第二十二話 皇帝陛下の謎(中編)
僕達は皇都の宿屋にいた。
アレクと婚約者が言うには、城下町で何が起きてるか調べてから戻った方がいいとのことだったから。
宿屋の一階が食堂だったので、僕達は三階の借りた部屋に荷物を置いて、階下に降りた。
酒場と似たような食堂はガヤガヤと賑わっている。人の話し声が聞こえる様で聞こえない。けど周囲に聞き耳を立てると逆に色んな声が聞こえてくる。
「聞いたか?」
「何をだよ」
「陛下が草色の民だからって琳五家から除外するって言ってるらしいぜ」
「うぇー?マジかよ。俺今度草色の彼女に求婚しようと思ってたのに」
「ほんっと上の人間の考える事って解らねーよなぁ。そういやさ。この前草色の子が城に誘拐されたんだって?」
「誘拐?穏やかじゃねぇな」
「しかも奴隷扱いしてるって言うじゃねぇか。ほんっとやべぇよな」
……嘘だろう?
僕達の後ろで酒を酌み交わしながら話す男二人の会話内容に僕は頭を抱えた。
「…で?知ってたのか?王林」
アレクが先に出された葡萄を一つ自分の口に放り込み、頬杖つきながら僕に問いかける。
「知ってたら、即行で対処してる」
「だよな」
「まさか、こんな事になるなんて誰が思う…?」
「でもここでこんなに噂されるって事は、だ」
「城の中はもっと大変な事になってるって事ですね」
婚約者さんの言葉は言われずとも考え着いていた。
だからこそ、尚更僕は頭を抱えたくなる。こんな事になるって誰が想像する?
しかも留守はちゃんとアイツに頼んで行ったのに…。
「誘拐されるってのは気になるな」
「調べてみましょうか。そーゆー輩は何処にでもいますし、直ぐに動きますよ」
「アレク…君の婚約者の手慣れてる感が激しいんだけど」
「あー、そこは気にするな」
って言いながらアレクは今にでも飛び出しそうな婚約者の手を握って立ち上がるのを阻止している。
そうこうしている間に注文した料理が運ばれてきて、僕達は一先ず腹ごしらえをすることにした。
「そう言えば、王林様。私の事を婚約者と呼んで頂いても私的には大変結構なのですが、アレク様の為にフローライトと御呼び頂けますでしょうか」
「え、あ、そうか。ごめん。失礼だったね」
「あ、いえ。私としては婚約者と呼ばれる度にアレク様との関係を認めて貰えてる、超嬉しい、もっと呼んでって気分なんですが、アレク様の立場もありますしねっ」
「…君は本当にアレクが好きなんだね」
「はいっ!」
こんだけ自信満々に答えられると、ちょっと弄りたくなるな…。
「フローライト嬢はアレクの何処が好きなの?」
「え?」
即答しないって事は、内面がとか言うのかな?
ま、そうだよね。祝福姿を好きって言う娘、あんまり見た事ないし。
ドンッ!
…ドン?
目の前に置かれたのは…本?
「それではアレク様の尊さについて、語らせて頂きます。ここに教科書及びメモ帳がございますので、是非重要な所を書き取りながら聞いて頂きたく。それでは教科書の第一頁。アレク様の略歴から」
「え?え?ちょ、ちょっと待って、これ、何が始まるの?」
「フローラ。程々にしておけよ。俺は恥ずかしいから、食べ終わったし調査に行ってくる」
アレクがその場からいなくなり、僕はフローライト嬢のアレクの尊さについてを翌日の朝まで聞かされた…。
翌朝、戻って来たアレクが僕達の姿を見て呆れ切っている。
いや、アレクの婚約者だからね、この娘っ!
と、訴える元気もなく、僕は部屋で仮眠をとることにした。
因みにフローライト嬢は全然平気らしく、外に駆けて行った。あり得ない体力…何でそんな体力あるの…?
