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第十話 予想を超える令嬢(後編)


一ヶ月後。

父上が俺の勉強中に部屋に入って来て言った。

「スファルの娘がさー。領で何かやるらしい」

「何か、とは?」

父上に問うと、父上が持っていた書類を見ながら、

「オマツリ…?タナバタマツリ…とか言うのをやるらしい。朝から夜までぶっ通しで」

「オマツリ?」

「俺も正直良く解ってない、と言うか、どうやらスファルも解ってないらしい」

「え?」

「ただ、どうにも面白そうな予感しかしねーんだよなぁ。で、そのオマツリって奴が明日あるらしいんだ。どうだ?一緒にお忍びで行かないか?」

ニヤッと書類から顔を上げて笑う父上。そんなの、返事は一つしかない。

「ご一緒」

「行くっ!!父様っ、連れてってくれよっ!!」

……答える前に、どっから現れたのかボルダー兄さんが手を上げて全力で主張していた。

兄さん…アンタ今学習時間だった筈では…?

「ボルダーも行くか?ならオニキスに留守を頼むか。アレクは当然行くだろ?」

父上の言葉に俺は一も二もなく頷く。

彼女の企画した催し。絶対に見たいっ。彼女の事だ、絶対に俺の想像を二倍も三倍も越していくに違いない。

そうして、父上とおまけ…ボルダー兄さんと一緒に留守をオニキス兄さんに頼み、お忍びで公爵領へと向かったのだった。

途中宿にて一泊。

明朝。領地に馬車で入った瞬間、俺も父上も、ボルダー兄さんも、皆がその街の美しさに息を呑んだ。

どの道も、どんな脇道や小さな路地ですら、花とランプとそれぞれの家紋が刺繍された色とりどりの布で彩られている。

通り過ぎる領民達は小さな子や、通り過ぎた所にあった孤児院の子供達ですら、皆笑顔で駆けまわっており、それを大人達も楽し気な表情で見守っていた。

馬車は人通りの少ない道を通り今日泊まる宿へと到着した。俺達は直ぐに馬車を降り、辺りを見渡す。

こんなに綺麗な街並み見た事が無い。

「………すげぇな…。っといけねぇ。宿にチェックインしないとな」

父上が中に入るのに俺達も付いて行く。

宿の女将が丁寧な礼をして出迎えてくれた。恰幅の良い、豪快そうな女性だ。

女将が着ているワンピース…そう言えば外で走り回っていた女の子達も同じワンピースを着ていた。

「悪いな。アンタも忙しいだろうに、俺達が無理言って」

「いいえぇ。むしろ皆さんがお忍びで来たがるような催しなんだって誇らしいですよぉ。皆さんも是非楽しんで行ってくださいねぇ」

「女将、楽しそうだな」

「そりゃそうですよっ。こんな楽しい日は生まれて始めてですっ。皆様には悪いですが私も暫くしたら広場に行かさせて貰いますよっ。お嬢様のお顔を見たいですからねぇっ」

「はっ!?おれ達の護衛はどうする気だよっ!?」

……ボルダー兄さん…。それを今言うのか…。

呆れた目で見つめるけれど兄さんには届かないらしい。

「あぁっ、それは問題ありませんよっ。今日と明日は絶対に危険な事はありませんっ」

なんでそんな断言出来るんだ?

父上とつい顔を合わせてしまう。けれど女将はあっけらかんと答えをくれた。

「お嬢様が領全域に結界を張って下さったんです」

「「はっ!?」」

思わず父上と声を上げてしまった。公爵領って言えばかなりの領土だ。そこ全域に結界なんて不可能だろう。

「私達も不可能だと思ったんですけどねー。実際凄い結界が張られてるのをこの目で見たもんで」

領の門付近のことを思い出してみる。

今日は俺達王族以外は領民以外は立ち入り禁止らしいとは聞いていた。その証拠に俺達が門をくぐった瞬間門は施錠された。そう言えば門が施錠されたと同時に騎士が門の前から去って行ったように思えた。てっきり交代時間なのかと思っていたが…。

「自分の身は自分で守る。出来なければ来るなとスファルの娘に言われていたからな。護衛がない、ってのは予想していたが、結界…。そこまでは考えていなかった」

…王族に自分の身は自分で守れ、でなければ来るなと言い切る彼女は本当想定外な事ばかりだ。

「まずは部屋に荷物を置いて、その結界とか言うのを見に行くか」

「はい、父上」

父上の言葉通り部屋に荷物を置く為に階段を上がり、渡された鍵の部屋へ入るとそこには服が置かれていた。

そう言えば男性は皆花が刺繍されたシャツを着ていたな。着替えた方が良いんだろう。

素早く着替え、念の為に帯刀だけはしておく。

部屋を出ると、そこには同じく着替えを終えた父上がいた。

ボルダー兄さんが同じく出て来たのを確認して、俺達は階段を降りて女将に声をかけると外に出た。

近くの領門へと行くとそこには赤い光の壁が出来ており、その前をうさぎやくまなどの大きな縫いぐるみが巡回している。

「なんだ、あれ?」

「ちょっと近寄って見るか」

試しにうさぎの形をした縫いぐるみに近寄ってみる。

「なんだこれー」

ボルダー兄さんがうさぎのぬいぐるみの手を引っ張った。すると、目が赤く光り、その光がボルダー兄さんを捕らえるとガシッとその襟首を掴みポイッと結界とは逆方向へと投げられた。

「……すげぇ。認識も出来る人形か」

「それだけじゃねぇぞ、アレク。ほら、あっちの奥を見てみろ」

父上が指さす方向を見た。すると男の子が結界の側に近寄ろうとしている。そこにくまのぬいぐるみが凄い速さで駆け寄り、その男の子を抱き上げてしまった。そのまま男の子を安全圏へと送り届ける。

「認識、判断、全て行ってる。恐らく危険があると武装もするだろう。…参ったな。こりゃ本当にすげぇことになるな」

飾られた街に警備も完璧。父上が呟いた言葉に心底同意した。

投げ飛ばされたボルダー兄さんを回収して街を歩く事に決めた俺達は一先ず中央広場に向かって進むことになった。

そこで俺達はまた呆気にとられることになった。

主通路に並びに並んだ露店の数の多さが、活気が凄い。

「うおーっ、なんだこれーっ、すっげーっ!!」

「あっ、ボルダー兄さんっ!……あーあ」

空気に飲まれて駆け抜けて行ってしまった。

「……ヤバいな。ボルダーじゃなくてもこれは、走りたくなるっ」

「父上っ!?」

父上まで人混みに飛び込んでしまった。やれやれ…。

気持ちは解らなくもないが…一応王族だって事を忘れないで欲しい。

俺は一人になったからか、ゆっくりと吟味して歩く事にした。

「お、兄さんっ、パンはどうだいっ!?」

「パン?」

「新作のパンで【コーンマヨパン】だっ!」

聞いた事ない名前だ。新作と言っていたし、当然なんだけど。

折角だし頂く事にした。お金を払おうとポケットに手を突っ込んだ、だが。

「おっと、子供からお代は頂かないってお嬢様が言ってただろっ。ほらほらっ、次の店に行きなっ」

「いや、そんな訳にはっ」

これでも金はある。王族だから。

「良いんだってっ。その一つだけ青い花の刺繍が入ってる子からの代金は後で公爵家に請求する事になってんだからよっ」

青い花の刺繍…?

俺は自分のシャツを見た。良く見ると赤い花の刺繍の中に一つだけ青い花の刺繍がされている。もしかして…。

視線を行き交う子供達に向ける。すると恐らく孤児院育ちであろう子達のワンピースには袖口に青の花、シャツには俺が着てるのと同じような赤い花の中に青い花の刺繍がされていた。

…これさえあれば貧しい子達は好きな物を好きなだけ食べれると?

もしかして、父上やボルダー兄さんの服にも青い花が刺繍されていたのだろうか?

