第三十一話 俺の女
目を開けて、俺は緩やかに頭を振った。
今回は闇に落とされる事はなかったけれど、明らかに油断していた。この俺があんなにもあっさり背後から刺されるなんて。
そしてまた、この日に戻るのか。
…カレンダーの日付は前回目を覚ました時と変わっていない。
ならば、もうすぐトカイが来るだろう。
今回は急いで調査に行く必要はない。
何時ものように書類を片付けて…いや、リゼにもっと俺に惚れて貰う必要があるから仕事は早めに終わらせて、何かプレゼントでも買って行こう。
惚れた女を手に入れて、しかもこのナンエゴ大陸も手に入る。
降って湧いた好機、逃す訳がない。
本当にこんなラッキーな事ってないよな。
思わずニヤニヤと笑ってしまう。
「…早起きに朝起きて直ぐにやけてる…キモ」
「……トカイ。聞こえてるぞ」
「あぁ、これは失礼を…ってやっぱりにやけてる。キモいです」
おい。二度も言うな。
とは言え、浮かれているのも事実で言い返す事もないかと黙っていると。
「……本格的におかしい…。何か悪いものでも食べました?それとも飲み過ぎですか?体調を崩したとか?ストレスが溜まり過ぎましたか?」
俺がにやけてるだけでここまで心配されるのか?
「とにかく、今日は仕事を入れない方が良さそうですね。どうぞ気分転換に行ってらしてください」
「は?」
「ほらほら。とっとと行ってください」
ちょっと待て。
今回はちゃんと仕事を終わらせてから行く気でいたんだぞ?
なんで俺はトカイに背中を押され執務室から追い出されなきゃならないんだ。
そのまま建物の外まで追い出されてしまった。
…俺一応ここの家主だぞ?もっと言うなら外郭の首領だぞ?
呆然としていたが、まぁ、ここでこうしていても仕方ない。
リゼにプレゼント買っていく気でいたし、市場にでも行くか。
色々と商品を見て回っては見るものの…良く考えたら俺はリゼの好みを良く知らない。
基本的にリゼは服飾に興味を持っていない。
新しい店が出来たとか言い出しても大抵は食い物の店ばかりだ。
リゼの好みは解らないが…リゼに俺が付けて欲しいと思う服飾品を買えばいいか。
着目点をハッキリさせると探し安くなる。
しかし…リゼは可愛いからな。何でも似合いそうで迷うな。
……いっそ指輪にするか?俺から逃げられないよう楔の意味も込めて。
何色の宝石が良いか…。質の良い石って言うとセイガン大陸の物を選びたい所だが…セイガンと取引している店は何処だったか…。
ナンエゴの宝石も質が悪い訳じゃないんだが…いかんせん採掘量と大きさを考えるとやっぱりセイガンに劣るんだよな。
セイガンの店…あぁ、そういや裏通りにあったな。ウーゾが懇意にしている店があるとか言っていた。
ウーゾか。あいつもなぁ。一体いつ帰ってくるのやら。トカイと違って外の大陸に興味ありまくりだしなぁ。留学に行って知り合いも増えたようだし。
っと、ぼんやり考えてたらいつの間にか店について…。
「もう少しですね」
「えぇ、そうね」
店の裏手の方から声がした。
ここまでハッキリと声が聞こえるのは裏路地だからと油断しているからか?
まぁ、なんでもいい。
問題はこの声の主の方だ。
リゼとウバの声に間違いはない。
……近くで聞きたい所だが近寄るとバレるだろう。
ならばここから聞き耳を立てさせて貰おう。そしてウバが少しでもこちらに不利になりそうな事を言い出したら姿を表してリゼを攫って行く。
「貴女の行動は相変わらずひやひやします。何度も言いますが、近づくだけでいいのですよ?決して情を持ってはいけません」
「もう、解ってるってば。相変わらずウバは心配性なんだから」
「心配にもなります。箱入り娘の貴女が作戦とは言え、外郭の野蛮な奴らのしかもそいつらを仕切っている奴に近づかねばならないのですから」
…今のウバの言葉はどう言う意味だ…?
「ですが、この前の様子を見るにもう少しで落とせそうですね」
「…そうね」
「あの男もリゼが外郭を潰す為に動いているなんて欠片も気付いていまい」
外郭を潰す為、だと…?