ってあれ?アレクがフローライト嬢の後を追ってったと思ったら肩にフローライト嬢担いで戻って来た。
「…体力、底ついてるじゃねーか。外で倒れるなら早く切り上げろ。…まぁ、俺の事を語って体力消費したんだから嬉しくもあるけどな」
何て言いながら宿のフローライト嬢の部屋に入って行った。…目に毒なくらい相思相愛なんだけど。
無性に白藤に会いたくなって来た…。
……城に戻る前に、もう一度だけ、会いに行ってもいいかな…?
ベッドにダイブして僕はそのまま眠った。
その日の夕方、目を覚ました僕はアレクから話を聞いて、町の中を歩いていた。
アレクが言うには、城に連れて行かれた草色の民を連れて来て解放している場所があると言う。
こっそりとその場所に行くと、そこはパッと見そこは服飾屋の様に見えるが…。
僕はばれないようにその家の見える路地の影へと入った。
店の中から出て来たのは、男が三人。
「…本当にありがとうございました。白藤様に、なんとお礼を言ったらいいか…」
「息子が無事に帰って来ただけでもありがたいのに、仕事の斡旋まで…」
「気になさらないで下さい。お嬢様は礼なんて望みません。…あぁ、でも、お嬢様が白の里に戻った時は是非顔を見せてあげて下さい。きっと喜びますから」
「勿論ですっ」
「必ず何か白藤様が喜んで頂けるものをお持ちしますよっ」
二人の年配の男性は深く深く礼をして立ち去って行った。
「さて。次は、あの二人の仕事場の確保だな」
そう言って残った一人の男性も店の中に戻って行った。
藤が…捕らわれた草色の民を助けていたのか…。
好きな子にこんな苦労させて僕は一体何をしているのか…。知らなかったとは言え、情けない…。
その後、暫く町を歩いていると、草色の民を誘拐しようとしている肉色の民を見つけた。
勿論、止めた。けど、ここで一件誘拐を抑えるより僕が城へ戻った方が早いだろう。
一旦宿に戻り、僕は一足先に城へ戻る事をアレクとフローライト嬢に伝えた。
そして二人には港にいる僕の私兵達を連れて来て貰う様にお願いした。あの乗り物を使えばあっという間だと思うから。
二人は快く頷いてくれて、僕も安心して城の裏手へと向かった。
城に戻る前に、やっぱりもう一度だけ藤に会いたい。
花畑の側の木の影で。
彼女は現れた。誘拐されたであろう草色の民と一緒に。暫く会話をして店にいた男現れ草色の民達を連れて戻って行った。
そして、戻ろうとする彼女に駆け寄って僕は背後から彼女を抱きしめた。
これできっと逃げられないだろうと思ったから。
「ここで待っていたら会えると思っていました。藤」
そう言うと、腕の中の体はビクリと震えた。
「ずっとずっと会いたかった。話をしたかった」
また逃げられたくない。その一心で僕は白藤への気持ちを伝える。
「藤。…僕は藤をずっと忘れられなかった。だから、君の里へ毎年春に会いに行ったんだよ」
君に会いたくて、君と話がしたくて。ただそれだけを目的に君の里に通ってたんだ。
君は会ってくれなくなったけれど…。
「藤。声が聞きたいよ。顔が見たい。振り向いて」
こっちを見て笑って欲しい。
そう言おうとした言葉は声にならず消えた。
振り向いた白藤は、大きな瞳からボロボロと涙を溢れさせていたから。
焦って、けれどまずはその涙を拭かなければと僕は着物の袖を掴む。
「陛下は…草色の民なら、嘘をついても、人を馬鹿にしても良いとお思いですか?」
予想外の怒気の含んだ声音に僕は更に焦った。
「そんな訳っ」
ある訳がないと言いたいのに。
「さっきから陛下は嘘ばかり。会いになんて来なかったですのっ。私の事などずっとずっと忘れていた癖にっ」
「藤、何言って…」
ショックだった。
忘れていた事なんてないのに。ちゃんと会いに行ってたのに。
『そこのお偉いさんの坊ちゃんが会ってたのホントにその白藤?さんだったのか?』
船の中で聞いた男の言葉が脳裏を過る。
もしかして、僕は本当に藤ではない白兎に会って、会いに行ったと満足していた…?