解らないけれど、いらないと言われているのを無理に払っても無粋なのかもしれない。

俺は受け取ったパンを一口齧りついた。

「ッ!?」

食べた事のないパンの柔らかい触感とコーンに和えられたソース。多分このソースが【マヨ】とか言うものなのだろう。

「美味いか?」

「あ、あぁっ、こんな美味いパン、初めてだ」

「そうだろ、そうだろっ。他にも色んな店が新作だしてるぞっ。甘いパンだったりお菓子だったりっ。他にも見た事ない置物とか皿とかなっ!アクセサリーや布なんかもっ!見て回るだけでも楽しいからなっ、行ってこいよっ!」

元気よく送り出されて、俺はまた歩きだす。

途中、犬や猫の形をした飴屋とか、また新作の甘いパンだったり。初めて見る物ばかりで。

呼び止められて、タダで渡されて。食べる度にそれがまた美味くて。

流石に気になって、俺は【あんパン】とやらをタダでくれた店の店主に問いかけた。

「なんでこんなにどの店も新作を作れてるんだ?普通かぶるだろ」

「あぁ、それはお嬢様が各店にそれぞれにあった新作アイディアをくれたからだな」

「各店にっ!?まさか、一軒一軒かっ!?」

「あぁっ、すげぇだろぉーっ、うちのお嬢様はっ」

いやいやいや。凄いとかそんなレベルじゃないだろ。領地だけでどれだけのパン屋があると思ってる?

その店全てにアイディアを出したとか…どうなってんだ、彼女の脳内は…。

「お嬢様のおかげで領内のパン屋は全て協力関係になってな。この一か月の間、ライバルだった店とも気付けば晩酌する中になっちまったっ。ハッハッハッ!!」

パン屋の親父はデカい腹を揺らして笑う。それを聞いて両隣の露店の店主も釣られた様に笑う。

この領に入って、笑顔しかない。こんなこと、実際有り得るなんて…。

露店を離れそのまま流れに乗って歩いていると、ようやっと中央広場に辿り着いた。

舞台がありそこにスファレ様が立っていた。その側には彼女の姿もある。

領民達は公爵家の顔を見たいが為に広場に隙間なく詰め寄っていた。

『皆、集まってくれてありがとう。ここに来れなかった者達もラジオを通して私の声は聞こえているだろうか?」

ラジオ?ラジオって何だ?

同じ疑問を覚えた人が俺の前にも立っていて、隣の女の子に問いかけていた。

「なぁ、マリン。ラジオってなんだ?」

「お嬢様が作った道具らしいよ?ほら、病気とか、試練が重くて動けないとか、家から離れられない事情がある人だっているじゃない?そんな人の為に遠くでも声が届くような道具を作ったんだって」

そんなものまで作ったのか…。

『聞こえていると信じて、話を続けようと思う。まずはこの度は我が娘の突発的な案に協力してくれてありがとう。心より感謝している』

スファレ様が挨拶したと同時に彼女が小さく頭を下げて礼をする。

『私の娘は親の私が言うのも何だが天才だと思っている』

………うん?

『考えてもみてくれ、皆。うちの子は四歳になったばかりだぞ?』

…………スファレ様?

『だって言うのに、可愛いし、頭も良いし、何より可愛いっ!』

『父様っ!やめいっ!』

ぶはっ!

我慢出来ずに噴き出してしまった。舞台上で何やってるんだ、公爵達は。

周りを見ると皆笑っている。そりゃそうだ。こんな親馬鹿な姿を見せられたら誰だって微笑ましくて笑ってしまう。

『仕切り直して。そんな娘が企画したオマツリ。そして明日の休日。どちらも盛大に楽しんでくれっ。ここに【タナバタ祭】の開催を宣言するっ!』

公爵が宣言した瞬間、会場は一斉に沸いた。歓声が飛び、皆各々目指す店や出し物を見に動き出す。

パンパンッと空に狼煙が上がった。舞台の上では彼女がピョンピョンと可愛らしく跳ねている。

こう見たら普通の女の子なのに…。公爵が言う通り中身は天才的だ。

…彼女に話かけるタイミングはあるだろうか…。

彼女が赤ん坊…(あれは弟か?)を抱っこして駆け出した。

話しかけたいと、その一心から俺は彼女を追い掛けた。

彼女は露店に入っては会話をして笑いながら次の店へと進んで行く。

そんな彼女を見守りつつ後を追っていると、ポンッと誰かが俺の肩に手を置いた。振り返ると、そこには先程俺の前に立っていた赤髪の男子と青髪の女子が立っていた。

「急に声かけてごめんなんだけどよ。アンタ何でお嬢様を尾行してるんだ?」

「お嬢様に害をなすのであれば、申し訳ありませんが一先ず目を潰させて頂きたいのですが」

まさかの青髪の女子の方が物騒だった。だが、その青髪の女子が俺の顔を見た途端、あらっと態度を改めた。

「お忍びですか?」

即理解したのだろう、俺が第三王子であると。

「そうだ。そちらの領のお嬢様と話しをしてみたいと思ってたんだが、どうにも一つの所に留まらないみたいで」

「あー、それは申し訳ない。うちのお嬢様、元気いっぱいだから。見た目に反して」

「リアン。見た目の事を言うのは失礼だって何度も言っているでしょう。申し訳ありません。殿下」

「殿下…?え?マジ?」

リアンと呼ばれた男がマリンと呼ばれた女子に問うと、しっかりと肯定を受けて、んぎぎっと壊れたネジの様な動きで俺を見た。

「ちなみに、何番目…?」

「三番目だな」

「………マリンっ、おれやべぇことした?」

「したわね。でも、その程度で怒る人ではないと思うの。ね?殿下」

笑って圧を与えてくるマリンに俺は苦笑して頷いた。

「おー、流石お嬢様と話しをして見たいって言うだけのことあるなー」

「お嬢様には理解のある人と結ばれて欲しいですから。理想的です」

二人がにっこにっこと笑いながら話している。しかし、こうして会話している間にそのお嬢様をすっかり見失ってしまったんだが…?

それに気になる事がある。

「二人は、彼女とはどんな関係なんだ?」

二人は互いに顔を見合わせて、俺に深く腰を折った。

「おれは、将来彼女に仕える身です」

「私達の試練の書の最終試練は、フローライト・リヴィローズに仕えること」

「おれ達の未来は、彼女と共にある」

「その為に私達は彼女を見守り、共に歩む所存です」

そう言って顔を上げた二人に迷いはない。もう自分の道を決めた人間の目だ。

「最初は、貴族に仕えるなんて御免だと思った。この試練もなんの嫌がらせだと。けど」

「お嬢様は、私達を、領民を一人の人として扱ってくれる。どんなに小さな子でも、どんなに貧しくても」

「自分が出来る事を惜しみなく与えてくれる。そんなお嬢様に仕える事が出来る。こんなに誇らしい事はない」

……彼女が聞いたら、そうまでして仕えなくても良いんだよと言いながらも、嬉しさから泣くんだろうな。

簡単に想像が出来て、思わず笑みを浮かべてしまった。

「愛されてるな、彼女は」

呟いた言葉に二人は、

「愛され過ぎてますよ」

「領からお嫁に出たら、領民皆泣いちゃいます」

笑いながらそう答えた。

その時の二人の言葉を深くはとらえなかったけれど、今思えば含みのある言葉だったなと思う。

暫く二人と会話していると、さっき見失った彼女がこちらへ向かって走って来た。

「待てーーーっ!!」

あの声は、ボルダー兄さん…?

