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第二十八話 俺の欲しいもの

「若っ!決裁書類の確認お願いしますっ!」

「デカい声を出さずとも聞こえている。そこの箱に入れて置け」

「若。セイガンから使者が来ました」

「セイガンから?………今は他国と関わっている場合じゃない。交易関係じゃなければ良い宿をとってお帰り願え」

ガリガリとペンを走らせ、書類にサインをしていく。

何故俺がこうして執務室に籠り書類作業等しなければならないんだ。

それもこれも、アイツが遊び回っているからっ。

「トカイ。まだウーゾは戻らないのか」

「トゥーティスに渡ったって情報は得ましたけどね。今、何してるやら」

「お前も兄なら弟の動向の一つや二つ把握しておけ」

持っていたペンを机に放り投げて、落ちた前髪を掻き上げた。

自分の赤い髪が視界からなくなり、少しストレスがなくなる。

椅子の背もたれに体を預け、ぼんやりと天井を見上げた。

「そう言えば若」

「なんだ?仕事なら少し休ませろ」

「オーマのアレキサンドライト殿下から親書が届いてますよ」

「……オーマの第三王子からか。確か、ウーゾと仲が良かったはずだな」

手渡された親書の封をバリバリと破り中から手紙を取りだす。

軽く中を読み込んで、机上に投げた。

「何て?」

「オーマで何かしら大きな事件が発生したから、その説明にナンエゴに来る予定だと」

「それは…」

…厄介だな。今俺はとある作戦の最中だ。

正直この作戦は、常識から外れている。真っ当な思考を持っていたらそんな事をする訳ないだろう。

けれど、俺はどうしても欲しい。

俺の立場なら、誰だって欲しがるはずだ。

…自分を正当化するつもりはない。俺が今やっている事は屑の行いだ。

そんな俺の行いに気付けば正義感が強いと噂のオーマの第三王子は止めに入るだろう。

今、そんな横やりに入られては困る。

とは言え、国同士のやりとりだ。断る事は出来ないだろう。

作戦を、早めるしかないか。

「トカイ。俺はちょっと出てくる。頼んだぞ」

「はい」

「……余計な事をして寿命縮めるなよ」

睨みつけると、トカイが青白い顔で頷いた。

…やはり、何か企んでいたか。

ドアを開け部屋の外に出る。

最近トカイは余計な事ばかり考えているようだ。

アイツを側近として雇ってからかなりの時が過ぎたがトカイといいウーゾといい勝手な事をする事が増えた。

そろそろ側近を変える時期なのかもしれないな。俺の後釜に立てるとか考えられると面倒だ。

俺に向かって頭を下げる部下達を視界の隅にだけ捕らえ、そのまま屋敷の外に出た。

「チッ…相変わらずクソあっちぃ国だな…」

ついどうしようもない事に悪態をついて、崩れたターバンを改めて巻きなおして、俺は目的の場所へと足を向けた。

先日の事だ。

トカイが俺に向かって言った。


『ディリンカに先手を打ちませんか?』


と。ウーゾはトカイのその言葉を聞き、何を馬鹿な事を言っていると怒り俺に向かって早まらないでくれと懇願して来た。

勿論、俺はそんな言葉に軽々しく乗る程馬鹿じゃない。

だが、トカイの言葉を聞いた時、少し心が揺れ動かされたのは確かだ。

…昔から親父が言っていた。

このナンエゴ大陸を統治すべきは俺達外郭の人間であるべきだと。

確かに俺達外郭の人間の祖先はトゥーティスやセイガンから流刑された賊や罪人だった。

だが、だからこそ持っていた交渉力やサバイバル知識でこのナンエゴの外郭をただの集落から都市にまで育て上げたのだ。

そんな発展して行く外郭都市を見て中央の連中が言った。勝手に住み着いて都市まで作りあげるとは何事か、と。そして作り上げた都市を全て破壊していった。

全て、塵にして行った。中央の奴らはそれを見て満足し帰って行ったらしいが、外郭の人間はその程度で根を上げる奴らではなかった。

