して浴びるか。
そう思いつつも何もする気になれず空を見上げている。
リゼが死んだ日もこんな星空だった。
……俺は確かにリゼに惚れていた。
なのに、俺のこの愛し方を誰も理解しなかった。
「確かに俺はリゼを愛していたし、惚れていたし、大事だったんだがな…」
泣かなければ死を悼むことにならないのか?
相手を利用しては惚れていることにならないのか?
側において守ることだけが大事にしているってことなのか?
そうならば、そうだとするならば…俺には普通の愛し方と言うモノが理解出来ないんだろう。
「俺みたいなのに惚れられなければ、幸せになれたかもな…リゼ」
空を見上げたまま、苦笑した。
既にいない惚れた女に話かけるなんて、これもまたおかしな事と笑われるだろうか。
「笑わないわよ」
声がした。
この声は、間違いなく…。
円月刀を鞘から抜いて声のした方を睨みつける。
俺の背後…しかも上から声がした。
振り返ると、黒いローブを纏い骸骨の顔が大きな鎌を持ち、こちらを見下ろしていた。
「貴方は愚かだと思うし、無知だとも思う。けれど一つだけ私が間違っていた事があったわ。…貴方は本当に竜の姫を、リゼ様を愛していたのね」
「……どう言う事だ?」
「少し、私と話をしない?」
「話だと?」
「えぇ、そうよ」
ふわりと死神は俺の真ん前に降りて来た。
いつもと同じ気配をさせていたなら、直ぐに剣を振った。
けれど、目の前の死神から殺気は感じられず、むしろ慈愛のようなものを感じた。
死神が慈愛など…俺はやっぱり何処かイカれてるな。
「…まぁ、いいさ。死神が穏やかに話をしたいなんて機会、早々あることじゃないしな」
笑い混じりに言って俺はその場に座った。胡坐をかいて膝に肘をのせて頬杖をつくと死神は俺の横にふわりと風を起こしながら座った。
「それで何の話をするんだ?」
「まぁ、色々あるけど…まずは、ナンエゴ大陸を手に入れてどう思った?」
「どうって、そうだな…。やっと念願の統一をしたって高揚したな」
「テンション上がっちゃったってことかー。うん、まぁ、念願だったんだもんね。そうなるかー。…それで?」
「それで?とは?」
「念願だったんでしょう?当然、その先も想像していたんでしょう?」
「その、先…?」
「考えてなかったって顔だねー。ありがちだわ」
ありがちと言われてカチンときたが、言い返す言葉が見つからずグッと奥歯を噛んだ。
「物語でもなんでも【世界征服】って言う奴に限ってその先の事なーんにも考えてないんだよね。例えばさ。悪役なんてのは世界を征服してやる事と言えば人間を服従させるとか言うけど、じゃあ服従してその後は?暇過ぎね?」
「暇過ぎね?ってお前…」
けろっと言うが…いや、ちょっと待て?
確かに、俺は暇を持て余していたかもしれない。仕事量も減っていたし。
「逆に世界を救った勇者とかの話だと、その後勇者って何してるの?大変なのは世を正す王達で…勇者暇じゃね?」
「おいおい…」
その勇者ってのは王達がへまをした時の抑止力としてだな…。
「貴方はさー。統治するって事に必要なことってのが解ってないんだよね。私が言った無知って言うのはそう言う意味」
「統治する為に必要な事…」
「国を治める者にとって一番必要な武器は【言葉】よ。その点はリゼ様の方が理解していたわね。何度【繰り返そう】とも、あの人は中央の民を納得させようと動いていた」
言われてハッとした。確かにリゼはまず対話してみようと試みていた。民にしてもウバにしても解り合えると言っていた。
あれを俺は甘い考えだとそう一蹴したけれど、リゼは竜の姫。竜の祝福を持っていた。誰よりも強い筈なのに言葉を交えようと最後まで諦めなかった。
「リゼ様は夢を持っていたわ。貴方と一緒にこの大陸を統治して行くっていう夢。それには当然未来も含まれていた」
「あいつはそんな事を夢見ていたのか。そんなの俺の側にいれば叶えてやれたのに」
「ばーか」
「なんっ!?」
「言ったでしょう。未来も含まれていたって。それには貴方と一緒になって、夫婦になって、子を成して、その子達の成長を見守って。それと同時に二人で一つの大陸を統治して一つの国として成長させたかった」
「夫婦になって、子を成して…」
「そこも大事だけど、そこじゃない。リゼ様が一番大事にしてたのは、【二人】でって所よ。一緒に乗り越えたかったんだよ」
「一緒に…」
「だっつーのに、アンタはリゼ様の【夢】を自分の【目標】と同じにして考えよってからに」
「同じだろう?」
「駄阿保。同じな訳ないでしょう。【夢】は叶えるモノ。【目標】は到達するモノ。全然違うでしょうよ」
目から鱗が落ちそうだ。
確かに、夢は目標の先にあるもの…。リゼは俺よりも先を見ていたって事だ。
そんな事にも気付いてやれなかった。
「……だから、愚かなる者?」
「そゆこと」
「恐ろしいな、死神」
「恐れ慄くといいわ」
笑いながら言う死神を怖がるにはちょっと空気が陽気過ぎるな。
思わず笑ってしまった口元を隠す。
「でもそんな私もびっくりだったのよね。貴方がリゼ様を本当に愛していたって事が」
「何でだ。俺はずっと惚れていたぞ」
そう言った物の死神が言う意味も解っていた。
それこそさっきの俺が考えていた事と一緒だ。