「ほんっと毎度毎度何やってるんだ、あのアホは」

彼女は弟を抱っこしたまま人の間を擦り抜けて駆けて行く。

「二人は彼女の後を付いてって守ってやってくれ。あのアホは俺が引き受ける」

そう言うと二人はしっかりと頷いて駆け抜けて行った彼女の後ろを追い掛けた。

じゃあ、俺は…。

「待てーーーっ、ほぎゃっ!?」

アホの前に足を出して、見事に転ばせた。

綺麗にすっ転んだボルダー兄さんの襟首を掴んで持ちあげる。猫みたいに持ちあげたのはまぁご愛嬌って事で。

「すみません。迷惑をかけました。アホは回収していくので」

「おいっ、アホって誰の事だよっ!」

お前だお前。…って口に出した所でうるさいだけだから無言でボルダー兄さんを回収していく。

父上の所に行くか。それとも宿に捨てるか。さぁ、どうするかな。

「離せっ!!弟の癖に生意気なっ!!」

あー、でもこのアホ解放したら碌な事しない、よなぁ。

まずは父上の指示を仰ぐか。そのまま歩いて広場へ戻ると、舞台横にいた公爵と視線があった。ボルダー兄さんを持ちあげて確保した事を知らせると、公爵は頷きつつも彼女を安全な場所に誘導してくれた。

どこに行くのか解らないが、父上も付いて行ったから邪魔をしてもあれかと思い、ボルダー兄さんを宿の部屋に投げ入れる事に決めた。

持ちあげてると腕がだるいので、落として引き摺る。

宿に戻って、丁度一旦戻っていた女将に窓のない部屋を借りて、そこにアホを放り込み、外から鍵をかける。そして俺はドアを背にして座った。

父上が戻るまではここで待機だな。

そう決めて、中でアホが騒いでいるが外の領民達の声の方が大きいから迷惑にはならないだろう。

どれだけここで待機していたのか。中で騒いでいたアホも恐らく暴れ疲れて寝ていると思う。父上が戻って来た。両手に色んな食べ物を抱えて。そして俺の姿を見て色々察してくれた。

いや、今はそんな事よりも。

「父上、それ、どうする気ですか?」

「アイオラとタンザナ、オニキスに持ち帰ってやろうと思ってな。お土産だ」

「……腐りませんか?」

「そうなんだよ。同じ事フローラ嬢にも言われたんだよな。だから俺は今から持ち帰れるものとそうでないものを選り分け作業するからお前はもう一度見て来いよ」

「え?」

「ボルダーは俺に任せとけ。夕方から夜の部はまた少し違う雰囲気になるらしい。俺はボルダーと窓から見る事にするさ。ほら、とっとと行け」

父上に促され、俺はまた宿を出た。

確かに、夜になると印象がガラッと変わる。

日が高い時は花や布で彩られていたのに、今はそれがなりを潜め、代わりにランプが色を主張している。

露店は完売した店が多いのか、殆ど開いておらず、領民達は中央の広場へと向かって行く。

逆にこちらへ戻って来た領民達の手には、串に刺さった野菜と肉、カップに入った飲み物、細長く切られたお菓子などがあった。

中央の広場へ行くと、公爵家のシェフ達が山程ある肉を串に刺して焼いている。シェフで足りない所は公爵家の使用人全てで補っている。

人混みに交じって、焼肉串とカップを受け取って中身を見て理解した。

そこで笑う訳にはいかず、急いで人混みに紛れて路地に入る。そして改めて中身を見て笑った。

「そっか。…そうかっ。これがあの時の良い案かっ。アハハハハッ!!確かに領民に食べて貰えって言ったけど、アハハハッ!!ここまでやるかっ!?」

全力にも程があるだろ。一頻り笑ってから俺は肉に齧りつく。

あの時食べた肉には劣るがやはり美味い。カップの方は?あの時飲んだただの乳かと思いきや基本は紅茶で乳が混ざって美味さが増していた。

全部腹に収めて、もう一度広場へ向かう。

広場ではさっきの二人組が彼女と楽し気に話していた。

邪魔をするのは、忍びないな。それに…俺が今彼女の下へ行ったとしてもあんな良い笑顔で会話はしてくれないだろう。

彼女は満面の笑みで楽しそうに話していて、俺はその姿を彼女がいなくなるまで眺めていた。

それからリヴィローズ公爵領では毎年タナバタ祭が行われ、俺は毎年お忍びで参加していた。

翌年から、彼女が口出す事はなくなったものの、領民は彼女に新しい物を見せなければ、成長した所を見せなければと様々な分野で改良を進め、公爵領は一気に発展して行った。

それこそ、国の財政の半分は公爵領が支えるくらいには。

彼女は姿を見る度に輝きを増して行った。

そして、彼女が社交界デビューを飾る歳に。

………王城に来た彼女は、凛としていて誰よりも美しかった。だが、…俺と同じく同い年の貴族子息や令嬢には白い目で見られた。

望んでもいない祝福の所為でこうなっていると言うのに。けれど、何処かでその事実を喜んでいる自分もいた。

美しい彼女を知るのは俺だけで良い。他の奴に取られてたまるか。こんなの独占欲以外の何者でもない。まだ彼女が自分のモノになった訳でもないのに。

だけど、何故か…何故だかは解らないけど、彼女は他の男には靡かないって根拠のない自信が俺にはあった。

そうして、ある日。

父上が俺達兄弟の婚約者が決まらない事に焦りを感じ、社交界デビュー済みの未婚女性全てにパーティの紹介状を出した。

オニキス兄さんはそれに驚き胃を痛め、ボルダー兄さんは選び放題だとはしゃぎ、俺は彼女が来てくれると喜んだ。

三者三様の反応に妹が、「まともな人を選んでくださいね」と冷めた目で見てたいけれど、俺達はそれに反論する術はなかった。

パーティ当日。

開始の時間まで手持無沙汰だった俺は、庭園へと出ていた。

「今日は月が綺麗だな。まるで、あの日みたい、に…」

無意識に出ていた言葉に俺は思わず顔を覆ってしゃがみ込む。彼女の事を考え過ぎだろ、俺…。

これはヤバい。顔の熱、引くまでもう少し庭を散歩しよう。

暫く歩いていると、門の方まで歩いて来てしまっていたらしい。城へと来た着飾った令嬢達が次々と馬車から降りている。

それに興味はないが…ふと、父上達の指示を思い出した。護衛に一人城の騎士を付けるって話だったな。

「あー…マジで今の令嬢キツかった。なんだよ、あのキチガイ染みた声。耳に刺さるったら無かったぜ」

「ご令嬢何て皆そんなもんだろうが。ほら、次来たぜ」

「…もう少しここで待機してても大丈夫だろ。何か話してるし」

「そういや、聞いたか?隣の公爵領の令嬢の話」

「は?なんだ?それ」

「え?お前知らねーの?何でも頬がこけて目が窪んでてあんまり痩せてるから骸骨令嬢とか言われてるらしいぜ」

「げぇー、マジかよ。祝福と言えど、そんなキモイ姿、俺だったらごめんだな」

……お前だけじゃなく誰だって御免だろうが。当然彼女だって好きでその姿になった訳じゃない。でも彼女はそれすらも受け止めて前を向いて進もうとする美しい女性なのに。

あんな騎士に当たったら、彼女が会場に入る前に帰ってしまうかもしれない。そうしたら、俺が声をかける隙がなくなってしまう。

確か、公爵領出身の騎士がいた筈だ。えっと…。周囲に目を移して目的の人物を探す。

すると城内からちょうど戻って来た騎士がいる。あぁ、アイツだ。

少し駆け足で、騎士を呼ぶと、直ぐに俺の存在に気付いた騎士は駆け寄って俺の前で膝をついた。

「確か君はリヴィローズの出身だったね?」

「は、はいっ。そ、それが…?」

怯えている。それもそうか。俺(第三王子)から呼び出し喰らったらそうもなるか。

…ちょっと世間話をして和ませてからにするか。

「そう、怯えないでくれ。何か悪い事をしたとかではないから。ただ聞きたい事があって」

「聞きたい事でございますか?」

「そうなんだ。あ、立ってくれて構わないよ。で、さっきも聞いたように君はリヴィローズの出身だったよね?君にとって公爵領ってどんな所だい?」

「大事な大事な実家です」

「それじゃあ、君にとって公爵家は?」

「家族です」

「家族?」

予想外の返答に首を傾げてしまった。騎士はそんな俺の様子に笑いながら立ち上がると、真っ直ぐに俺を見て答えた。

「昔、お嬢様が仰ったんです。俺は幼い頃両親を早くに亡くしまして。両親が必死に頑張っていた商いを続ける事が出来なくなり、借金取りに家財道具全て差し押さえられました。妹と二人行く当てもなく彷徨っていたのですが、そこでリヴィローズの事を知ったんです。あの領はどんな人間も受け入れてくれる土地だと。その噂に一縷の望みを託して、妹と最後の力を振り絞って領へ、公爵様の下へ行ったんです。すると、公爵様も、奥様も、お嬢様もお坊ちゃまも、皆口を揃えて仰ったのです。『大変だったね。もう、安心して良いよ』と。それからお嬢様はこうも仰いました。『これからはこの領が実家で、領の皆が家族だよ』って」

