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第十四話 失いたくない初恋の人


ドォンッ!!

地面が揺れた。

【紫の月】の攻撃が始まった。

解りたくもない事実だ。

馬を走らせて、リヴィローズ公爵領へ休む余裕もなく駆け続ける。

(なんでだっ、フローラっ!!)

心の中は焦燥感しかない。

ただ、彼女の側に行きたくて。その一心で馬を走らせた。

あの日。フローラと一緒に地下都市をデートした時におかしいと、何処かで気付いていた。

フローラは何も言わずに、微笑んだから。

(こんな事になるのならっ、あの時無理矢理にでも約束をするべきだったっ)

そうすればフローラは悩んで思い止まった筈だっ。

地下都市を作って避難場所を作るくらいの現魔法を使える。

そうやって領民を助ける手段を作ったのなら、俺と約束する事でそこで嵐が去るのを待つことを選択しただろう。

(違う…俺が、最初から公爵領へ入ると父上達にあの場で宣言していれば…)

いくつもいくつも後悔が脳内を過る。

フローラが規格外の人間だと、俺は知っていたのにっ。

なんでこうなるって予想出来なかったっ。

だが…アイオラ母上に感謝しなければ…。

母上が俺の部屋に来て、話を聞いてくれていなければ俺はこうして公爵領へ向かう事が出来なかった。


―――昨日の夜。

アイオラ母上は俺の部屋に来て、フローラとの仲はどうかと聞きに来ていた。

「順調そうで良かったわ。心配していたのよ」

「心配ですか?」

母上は俺が書類仕事をしていることを一切気にもとめず、話しかけてくる。

「ほら。フローラには試練の書完遂って言うプレッシャーをかけちゃってるでしょう?だからもしかしたら心移りしちゃうんじゃないかって」

「……母上。さらっと怖い事を仰らないで下さい」

「あら?アレク、自信がないの?」

「…そんな事はありません。フローラはいつも好きだと全身で伝えてくれますから。前にあった時なんて満面の笑みをみせてくれて」

思い出しただけで嬉しくなる笑顔。

…ではあるんだが、あの時の笑顔は少し違和感を感じてもいた。

「?、何?アレク。眉間に皺がよってるわよ?何か気になる事でもあるの?」

「え、あ…」

「女心に関しては女に聞くのが一番よっ。わざわざ来てあげたのだから、ほら。こっちに来て話してみなさいな」

好奇心全開の母上に逆らう程俺は命知らずじゃない。

俺は仕方なくペンを置き、母上の向かいにあるソファに座った。

侍女が直ぐにお茶を入れてくれて、それに礼をいいカップを持って一口飲む。

「この前、デートをした、と今話したのですが」

「そうね。お土産のお菓子はとても美味しくて、タンザナと珍しく争いになったわ」

珍しくって、最近フローラが俺に持たせてくれるお土産の菓子は争奪戦になってるんだが…?

王妃が二人揃って俺を出迎えるもんだから、近衛達が困っているんだが…?

なんてことを口にしたら後が怖いから言わないでおく。

「そのデートの前に公爵から【紫の月】の事を聞いたんです」

「……【紫の月】…ッ。それは、本当なの、アレク」

表情が一気に変わった母上に驚く。

「アレク。…公爵は何故【紫の月】の事を貴方に話したのかしら?」

「…フローラの試練の書に載っていたかららしく」

言った瞬間、母上が勢いよく立ち上がり、焦ったように部屋を出て行った。

「母上っ?」

慌てて呼ぶが、

「アレクっ、一緒に来なさいっ」

そう言って戻って来てくれないので、慌ててついていく。

母上が向かった場所はオニキス兄さんの部屋で。ノックもなくドアを開けると、そこには青い顔をして机に潰れているオニキス兄さんとその側で教鞭をとっている家庭教師…ではなく父上がいた。

「アイオラ?どうした?」

「大変です。陛下っ。今アレクに聞いたのですが、フローラの試練の書に【紫の月】の記述があったそうなのですっ」

「なんだとっ!?」

父上の表情も変わる。しかも血相を変えてこっちに駆け寄ってくる。

「アレクっ、それは本当かっ!?」

「は、はいっ。公爵に聞いたので、確かですが」

「ちっ。こんなことしてる暇ねぇじゃねぇかっ!それでっ、アレク、それ以外の情報はっ!?」

「俺が聞いたのは、【紫の月】の記述があったこと。それからそれをフローラが【単独撃破】することと試練の書に書かれていたってことしか」

「単独撃破っ!?馬鹿なっ!!あの娘がどんなに規格外だとは言え、あれと真っ向から勝負して生きて帰れる訳がっ!」

…は?