そもそも外郭の奴らは中央に人がいると知らなかったのだ。人がいるなら話が早い。奴らと交渉すればいい。

外郭の人間は何度も交渉をしようと中央に掛け合った。しかし返事の代わりにもたらされたのは都市の壊滅だ。

元々お行儀の良い人間ではない奴らの集まりである外郭は、ある時を境に打って出る事にした。それが中央との争いの始まりだった。

何年もの戦いを経て、ある時の首領がもう一度交渉を試みた。中央もまた長きに渡る戦に疲れて果てていた事もあり、中央の王はその交渉に乗っかった。

その時にやっと停戦協定が結ばれた。

そこから中央と外郭はずっと互いを監視し合う関係にある。年月が過ぎ、今では互いの国に行き来するくらいにはなっている。

中央の奴らも外郭が仕入れている商品や食べ物を必要としているし、外郭の人間もまた都市を壊滅されたら堪らない。

……けれど、親父も俺も外郭を束ねる者として思っていた。

この関係は本当に対等であるのかと。

流れ着いた奴らが住む所を求めて外郭に家を作っただけ。それの何が悪い。元々ここ、外郭に人が住んでいたのなら解る。

だが人は中央にしかいなかった。なら俺達が住んでも構わないだろう。

外との関わりを遮断し、他の大陸とのやりとりもせず、甘い汁だけを吸っていると…俺達はどうしてもそう思ってしまう。

トカイの言葉。

それはきっとナンエゴの外郭都市アルクフォールに住む人間なら誰しもが心の何処かにある感情そのものなのだろう。

だから、俺の心も揺れた。

「だからと言って、そう簡単に手を出せるものではないんだがな」

今まで築き上げて来た関係を壊すことなんて簡単に決意出来はしない。

なんて口では言いながら、俺は今最低な手段を講じている。


「ヴィアー!」


声が聞こえてパッと顔を上げた。

そこには真っ赤な髪をした俺とは真逆の透き通った水色の髪をなびかせた白いアバヤを来た女が走って来た。

「リゼっ!」

笑って腕を広げると女は嬉しそうに俺の腕の中に飛び込む。

「会いたかったっ!」

「あぁ。俺もだ」

腕の中にいる存在が可愛くて仕方ない。

「今日は何処へ行くの?」

「何処が良い?何でも買ってやるぞ」

「本当に?それじゃあ、行きたいと思ってたお店があるのっ」

リゼが満面の笑みで俺の腕を引いて歩く。それを可愛いと脳内で思いながら引かれた手を逆に引いて改めて手を繋いで歩きだす。

「ヴィア。その、ちょっと、照れるね」

指を絡めて手を繋いだだけでもじもじと照れるリゼが微笑ましい。

「この程度で照れるのか?俺とは裸を見せあった仲なのに?」

そっとその耳に囁くとリゼの顔は更に赤く染まった。この顔を見るのがかなり好きでついついリゼを揶揄ってしまう。

「も、もうっ!こんな場所で、そんなこと…」

「くくっ、悪い。もう言わない」

ちゅっと態と音を立てて耳にキスをすると今度は頬を膨らませた。耳の端まで赤く染めてそんな顔をされても可愛いだけだ。

けれどこれ以上揶揄うとリゼが茹ってしまうだろう。

話を逸らす事にした。

「で?どこのカフェだって?」

「え?あ、あのねっ。港に新しい店が出来たって聞いて」

「あぁ、あれか。ならこっちから行った方が近い」

俺はリゼの手を引き裏道を歩いて行く。

どんな裏路地であろうが、俺に仕掛けてくる人間などいない。

「リゼ。一人の時は絶対にこんな場所通るなよ」

「うん。解ってる。ヴィアと一緒の時だけ、ね」

「そうだ」

「で、でも、私もそれなりに強いんだよ?」

「知っているさ。ラミアの祝福だもんな」

「う、うん…」

リゼは表面上に出ている祝福がなく初めて会った時、他国の人間かと疑った。

この国の人間は試練がそこそこ多く、内容も難しいものが多い。だから祝福姿のまま日々を過ごすのが普通だ。

俺もその一人。そもそもこの姿に不便はしていない。本来の姿に多少の祝福が乗っかっている程度だ。例えば俺ならば今はターバンで隠れているが耳が獅子の耳の形をしている。それと蛇の尻尾があったりもするがそれは今は服の下に隠れている。