「それは…嬉しかっただろう?」

「はい。とても。涙が止まらなくなりました。その後、お嬢様は俺の働き口を見つけてくれて、更には妹と住む家も用意してくれました。俺達兄妹を実の息子娘と思って育ててくれる後見人も用意してくれて…」

「そうか…。では君の事を令嬢は覚えている可能性もあるのかな?」

「あぁ、それはどうでしょうか?お嬢様とは公爵家に行った時にしか顔を合わせていませんし、直ぐに後見人の下へと引き渡されて以来、俺達の方からは見る事が出来ても彼女の方からこちらを見る事は困難でしょうし。それに、俺達兄妹みたいな子供は結構多くいましたから」

「それは、俺達王族も反省しなくてはいけないな」

「も、申し訳ありませんっ。そんな意味で言った訳ではっ」

「ハハッ。解っている。気にするな。しかし、君はあの領で公爵家の、その…祝福を見ただろう?しかも幼い時に、だ。それはどう思う?」

「…見た目だけで判断していたら、俺は今ここにはいません。見目の良い人間に俺は幼い時騙され続けて来たんです。どんな見た目だろうと、俺は公爵様やお嬢様に救われた。それが全てです」

「そうか…」

こうして公爵領は結束を高めて来たんだな…。

なら、彼に頼んだら安心だろう。

「そこまで故郷を愛する君に頼みがある。これからリヴィローズ公爵令嬢が城に到着するだろう。その時の護衛を君にお願いしたい。知っての通り、彼女は」

「も、勿論っ、喜んでお引き受けっ「狡いぞっ!お前っ!「殿下っ!そのお役目、是非私に」てめっ、割り込んで来るなよっ」お前らっ、俺が頼まれてんだぞっ!?」

恐らくリヴィローズ公爵領出身の騎士同士仲が良いんだろう。目の前で押し退けそこ退けの押し合い圧し合いが繰り広げられている。

「…あー…すまないが、彼女が来てしまうから、手っ取り早く決めさせてくれ」

俺はポケットから三色のガラス玉を取り出した。赤、青、黄の三色。手を背後に回して一個だけ右手に入れて握り彼らの前に突き出す。

「俺が今握っている色を当てた奴に頼もう」

三人の選択は速かった。俺が最初話かけた騎士が赤、次に現れた騎士が青、そして最後に飛び込んで来た騎士が黄を選択。

して、俺が握っていた色は、赤だった。彼は意気揚々と彼女の迎えに行った。

その事に安心して、俺は庭園に戻り、自室へ向かって歩く。

しかし…タナバタ祭を見に行く時も思ってはいたが、彼女は領民に人気がある。…あり過ぎる。

さっきの騎士達だって、本気で喜び、本気で悔しがっていた。

……本来なら、俺だって、彼女を迎えに行きたかった。……迎えに行った騎士によって彼女は安心して城内を歩けるだろう。それは良い事だと思う。そうなるように態々リヴィローズの人間を選んだのだ。だから良い事なのだが…胸がモヤつく。

モヤモヤしながらも自室へ入ると、

「お?何処行ってたんだよ、アレク」

「アレク。楽しみだな、パーティ」

「ボルダー兄さん、人の部屋のソファで横になりながら菓子を食べないでくれないか。それからオニキス兄さん。顔色が青い通り越して白いよ。胃薬貰って来たらいい」

二人に注意をしてみるも、

「うるせーっ!弟の部屋で何しようが兄の勝手だろっ!」

全く聞く耳持たないボルダー兄さんと、

「胃薬は、もう、飲んだ…」

と瀕死状態のオニキス兄さんだった。

しかし、なんでこの兄さん達はいつもいつも俺の部屋にくるんだ。モヤモヤしていた所為か、小さなことにもカチンと来てしまう。こんな事慣れっこだった筈なんだがなぁ…。

「?、アレク?」

オニキス兄さんに名を呼ばれて、そちらを見るとオニキス兄さんの手元には黒板とチョークがあり、黒板には「何かあった?」と書かれていた。

…と言われても、正直に話すにはちょっと抵抗がある。…あぁ、そうだ。本を読んだ感想って言う体にして話してみようか。

「なぁ、オニキス兄さん。この前読んだ本の話なんだけどさ。その…パーティの場面があって。主人公の男はヒロインを待ってるんだよ。でもそのパーティ会場に行く道はちょっと複雑で、でも主人公は一緒に行けなくて。で、道中主人公は傭兵を雇うんだ。ヒロインは傭兵達に人気の子で。皆我先にって傭兵を志願してくるおかげで主人公はヒロインの道中は安全だなって思うんだけど…こう男しかいない状態にモヤモヤするって言うか」

「わっかりやすい嫉妬だな」

「………しっと…?」

しっと……嫉妬っ!?

ぶわわっ、と顔に熱が集まる。おかげで言葉がストンと胸に落ちて来た。

あ、あー…俺は自分で頼んでおきながら彼女の慕われっぷりに、男にもある人気に嫉妬したのか。

オニキス兄さんの言う通り、解りやすい嫉妬をした事に羞恥心が溢れだす。

右手の甲で顔を隠して、兄さんから視線を逸らしたその時。タイミング良くニクスが俺達を呼びに来た。

擦れ違いざま、オニキス兄さんに肩をポンッと意味深に叩かれたが、一先ず気にしない事にした。

会場に入ると、令嬢達は一律に腰を折り頭を下げる。

彼女は、どこにいるだろうか…。恐らく前の方にはいないだろう。

視線だけで彼女を探す。前髪が視線を隠してくれるおかげで探しやすい。

…と言うか、父上。さっさと顔上げさせてあげなよ。

じとっと父上を睨むと、父上はやっと「皆楽にしてくれ」と声をかけた。

その言葉と同時に皆腰を上げていく。彼女は…いたっ。

やっぱり奥にいたっ!

……ん?何か、こっちを前のめり気味に見てないか?どうやら、彼女に悪い印象は与えていないらしい。

これは、…彼女を手に入れるチャンスが俺にもあるかもしれないって事か?

父上の挨拶が終わり、令嬢達が兄さん達へと向かう。こんな姿の俺に他の令嬢が来る訳がない。

そして、兄さん達に万が一にも彼女を獲られたくない。

俺は舞台を降りて真っ直ぐに彼女の下へと向かった。

キョロキョロと周りを見渡す姿に昔一緒に精霊の森に行った時の姿が重なり思わず笑みが浮かぶ。

辿り着いた彼女を前に、緊張しながらも声が震えない様にと慎重に彼女の名を呼んだ。

「リヴィローズ公爵令嬢」

「……ひゃいっ」

彼女もまた緊張したのか、返事を噛んでいる。こんな姿の俺に緊張してくれるのか。嬉しくて増々笑顔になる。

「一曲お相手願えるだろうか」

「はいっ!喜んでっ!」

彼女の背後で令嬢達が何か囁いているが、俺も、そして彼女も全く気にはならない。

差し出した手に彼女の細い手がそっと重なった瞬間。


ボフンッ。


音と煙を立てて、俺と彼女の姿は変化した。

「え…?」

「あ…?」

こ、れは…どう言う事だ?