今聞き捨てならない事を聞いた。

父上が俺の襟首を掴んで凄んでいたんだが、むしろ逆に襟首掴み返し揺さぶった。

「どう言う事ですかっ、父上っ。生きて帰れる訳がないってっ!?」

「お、おいっ、ぐ、ぐるじぃ…」

「アレク。陛下が死んでしまいますよ。もう少し角度をこうっ」

「?、角度を、こう?」

「ぐえっ」

…しまった。アイオラ母上の言う通り揺さぶるのを止めて右拳を首に減り込ませたら父上が意識を飛ばしてしまった。

「ぐっどっ!」

いや、良くやった、じゃないですよ、母上。

「違うっ!そんな事よりも父上っ、気絶している場合ですかっ!さっきの言葉の意味を教えて下さいっ!」

「落ち着きなさいっ、アレクっ」

ぶみっ。

「うぐえっ」

…母上。母上が上に乗っかったせいで父上に止めが…いや、今はいいか。

「【紫の月】がどのようなものか、知っていますか?」

「…公爵に聞きました。ですが、公爵の話を聞いた後フローラ本人にも聞いたのです。そうしたら…地下都市を作ったと。そこでフローラとデートしたんですが、防衛対策は万全で。あれならば被害を出す事なく戦う事が出来ると」

「地下都市…そうですか。フローラは、流石ですね。…ですが、恐らくフローラに【紫の月】を倒す事は不可能です」

「何故?」

「【紫の月】は【負の感情の結晶体】。言い方を変えれば【実態があるようでないモノ】です。それを物理攻撃で倒す事など不可能なのです。同時に封印も恐らく不可能でしょう。感情を封印なんてしたら逆に爆発してしまう」

「……フローラの力…【現魔法】では打つ手がないと?」

「その通りです。フローラが地下都市を作ったのは正解ですね。人の命だけは助ける事が出来ます」

「命…ならフローラは大丈夫ってことですね」

「大人しく地下にいれば、ですが」

「え?」

「フローラの性格上、恐らく自分一人地上に残り撃破へ向かうでしょう。……あぁ、そうね…。フローラが何故今地下都市を作ったのか。今解りました。今回の【紫の月】の狙いはリヴィローズ公爵領なのですね」

「母上?一体何を…」

後半の声が小声過ぎて聞き取れなかった。

父上の呻き声が母上の下から聞こえている所為もあるのかもしれないが。

「アレク。……これはあくまでも母の勘です。あくまでも勘に過ぎませんが、一刻も早く公爵領へ向かった方が良いでしょう」

「何故、そう思われるのですか…?」

「フローラは【紫の月】が満ちる日を知っているからです。そして着々と迎え撃つ準備をしている。もしかしたら、日は近いかも知れません」

「なっ!?」

「先程、フローラとのデートの話をしてくれましたね?その場でフローラにも聞いたと。その時フローラの反応はどうでしたか?」

「戦う時は呼べと言いました。一緒に戦うから、と。フローラは笑顔で答えて」

俺の言葉に母上は穏やかに笑い静かに首を左右に振った。

「ならば呼ばれる事はないでしょう。好いた男を手に入れる為に一人で戦えと言われれば一人で戦います。好いた男を死地に呼ぶような女はいません。私だって本当に好いた男性がいたらきっと呼ばずに戦うでしょう。陛下なら呼ぶかもしれませんが」