ただそれだけだ。別に不便はしていない。人の姿を取り戻す意味もない。

その祝福だが俺みたいに表に見える人間とリゼのように見えない人間もいる。俺はキマイラの祝福持ちでリゼは【竜】の祝福持ちだ。

リゼ本人は俺にラミアの祝福だと話していた。だがリゼを抱いた時に背中に鱗がある事に気付いた。ラミアの祝福持ちは確かに鱗があるが全て【足】に出る。…背中に鱗があるのは【竜】の祝福持ちだけだ。

そして、【竜】の祝福を持てるのは【中央】の人間のみ。

彼女は、俺に嘘をついていた。

その事実に気付いた時、俺は思った。


【これは使える】と。


リゼが中央でどんな立場なのかは解らない。下層なのか上層なのか想像もつかない。

だが、リゼと俺が結ばれれば俺は堂々と中央へ入る理由を得る事が出来る。

しかも、だ。リゼは可愛い。

俺はリゼに惚れている。リゼをこの手で幸せにする事に間違いはない。リゼの嘘をそのまま利用し、中央に入れさえすればそこでまた交渉を繰り広げて行けばいい。

リゼに気付かれないように。リゼを真綿で包みその目を閉じさせて。

リゼと中央都市。二つを手に入れて見せよう。

惚れた女を利用するなんて下種な人間のする事だ。

けど、それがどうした。

常識から外れていようがなんだろうが、俺は欲しいモノは全て手にする。

そうして育てられてきた。


「ヴィア?店、通り過ぎるよ?」


ハッと我に返った。

言われて周囲を見ると、確かに店は俺の後方にあり呼び止められなければ通り過ぎる所だった。

「悪い。ぼんやりしてた」

「ヴィアが?ぼんやり?」

「なんだよ。俺がぼんやりしてたらおかしいか?」

「ううん。そっか、ぼんやりしてたんだ。ヴィアがぼんやり…ふふっ。なんか、嬉しい」

言葉通り嬉しそうに微笑むリゼに俺は困惑する。

デートの最中にぼんやりされて嬉しい女がいるものか?