さーっと血の気が引いて行く。
じゃあ、藤にとっては、僕は会いに行くと口にしただけの軽薄な男ってこと?
最低で、最悪だ…。
ぐっと藤を抱きしめる腕に力が籠った。途端に。
「離して下さいですのっ!触らないでっ!」
藤が暴れ出した。
それでも僕は今離したらいけないと、必死に彼女を抱きしめる。
話を聞いて欲しい。僕はずっと君しか見ていないから。だから。
なのに、藤は暴れて副色姿から草色姿に変化してまで逃げようとする。
前回はそれで逃げられたけれど、今回は逃がさない。
ウサギ姿になった白藤のお腹に掴み持ちあげる。
「僕、嘘なんて言ってないっ!!毎年会いに行ってたんだよっ!!」
それが本当は君じゃなかったのは予想外だったけど、会いに行ったのは嘘じゃないんだ。
必死に訴える。でもその言葉は彼女には届かなかった。
「嘘ですのっ!」
ハッキリと叩き切られた。
「私、待ってましたものっ!ずっと、ずっとっ!!あの、口づけの意味だってっ!!」
切られた後に、もっと予想外の嬉しい言葉が聞けた。
あの約束を彼女も意識して、ずっと待っててくれたと。
「藤…待ってたってそれ、本当…?」
確証を得たくて聞き返したけれど、その答えは得られず。
返って来た言葉は。
「先に私を裏切ったのは陛下ですのっ!離してぇっ!!」
白藤の悲しみと苦しみが籠った僕への怒りだった。
暴れて、ガブッと力の限り手を齧られる。
流石にあんなに全力で齧られるとは思わず、力を緩めてしまった隙に白藤は僕の手から逃げて、枯れ井戸に向かって飛び込んでしまった。
「しまった…。こうなったら」
僕は城に向かって走る。
目的は白藤の自室じゃない。
僕の目的地は、城の中の僕の自室だ。
今の白藤には何を言っても通じない。フローライト嬢やアレクが言う通り、まずは城の中の…アイツがやらかした事をどうにかしなければっ!
裏口とは言え城の門。
真正面から兵達の立つ門へ歩き、その横を通り過ぎようとして、目の前で槍が交差するように行く手を止められた。
「…誰の前に立ち塞がっている?お前達は仕えるべき主の顔も忘れたか」
アイツに対する怒りと急いでいる所を止められた所為で、僕は苛立ちのまま威圧感を兵へと飛ばす。
すると兵達は直ぐに僕の存在に気付き、青褪めながら膝を折った。
何時もなら一言言って行く所だけど、何故か今の僕には気持ちの余裕がない。
真っ直ぐに僕は自室のある本宮へ向かい、全力でドアを開けた。そこにいるだろう、僕の従者に帰還を知らせる為だ。
「何者だっ、って、王林、様っ!?」
「うん。僕だよ、秋映。ただいま。それから、ちょっと、良いかな?」
「えっ?えっ?あ、あの、良いと、言いますか、ダメと言いますか」
「い・い・よ・ね?」
「…………はい…」
僕の従者は手に書類を持ったままがっくりと頭を落とした。
その書類の山を机に置くように命じて、僕は椅子にどっかりと座った。同じくテーブルを挟んだ向かいにある椅子に彼はおずおずと座る。
「さて、一から説明して貰うよ?僕は、僕が外交に飛んでいる間、この城の事は君に任せると言った筈だね?」
「は、はい…」
「それが、どぉーして、こんな事になっているのかな?僕にはさっぱりと見当がつかないんだけど?」
「そ、それが、その…」
「ほら、さっさと時系列順に説明して。でないと、僕、本気で怒るよ」
喉からぐるぐると唸る音が出てしまう。
それに怯えた秋映はゴクリと唾を飲みこんで説明を始めた。
「実は、陽光様が身罷られて」
「うん。ちょっと待って」
「え?」
「初っ端から飛んでもない情報が飛んで来て、僕どうしたらいい?突然実父が亡くなったと言われ泣いたらいいの?それとも何で教えなかったって怒るべき?」
反応に困る。それに、父上が亡くなった?待って。じゃあ、僕外交に行っている暇なんてなかったのでは?