……ん?それって陛下を本当に好いてはいない…やめておこう。きっと触れてはいけない。

それよりも、母上の勘がもしも当たってしまえば…。

急に恐怖が体を駆け抜けた。フローラがいなくなるなんて考えられない。

「母上っ。御前を失礼しますっ」

「必ずフローラを助けるのですよ」

「はいっ」

オニキス兄さんの部屋を飛び出した俺は、俺の部屋で待機していたニクスに同行を頼み、城を飛び出して馬に跨った。

馬を駆けさせて、そのまま星が出るまで走り続け流石に馬も限界になり、少し休憩を挟むことにした。

このまま何事もなければ…ただの走り損になってくれれば…それが一番良い。

だがふと何気なく、空を見上げて俺は一瞬己の目を疑った。

「月が…」

そんな訳はないと、だが…あれは、どう見ても…。

「?、どうした、アレク」

並んで空を見上げたニクスが同じく言葉を失った。


「月が――紫にっ…」


浮かんだ月が紫色に変化して…。

「アレクっ!行くぞっ!!」

ニクスの声に我に返った。

呆けてなどいられない。

「あぁっ!!」

休んでなどいられなかったんだ。

馬を休ませる暇などなかったんだ。

真っ直ぐ向かわなければ間に合わないっ!

馬に跨り走らせる。最短ルートをニクスと二人で駆け抜けた。


―――ゴォンゴォンッ。


鐘の、音…?

一体何処から…?

馬に乗りながらも空を見上げる。

空には紫色に輝く月が、鐘の音を響かせてリヴィローズ領へ少しずつ落ちて行く。

本格的に月が満ちた…。

焦りが胸に満ちる。

何で教えてくれなかった、と。

あの時フローラは既に知っていた筈だ。今日月が満ちる日だと。

何であの時に俺はフローラに約束させなかった。

何でなんでなんでっ!?

その言葉だけが脳内を駆け巡った。


―――ドォォォンッ!


地面が揺れる。

攻撃が始まった。

けれど、それを感じれるほどには近くに来る事が出来た。

馬を急がせ、やっと公爵領の入り口が見えて来た、のに…馬を、止めた。

「これは…壁、か?」

ニクスも隣に辿り着き呟いた。

俺は馬を降りて、慌ててその壁に触れる。

これは、フローラがタナバタ祭りの時に作った壁…。

祭りは領のみのイベントだから、他の領民を入れない為に結界を作った。でも結界だと中が見えると言って数年後に壁にしたのだ。

その壁が目の前に…。


『今すぐ地下へ逃げてっ!!皆っ、自分の命だけは守ってっ!!』


フローラの声が届く。これはフローラが作った【らじお】とか言う遠くに声をおくる道具か?


『皆で作った街を捨てるのは辛いけどっ!!でも出来る限りっ、私が守るからっ!!』


領民みんなを守るだって?

「馬鹿言うなっ!!フローラっ!!だったらお前の事は誰が守るんだっ!?」

届く訳ないと知っている。だけど叫ばずにいられなかった。

「なんでっ、壁を作ったっ!!せめて、俺が助けに行けるようにしておけよっ!!」

拳で壊れるはずのない壁を叩く。

……いや、正しくはこの【壁】を【失くす】ことは出来る。だが、それは…してはいけない。【壁】が失われてしまうから。

「こんな時、何の役にも立たねぇなんてっ!!惚れた女を守る事も出来ないなんてっ!!」

ガンッ!

せめて、せめてっ近くに行かせろよっ!!

フローラの優しさから作られた壁が今俺にとっては酷く辛い距離に感じた。

高くて登るにはむかないつるつるした壁。

その向こうで、フローラの避難誘導の声と攻撃の音が、響いている。

「…おい、アレクっ、あれ」

ニクスが肩に手を置き、反対の手で道から外れた暗がりを指さした。

一体何だ、とそちらを見ると、そこには商人の家族連れが壁の上を見ながら、手を合わせ祈りを捧げていた。

「どうかっ…どうかっ、お嬢様を御救い下さいっ…」

「あの優しいお嬢様を、どうかっ、お願い致しますっ、神様っ…」

「おじょうさまは、とってもやさしいの。おじょうさま、いなくなったらだめなのっ、おねがい、かみさまっ」

恰幅の良い商人の親父と負けん気の強そうな母親、そしてその二人の娘が三人空を見上げて祈っている。

俺は彼らの下へ向かうと、彼らは俺の姿に驚きながらも跪いてきた。

「今はそんな事をしなくてもいい。それより、お前達はリヴィローズ公爵領の人間か?」

「はい。そうです」

「何故、ここに?」

「…数日前、お嬢様が外に商談に行くなら家族で行ってきて~と仰られて。普段は商談に行くの?行ってらっしゃいと明るく送ってくれるのに、と違和感を覚え、戻ってきたらこんな事に…。お嬢様は、外に行ける人間は外に出したようなのです。私達に限りません。ほら、あそこにも、あの奥にも」