俺と彼女、両方同時に元の姿に戻るとは…?

ん?ちょっと待てよ?何処かで似たような現象の話を聞いたことがあるな。

……あぁ、そうだ。結構前に読んで本の中に書いてあったんだ。何だったかな?

確か、【神に愛されし男女の想いが通じ合い触れあった瞬間、一時本来の姿を取り戻す事が出来る】だったか?

……………んっ!?

ちょ、ちょっと待て?俺、今冷静に思い出したが、男女の想いが通じ合い触れあった瞬間、って事は…。

ある可能性に辿り着き、緊張がふっ飛び、喜びで脳内が支配される。

思わず目の前にいる彼女を見ると、うるうると瞳を大きな瞳を潤ませて俺を見ている。……可愛い、だろうがっ…。

本来の姿を見たのは初めてだったが、ピンクゴールドのサラサラの髪に宝石の様な緑の瞳。かと思えば光の加減で紫が見える神秘的な瞳。女性らしい柔らかく血色の良い肌にふくよかな胸。ドレスに隠れているがきっとスラッとした足なのだろう。

……いや、ちょっと美人過ぎないか?

彼女は動かない俺に疑問も抱かずずっと潤んだ瞳を見せてくる。

そうだ。ダンスを誘ったんだった。

「えっと…あー、…改めて、私と踊って頂けますか?」

「はい、勿論っ。喜んでっ」

彼女をエスコートしつつ、会場の中央へ。

楽団の演奏が始まり、彼女が踊りやすいようにステップを踏む。彼女のステップは上手く、実に軽やかに踊る。

くるくると舞う姿は、まるで大輪の花の様で…駄目だ。俺、かなり彼女に魅せられてる。

このままだとずっと彼女の動きに見惚れ続けてしまう。

「ダンス、お上手なんですね」

「そんな…。王子のリードがお上手なのです」

俺も人の事を言えないが、互いに被っている猫が面白くて笑ってしまう。

「フローライト嬢。……フローラと御呼びしても?」

「是非っ」

一も二も無く頷いてくれる。

「私の事はアレクと」

「はいっ、アレク様っ」

最後まで言う事なく彼女は頷いて呼んでくれた。名を呼ばれた事が嬉しくて、胸がジーンとする。

あぁ、本当に…俺は彼女の事が好きだ。彼女の姿を見る度に好きが増していく。

「私」

笑顔で俺の顔を見て、彼女はギュッと俺の手を握った。

「アレク様の手、好きです」

「え?」

「私、努力をする人、大好きです。尊敬します」

唐突な言葉。いきなり何を言うかと思えば…。

けど、この突拍子のなさが彼女なんだ。そこが堪らなく好きなんだよな、俺は。

込み上げてくる笑い。

「アレク様?」

何で笑うのか理解出来ずに彼女は首を傾げる。

それがいつもの彼女を彷彿とさせて、俺は今度こそ堪えきれずに笑ってしまった。

「アハハハハッ!!」

大声で笑い出した俺に、彼女は?マークを浮かべながらも、それすらも受け入れて微笑んでくれるから。

ほんっとうに愛しさが溢れて堪らなくなって。

彼女を両腕で抱き締めた。だって、こんな素敵な女性を離したいと思わないだろう?

「俺もっ。俺も好きだっ!ずっとずっと好きだったっ!」

きっと俺は彼女を知った時点で好きだったんだ。少しずつ彼女を知って…フローラを知って、好きで好きで堪らなくなったんだ。

「ずっと?え?好きって、え?」

真っ赤に顔を染めて、俺の腕の中でドキマギする姿ですら可愛い。

「俺と結婚してくれっ、フローラっ」

フローラの腰を掴んで高く掲げる。フローラは俺のプロポーズに一瞬驚き、でも次の瞬間には美しく微笑んで。

「は「ちょっと待ったっ!!」」

返事が来ると思っていたのに、余計な声に遮られた。

ボルダー兄さん…。よりによって何と言うタイミングで…。

しかもボルダー兄さんはフローラに向かって指を刺し、

「お、お前っ、祝福がないと、そんなに出来が良かったのかっ!?」

と恐ろしく馬鹿発言をしてくれやがった。一番大事な所で…恨みしかない。

それはフローラも同じだったらしく、綺麗な目がスンッと細められた。その後、きっとフローラの中で無視する事にしたんだろう。

「アレク様っ。結婚の話、喜んでお受け「ふざけんなよっ!!何で出来がいいって言わねぇんだっ!!そしたらおれが結婚してやったのにっ!!」

……ここまで自分の兄が馬鹿だったとは思わなかった…。

そもそもそんな言葉を言われて喜ぶ人がいると思うのか?

フローラの兄さんに向ける目線が冷ややかなものになっていく。緑の瞳は完全に紫に見える。

もう完全に無視する事に決めたんだろう。

フローラは小さな小さな声で俺の名を呼んだ。…可愛いな。

ちゃんと聞き取れるようにと、腕の中に抱き寄せた。すると口元に手を当てて内緒話をしようとするので耳を寄せた。

「私も、アレク様と一緒になりた「おいっ、無視してんなっ!!」」

ボルダー兄さんが強引にフローラの手を引っ張った。きゃっと声を上げるフローラを慌てて支えようとしたが、フローラが離れた瞬間に制限時間になってしまったようだ。

俺とフローラの姿が祝福を受けた姿に戻ってしまった。途端。

「ぎゃーーーーーっ!!」

ボルダー兄さんが、フローラの姿を見て叫んだ。

フローラが傷ついた様子はないようだが、ボルダー兄さんの側には絶対においておきたくなくて、飛び込んで来てくれたフローラをこれ幸いときつく抱きしめ返した。

すりっと額を無意識に擦り寄せる仕草が可愛い。…俺はもうどんなフローラの姿でも仕草でも可愛いと感じてしまう自信があるな…。

フローラの可愛さを堪能していると、一人の令嬢がフローラの背後から歩み寄って来た。

「あ、アレキサンドライト様。……私とも踊って頂けませんか?」

……笑顔が引きつってるんだが?

俺が何も知らないとでも?先程まで散々俺やフローラの事を馬鹿にして囁いていたじゃないか。

本当の姿を見た途端これだ。

「……随分と解りやすい手の平返しだこと」

「ふっ、どちらもな」

ボルダー兄さんといい、令嬢達といい、解りやすい手の平返しだと、フローラと顔を見合わせて笑ってしまった。

それからフローラと周囲の声をまるっと無視していたのだが…、あまりにもしつこくて、俺とフローラは仲良く切れた。

「いい加減にしろっ、ボルダー兄さんっ。フローラには俺が今求婚してるんだよっ。兄さんは他にもいるだろっ。綺麗所がっ」

って言うか、さっきまで選び放題だと喜んでただろうがっ!!

「うるさいっ!弟の分際で兄にたてつくのかっ!」

意味が解らないっ!!

が、フローラを奪うつもりなら喜んでたてつくわっ!!欠片も負ける気しないがなっ!!

