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第十九話 花咲く森の道

あの謁見の日から、また数年の時が過ぎた。

初めて陛下と会った時から十年の月日が経過した。

私はまだ後宮にいる。

「生まれましたっ」

バンッと扉が開かれて、秋田が息を切らしている。

その言葉に私と小蜜は息を飲んで次の言葉を待つ。

「女児だそうです」

ぐしゃっと私達は潰れた。

謁見の日から数年。これを何度繰り返した事だろう。

何故か彼女らは女児しか産まれず、男児に世継ぎに全く恵まれないのだ。

「もう…後宮の中に女児が増えるだけじゃない…」

小蜜の言葉に私達は深々と頷く。

男児が産まれない事には私達は帰れないし、草色の民が解放されないんだから勘弁して欲しい。

「陛下が肉色しか抱けない体で良かったですね。お嬢様」

本当にその通りだと大きく頷く。

「でも小蜜先輩。もし肉色だともう無理だと判断して陛下が白藤様に狙いを定めたら」

「もし他のお偉い人達に白藤様も選択肢として入れてみたらと打診したら」

「私達、武器を手にしてしまうかもしれないです」

きゅぴーんとハムスターの目が六つ輝いている。

でもそれは私も恐れている事態の一つで。

これだけ子作りしても女児しか産まれないのなら、陛下も含め女系が強い家系かもしれない。

となると数撃てば当たると、草色の民に手を出しかねないのだ。

媚薬でも何でも飲んで強制的にしてしまえば良いだけの話。ただ、それは男性から見た話しで女の私から見たらとってもあり得ない話なのである。

「……今は警戒を強めてもいいかもしれませんね」

「そうね…。でもやることはやらなきゃ」

私は立ち上がり、早速準備をする。

ふわふわしている髪を結い上げて、基本垂れ目な顔に化粧をして貰って釣り目にして貰う。

「良い感じに出来ましたよ、お嬢様っ」

「ありがとう、小蜜。それで津軽。今日はどちらに行くのかしら?」

「今日は武官の方へ」

「武官…警備の方ね。解ったわ、行きましょう」

ツカツカと靴を鳴らして、私は後宮を出て中央を越えて左側の建物へ。

こちらは陛下の警備の人間や陛下の居城もあったりする区域。とは言え、陛下がこちら側へ来る事は殆どない。

執務室にいる時以外は大抵後宮にいるからだ。

えっと、狙いの草色の民は…。

兵たちが訓練している所を遠くから眺め、耳を澄ます。

すると、少し遠く。建物の裏手側から声がした。

そちらへ行こうとすると、兵士数名が気付き私の前に立った。

「草色の姫。どちらへ?」

「……私を誰だと思っているの?とっととお退き」

バッと扇子を広げて口元を隠しつつ言うと、兵士が一瞬たじろぐ。

「し、しかし、ここから先は男達が多く、危険です」

「そんな危険な男達を雇っているなんてっ。陛下に進言し首にして貰わなければっ。私、大概の事は許可を頂いてますの」

ふふっと笑いながら言うと、兵士はやはり数歩下がるも踏み止まる。

「お退きって言っているでしょうっ!この私の命が聞けないのっ!?」

「し、失礼しましたっ」

ふんっと鼻を鳴らして、私は建物の裏手へ回る。するとそこでは肉色の男兵士数名が草色の兵士を殴ったり蹴ったりと暴行を繰り広げていた。

私はその様子を気にも止めずに彼らの背後を歩くふりをして、態と肉色の兵士の腕にぶつかった。

「きゃあっ!?」

如何にもわざとらしく叫び転ぶ。

「な、なんだっ、この女っ…あ?貴女は草色の姫ではありませんかっ」

「……いやぁっ!?私の白くて美しい着物が土で汚れてしまいましたわっ!?そこのあなたっ!!どう責任を取ってくれますのっ!?」

「も、申し訳ありませんっ!!」

「それが謝罪のつもりですのっ!?もっと地面に頭を付けて謝罪なさいなっ!!私を誰だと思っているのっ!?」

立ち上がり私とぶつかった兵士を扇子でバシッと叩きつける。

琳五家の令嬢である私は草色であろうとも立場は上。私の一言で彼らを首にする事も可能なのだ。

「…成程。草色には例え琳五家の令嬢であろうとも頭は下げられない、と。馬鹿にしてくれるわねっ!やはり首にしましょうっ!国外追放でも良さそうだわっ!」