商人の親父が指さした先には、違う商人家族が。反対に向き直ると、そちらにも商人家族がいる。

「お嬢様は、きっとこうなるって知っていたのでしょう。私達はお嬢様に直接それをきいたらきっと残ると言った。お嬢様と、リヴィローズ領と一緒に死ぬと覚悟をしたはず」

「……えぇ。私達はここが大好きなんです。お嬢様が大好きなんです。だから必ずそう言ったでしょう。ですが、お嬢様はそれに気付いていらっしゃった」

「だから家族で領を出ろと…」

「うぅっ…」

商人の妻が、嗚咽を零すと、それに誘われたかの様に周りの商人家族も泣きだした。

「こんなにお嬢様の良くして頂いたのにっ、我々は何一つ恩返しも出来ずにっ」

「こうして祈る事しか、出来ないなんてっ」

そうこうしている間に、商人家族が、独り者の商人が、外に遊びに出ていた家族連れが、一人また一人と増えて行く。

そして、中から聞こえるフローラの声で事態を察して、どうにか中に入れないかと探ったり、せめて何か出来ないかと馬を走らせたりと各々がフローラの為に出来る事をと動き出す。

一日が過ぎるまで祈り続けると言う者もいる。

「…凄いな…。これがお前の婚約者の人徳って奴か?」

「……違う。全てフローラの努力の結晶だ」

入れないなら、俺に出来る事を…。フローラに呆れられないように、俺に出来る事をやらなければっ。

そう決意した、その時。

「殿下っ!アレキサンドライト殿下っ!」

俺を呼ぶ声がして。

振り返るとそこには、一人の青年が立っていた。

彼は…パーティの時フローラを案内した公爵領出身の騎士か。

「ここにっ、ここに精霊石がございますっ!これを使って、領内へっ!」

駆け寄ってきた彼はボロボロと涙を零しながら、俺に精霊石を握らせた。

「お願いしますっ!お嬢様をっ、お嬢様を助けて下さいっ!お願いしますっ!」

「君は…」

「恐れながら、以前王妃様がお話しているのを聞いてしまった事がございますっ!殿下の、属性のことをっ!お嬢様を助けられるのは、殿下だけですっ!どうかっ、どうかっ!!私の恩人を、我が領の宝を御救い下さいっ!!」

膝を折り、彼は俺の前で頭を垂れた。

直ぐに追い付いて来た少女も彼の横で同じく膝をつく。

……騎士の妹だと直ぐに察した。

「……ありがとう。俺にフローラを助け出す為の道をくれて。俺からも頼む。魔法陣へ案内してくれっ」

「はいっ!!」

騎士は頷きすぐに立ち上がる。

「ニクスっ、後は頼んだっ」

そうニクスに告げ、俺は走りだした騎士の後を追った。

魔法陣は民家の台所にあった。ここはきっと騎士の家なのだろう。

この魔法陣はきっと妹に何かあった時ようにとフローラが用意した物に違いない。

「兄さんっ!さっさと行ってっ!!お嬢様にもしもの事があったら、兄さんを一生許さない…」

ギリッ…。

妹の目は本気だった。

それに騎士はしっかりと頷き、俺の腕を掴む。

同時に魔法陣に乗ると、次の瞬間にはフローラの作った地下都市の騎士の妹の家へと辿り着いていた。

領の中に入ってしまえば、こちらのものだっ!

俺は直ぐに家を飛び出し、辺りを見渡す。ここは、農村地区かっ!