「もしかして、王林様、存じておられなかった…?」
「おられませんでしたねぇ。僕これでも父上、前皇帝陛下から直々に継承された現皇帝なんだけどねぇ」
…父上と僕はハッキリ言って仲はあまり良くない。父上は正妻を作らず、五人の側室を適当に選び、子を作った。その中で一番最初に産まれたのが僕だった。子さえ産まれてしまえば女なんて必要ないと子を作るまでに利用されていた後宮は側室達を閉じ込める牢獄となった。…我が父上ながら最低な男だ。
そんな最低な我が父上の口癖が、【皇家とは、子を成し血を受け継ぐ事が一番の仕事だ】だった。僕は愛した人を正妻としたいので、父上の考えは全く理解出来なかった。
跡継ぎ問題以外にも外交や財政問題など、全く意見が合わなく顔を突き合わせては言い合い、僕が父上と最後に話した時はもう親子らしい会話など一切無かった。
「…とは言え、親は親だ。あんな親でもいなくなられると、やっぱり悲しいものだね。まさか死に目に会う事も出来ないとは…」
「も、申し訳ございません。緊急で伝令をしたはずなのですが…」
「いや、ごめん。他大陸にいたんだ。伝達の際に何か障害があったのかもしれない。そこはまぁ、仕方ないとするよ。でも父上が死んだのなら、葬儀は誰が指揮をとってやったの?」
「……行っておりません」
「……ん?僕の耳が遠くなったのかな?良く聞こえなかったよ」
「行っておりません。もっと言うならば、国民は前陛下が亡くなった事を知りません」
「意味が解らないよ、秋映。前皇帝陛下が亡くなったのに知らせていない?しかも国民は誰も知らない?…本当に意味が解らないけど、今は言わないでおく。説明を続けて。父上が死んで、どうなったの?」
「王林様に連絡を出すと同時に、城に残っている東光様に指示を仰ぎました」
「…馬鹿なの?東光の年齢、いくつだと思ってんの?」
「それはそうかもしれませんが、東光様も陛下の御子です。筋を通さねばなりません」
「…あー…そうだった。秋映は融通がきかないんだった…」
「東光様は王林様が不在の間は自分が取り仕切ってみせると仰って、次から次へと采配してくださり」
「采配してくださり?十歳前後の子に?国の采配が出来ると?どうせ、重要な仕事は全て放置か側付きにやらせてるんだろう?」
「うっ…」
「呆れた。秋映、そう言うのは采配とは言わないんだよ。昔から君はそうだったね。皇族の言う事は絶対主義。それが今の状況を生んでいるってこと、解ってる?」
「は、い…」
「僕は君に留守を預けた。君なら僕の考えを知っているし、正しい判断が出来るからと信頼していた。でも、もうそれも出来なくなった。…僕の言っている意味、解るよね?」
「王林様っ、わ、私はっ!」
「私は、何?君の主張を聞いた所で事実は変わらないよ。君は僕の信頼を裏切った。だから、君を信用する事は出来ない」
「………はい…」
「とは言え、今は君が行っていた仕事を引き継ぐ必要があるからね。暫くは僕の側にいて貰うよ」
「は、はいっ」
「少しでも偽ったり隠蔽するような事があればすぐに追い出すから。いいね」
「はいっ」
はぁ~…。もう、溜息しか出ないよ…。
まずは父上の葬儀の準備か。いや、その前に城の中の人事か?それ以前の問題か。まずは東光を呼び出さなきゃ。藤がいたのは後宮の一室。後宮にいる理由も聞く必要があるし。
どっから手を出していいか、色々あり過ぎて頭が回らないや。
…一先ず手近な所からやって行こうか。
「秋映。最速で決済が必要なものからこっちに寄越して」
ゆっくりと立ち上がり、部屋の執務机に向かう。
「はいっ!」
「それから、彩来と斜子を呼び戻して」
「はいっ!」
「あと、何か飲む物頂戴。と、あと悪いんだけど、これ、手当てして貰える?」
「はいっ!…ぎゃーっ!王林様っ、手から血が出てるじゃありませんかっ!?」