俺は兄さんと争っているが、俺の腕の中でフローラはフローラで令嬢達とバトルしていた。

「ちょっとそこの気持ち悪いアナタっ!アレク様から離れなさいよっ」

「そうよっ!順番を守りなさいよっ!」

「邪魔なのよっ!」

邪魔なのは正直お前達の方なんだが…と俺が思わず口に出しそうになるが、

「ハッ、だから何よっ!絶対に退かないわよっ!そもそも貴女達はアレク様と呼ぶ許可を頂いてないでしょうかっ!」

とまさかのフローラが思いっきり噛み付いた。言いながら離すもんかと抱き付いてくるフローラの可愛さよ。

「き、今日は無礼講だと陛下は仰っていたわっ!」

「えー?それを本気に捉えて礼儀も何もなってない姿を見せるの?うわーダッサー」

煽る煽る。ちょっと予想外の煽り方に、こんな所まで想像以上かと笑えてしまう。

令嬢達は手に持った扇子を圧し折らんばりに怒り沸騰している。

「しかも、さっきまでの口調とぜーんぜん違うし。ちゃんと喋ってみなさいよ、ほら、ほーらっ、おほほほほっ!」

…くっ、やめろ、フローラ。笑いを我慢出来なくなる。口調で言うならフローラも充分おかしくなってる。

本格的に笑いが込み上げる前に、止めるか。

「こら、あんまり煽るな、フローラ」

ギュッと抱きしめて囁くと、

「アレク様…。アレク様こそ、もうそちらで第二王子が怒り噴火しそうですよ?」

と言われ、ボルダー兄さんの方を向くと確かにフローラの言葉通り、兄さんの顔が真っ赤に染まっていた。

兄さんを見ていたらフローラがぎゅっと抱き付くので、反射的に抱きしめ返す。

「「このぉっ!!」」

ボルダー兄さんと令嬢達の声が重なり、手が振り上げられた。

その程度やり返せない俺達じゃない。フローラと二人対処する為に互いに手に力を込めたが、その力は使われることはなかった。

何故なら、父上が手を叩いて間に入って来たからだ。

「はいはい。そこまで。パーティで争いを起こすなよ」

そもそもの原因は令息を呼ばなかったアンタだ…とは言えないので言葉は飲みこんでおく。

「アレキサンドライト。まずはお前、返事を貰ってしまえ」

……父上。令嬢に、こんな大勢が注目してる中で返事をさせるとか。どんな嫌がらせですか?

これは一言いうべきだな、と声を出そうとしたけれど、フローラはくいくいと俺の肩のあたりを引っ張ってきた。

耳を寄せると、フローラはこっそりと。

「私を奥さんにしてくれますか?」

と、逆プロポーズをくれた。否なんてある訳のない俺は。

「喜んで」

と笑顔で返した。フローラも俺の答えに笑顔を返してくれて。

やっと婚約出来たと、フローラをきつく抱きしめる。…しまった、姿戻ったんだからあまりきつく抱きしめたら駄目だな。体格差でフローラが折れる。

「いやー、良くやった、アレク」

…父上の言い方に違和感を、もっと言えば嫌な予感が過る。

「これで公爵領との地盤は万全な状態になったな。お前も試練を乗り越えられるだろうし。万々歳だ」

何を言い出そうとしてるか予想が付き、俺は父上の口を止めようと動く。だが、ニヤリと笑った父上の方がやはり俺よりも上手だった。

国を管理する人間を、例え実の父親だとしても油断しては行けなかったのだ。

「試練?」

聞き返すフローラに父上は笑顔のまま。

「フローラ嬢も早速王妃教育を受けなきゃな。…アレクの試練の書にな、あるんだよ。何番目だったかに、【王になること】ってな。その為には上位の地位にいる女とくっつく必要があるだろ。だからその点でフローラ嬢は最高だぜ?全てにおいてクリアしてるからな」

語った言葉に俺は完全に焦った。

「違うっ!俺はそんな打算でフローラを選んだ訳じゃっ!」

試練の為に選んだ訳じゃないっ。俺は、ただフローラが好きだからっ。全ての物に目を輝かせて、己が信念を曲げる事のないフローラから目を離す事が出来ないくらい惚れてるからっ、だからっ、フローラに求婚したんだっ。

なのに、焦ってる俺は言葉が出て来ない。出来ることはただ腕の中のフローラを離さず抱きしめる事だけだ。

そんな俺に父上は追い打ちをかけてくる。

「ああー、解ってる解ってるって。アレクの中でちゃんとこれから好きになれそうな女を選んだんだろ?いやー、本当に良い選択をしてくれたな」

「そうじゃないっ、そうじゃないんだっ!」

そんな訳ないのにっ!そもそも打算と言うなら父上の方だろうっ!

ぎゅっとフローラを逃がしたくなくて抱きしめる腕に力が籠る。…今は態度より言葉だっ。まずは父上の言葉を否定しなくてはっ。

「フローラ、俺はっ」

言葉を続けようとしたけれど、フローラは俺を見上げ笑っていた。

「アレク様。信じて、宜しいんですよね?」

フローラの言葉には色々含みがあるような気がした。けれど、俺は疑われて困る所なんてない。だから。

「何に対して信じて良いのか聞いているのか、良く解らないけど、もし俺の言葉や気持ちの事を言っているのなら、信じてくれて良いっ!むしろ信じてくれっ!」

言い切った。嘘も打算もない。フローラに信じて貰いたくてただそれだけを願って言い切ると、フローラは微笑み、そして。

「その言葉で十分ですわ。アレク様も、私を…私の事を信じて下さいましね?」

そう言うと、俺の頬をそっと撫でて、俺の腕の中で方向転換して父上と向き合った。

「陛下。一先ず確認したい事がございます」

「おう、なんだ」

「私とアレク様の結婚を認めて頂いている、それは間違いではありませんね?」

「おうっ、勿論だっ」

父上が断言した途端、フローラは嬉しそうに顔の前でパチンと手を叩いた。

「まぁ、嬉しいっ。では早速アレク様の婿入りの手続きをしましょうっ!」

「………は?」

………ん?

父上と違い口には出さなかったけれど、俺も父上も、何なら周りの令嬢達も目を丸くして驚いた。

が、フローラはそんな反応などまーったく気にもとめず、言葉を続ける。

「当然ですわよね?アレク様は【第三王子】ですもの。王位継承権第三位、ですしね?とぉーぜん公爵家にくださるんです、よね?」

……そう言えば、俺は第三王子だったな。言われて思い出す。王位継承権で言ったら確かに三番目だ。試練の書に【王になること】と書かれてはいたから俺が王位を継がなくてはならないと思って、教育も素直に受けていたが、確かにフローラの言う通り本来ならば俺は兄さん達がいる限り王位の継承権は低いんだ。公爵家に婿入りするのが普通と言えば普通の事だ。

しかし、父上はフローラがそう出てくるとは思わなかったものの慌てて首を振った。

「いやいやいや、待てっ!違うだろっ。さっきも言っただろっ。アレクの試練の書には【王になる】って書いてあったんだってっ。フローラ嬢だってアレクの本当の姿が好きだろっ?イケメンだぞっ!俺に似てっ!」

父上に似ているかどうかは別として…確かにこんな地味で太っている俺の祝福姿よりは元の姿の方が…。

「そうですね。アレク様の本当の姿はとぉーってもイケメンでしたわ」

頷くだろうと思っていたが、その通り言葉にされると少し、傷つくな…。

ぐっとフローラを抱く手に力が籠る。けれどフローラはそんな俺の手に自分の手を重ねて言った。

「でも私、アレク様の居間の御姿も思わず親衛隊を作りたくなる位私の好みど真ん中ですのっ!」

「えっ!?そうなのかっ!?」

あまりにも嬉しい言葉に思わず聞き返してしまったが、フローラは何故か自慢げに大きく頷いて、腕の中でまた方向転換して抱き着いてきた。……反則的に可愛い。

「あ、勘違いなさらないでね、アレク様。私はアレク様の本当の姿も姿で大好きですわっ!どちらも好きですっ!」

祝福姿が好みど真ん中と言われただけで、かなり嬉しかったが、どちらも好きだと言われて喜ばない訳がない。もとより祝福姿だけが好きなのでは?なんて勘違いはしていなかったが、こうして言葉にして貰えるならそれに越した事はない。