以前に来ていたおかげで、道は頭に入っている。急ぎ村はずれの銅像まで走る。

精霊石を預かった俺は転移が可能だ。

銅像に触れると、街に転移した。

そのまま地下都市を走ると、住民はただただ祈りを。

そして自警団や騎士達はせわしなくある一か所を目指して走っていた。

目的地は、どうやら一緒で…公爵邸だ。

「動魔法の使い手は、あちらの滑り台からっ!静魔法の使い手は救護準備をっ!」

声が聞こえ、急ぐとそこには公爵家の筆頭従者であるアラバスターが指揮をとっていた。

「アラバスターっ!」

名を叫ぶと、すぐに俺の存在に気付いた彼は即座に跪く。

「今はそんな事しなくてもいいっ!戦況はっ!?」

「はっ。スファレ様、シトリン様を筆頭に、地上に戻りフローラ様を援護に。他動属性のあるものをそちらの滑り台から地上に送っております」

「そうかっ」

なら俺もそこから行くことにしようっ。

「お待ちくださいっ!殿下っ!」

走ろうとした俺を誰かが止めた。呼び止めたのは、フローラの侍女で確かアゲット、と言ったか?

「これを、お持ちくださいっ!」

そう言って手渡されたのは、ピアスだった。アレキサンドライト…緑にも赤にも光る石がはめられている。俺の名の石がついたピアス。

「これは、お嬢様が昨日まで試行錯誤しながら作っていた、一時的に元の姿に戻れる…一時的に祝福を消失させる石がついたピアスです」

「一時的に消失…?」

「お嬢様は毎日、殿下の事を想ってこれを作っていました。ご自身の方が余程辛い試練を抱えていると言うのに…。お嬢様が殿下の為に作られたものです。例え効果がなくてもどうぞお嬢様の為にお持ちになって下さいっ」

彼女は涙だけは流すまいと、グッと堪え深く礼をしてきた。

「……俺に知られたとあってはフローラが怒りそうだな」

笑みを浮かべながら言うと、彼女も苦笑していた。

「ご安心ください。その前にフローラお嬢様が戻ったら私がコンコンとお説教して差し上げますから。こんな、こんな無茶をなさって…お説教1時間じゃ足りませんっ」

彼女の瞳から涙が零れた。

「ありがたく、頂いて行く。こっちの事は頼んだっ」

「はい。お任せ下さい」

グッとピアスを握り、そのまま走りだす。

滑り台の前まで着いて。

俺は握っていたピアスを耳に付けた。

すると、姿が本来の姿に。

「……本当に、こんなものまで作れるとは、な。フローラ。俺からも後で説教だからなっ」

グッと足に力を込めて、動魔法を発動させる。

滑り台を、タンッタンッとテンポ良く登って行く。

辿り着く場所は知っている。

公爵邸の庭だっ!

地上に跳ねる様に飛び出して、着地する。

「やっと来たかっ、殿下っ」

声がして。池を見ると伝説の魚が空を見上げながら声だけをこちらに向けていた。

俺も同じく空を見上げると、そこにはフローラの姿がある。

今すぐ彼女の下へ行こうとしたが、彼女がいる場所は空の上。

「殿下っ。フローラの部屋へ行けっ。そこに【翼】があるっ」

何に事だと疑問を持つ時間も惜しい。

動魔法を使い跳ね上がり、フローラの部屋に飛び込む。

「!?」

以前来た時の彼女の部屋とは違い、部屋の中は大量の武器と防具、道具で溢れかえっていた。

「翼とは…これかっ!?」

上空にいた彼女の黒い翼と異なり、これは白い翼だ。

俺はそれを肩に取り付け、窓に向かった―――と、同時に。


『カコっ!!駄目だっ!!逃げろっ!!』


声が響いて。

外に飛び出して、窓をつたって屋根に上がって見えたのは…。


「フローラっ!!」


フローラの肩が【紫の月】に撃たれ、フローラの持っていた武器に当たり、


ドォォンッ!