「そ、それだけはっ」

焦り兵士たちが慌てて膝を折ろうとする。けれど私はそれを止めた。

「ふっ。やっぱり良いわ。膝を折らなくても、私に謝罪しなくても。許してあげる。その奴隷を私にくれるなら」

「え…?」

「彼らと引き換えに今の事を無かった事にしてあげると、言っているのよ。どう?とぉーっても優しいでしょう?」

「そ、それは…」

「なぁに?それともやっぱり私に土下座して許しを請う?」

そう言って口の端を上げて笑うと彼らは首を振って、私に草色の兵士を突き飛ばすように預け走り去って行った。

「さっ。これで、貴方達は私の奴隷よ。大人しく着いて来なさいっ」

「…貴方達、草色の姿になりなさい」

津軽が二人にそう言うと、彼らは私が怖いのか逆らう事もせずポンッと姿を変えた。

…リスですの。もう一人は…私と同じウサギ…。

津軽に二人を持って来ていた籠の中に隠すように言って、私達は一目に映らない様に足早にこっそりと後宮の自室へと戻った。

自室へ戻って、しっかりと秋田と信濃に鍵を閉めさせて、その前に立たせると、ふぅーと息を吐いた。

「二人を出してあげて」

「はいっ」

「小蜜。何か飲む物をお願い」

「かしこまりましたっ」

津軽が籠から二人を出すと、二人はガタガタと震えていた。

「大丈夫ですよ。白藤様が助けてくれたんです。もう、安心して良いんですよ」

ニコニコと微笑みながら話しかけ安心させる津軽を私もにこにこと見守る。

「それにしてもお嬢様。すっかり高飛車な演技が上手くなりましたね~」

「そうだと嬉しいけれど、実は今だに心臓はバクバクしてるの。そもそも私はそんな性格ではないのよ」

小蜜が用意してくれたお茶を受け取り、笑いながら一口飲む。

そうしていたら、震えていた二人はそっと私達の側に来た。

「?、どうしたの?ここにはもう草色だからと虐げる人はいないわ。体を休めて良いのよ?副色の姿になっても構わないし」

言うと、二人は何故か焦ったように首を左右に振った。

「白藤様。彼らは男性ですよ?後宮で副色姿になったのがバレたら色々大変なことになりますわ」

津軽に言われて、そう言えばと思い出す。後宮に来て結構な日々が過ぎたけれど、陛下が来る事もないしあんまり意識をしなくなったのだ。

「では声も出さない方が良さそうですね。こちらから質問するから答えてね?貴方達はここ、城に残る事を望みますか?もし望むのであれば、私の直属の部下にと言う事にして待遇を改善しますし、逆に城を出て就職先を欲するのならば私が里で望む仕事を斡旋します。城に、残りたいですか?」

私が問うと二人は少し考えて頭をまた左右に振った。

「そう。じゃあそうしましょう。秋田、早速この文を里にお願い」

「はいっ!」

秋田が私から封筒を預かると直ぐに外に走って行った。

「……焦ってまた肉色の令嬢達の前を通らないと良いんですけど」

「そうね」

小蜜と二人苦笑する。

「それじゃあ二人共、外に案内するわ。もう一度籠に入って貰える?それから、外に出たら二、三聞きたい事があるの。答えられる範囲で構わないから答えてね。さぁ、行きましょう」

籠に二人を入れて、小蜜達に留守を頼み部屋を出た。

誰も、兵もいないのを確認してからこっそりと部屋の裏へ向かう。そこにあるのは枯れ井戸。

その中に飛び降りると実は抜け道がある。

真っ暗な中真っ直ぐ横穴を進んでいると、また枯れ井戸の中に辿り着く。降ろされている梯子を登って到着した場所は、城の後ろでにある森の中の花畑。

「ふぅ。到着ですの。梯子を登る時大分揺らしてしまいましたですの。大丈夫ですの?」

枯れ井戸の縁を背に座り籠から二人を出すと、彼らは直ぐに飛び出して副色姿に戻ると私の前に膝を付いた。

「そんなことしなくても良いんですの。草色の民は皆仲間で同等、ですの」

にこにこ笑顔で言うと彼らも顔を上げて笑い座って胡坐をかいた。

あの時はきちんと見れなかったけれど、二人は可愛い見た目をしていた。茶色の長い三つ編みをしたやんちゃそうな男の子と反対に白いサラサラの髪を肩でぱっつんと切って前髪で目を隠している男の子。