「ちょっとウバ。声が大きい」
リゼがウバにそう言うとウバは笑い出す。どうせ誰も聞いていないと。こんな所に誰も来やしないと。
確かにな。普通ならば来ないだろう。
俺だって今日リゼにプレゼントを買おうと思わなければ来なかっただろう。
そして、予想外の事を耳にしたって訳だ。
衝撃的だった。だが同時に納得もした。
何故あの時こちらへ攻撃を仕掛けてくるのが早かったのか。
何故竜の姫であるリゼが外郭にいたのか。
納得と同時に俺の中にあったリゼを利用すると言う罪悪感が消えた。
だってそうだろう?
リゼは俺と同じ事をしていたんだ。だったら何を悔いる必要がある?
要は勝負なんだ。俺とリゼの。どちらが相手の全てを手に入れる事が出来るかという。
あぁ…リゼ。お前は本当に最高の女だ。
俺の欲しいモノはお前が全て持っていて、しかも俺の憂いも全て消し去ってくれるなんて。
こんな最高の女、他を探しても絶対にいない。
口元に笑みが浮かぶ。
どうしてやろう…どうリゼを崩してやろうか。
楽しくて仕方ない。
口元を手で隠し俺は店の中に入った。
「いらっしゃーい。何か楽しそうだねぇ」
店主がカウンターの内側から話しかけて来た。
それほど俺は浮かれているようだ。
「あぁ、楽しい。すまないが、セイガンで今流行っている宝石を使った指輪を探してるんだが」
「おおー。誰にプロポーズするんです?」
「そんなの、惚れた女に決まってるだろ」
「おおー、言いきりますねー」
言いながら店主は明るい口調でカウンター内の棚を探った。
「今流行ってる宝石…いやー難しい注文ですね~」
「あ?宝石商なら知ってるべきだろうが」
「あぁ、違うんですよ。今丁度流行りが移る時期なんです」
「移る?」
「そうそう。どんな服にも服飾にも旬ってものがあるんですよ。それが今丁度移る時でして」
そう言って赤い宝飾用クッションにいくつかの指輪を置いて行く。
「こっちのフローライトが今の流行で、次に来ると言われている宝石がアレキサンドライト。ですが、プロポーズに使うのであればやはりダイヤが捨てがたいですし、今はピンクダイヤってのも」
ポンポンと指輪が目の前のクッションに並べられていく。
だが、何故だろう。パッとしない。リゼっぽくないんだよな。
「…青い宝石はないのか?」
「青?無くはないですが流行ってはないですよ?」
「…そうか」
「一応出して見ましょうか?」
「あぁ、頼む」
並べられた青い宝石のついた指輪。どれもピンと来ねぇなぁ…。
「どれもピンと来ませんか?」
笑いを含みつつ言われ、だがその通りだから頷く。
「その惚れた女の方は、どう言ったタイプなんですか?」
「タイプ?そうだな…。ハッキリと物を言うタイプではないんだが、こう、芯があるというか。俺の必要な物を全て持っていると言うか…」
「へぇ。それで?」
「それでとは?」
「どこに惚れたんですか?」
「さっきも言っただろう。俺に必要なものを全て持ってる」
「ほう。ならお客さんに必要なものを持ってたらその女性じゃなくても大丈夫ってことですね」
「まぁ、な。そう言われたらそうかもしれないが、ただ現実にそれを持っている女はアイツしかいないからな」
っと、なんで俺は店員にこんな事まで話してんだ。
口を噤み、店員が次々と出す指輪を手に持って眺める。
どうにもこれだって言うのが見当たらない。
仕方ない。他の店に行くか。
ふと店主の背後にある陳列された服飾を見ると、一つだけ妙に目に止まるネックレスがあった。
滴型のネックレスだ。
青く透き通った石を使っていて、水と言うより涙に見えるような…。
「店主。あれは売り物か?」
「どちらです…あぁ、売り物ですよ」
飾られていた銀の鎖のネックレス。
俺は店主の手からそれを受け取り、掲げて角度を変えてそれを見る。
丸みのあるその滴が店の明かりを受けて七色に輝く。
「綺麗でしょう?そのネックレスの宝石は貴重なものなんですよ。名を【竜の涙】って言うんです」
「【竜の涙】…?」
「えぇ。おとぎ話ですよ。愛してはならない人を愛してしまった竜が零した涙。その結晶と言われているんです。だからほら。七色の光るでしょう?」
「…あぁ。綺麗だな…」
リゼの胸元にこれが輝くのを想像して楽しくなった。
きっと似合う。
「これにする。包んでくれるか」
「ありがとうございまーす。リボンは何色になさいますー?あ、ラッピング代は有料でーす。鎖部分を他の素材に変える事も可能ですよー。有料でーす」
突然口調が変わったな、おい。
しかも金がやたらとかかるように言い始めたぞ。
まぁ、払ってやるが。
店主は綺麗に包装し俺に手渡した。
店を出ると入口までの見送り付き。まぁ、売り上げ的にも結構な額だろうしな。
常連になって貰おうとしているんだろう。
「ありがとうございましたー」
「おう」
見送られ俺は店主に背を向けて歩き出す。
「…竜の姫に竜の涙を贈る。結果がどうなるか楽しみですねぇ」
「っ!?」
俺は、誰に贈るとは一言も口にしていないっ!