爆発。そして、その爆風に飛ばされるフローラの姿だった。

使い方なんて解らない。

けれど俺は飛び出していた。

翼を使い屋根から屋根へと飛び移り、飛ばされたフローラに追い付き、壁に叩きつけられる前にその体を受け止める。

「フローラっ!!」

肩からは血が流れ、ドレスもボロボロで。

黒い翼は片翼がもがれていた。なんで、こんなになるまでっ…。

「フローラっ!!」

目を閉じたままの彼女に呼びかける。

無事であってくれっ。頼むからっ。

その願いが、天に届いてくれたのか…。

「いっ…たぁっ…。こんのやろぉっ!」

呻いたかと思ったら、直ぐに開かれた瞳。その生命力の強さに、…心の底から安堵した。

「この、ばかがっ」

その細い体を俺は抱きしめた。

「へっ?…あ、あれ?アレク様?」

今初めて俺の存在に気付いたフローラが慌てるも、そんなの全く気にしてやらない。

温かい体が、間に合った事が、泣けるほど嬉しい。

「呼べと、言っただろ、ばか」

「ご、ごめんなさいっ。で、でもねっ、アレク様っ」

「でもとか、今は聞いてやらない。こんな、こんなに怖かったのは、始めてだ」

手が、腕が、声が震える。

「間に合って、良かったっ…フローラっ」

「アレク、様…」

顔を赤くしてもがく彼女を、離してやるものかときつくきつく抱きしめた。


―――ギュオォォンッ!!


「いけないっ!アレク様っ!!」

【紫の月】からエネルギーを集める音がして、盾になろうとするフローラを抱きしめたまま、俺は翼を動かし上昇した。

目標物が俺達なら、空に向かって飛べば、回避した時に被害になるものはない。

光線が発射されて、俺はそれをひらりと回避する。

「……アレク様、え…素敵過ぎ…」

「フローラ。それはまず良いから。怪我は痛むか」

「大丈夫です。アレク様見てれば気になりませんからっ!」

…それだけ見惚れてくれるのは嬉しいが、その言葉は逆にすると俺がいなければ痛いと言う事だろ?

手当てしてやりたいが…両手を離すには一旦何処かに降りなければ。

かと言って近くに着地出来る様な場所は無い。

「フローラ。何処かに降りれるような場所は」

「アレク様っ!月がっ、また次の一撃を地上に撃とうとしてますっ!止めなければっ!」

俺の言葉を遮ってフローラが【紫の月】を指さして叫ぶ。

「何言ってるっ、フローラの手当ての方が先だろうっ!」

「アレク様こそ何を言っているのっ!私のはかすり傷ですっ!でも下の皆はずっと戦い続けてるんですっ!その上でこんな光線が来たらっ」

これは…何を言っても聞かない、だろうな。

フローラの使っていた武器が爆発した事により、分裂した【紫の月】の欠片が地上に落ちて、地上にいる騎士達が戦っている。

建物が燃えたりしている中で戦っているから、確かに危険な状態だ。

本当ならフローラの手当てを優先したい。

だが、腕の中にいるフローラはそんなことを一切望んでいない。

「なら、即行で勝負をつけるぞ」

「はいっ!今度こそ、全て吸い込んでみせますっ!」

現魔法を発動させて再びフローラが武器を取りだす。

「フローラ、この武器は」

「ソウジキですっ!」

「ソウジキ…?」

「何でも吸い込むんですっ!」

吸い込む…吸収型の武器か。

……負の感情の塊の【紫の月】だ。それを吸収したり斬ったとて…意味はあるのか…?

「任せて下さいっ、アレク様っ!さっき【紫の月】の核っぽいものを見つけたんですっ!あれをどうにかすれば私の勝ちですっ!」

「…核…?」

アレの中に…?

視線を巨大な【紫の月】に向けたが中心を見る事は出来ない。

フローラの事を疑っている訳じゃない。ただ…。

「アレク様は下で待っててくださいっ!私は奴にとどめをっ」

「一人で行かせる訳ないだろっ。一緒に行く」

「えっ!?で、でもっ!」

「飛ぶぞ、フローラっ」

「えっ!?えっ!?」

フローラを抱き上げて、屋根に着地し走る。

動魔法を駆使して、更に走る。

「あ、アレク様っ、アレク様もしかして、動属性持ちですかっ!?」

「あぁっ、フローラ、口閉じてろっ」

翼を広げ動かし、【紫の月】まで一気に距離を詰める。

「フローラっ!」

「はいっ!」

ソウジキが起動して【紫の月】を吸い込む。

フローラが順調に吸い込んでいるけれど…気になる事がある。

さっきフローラが言っていた【核】っぽいものだ。

【紫の月】は負の感情の塊。感情ってのは目に見えないもので、それを実体化するには何かしら道具が必要になる。それがその【核】ってことか?