言葉にして伝える事がどれだけ嬉しいか、今そう感じたのなら俺だってフローラを喜ばせたい。

「…そうか。ありがとう。俺もフローラがどんな姿でも好きだっ」

言うと胸に顔を埋めていたフローラがバッと顔を上げて俺を見た。周囲に花が飛んで見える位に喜んでいる。

「アレク様っ、後で今のお言葉、もう一度言ってくださいませっ」

「フローラが望むならいくらでも」

喜ぶ姿が可愛くて、おねだりの内容ですら可愛いとか…。

嬉しくて浮かぶ笑みにフローラも笑顔で答えてくれる。今、二人きりだったらどんなに良かったか…。

今の状況を思い出したフローラは顔だけを父上の方に向けた。

「そうそう。アレク様は陛下にあんまり似てませんよ。むしろ凛々しい所や見目の麗しさがタンザナ様にとても似てらっしゃいます。話は戻しますが、アレク様の書に【王になること】と書かれていたのですよね?」

「そうだ。だから」

フローラが嫁に来るのが当然だ、と父上は言いたいのだろう。だが、流石はフローラ。俺達の予想外の答えを引っ張りだして来た。

「王であれば良いのでしょう?だったらこのオーマの国の王である必要はありませんよね?」

「はぁっ!?」

父上は目を剥いて驚いていたが、正直俺も声に出さないだけで同等の驚きをしていた。しかも、

「アレク様の為であれば、私っ、国の一つや二つっ、作り上げてみせましてよっ!!」

とまさかの答えを自信満々に言ってのけた。何なら、少し胸を張って威張っているようにも見える。

「それに【打算】と先程陛下は仰られましたね?」

その言葉に驚いたのは父上より俺の方だ。

「フローラ、それはっ」

打算なんてないんだよっ!いや、完全になかったとは言えない。フローラと婚約するには、俺の立場は…公爵令嬢と釣り合う立場ってのは必要だし、他を牽制する意味でも大事だった。だからそこに打算があったかもしれない。けどそれ位で父上が言うような王になる為の足掛けみたいな打算はないんだっ!

焦った俺はフローラの肩を掴む。だがフローラは笑って俺の手を優しく握って。

「アレク様。大丈夫です。打算でもなんでも宜しいのですよ?アレク様が私を欲して今好きだと仰って下さってますしっ」

気にしてないって口調で言っているけれど、フローラの目は打算なんてなかったんでしょう?と優しい目をして信じてくれている。…あぁ、本当に好きだ。

「だから、アレク様は私が貰って行きますっ!」

「強引過ぎるだろうっ!」

「それがなんですっ!?アレク様は私のですっ!!もう誰にもあげませんっ!!」

「だったらフローラ嬢が嫁に来ても変わらないだろうがっ!……はは~ん、解ったぞっ!さては王妃教育に耐えられそうにないんだなっ!?」

……父上、…ガキか。言っている事がボルダー兄さんと変わらないんだが…。

それに、フローラを理解していない。フローラはそんな事を理由なんかにはしない。

「はんっ!この私が王妃教育の一つや二つ出来ないとでもっ!?そして、そんなやっすい挑発には乗りませんよっ!!アレク様は私が頂いて帰りますっ!!」

言いながら俺から体を離したフローラは現魔法を使い、巨大な布を取り出した。体のデカイ俺でも包めそうな巨大な布だ。…なんか何処かであの模様見た事があるような…あぁ、トゥーティスの民芸品にあったんだ…確か【カラクサ】模様とか言う奴だよな?

ぐいぐいとフローラに手を引かれるままその布の上に座らせられる。

「待て待て待てっ!!連れてくなっ、って言うかどっから取り出したそのデカい布っ!?」

「風呂敷ですっ!!大事なモノは包んで帰らないとっ!!」

「俺の息子を包んで持ち帰る気かっ!?」

……ん?今、俺荷物にされてるのか?…言われてみればフローラが布の対極の角を掴んで真ん中に座る俺の上で縛っている。

「大事に持ち帰りますよっ!!」

「そりゃ有難いなっ!!そうじゃねーんだよっ!!」

ぜーはー…と二人が肩で息を吸っている。しかしフローラよりも体力が多い父上は、落ちて来た前髪を掻き上げてフローラと真っ直ぐに向き合った。

「なぁ、フローラ嬢。真面目な話だ。アレクの為にも嫁に来てくれ。その方がアレクにとっても」

「幸せだと?」

……俺の為…なのか?

王になる事を深く考えた事がなかった。試練の書にそう書いてあった時点で俺の運命は決まったと何処かで思っていたから。だから、俺は人生の伴侶くらいは自分が選んだ女性にしたかった。少しでも試練に抗いたかった。

でも実際は試練に抗いたいとかそんなの吹っ飛んでしまうくらい、フローラに惚れこんでしまったのだが…。王になることが絶対ならばフローラに嫁に来て貰う事が幸せに通ずる。それは確かだろう。

けど…フローラは…規格外の女性だから…。

「陛下は目が悪いのですか?」

「なに?」

「陛下はご自分の子供達の何処をみていらっしゃるのですか?陛下は王としては良い王なのかもしれない。ですが、父親としては駄目親の部類ですよ。どうして第三王子のアレク様が跡を継ぐ事が幸せに繋がると思うのですか?アレク様は【第三王子】です。第三王子が跡を継ぐ時に必ず第一王子と第二王子をどうするかの問題が生まれます」

「それは当然理解している。だが試練の書がそう示しているのだから上の王子は納得するだろう」

「そうでしょう。王と臣下としてはそれで良いのかもしれない。ですが父親として長男と次男が跡を継げない苦しみの逃げ場をどうするか、考えた事はありますか?二人の苦しみを理解していますか?その二人の苦しみの矛先が何処に向くか考えた事はありますか?父親として、どうなさるおつもりですか?」

…父親として…。父上も予想外の方向からパンチを喰らって少したじろいでいる。

「断言しても良い。アレク様は今までも、そしてこれからも試練の書にある【王になること】と言う言葉に苦しんでらっしゃいます。苦しんで、苦しみ続けなければならない」

フローラの言葉に、その優しさに、不覚にも目が潤んで来てしまった。思わない様にしていた。考えない様にしていた。だけど…俺は確かに【王になること】と言う試練に苦しんでいた。苦しめられていた。

たったこれだけの時間でその事を理解してくれたフローラに、試練に苦しんでいた俺の心は一気に解放された気がした。

「フローラ嬢。それはそうかもしれない。だが、王の事して生まれたからには、それはもう運命だ」

「やれることもやらずに運命と言う言葉で片づける。父親として最低ですねー。私はアレク様には幸せになって貰いたいんです。むしろ、私が幸せにするんですっ!それには陛下達は失礼ながら邪魔なんですよっ!だからっ」

…ん?

首から上を出すような形で、綺麗に包み込まれた俺。

フローラは痛く満足そうだ。

「アレク様は頂いて行きますねっ!」

「だから待てってっ!ちっ、こうなったら王命だっ!フローライト・リヴィローズっ!」

王命を出してくるとは思わなくて俺は慌てて首だけ父上の方を向く。首から下は包まれてるから動けない。

だが、フローラもそうくるのは想定済みだったようだ。

「させませんっ!」

「ふぐっ!?」

×印の布?っぽい何かを父上の口に貼りつけてしまった。

「よっしっ!今だ、逃げろーっ!!」

現魔法で作り上げられた、幼い時に共に乗った乗りものの大人用を作りだして、細い体のどっからその力を出しているのかは解らないが俺を乗り物に乗せて…。

あー…、駄目だ…そろそろもう、限界だ。

フローラは父上と話している最中も真面目な顔しつつ、俺を包みあげていた。

父上の相手にされてなさっぷりに、一国の王相手でも一歩も譲らないフローラに。

そんな二人の丁々発止に。

「…………ふはっ、あははっ、あははははははっ!!」

涙が引っ込み、笑いが溢れ止まらなくなった。布の中で腹を抱えて笑う。

「あははははっ!!もうっ、無理だっ!!あははははははははっ!!あはっ、あははははっ!!」

馬鹿みたいに笑っている。

フローラが声をかけてくれるが、笑いは止まらない。

「フローラは、くくくっ、相変わらずっ、面白いっ、あはははっ!!」

父上の口にバッテンってっ!国王だぞっ、相手はっ!!