外郭都市の首領な俺は様々な女と付き合ったし抱いてきたが少しでも視線を逸らすと文句を言われた。

女とはそういうものだと思っていたが…。

首を傾げると、同じように首を傾げたリゼがまた笑いながら言った。

「だって、私にだけ気を許しているって証拠でしょう?嬉しいよ」

そう言って笑うリゼに何故かグッと胸が詰まった。

一瞬だけれど、感じた苦しさに疑問を覚えたけれど俺は頭を左右に振ってやり過ごす。

「行くか。リゼは何が食いたいんだ?」

「あのねっ」

リゼのテンションの高い声を聞きながら俺達はカフェの中へと入った。


食事を終わらせて外に出ると、出掛ける時間が昼過ぎてからだった所為か日が落ちかけていた。

「……ねぇ、ヴィア」

「どうした?」

「…もう少し、一緒にいたいな」

珍しいリゼからの誘いに驚く。

「いや、かな…?」

「嫌な訳ない。ただ、いいのか?今日中に帰れなくなるぞ?」

「う、ん…。一緒にいたい」

リゼがそこまで一緒にいたいと言ってくれる事が素直に嬉しくて。そこまで女に言わせて帰してやれる男でもない。

「……なら、良い宿、とらないとな」

「普通の宿でもいいよ。一緒にいられるのなら」

顔を真っ赤にしながらも繋いだ手を離さないリゼが可愛い。

そんな真っ赤なリゼの耳に口を寄せて。

「声、我慢出来るのか…?」

そう囁くと、小さく「頑張る」と返事が返って来て。

その姿がまた可愛くて、俺は都市で一番高級な宿をとることにした。

宿に入り、鍵を閉めて。

リゼが何か口にする前にその唇を奪い取って抱き上げた。

ベッドに降ろしてリゼの体を味わい尽くす。

甘いリゼの声が響き、その声が俺の欲を刺激する。

もっともっとと欲するままに俺はリゼを掻き抱いた。

精根果てるまで抱き合って俺はリゼを抱きしめてそのまま二人で眠りに落ちた。

翌朝。

腕の中でもぞもぞと動く気配に目を覚ます。

「リゼ…?」

「あ、起こしちゃった?ごめんね?」

「いや、大丈夫だ。それより、何してるんだ?」

確か向かい合って寝た筈なのにリゼが俺に背を向けている。

離れて行こうとしているリゼに妙に寂しさを感じてお腹に手を回して引き寄せた。

「ひゃっ」と驚いた声を出しながらも嫌がる素振りは見せない。

「は、裸が、恥ずかしいから、せめて服着ようと思って」

「ここには俺しかいないんだから別に良くないか?」

「ヴィアしかいないから、少しでも綺麗にしてたいの」

「くくっ、なんだ、それ。リゼは何も着て無くても綺麗だぞ?ほら」

バッと被せていたシーツをはぎ取って、俺の下に組み敷く。

「も、もうっ、見ないでってばっ」

「綺麗だ。リゼの綺麗な肌に、ほら、俺のモノだって印が」

「えっ?」

指先で、肩に、首に、鎖骨に、胸に、お腹に順に触れていく。

くすぐったいのか体を捩りつつもリゼは視線で俺の指を追い顔を赤く火照らせた。

煽るつもりが煽られる。

「きょ、今日はもう駄目っ!立てなくなっちゃうっ!」

「……そうだな。けど、もう少し、ゆっくりしてようぜ。出るにはまだ早いだろ」

欲望をぐっと堪えてリゼの横に寝て抱き寄せる。今度は素直に抱き寄せられたリゼは俺の胸に額をくっつけた。

だからな。そう言う可愛い事をされるとだな…と突っ込みたくなるのを飲みこむ。

誤魔化すようにリゼの髪を撫でながら、これはいいタイミングかもしれないと俺は計画していた作戦を一歩進める事にした。

「なぁ、リゼ」

「なぁに?」

「俺と、結婚しないか?」

「えっ!?」

「いや、これは早過ぎるか。でもそれぐらいの気持ちなんだ。俺はリゼが好きだ。だから結婚したい。…嫌か?」

聞いておきながら嫌と言わせる気はないとリゼの顎に指を当てて上向かせ唇を重ねた。

角度を変えて数回。

リゼの呼吸を奪うようなキスを繰り返して。

「……嫌か?」

もう一度聞くと、小さな小さな声で「嫌じゃ、ない…」とだけ返って来た。

「今はそれで十分だ。いずれリゼの両親にもちゃんと挨拶にいかないとな」

「えっ?」とリゼが驚く。それも勿論想定内だ。

中央に外郭の首領を連れて行くことになるのだから。

だがリゼには悪いがこのチャンス、逃すつもりはない。

「リゼの両親に認めて貰う為に俺も頑張るからな」

ダメ押しのように言うと、リゼはその瞳を瞬かせて。次の瞬間にはその瞳に何か決意を宿して大きく頷いた。

「うん。だよね。私も、頑張るねっ。ヴィアとの為にっ」

リゼの言葉にどんな意味が含まれているのかを俺は理解せず、ただ己の作戦が進んだ事に喜んだ。

男の人の視点の方が書いてて楽しかったりしませんか?(ΦωΦ)

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