…だとしたらさっきこちらに攻撃して来た発射口。あれもその核が負の感情を実体化したもの、なんだろうか?

その割には、さっき見た感じだと…負の感情が実体化したようなものには見えなかった。出される光線も月の欠片を切り離しているようには見えない。

フローラが見た【核】はどんな役割を果たしているんだろうか?

「アレク様っ!見て下さいっ!アレが核ですっ!」

フローラの声に反射して【紫の月】の奥を見る。そこには確かに紫色の歪な形の石がある。宝石の様に光を放っている。

あれが、核ッ…。

「アレク様っ!アレをどうにかすればっ」

「フローラ。落ち着けっ。あれが【核】なのは間違いなさそうだが…良く見てみろっ。あの核、無数にあるぞっ」

「えっ!?」

俺が見える限りでも3つはある。しかもその核の一つがぐにぐにと動き形を変えて発射口に。

「フローラっ、避けるぞっ」

「えっ!?わわっ!?」

フローラを抱えて横に飛ぶ。ソウジキを止めてフローラも隣で目を凝らす。

「本当だ…。そんな…じゃあ、本当にどうしたら…。いやっ、でもっ、いっそ核も吸い込んでっ」

「フローラ。核まで吸い込んだら、そいつの中でまた【紫の月】が出来上がるんじゃないか?今は核を吸い込まずにいたからどうにかなっているが」

地上にある月の欠片。あれにも恐らく核がある。騎士達が小さく駒切りにしているから核も粉砕されている。その核から解放された負の感情が【紫の月】本体の核にもう一度吸収される、と。そう言う事だろうか?

いや、少し違うか。核はどんなに小さくなっても他の核と集まって核として作られる?【紫の月】は結局仕組みは同じだってことか。

……成程。結局は話に聞くように【紫の月】は神の道具、なんだろう。この世の物ではない仕組みをしているから。

「アレク様っ!!」

ドンッ!