「それじゃあ、迎えが来るまで二人と話しをさせて下さいですの」

「はい」

「何でも聞いて下さい」

「ありがとうですの。まずはどうして城に来たのか、ですの。やっぱりお金の問題ですの?」

「基本的にはそれが一番の理由ですね。けど、それ以上に俺達攫われたんですよ」

「攫われた?どう言う事ですの?」

「お、王都では良くある話です、よ…。自分達のかわりに働く、に、人間を草色の中から選んで攫って行く、んです…」

「俺とコイツも、白藤様が助けてくれた時にいたあの肉色の兵士達に親の目の前で攫われて来たんだ」

「そうだったんですの…。それは、大変な目に遭ったんですの…」

…攫われて来た。この答えは後宮入りしてもう何度も聞いた。草色を…人とは思ってない王都の人間達に、草色の皆から話を聞く度に少しずつ少しずつ幻滅していく。

「食事とかは与えられていたんですの?」

「まぁ、死なない程度にはなー」

「人参一欠けとかその程度だったけど…」

「草色の姿になってさえいればどうにか耐えれるしなー」

「劣悪な環境ですの…。良く、頑張りましたね」

思わず出た言葉に彼らは一瞬驚いた顔をして、目を赤くさせた。涙は決して零さないけれど、きっと泣きたくて堪らないんだろう。それに、彼らはまだ幼い。親元へ返した方がいいかもしれない。

「お二人のご両親は、どちらの色をお持ちですの?」

「うちは二人共草色だ」

「僕の家は父が草色で母が肉色です」

「成程。では家族仲は良好ですね?」

基本的に肉色と草色は仲がよろしくない。だが肉色と草色の婚姻を認めない訳じゃないし、いない訳じゃない。だから肉色と草色のカップリングはとても愛し合っているからその間に産まれた子はとても愛おしまれる。

だから、二人共両親には愛されている筈だ。

「んー。じゃあ幸徳にまずは実家に寄る様に言っておくですの」

えっと、それから聞くべきことは…そうそう、これ一番大事な事。

「二人は他にも苛められてるとか虐げられてる草色の人、知ってるですの?」

「いや…知らない」

「奴隷同士やりとりする事は禁止されてて…破ったら殴られるんです」

「…そうだったんですの…」

それは知らなかった。だから今まで外に逃がした草色の民に聞いても知らないって答えていたのね。

しかも、禁止されて殴られていたなんて…。

思わず二人に手を伸ばして抱きしめていた。

「本当に遅くなってごめんなさいですの…。私にもっと力があれば、もっと早く助ける事が出来たのに…」

ぐっと抱き寄せた二人の頭を抱きしめると、二人は最初驚いていながらも、段々と力が抜けて小さな嗚咽を漏らし始めた。

その堪えるような泣き声に私まで泣いてしまいそうで、唇を噛んでぐっと堪える。

私は唯一の草色の琳五家の人間で。本当なら私が、私達一族がこの状況を改善しなければならなかった。

けれど、それを怠り里で暮らし続けていた。…これは私が背負わねばならない試練だ。

二人が泣き止むまで、私は二人を抱きしめその頭を優しく撫で続けた。少しでも癒されるようにと祈って。

「お嬢様。お待たせしました」

暫くして幸徳が現れて、私は二人に聞いた事情と向かう場所を掻い摘んで説明して泣き疲れた二人は気付けば草色の姿になっていたので幸徳に抱き上げて受け渡した。

「幸徳。…お願いね」

「…大丈夫です。幸徳にお任せを」

「…信頼しているわ」

「はいっ」

彼はそのまま二人を連れて森の中へ姿を消した。

幸徳と二人を見送り、本当は戻るべきなのだろうけれど、少しだけ疲れた私は井戸から離れ花畑の中に座りこんで空を見上げた。

「助けても、助けても…次から次へと奴隷として皆が連れ込まれる。…私の手はそんなに大きくないんですの…。やれる限りの事はやるけれど…そろそろ限界が近いですの…」

お日様の光を遮る様に額に手の甲を当てて、目を閉じる。

(…陛下が、お子を…男児を身籠らせてさえくれたら…後宮にいなくてもすむ。草色の民を肉色から切り離す事が出来る。なのに…全然男児を産んでくれない…。帰りたい…。お父様、お母様…会いたいですの…)