「だから手当てしてって言ってるの。流石に痛くなって来たから」
「す、直ぐ救急箱をご用意しますっ!!」
そう言って出て行った秋映を見送り、僕は椅子を引き座ると机の上の書類を手早く分けていく。
まず書類を寄越せと言ったのに…。はぁとまた溜息がついて出た。
ほぼほぼ徹夜状態で、僕は溜まりに溜まった書類を急ぎでないものを除いて片づけて、その間にアレクとフローライト嬢を城に招いた。
大っぴらに招くにはまだちょっと城の中のごたごたが片付いてないのでひっそりと来て貰った。
アレクは僕の状況に同情してくれて、重要な物以外の仕事を手伝ってくれた。フローライト嬢も勿論手伝ってくれて、二人の有能さに驚いた。
こんな二人が部下にいたらと泣きたくなる位には有能だった。
「それで?東光様には会ったのか?」
「いや、まだだよ。僕名義できちんと呼び出しているのに、全く応じない所か、自室に帰ってないらしい」
「帰ってない?何処に行ってるんだ?」
「それが、昔から東光は逃げるのが上手いんだ。何をどうやって目を掻い潜っているのか…はぁ」
「二人共おやつでも食べて休憩しましょう。トゥーティスは果物や穀物が多いから色んなお菓子作れて良いですね」
そう言いながら仕事をしていたアレクと僕の所にフローライト嬢が大きな銀のお盆に綺麗なお菓子が並べられている。
見た事のないお菓子だけど…これはオーマのお菓子なのかな?
「フローラ。また新しいお菓子を作ったのか」
「はいっ!今日は果物たっぷり寒天ゼリーですっ!」
「かんてん…?」
「まぁまぁ、深い事は気にせずに、食べましょうっ!」
…まさかのフローライト嬢の創作料理だった。
僕には一杯の葡萄が入った【かんてんぜりー】と言うモノが渡されて、あまりの美味しさに即完食してしまった。
葡萄が好きだと言った覚えはないのに、僕の好みばっちりのお菓子を作ってくるなんて…若干フローライト嬢が怖くなった。
とは言えお代わりをくれるのでそれは素直に受け取りつつ、匙でそれを美味しく頂いていると。
ドタバタドタバタと城内に相応しくない足音が聞こえて、ドアが開けられた。
「秋映。ドアはまずノックするものだよ。それから廊下は走らない様に」
「も、申し訳ありませんっ。東光様が」
息を切らしながら言う秋映に僕達の視線は集まる。
「琳五家の令嬢に集まる様に声をかけましたっ!」
「……うん。ちょっと待ってね?いや、怒るのは後だね。それはいつ?」
「今ですっ!」
「……フローライト嬢。ごめん、僕の代わりに秋映、殴っといてくれる?」
「よっしゃっ!腕がなるぜっ!」
「フローラ。その口調はやめろ」
「はーい♪」
…駄目だ、イライラする。
何とか苛立ちを抑えつつ、僕はアレクにこの場を任せ、謁見の間に急いで向かった。
ばれないように、玉座の後ろにある天幕の後ろに身を隠す。
暫くして現れた令嬢達の姿を布越しに見て、目が点になった。
待って。待ってくれ。彼女達は琳五家の令嬢だ。それは最悪良いとして、何で…腹が…。
嫌な予感が矢の様に大量に刺さってくる。
令嬢達は揃って互いに牽制し合い、煽て合いながら会話をしていた。
最後に藤が入って来た瞬間、矛先は全て藤へと向かう。
「汚らわしい草色が、まだ城にいたのね」
「子を産むために呼ばれたのに、陛下の御子を産むどころか御渡りもないのに」
あぁ…嫌な予感が確定した。
あの馬鹿が…なんてことを…。
あまりな事に令嬢達の会話が頭に入って来ない。それに、藤が…いや、もっと言えば草色の扱いが…。
声は出さずに痛む頭に手を当てていると、堂々とした態度で東光が入って来た。
玉座に座り、随分偉そうに話している。
……そう言えばさっき雑色の令嬢がいると琳五家の令嬢達が話していた。
あぁ、更に最悪な事になりそうだ。
「この者の名は美丘と言う。無事男児が産まれ草色が抜けた白家の枠にかの者を後釜に入れる予定だ」
やっぱりかっ!