俺の愛し方は誰にも理解出来ないと思っていたから。
「これもまぁ一般的には狂ってる愛し方ととられるでしょうね。でもそれを笑う事も否定する事も私はしないわ。愛し方なんて人それぞれだもの」
「流石死神。心が広い。そんな死神は惚れた男はいるのか?」
死神が女だって事はもう理解している。
だから探りを入れた訳ではないのだが、一応確信を得る為にそう問うと、死神は何の抵抗もなく大きく頷き頬を赤くさせ笑った。
……流石に骸骨顔でその表情は気持ち悪いぞ。
「いるよーっ!もう、さいっこうの男だしっ!誰にもやらなくてよ…ふっふっふ」
「死神。怖ぇぞ」
「ほっといて。独占欲が強いのよ」
「…【独占欲】なぁ」
「アンタにはないの?誰にも渡したくないとかさ。誰かにとられるとかさ。逆でもいいんだけどさ。自分を独占して欲しいとか」
「………ねぇな。嫉妬はするぞ?するが…明け渡さなければならない時ってのが必ず来るからな」
「明け渡さなければいけない時…あぁ、そうか。貴方は根っからの統治者なのね。本当の意味で【自分のモノ】がないんだ。数多の物を手にしているようで、でもそれは全て民の物だと思ってるのね。だからアンタの中には【独占】って言葉が無いのだわ」
この死神、たまに言葉使いが崩れるな…。面白いから構わないが。
ついでに言えば、さっきからざっくざっくと俺の本性を暴いていく。
あっさりと理解し過ぎて、逆に恐ろしい。
「成程。そう考えると国を治める人間としては完璧ね。これはもう少しリゼ様が頑張る必要があったんだわ」
「リゼが何を頑張るって?」
「リゼ様が頑張って貴方を一人の男にしなければならなかったのよ」
「一人の男に…」
「ある意味、貴方が一番避けていた道ね。首領としてではなく、貴方個人の話だから」
「国を治める人間に個人はいらない」
「訳ねーでしょ、ばーかばーか」
「…おい」
「国と自分、両立してこその国の頂でしょ。偏っている王には誰も付いて行かないわ。そして何も守れはしないわ」
「言いたい放題言ってくれるな」
「言うわよ。言わずに後悔するなら言って後悔する方を選ぶタイプなの。もっと言うなら後悔はするよりさせる方がいいと思ってるのっ」
「…最後のは俺でも解る最低な発言じゃないか?」
「おほほほほほっ」
俺の前で高らかに笑いやがって…。
突っ込む気も失せるな。
苦笑していると、何故か高笑いがピタッと止み、何事かと横を見ると死神はこっちをじっと見ていた。
「貴方は日々増える虚しさの原因はなんだと思う?」
「…ほんっと何でもお見通しか?……けど、そうだな。それが解ったらこんな状況にはなってないだろ」
「そうね。貴方の虚しさを埋めれるのは貴方しかいない。でもね、それでも鍵があるのよ」
「鍵?」
「そう。きっかけとも言うわね」
「きっかけ…」
「貴方の鍵は【リゼ様】よ」
オウム返しのように言葉を返してた俺は最後返す事が出来なかった。
もうさっきから苦笑しか出来ない。
だってそうだろう?
死神の言葉が正しければ、俺の虚しさを埋める鍵はリゼなんだろう?
「ははっ……もういない女を鍵にされてもな」
リゼはもう死んでいる。俺を庇って。
自嘲している俺に死神は問う。
「そのもういない女がもしも取り戻せたら。時間を取り戻せたらどうする?また同じ事を繰り返すの?」
「どう言う意味だ?」
「貴方は何度も同じ時間を繰り返し違う行動を起こしてきたでしょう?でも、気付いていた?」
「何を?」
「貴方、リゼ様に関しては一貫して同じ行動を繰り返していたのよ」
「同じ、行動?」
そんなもの自覚は無い。
と言うか、同じであった記憶が無い。
「遠ざける事も他に女を作る事も出来た。なのに貴方はずっとリゼ様に【恋】をし続けていた」
「こ、い…?」
「とっても狂ってる恋をね。ねぇ、解る?貴方が決して選んではいけなかった選択を選んでしまった分岐点があったってこと」
俺が選んではいけなかった選択。
記憶を探る。
そして思い至ったのは…分岐点は―――リゼに会いに行った神殿だった。
他にもリゼとの邂逅は何度もあった。
沢山の時間を経験してきた中で、俺はあそこで初めてリゼの本来の…竜の姫としてのリゼと外郭の首領としての俺が出会った。
もしも、あの時、俺が真っ当に竜の姫として立つリゼに面会を申し出ていたら…?
「思い至ったみたいねー」
「そうだな…」
だがさっきも言ったようにリゼはもういない。ナンエゴも一つの大国となった。
本来時間とは巻き戻らないものだ。
「もう、遅い…」
今気付いた所で…。
「よっしっ。んじゃ、解った所で【夢】から出ますかっ!」
隣で急に死神が立ち上がる。
意味の解らない言葉付きで。
「次はもう失敗出来ないからね。何せ【夢】はもう覚めるんだから」
にんまり。
そんな言葉が似合う笑みを死神が浮かべ、鎌を持ちあげる。
休戦は終わりかっ!?
刀を持とうとしたが、体が動かず。
「よいせっ!!」
ゴンッ!
鎌の付け根の部分で思いっきり頭を殴られて、俺は痛みに悶え、ぐっと目を閉じてのた打ち回る。
そして、痛みが治まったと思って跳び起きたら、そこは俺の寝室の―――。
「……は?ベッドの上?」
―――だった。
読んで貰える幸せ(*'ω'*)
書いてる最中キャラが暴走する苦しみ…。