民の前でこんな事を言う訳にはいかない。

私が唯一心を吐露する事が出来るのはこの花畑だけだった。

「……藤?」

「え…?」

声がして、でもこの声に呼び方は…。思い至った人物に、私は怖くて振り向く事が出来ない。

「やっぱり、藤だっ。やっと会えたっ」

足音と声が近づいてくる。

あの時と変わらない声と話し方。

なんで、今更そんな話し方…。

「藤?」

あぁ、声がもうすぐ側まで…無理ですのっ!

私は立ち上がり急いで枯れ井戸まで走る。

「えっ!?藤っ!?」

驚いて、それでも追い掛けてくる足音がした。

掴まったら駄目だ。掴まったら、私はきっと泣いてしまう。陛下が、草色を馬鹿にしていると、侮っているのだと理解しているのに、そうではないのだと期待してしまう。

その期待を裏切られたら、私はもう…何も出来なくなってしまう。

「藤っ!待ってっ!!」

振り返っては、駄目だ。

私は枯れ井戸に飛び降りた。

そのまま横穴に走り、また枯れ井戸に辿り着くと急いで梯子をよじ登る。

「藤っ!お願いだっ、待ってっ!!」

切羽詰まったような陛下の声に惑わされそうになりながらも、それを振り切る様に梯子を登りきって、私は自室へ向かって走った。

「藤っ!」

着物の上着の袖を掴まれた。

でも足を止めたら負けだっ。

ポムッと草色に姿を変えて、着物から滑り落ちる様に着地して走った。

自室のドアにある草色専用の出入り口から中に入って、

「小蜜っ、鍵をっ!急いでっ!」

叫び、何があったか把握は出来ないながらも私の声に反応して小蜜がドアに鍵をかけてくれた。

「藤っ!!」

ドアの外で声がする。

ドンッと叩かれて、もう一度名前を呼ばれた。けれど、私は反応を返さない。

暫く私達は声を出さずに、ジッと耐えていると。

「………藤…。何で…、いや、ごめん…。また、来るよ」

そう悲しそうな声で呟いて、彼の気配は去って行った。

「お嬢様。今のは陛下ですか…?」

「…ですの」

「そうですか。…お嬢様から聞いていた陛下とどうにも感じが違うような気がするのですが…」

「……解らないんですの…。やっと会えたって、言っていたんですの…。草色を…私を拒否したのは陛下ですのに…」

「お嬢様…」

小蜜に持ちあげられて、頭に頬を擦り寄せてくれた。

私は泣きそうになるのをグッと我慢して、小蜜の手から降りて副色姿に戻った。

「小蜜。ごめんなさい。取り乱して。服を、お願い出来るかしら」

「勿論です。外に落ちた服は秋田に回収させましょう」

「ありがとう…」

小蜜は私の礼に大丈夫ですと笑って、それから元気を私に分け与えるように可愛い着物ワンピィスを着つけてくれた。

それから数日。

陛下が訪れることなく、いつも通りの時間が過ぎ安堵した。

そしてまた草色の民が奴隷として連れて来られた事を知り、私はその場へ向かい何とか草色の民を引き取り、自室へ連れ帰った後に草色の民を外に逃がす為に花畑へと向かった。

何時もの様に民と会話をして幸徳が迎えに来て、引き渡す。何時もならここで少し花畑を堪能するのだけれど…前回の事もあったし今日は直ぐに帰ろう。

そう決めて枯れ井戸に入ろうとした所を突然背後から抱きしめられて、枯れ井戸から引き離された。

「ここで待っていたら会えると思ってました。…藤」

ビクッと体が震えた。

会ってはいけなかったのに…。油断した。もう少し日を置くべきだった。

「ずっとずっと会いたかった。話をしたかった」

何を言っているのか、解らない。ずっとずっと会いたかった?嘘ですの。あの時謁見の間で私を嘲笑ったのは、陛下ですの。

「藤。…僕は藤をずっと忘れられなかった。だから、君の里へ毎年春に会いに行ったんだよ」

忘れられなかった…?毎年会いに行った…?どうして、どうしてそんな嘘ばっかり言うんですの…?