しかも白家が抜けた後に入れるだってっ!?
雑色の民の令嬢…あんな令嬢は見た事がない。一体どっから連れて来たんだ、東光っ!
「陛下、流石に雑色を琳五家の名の継承者にさせるのは…」
「まぁ、そこの草色よりはマシだろう。雑色は逆に言えば肉色の血も兼ね備えていると言う事だ。純潔の草色よりは余程良いだろう」
……あぁ、本格的に腹が立って来た。
これ以上何も言わないで欲しい。
と言うか、藤を傷つけるな。
「…して、そこの草色の」
「…はい、陛下」
藤の声が聞こえて、グッと息を飲む。
今すぐ出て行きたい衝動を堪える。
東光、一体次は何を言い出すつもり…?
「今日の夜、そなたの部屋へ行く。出迎える準備をしておけ」
「………お断りいたします」
「なに?」
「お断りいたしますと申しました。陛下は草色に興味など無い。草色は下僕と相違ないのでしょう?そんな風に思われて扱われて、どうして体を差し出す気になるでしょう。いずれ琳五家を抜ける身。余計な禍根を残すつもりはございません。そうですわ。そちらの雑色の令嬢を抱かれたらよろしいんですわ。殿方に取り入るのがお上手そうな体をしてらっしゃいますもの。皆様と同じく」
「…貴様、世を愚弄するか」
「最初に私を愚弄したのは陛下でございます」
あ、もう無理かもしれない。
僕、こんなに腹が立ったのは生まれて初めてだよ。
「生意気な…っ」
「私をこんな好戦的にさせたのは陛下にございます」
藤が東光に立ち向かう姿はとても、目を奪われる位綺麗だけれど。
それ以上に、僕は東光に腹が立って。
我慢出来なかった。
「控えろっ」
東光に向かい、背後から怒気を含みまくった威圧感を飛ばした。
「か、解散だっ、部屋へ戻れっ」
頭を抱えて小さくなった東光に僕は逃げられない様に更に威圧を飛ばす。
令嬢達は藤を筆頭に立ち去って行く。
全員がいなくなった所で幕から出て、怯える東光の襟首を掴みあげ引き摺り謁見の間を出た。
「に、兄様っ、い、いいいい、いつお帰りにっ!?」
「声を出すな。殴られたくなければ黙って」
「むぐっ」
引き摺られるままだった東光が両手で口を塞いだ。
そのまま自室へ連れて行き、僕は部屋の中にコイツを放り投げた。
「ぎゃんっ!」
「東光。兄様もね、許せることと許せない事があるよ…?」
東光の顔に手をぶつけギリギリと力を込める。
「痛い痛いよぉぉぉぉっ!!」
「お前、何、やってんの?令嬢達を孕ませて、草色の民を虐げて、しかも雑色の完全に裏のありそうな女を琳五家に入れるとか。ふざけてんの?」
「おい、王林。落ち着け。まず聞き出す事聞き出してから罰しろ」
「うわぁ、王林様と同じ顔なんですね」
アレクに止められて、仕方なく手を話し僕は椅子に座る。
そんな僕の横から東光の顔を見て驚くフローライト嬢にちょっと毒気が抜かれ、肺に溜まった怒りの空気をゆっくり吐き出した。
「僕達皇族は副色の姿が全く一緒になるんだ。だから僕達の父上も副色の姿は同じ」
「成程。人型の祝福姿が同じになる、と。じゃあ獣型の祝福姿は?」
「…長男で第一継承権を持つ者だけが熊になる」
「ってことは、王林様はクマさん?」
「そう可愛く言われると何とも言えないけど、まぁそうだね」
「へぇ~。後で獣型見せて貰おうっと」
完全に毒気抜かれた。
その事に感謝しつつ、僕はびくびくと怯えて膝を抱えて座る東光を見降ろした。
「聞きたい事は一杯あるが、まずはこれだけは確認しておくよ。何で琳五家を招集して、令嬢を孕ませた」