気付いた時には突き飛ばされていた。


―――ドォンッ。


「うわぁっ!?」

「フローラっ!」

光線がフローラの腕をかすめる。

しまった。俺が考え事をしていたばっかりに。

庇ってくれたフローラを慌てて抱き止める。

「フローラっ、すまないっ。大丈夫かっ!」

「うぅ…腹が立ちますっ。私のアレク様を狙うなんてぇーっ!」

「…大丈夫そうだな。すまなかった。油断した」

「大丈夫ですっ!ってて…」

全然大丈夫じゃないじゃないか。

こんなフローラに、これ以上戦わせるなんて…。

出来る訳がない。

「フローラ。一旦地上に戻るよ」

「え?」

フローラを抱き上げて、近くの屋根へ。その屋根から屋根へと飛んで【紫の月】の本体から距離を作る。

ある程度離れた屋根の上にそっとフローラを降ろした。

「……ここで大人しくしていてくれ。俺が、アレを【消して】くる」

「えっ!?い、いやですっ!」

立ち上がった俺の腕をフローラが掴んだ。

「嫌です嫌ですっ!私が倒すんですっ!!じゃないと、アレク様が手に入らないっ!」

「フローラ…」

「絶対やだぁっ!!アレク様が怪我しちゃうかもしれないっ!私が倒さないとアレク様がお婿に来てくれないっ!!そんなのやだぁっ!!」

ぶんぶんと頭を振って騒ぐ。完全な駄々っ子だ。フローラにもこんな一面があるとは…。

…必死で俺を止めようとしているフローラには悪いが…駄々っ子なフローラ、可愛いな。

「フローラ。大丈夫だから。な?」

「うぅっ…やっぱりやだっ、やだぁっ!私が倒すのぉっ!」

「フローラ…」

フローラが可愛過ぎるだろう。

思わずその頬にキスしてしまうくらいには、愛おしい。頬に、額に、頭にキスをする。その度に彼女の顔は赤くなっていく。

「大丈夫。絶対に大丈夫だから。ちゃんと俺はフローラのモノになるから。だから、これ以上傷つかないでくれ」

「ほ、本当に?絶対に?」

「あぁ。約束する。だから、ここにいてくれ」

「……わ、かりました…。待ってますから、ちゃんと、ちゃんと私の所に戻って来て下さいね。約束ですからねっ!?」

大きく頷いて、もう一度頬にキスをして、空を見上げた。

フローラの力では、【紫の月】を倒すのは無理だ。勿論他の人間にも不可能だろう。

……恐らく、あれを消す事が出来るのは、俺だけだ。

翼を動かし、動魔法を発動。【紫の月】の光線を回避しながら、上昇していく。

【魔法】を発動している時に、紫の月を形成しているものに触れてはならない。

俺が狙うのはただ一つ。

【核】だけだ。

そして【紫の月】の中に入り込み探すなんてするよりも。


「発射口を狙った方が早いっ!」


発射口が俺に向いた瞬間がチャンスだ。

充填するまでの間にけりをつけるっ!!

発射口にエネルギーが溜まって行く。その間に発射口に近づき、そこにある紫色の石を握る。


―――【失魔法】発動っ!!


俺の周囲の空間が一瞬だけ色を失くす。


「【紫の月】、【失】せろっ!!」


手の先に精霊力が集まり、そして―――目の前の【紫の月】そのものがガラスのように透明な結晶となり、


―――バリィィィンッ!!


盛大にヒビが入り、砕けて消えた。

他の欠片達も同じように結晶化して、次から次へと消えて行く。

まるで星の欠片のようにキラキラとその存在が宙へと消えた。

これで、一安心だな…。

フローラの下へ戻ろう。

…ん?翼の調子が…、あ、いや、これは違うな。精霊力切れか。

大分息も上がっている。久しぶりに失魔法を使った弊害がこんな所に出るとは。

どうにか、フローラの下にだけは戻らなければ…。ふとフローラの方を見て、俺の荒かった息が止まりかけた。

フローラが屋根の上で意識を失い倒れていたから。


「フローラっ!!」


急ぎ残った精霊力を使い近くの屋根に着地してフローラのいる屋根まで走る。

フローラの体が屋根の端まで、ずり落ちて行く。


「くそっ、間に合えっ!!」


動魔法を駆使して、どうにかぎりぎりで辿り着き、屋根の端から落ちそうなフローラに手を伸ばす。

寸での所で手は届かず、俺は屋根を蹴り飛ばし落ちているフローラをキャッチして抱き寄せた。

随分高い屋根の上で、まるで砦なみの高さがある建物だ。落ちたらひとたまりもない。

動魔法を使ってどうにかっ。悪あがきをしてみたが、俺ももう精霊力がない。

このままではっ、地面に叩き付けられてしまうっ。

どうにか、なにか手段はないのかっ!?

せめて、下に動魔法か静魔法の使い手がいてくれることを祈るしかっ!

そう思った瞬間。声が響いた。


『王子っ!フローラの背中だっ!フローラの背中の紐を引けっ!!フローラの鞄にパラシュートが入ってるっ!!』


この声はと探るより早く俺はフローラを片手で抱きかかえ、もう一方の手でフローラの鞄の紐を引いた。


瞬間。


―――ボフッ!


大きな布が広がり、俺とフローラの体は逆に上空へ上がる。

そしてその布のおかげで俺達は風に乗り、少しずつ地上へと降りていける。

段々見えて来た地上には公爵達が待機していてくれるようだ。

「約束、守ったぞ、俺は。ちゃんとお前のものになりにきたんだ。だからフローラ、お前も約束守れよ?俺がお前のものになるんだ。当然お前は俺のものになるんだろ?…行くなよ?絶対に逝くな」

フローラを抱きしめて、ただそれだけを祈って。

地上へと降り立った――。

な、何とか間に合った…。

体調崩していたから焦ったぜ…。

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