「藤。声が聞きたいよ。顔が見たい。振り向いて…え?」

ゆっくりと陛下に肩を掴まれて、強制的に振り向かされて顔を突き合わせた途端、陛下は狼狽えた。

…私が、泣いていたから。

「……陛下は、草色の民なら、嘘をついても、人を馬鹿にしても、良いと、お思いですか?」

「そんな訳っ」

「さっきから陛下は嘘ばかり…会いになんて来なかったですの…っ。私の事など、ずっとずっと忘れていた癖にっ」

「藤?何言って」

「離してくださいですのっ!触らないでっ!」

暴れた。暴れに暴れても、男性の力になんて敵わないから、草色の姿に変化して前みたいに服の中から擦り抜けて逃げる。

「藤っ!!待ってっ!!」

前回と同じ逃げ方をした所為か、ウサギになっても驚かせる事が出来ずに陛下の両手に腰を掴まれてしまう。

「僕、嘘なんて言ってないっ!毎年会いに行ったんだよっ!」

「嘘ですのっ!私、待ってましたものっ!ずっとずっと、あの口づけの意味だってっ!」

「藤…、待ってた、って、それ、本当…?」

「先に私を裏切ったのは、陛下ですのっ!離してぇっ!!」

逃げたくて、傷つきたくなくて。

必死に暴れたけれど、陛下は離してくれなくて。それが堪らなく怖くて。

私は陛下の手に齧りついた。

「痛っ!?」

手が緩んだ隙に私は枯れ井戸に飛び込んで着地して駆け抜ける。

「しまったっ。こうなったらっ!」

陛下の足音が遠ざかる。もしかしたら先回りされるかもしれない。だったら…。私は枯れ井戸の中の通路でジッと時が過ぎるのを待った。

そうしたらきっともう枯れ井戸から出て自室へ行ったんだと勘違いしてくれるはず。

もしも、戻って来た時の為に私は花畑の方の枯れ井戸に戻り、こっそりと顔を出して周囲を見渡す。

いなくなっている事にホッとして、枯れ井戸から飛び出してそのまま地上をダッシュで駆け抜けた。

こっそりとばれない様に自室の裏へと戻り、陛下がいない事を確認して自室に飛び込む。

私の姿を察してくれた小蜜はまた鍵を閉めて服を秋田に取りに行かせてくれた。

事情を察して動いてくれる皆に私は心の底から感謝した。

しかし、こうも陛下が来ると、暫くは草色の民を救うのを自重した方がいいかもしれない。

もしくは送りを小蜜に頼んだ方が良いのかも…。

どうしようか悩んでいる間にまた数日が過ぎて。

ある日。

また陛下が謁見の間に集まる様にと命を下して来た。

命令をされると私達臣下は断ることなど出来ない。

戦々恐々しながら私は謁見の間へと向かった。

謁見の間の扉の前で、大きく深呼吸をした。こっから先は弱みを見せてはならない。

私は草色の民を率いる者として、強くあらねばならない。例え自分の気持ちがどん底にいたとしても。

スッと背を伸ばして真っ直ぐ前を向いて。

ドアを開けて中へ足を踏み入れた。

そこには前と同じく琳五家の四家の令嬢ともう一人。見知らぬ令嬢がいた。

誰だかは解らないけれど、警戒はしておかなければならない。

一歩踏み出すと、ドアの番をしている兵士がドアを閉める。そのまま歩を進めて、令嬢達の最後尾へとついた。

「汚らわしい草色が、まだ城にいたのね」

「子を産むために呼ばれたのに、陛下の御子を産むどころか御渡りもないのに」

高嶺様と月紅様の相変わらずさにうんざりしつつも、私の視線は月紅様のお腹に目が行った。…あとどのくらいでお生まれになるですの?出来れば次こそは男児をお願いしますですの。

「あぁ、お腹が重いったら。本当に大変ですわ。ねぇ、千雪様」

黄美様がこれ見よがしにお腹をアピールして、同じくお腹が膨らんでいる千雪様に同意を求めた。

「……騒がしいわ」

千雪様の反応はとっても冷ややかでしたが。

それにしてもあの周囲をきょろきょろして何かを探していらっしゃる令嬢はどなたなのかしら?