「えっ!?」
「僕は言ったよね?東光。僕が留守の間は大人しくしてろって。真面目に勉強しておけって。それがどうしてこんな事態になってるの?」
「ぼ、僕は真面目に勉強したし、言いつけ通りにしてるよっ!」
「へぇ?詳しく言ってごらん?」
「色々本を読んで女の喜ばせ方学んで、父様の言いつけ通り皇家の血を残す為に子作りしたもんっ!」
東光の発言を聞いて頭痛が増した。
「そ、それにっ、兄様が草色の民が好きだって知ってたから、草色の令嬢には手を出さなかったしっ!」
「それを僕の為だと言うのなら、僕は今すぐお前の首を飛ばす」
「ええっ!?」
「正直、俺が王林と同じ状況なら、問答無用で飛ばして今弟の首はないな」
「……消す?」
フローライト嬢の言葉が一番怖い。しかもきっと本気だ。
「なななな、なんでそんな怖い事言うんだよぉっ!」
「そりゃ言うだろ。弟のお前がやった事は全て兄である王林が責を負わなければならないからな。友としては楽な手段として手っ取り早くお前の首を飛ばした方が早いと薦める所だが」
アレクの言う事が正論過ぎて、けれど僕は甘いと言われても弟を殺したくはないから…。
「アレク様」
フローライト嬢がアレクの腕を掴んだ。流石に僕達の判断を怖いと思ったんだろうか。フローライト嬢の方に視線を向けると。
「素敵過ぎて私死にそう…」
全く恐怖を感じていないところかカッコいいアレクを見れたと幸せそうだった。
「僕は、死ななければならない程悪い事はしてないっ」
「…それに近い事はしているんだよ、東光。まずは皇族の血はみだりに増やしてはいけない。血を残す上で大事なのはその血の尊さだ。皇族の血がのべつそこらに流れていたらその血は尊ぶべきものではなくなってしまう」
「権力を持つ者の血は争いを産む。権力を利用しようとする者、権力を捨てさせようとする者、他にも様々だ。そしてそれは年齢なんて関係ない。赤子であろうともその血は絶え間なく狙われ続ける。俺達王族はまずそれを理解し、己の身を守らねばならない。それが出来ない年齢の時は親がそれを担う事になる」
アレクの言う通り親は子の責任を持たねばならない。皇族ならば尚更。
ふと、フローライト嬢が東光を見て呟いた。
「そもそも東光様は今おいくつなんです?」
「…今年で十二になるよ」
「十二?…え?精通かよってるの?」
…隠しもしないんだ。フローライト嬢って本当に令嬢なんだろうか…。
アレクを見ると全く気にした様子がない。アレク、君心広過ぎない?
「はぁ…。フローライト嬢。僕達トゥーティス大陸の人間は、獣型と人型の二つの祝福を受けている。それは知ってるよね?」
「聞きました。沢山のアニマル天国万歳」
「う、うん。後半の方はちょっと意味が解らないけど。兎に角、副色の…人型の祝福は、実年齢に関係なく一定の姿になるんだ」
「一定の姿?」
「そう。例えば僕、実年齢は十六なんだけど、この姿は三十代、四十代くらいの男に見えるだろう?これは産まれて直ぐに祝福を受けてこう変化する。だから五歳の幼児期でも副色はこの姿なんだ」
「ほえー。じゃあ、いくら年をとって本来の姿が七十代でも副色の姿は十代女子の場合も?」
「あるよ。七十代のお婆さんが男児の赤子の副色姿とか普通にある。そしてその姿の時はその姿の力を持つ。だから東光が十二歳であっても、副色姿がこうだからね。女を抱く事も出来るよ」
「へぇー。だからかぁー」
……ん?