慌てて振り返るとそこに店主の姿も、店の形跡すらなくなっていた。
「一体…どう言う事だ…っ!?」
走って戻るも店はなく、そこにあるのは空き店舗だ。
鍵がかかっており、ドアの窓から中を覗くと埃よけの布が被せられた恐らくは飲み屋だったであろう跡があるだけ。
「まて…あの声…。そうだ、あの店主の声は、俺を殺す奴の…何で気付かなかったっ、俺っ!」
プレゼントを持ったまま手を握り、ハッとする。
うっかり壊していないか心配だったが何とか大丈夫なようだ。
『竜の姫に竜の涙を贈る』
…確かに、そうだな。
この宝石にある意味をリゼが知ったらどう反応するか…。
いや、だが待て。
リゼだって俺を落とす為に会いに来ているんだろう?
だったら、アイツは俺の事を全て承知で来ているって事になるよな?
ならそれを利用してやればいいって事だ。
俺だってお前の事を知っているし、その上で一緒にいる。惚れていると伝えれば良い。
それに、あの【声】にこれ以上振り回されるのも腹が立つしな。
…リゼとの待ち合わせの場所へ行こう。
そう決めて、俺はリゼとの待ち合わせの場所に急いだ。
「あっ、ヴィアーっ!」
前と同じようにリゼが俺に向かって手を振って駆け寄ってきた。
屈託のない笑顔で俺を騙そうとしている訳か。本当に面白い。
「リゼっ!」
駆け寄ってきたリゼを片腕で抱き上げる。
「きゃあっ。も、もうっ、ヴィアっ。いきなりこんな事したらびっくりするじゃないっ」
「そうか?驚いている顔も可愛いけどな」
顔を真っ赤にするリゼの頬にキスをすると、赤い頬が更に赤くなる。
「なぁ、リゼ」
「なぁに?ヴィア」
俺の頭に頬を擦りつけてくるリゼの耳元でそっと囁く。
「今日は一日中、お前を抱いてたい」
途端リゼは赤くなりながらも、俺の頭を両手で抱き締めて小さく「いいよ」と答えた。
お前は本当良い女だな。
俺はリゼを自宅に連れ込んだ。
俺の自宅、リゼにとっては敵の本拠地に来るつもりはなかったんだろう。
けれど俺は強制的に連れ込みベッドへと押し倒して、避妊もせずに、リゼの言葉も聞かずにただただ欲望のまま抱いた。
もう無理だと泣いても、その姿に煽られて。
その声が掠れて、赤く染まった顔にまた煽られて。
気付けばリゼは気を失っていた。
汗で濡れた前髪を掻き上げて、ベッドに押し倒した時に放り投げたネックレスの入ったラッピング袋を手に取る。
ラッピングなんていらなかったな。
適当にバリバリと袋も包装紙も破り、化粧箱の中からネックレスを取り出しリゼの首につけた。
あぁ、ほら、やっぱり似合う。
その姿に満足をして、俺は彼女を抱き寄せて眠った。
そして次の日。
目を覚ました俺が見たのはリゼの辛そうに俺の背後に向かって泣き叫ぶ姿だった。
「ヴィアを、ヴィアを返してーっ!!」
本当にこの話のキャラ達は私の言う事を聞かない…_(:3 」∠)_