声をかけるにもこの状況では…。

ジッと令嬢を見ていると、私の視線に気付き何故か睨まれた。睨まれる理由が解らず仕方なしに笑顔で答えつつ、脳内では首を傾げる。

そうこうしている間に陛下が入って来た。

私達はいつかと同じように左右に避けて陛下が玉座に座るのを待つ。

そして座ったのを確認してからもう一度元の位置に戻り膝を床に付ける。

「あぁ、よいよい。子がおるのだ、そのような態勢をとらずとも良い」

それは逆に言えば子がいない者はそのままでいろと?

「他の者も立って構わん。さて、今日はこの者の話をする為に呼んだ」

この者?と言うのは彼女の事?

私達琳五家の者は一斉に令嬢に視線を集めた。

「この者の名は美丘みおかと言う。無事男児が産まれ草色が抜けた白家の枠にかの者を後釜に入れる予定だ」

…成程?私がいなくなった後のって事ね。今更ショックとか受けないわ。こうなることは想定していたから。

「陛下、恐れながらお聞きいたしますが、彼女は肉色の?」

「いや。その者は雑色ざついろの一族だ」

「雑色っ!?」

驚きに皆が声を上げる。各言う私も声を上げはしなかったものの、かなり驚いた。

雑色の一族は荒くれが多いと聞く。野良になる者が多いのだ。野良と言うのは、祝福に意識まで奪われて完全に人であることを忘れている者の事を言う。幼い時私を襲った野狼もその野良に入る。

「陛下、流石に雑色を琳五家の名の継承者にさせるのは…」

「まぁ、そこの草色よりはマシだろう。雑色は逆に言えば肉色の血も兼ね備えていると言う事だ。純潔の草色よりは余程良いだろう」

…雑色。肉色にも草色にも分類される、どちらの民にもなれるものを言う。

私達草色の民も扱いに困る事が多い。強かな人が多いのだ。嘘だって平気でつくし、平気で人を裏切る行為をする。

しかし、それだけの為に呼ばれたの?

だったら、もう、戻ってもいいですの?

「…して、そこの草色の」

「…はい、陛下」

どうして私に話かけるのか。先日齧った事をここでつるし上げでもするのだろうか。

ジッと話の続きを待っていると、陛下がにやらと気色悪い笑みを浮かべた。

「今日の夜、そなたの部屋へ行く。出迎える準備をしておけ」

「………お断りいたします」

「なに?」

「お断りいたしますと申しました。陛下は草色に興味など無い。草色は下僕と相違ないのでしょう?そんな風に思われて扱われて、どうして体を差し出す気になるでしょう。いずれ琳五家を抜ける身。余計な禍根を残すつもりはございません。そうですわ。そちらの雑色の令嬢を抱かれたらよろしいんですわ。殿方に取り入るのがお上手そうな体をしてらっしゃいますもの。皆様と同じく」