フローライト嬢から何か重い空気を感じる。
「男の人ってさぁー。女がどれだけ苦労して子を産むかって解ってないよね」
「ん?フローラ?」
「女って子供産むのに命を賭ける訳ですよ。覚悟を決めて産むわけなのです。母子共に健康なのが奇跡なわけなのです。だっつーのに、男は中に出すだけだして後は放置。自分は仕事が、とか言って出産する為に休んでるだけで女だって仕事があるっての。家事手伝おうか?育児手伝おうか?いや、誰の子だっつの。何しれっと自分関係ないけど手伝おうとしてる俺カッコよくね?みたいな態度してんだ。女は子供産むだけで、てめぇの遺伝子残すって一大仕事してる訳だ。なのに、家事もしない金も稼がない動きもしない無駄に育休取得して仕事を増やす、はぁ?舐めとんのか」
「えーっと、フローラ?」
フローライト嬢の言葉が止まらない止まらない。
女の恨みって奴だろうか?しかもにっこり笑いながら恨み辛みがつらつらつらと呪文か何かのように続いて、…東光がすっかり怯えている。確かにこれは僕でも怖い。
「フローラ。落ち着け。大丈夫。俺はフローラが出産する時も育児する時も一緒にいるから」
「アレク様っ!好きぃぃぃぃっ!!」
……この変わりよう。ある意味凄い。アレクに抱き着き、フローライト嬢幸せそう。逆にアレクもフローライト嬢の頭を撫でて幸せそう。
僕は一体何を見せられてるの?
「フローラ」
「はい?」
?、アレクがフローライト嬢にひそひそと何か話している。
フローライト嬢の顔がぱぁっと輝き、何度も頷いて、「行って来ま~す」と部屋を出て行ってしまった。
「アレク?」
フローライト嬢が出て行ったドアを指さして無言で訊ねるとアレクはただ笑うだけ。
「あんまり他国の令嬢が外に出るのは…」
危ないと思うんだけど?
言外でアレクに言うけれど、アレクは腕を組んでハハッと笑って。
「フローラがそこら辺の悪党に負ける訳がない。フローラが本気を出せば国の一つや二つ潰せるぞ」
「それ、笑顔で言っていいことじゃないからね…」
「こっちの事より、まず目の前の事どうにかしろ」
確かに、その通りだ。
こそこそと逃げようとしている東光の服の裾を踏みつけて逃走を防止する。
「東光。お前結局何人孕ませたんだい?」
「高嶺と月光、千雪、黄美に…」
「……最悪…。紅家の令嬢のお腹は膨れてなかったと思うんだけど…」
「この前二人目が産まれて」
「ちょ、ちょっと待ってっ。一人目じゃないの?東光、お前どんだけ繁殖したんだっ」
「王林。繁殖って…」
「だって、女の子ばっかり産まれるからっ」
「ばっかりって…」
その言い方だと沢山産まれてる可能性が高い…。
「どうしよう…アレク、僕、倒れても良いかな…」
「…皇女が沢山、か。皇子が産まれなかった事がまだ救いだな」
「皇族の血を引く者をそう簡単に殺す訳にはいかない。かと言って、全てを認める訳にはいかない。琳五家に権力が集まり過ぎても駄目だし…はぁ、どっから正したらいいんだ…。予想外過ぎて頭が全然働かない」
「ハハッ、そりゃそうだな」
「笑い事じゃないよ、アレク。…一先ず、東光。お前はこの件が片付くまで自室謹慎だ」
「ええーっ!?」
「お前には驚く権利はもうないよ」
コンコンとドアをノックされる。
入れと一言いうと、彩来と斜子が現れた。
二人に挨拶される前に、僕は二人に命じた。
「彩来、斜子、東光を部屋に連れて行け。絶対に目を離すな」
「はっ」
「さ、行きましょう。東光様。一体何をやらかしたんですか~」
「彩来、斜子~…兄様がぁ~…」
両側から脇に腕を差し込まれ、ずるずると引き摺られて行く東光を見送り、ドアが閉められたのを確認すると、僕は「はぁ~」と息を吐きだして座りこんだ。
そんな僕の肩をアレクはポンッと叩いて、処理書類の束を笑顔で渡された。…頭が痛い。
コロナにかかってました…(´・ω・`)
アップする時間が遅れて申し訳ない…(´Д⊂ヽ
まだ咳が消えません…しんどす…。