「…貴様、世を愚弄するか」

「最初に私を愚弄したのは陛下でございます」

負けてはいけない。

これからの草色の民の為に。私は真っ向から陛下と、権力と戦わねばならない。それが私の令嬢としての使命ですの。

こんな小娘に逆らわれて腹が立ったのか、ダンッと陛下が椅子を叩く。けれど、そんな事に驚いてはいけない。私は仕返しとばかりにダンダンッと足を鳴らした。

「生意気な…っ」

「私をこんな好戦的にさせたのは陛下にございます」

陛下を睨みつける。

苦虫を噛み潰したかのような顔をする陛下が立ち上がろうとしたその時。


「控えろ」


声が聞こえた。その声の主は誰だか解らない。けれど、皆、陛下ですら逆らう事の出来ない程の威圧感を感じた。

誰一人声を発する事が出来ない。

立ち上がろうとしていた陛下は青褪めた顔をして椅子に腰を落として、

「か、解散だっ。部屋へ戻れっ」

そう言って、顔を伏せた。

帰って良いのなら帰る。残りたくない。こんな場所。

さっさと自室へ戻ろう。

謁見の間を出て、私は真っ直ぐに自室へと戻った。

出迎えてくれた小蜜達と少し話して、休もうと思ったのだが…。

「…今日はここで休まない方がいいかもしれないわ」

「そうですね。もし陛下と最後に睨み合いとなったとしても、もしかしたら夜に来るかもしれません」

小蜜の言葉に深く頷く。あんなのと子作りとか冗談でもあり得ない。

陛下の下卑た笑いを思い出し、ブルッと体が震えた。

逃げておくのが得策だろう。でも、小蜜達をここに残して、もし、もしも小蜜達でも構わないって手を出して来たら…。そんな事許されない。

「今日はこの部屋を空にしましょう。貴重品は箱に入れて鍵をかけて隠して。意味はないかもしれないけれど、部屋にも鍵をかけて。各々身を隠しましょう」

「各々?駄目ですよ、そんなのっ。お嬢様を一人になんて出来ません」

「大丈夫よ。草色の姿で身を隠すから。それに…固まっている方が危ない気がするですの」

皆、全員が陛下に捕まったらそれこそ地獄だ。

「そう、ですね。でも明日の朝。日が昇ったら直ぐに戻って来て下さいね。三つ子もよっ」

私達はしっかりと小蜜の言葉に頷き、部屋を開ける準備を開始した。

貴重品は閉まって…心細くない訳じゃないからと大事なイヤーカフを耳に付けて。

日が落ちたのを確認した後、部屋に鍵をかけて私は枯れ井戸へ向かった。

枯れ井戸の中に飛び込み、いつもよりも暗い穴を歩く。枯れ井戸を出て夜の花畑に辿り着いた。

夜に来た事はないけれど、月明かりが花達を照らしてとても綺麗だ。

いつもとは違う空気に少し気分が上がって、私は花畑を囲う森達の木の一つに登る。まだ草色の姿ではないけれど、これはこれで見つからないのでは?

副色姿のまま登った木の幹に背中を預けて空を見上げる。本当に月が綺麗だ。

「いつになったら帰れるんでしょう…。もう、私、めげてしまいそう…」

空に浮かんでいる月が歪む。あぁ、私今泣きそうなんだ…。歪んだ視界が自分の状況を教えてくれる。

「でも…今なら、泣いてもいい?誰かがいる訳じゃないですの。今、私は一人きり…泣いても、いいですの」

ボロリと涙が頬を伝う。一度伝った涙は何度も何度も留まる事を知らずに溢れ頬を濡らす。

「どう、したの?どうして泣いているの?」

ビクッ!!

突然の声に跳ねあがらんばかりに驚いた。急いで振り向こうとして、

「あ、振り向かないでっ。ごめんね。私の祝福姿って本当、女の子に真正面から見せれるようなものじゃないのよ」

そう明るく言ったあと、トンッと背中に振動が伝わった。

幹を通して伝わった振動が反対側の枝に座って幹を背にしているんだと相手の様子を伝えてくれる。

「それで?どうして泣いてるの?私で良かったら話を聞くよ?」

「……」

私は立場がある人間で。おいそれと人に事情を話してもいい立場にない。

「…私は今貴女の姿を認識出来ていない。同じく貴女も出来ていない。そんな相手になら話しても良いんじゃない?どんな事情があったとしてもさ」

もう、話してもいいだろうか?

少しくらいこの苦しみを語ってもいいだろうか?

「私には時間が一杯あるから、話せるようになったら話してよ。あ、それまで私の話を聞いて貰っても良い?あのね?私、婚約者がいてねっ!」

声からして女性である事は解るけれど、婚約者の話になった途端声のトーンが上がった。

その声と力強さを心地よく感じながら私は彼女の話を聞いて、心の内を整理する。

そうして心を整理した後、私はゆっくりと今の状況を彼女に話し始めた。

じりじりと読んで下さる人が増える幸せ(*´ω`*)

日々の糧になれてたらいいな(∩´∀`)∩

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