「アレクっ!お前笑い事じゃねーんだぞっ!!」

父上が何か言っているが、もう止まらない。腹抱えて笑っていると、気付けば父上が俺を肩に担ぎあげ、しかも風を作りだし宙に浮かしてしまった。

「アレク様を返して下さいっ!」

そう言ってフローラは現魔法で巨大な鉄の手を作りだした。

素早く父上は俺をひょいっと遠くに飛ばしてしまう。…しまった。どうやら本当に笑っている場合じゃなかったらしい。笑いを堪えながら思う事ではないけども。

下の方で父上とフローラが睨み合っている。一触即発状態。

しかし、それは長く続かなかった。

「はいっ!そこまでっ!陛下もフローラ嬢も、そして馬鹿笑いしているアレクも。落ち着きなさい」

「そうですよ。いつの間にかパーティがコロシアムになっているではありませんか」

母上達が待ったをかけた。

「全く、クリスタ様。大人げないですよ」

「えっ!?俺が悪いのかっ!?」

「十六の令嬢と本気で喧嘩をなさっていたら誰でもそう思います」

「そ、それは、そうだが…」

普通の令嬢ならそうかもしれないが…フローラだしなぁ…。

「まずはアレクを降ろして下さいませ。それから、フローラも少し落ち着きなさい」

父上が俺を宙から降ろして布を外してくれる。同時にフローラも巨大な鉄の手を床に捨てた。

現魔法を使ってこんなものを作って、手に入れようとしたのが俺なのかとまた笑いが込み上げてくるが、これ以上は流石に我慢だと浮かんだ涙を拭いつつもフローラの側に立った。

「アレク。まずは貴方の意志が一番大事です。貴方はどうしたいの?」

どうしたいか?そんなのは決まっている。

「俺はフローラと一緒になる為に、努力して来た。フローラと一緒になる為に王になろうと思った。だが、フローラが違う道を提示してくれたから」

俺は側に立つフローラの肩を掴み自分に抱き寄せた。

「正直フローラといられるなら、どちらでも構わない」

俺に大事なのはフローラの側にいられるって事だから。そう言うと、タンザナ母上はそうねと頷き、まずは宣言をした。

「オーマの第三王子であるアレキサンドライトとリヴィローズ公爵令嬢フローライトの婚約をここに認めます。これはまず宜しいですね?」

三人でそろって頷く。否は無い。

「そして、アレクが臣下に下るか、王となるか。それを定める為に条件をつけましょう」

「条件?」

フローラが首を傾げると、タンザナ母上はえぇと頷いた。

「フローライトは試練の書を完遂させること。陛下にはオニキスとボルダーの試練の書を完遂させる事。これが条件です」

え?それは結構難易度が高いような…。


「やってみせましょうっ!」

「いや、無理だろっ!」


そして答えはフローラと父上、全くの正反対。

フローラの自信満々な答えに反して、父上は全力で手を振っている。

それを見てアイオラ母上がふぅと息を吐いた。

「陛下。これは無理でもやらねばなりません。もしもフローラが条件を乗り越えた場合、オニキス、ボルダーどちらかが跡を継ぐのですよ」

…確かに、俺が公爵家に婿入りしたら、オニキス兄さんかボルダー兄さんが国王になる。その時試練の書が殆ど手つかずだと父上と兄さん達が苦労する。

「ぐっ…、そ、それは…。だ、だがなっ、フローラ嬢が条件達成出来ない場合だってあるだろっ。いやむしろ、その可能性のが高いっ」

「えぇ、そうですわ。ですが、お忘れですか?陛下。妃になる第一条件を」

「あ…」

「…王妃になる絶対条件は、自己の試練の書を乗り越え、王となる者を助ける事、ですわ」

「…そうか…」

父上。すっかり忘れてましたね?…しかし、母上達。なんだかんだでどちらに転がっても良い様に条件をつけている。

もしも、フローラが条件を達成出来ずに俺が王を継いだとしても、ある程度クリアした段階で嫁に入る事が出来る。

結局、この条件は俺とフローラの将来を決める為の母上達がくれた時間稼ぎなのだろう。

「今までは一生涯で試練を全て乗り越えればいいかなと思っていましたが、アレク様を手に入れる為に必要とあれば、本気で行かせて貰いますわ」

ぐっと拳を握るフローラの目は燃えていた。…これはもう公爵家に俺の婿入りが決まったようなものかもしれない。

「ふふっ。応援してるわ。フローラ」

「私も、応援するわ」

……前言撤回。母上達はただ単に親友の子が可愛いだけかもしれない。

「…なぁ、お前ら。フローラに甘くないか?」

「あら、それは仕方ないわ。だって、ねぇ?」

「えぇ。親友の娘が旦那より可愛いのは当然の事でしょう?」

「どちらに転んでも」

「私達の娘になる事にはちがいないし

「「ねー」」

……母上達はホントにただ親友の子が可愛いだけだった。

思わず遠い目を仕掛けた俺の手を何かに包まれた。

下を向くとフローラが俺の手を握っている。

「アレク様。必ず迎えに行くので待ってて下さいましねっ!」

「ははっ。まるで俺の方が姫みたいだな。…うん、けどまぁ、待ってるから早く迎えに来てくれよ?」

「はいっ!」

満面の笑みで頷いて俺の胸に飛び込むフローラを受け止めて抱きしめる。

その可愛い頭を撫でて愛しんでいると、何かが特急で過ぎ去り、俺の手の中にいた愛しい者を奪って行った。

「父様は、父様はまだ結婚を許してないっ!!」

そこでやっと存在を思い出した。リヴィーローズ公爵…フローラの父親の存在を。

「アレキサンドライト殿下っ!!私はまだ認めていませんっ!!認めていませんからっ!!失礼いたしますっ!!」

ヤバいっ、フローラを連れて行かれるっ!!

「父様っ!?」

慌てて伸ばした手はフローラと繋がれる事なく、動魔法を全力発動したリヴィローズ公爵は光の速さで姿を消した。

その後。婚約者の決まった俺は退場し、オニキス兄さんとボルダー兄さんが婚約者を決める為にパーティは続けられた。



※※※



「いつから惚れてた?って思い出してみたら、会う度会う度惚れ直してるし。ほぼ一目惚れに近いよな…」

しかも、俺の姿を見て、あっちも想いを持ってくれてから可愛さが倍増ししたし…。

「あんなの、惚れない方がどうかしてるって」

真っ先に動いて良かった。フローラが俺を選んでくれて良かった。

フローラと婚約出来た事に少しはしゃぎながらも自室のドアを開けると、そこには涙を流して黒板片手に潰れてるオニキス兄さんと地団駄を踏んで暴れているボルダー兄さんがいた。

………うん。これは今日は部屋に戻らないでおこう。

ニクスの部屋に泊めて貰おう。

ドアをソッと閉めて、ニクスの部屋へと向かう。

護衛の意味もあるし、一応王族関係者のニクスの部屋は割と近くにある。

ノックをして遠慮もなくドアを開けると、ニクスは全く気にした素振りなく俺に手招きをした。

ソファに座ると既にテーブルにワイングラスが二つ。俺が来る事を想定していたらしい。

「で?どうだったんだ?お前の初恋相手とは会えたのか?」

ニクスが真面目に聞いてくる。こう言う時決して茶化した風に聞かないのがニクスの良い所だ。

「会えた。婚約も出来た」

「おぉ、それは良かったじゃないか」

「だが…」

今日あった出来事をまるっと伝えると、ニクスは笑った。腹を抱えて。…気持ちは解る。俺は会場でしこたま笑ったので、今はワインを飲むだけに留まる。

「はーっ、いいなっ。その令嬢。お前が惚れてなかったら俺が貰ってたかもしれねー」

「絶対にやらないぞ」

「ははっ。アレクがそこまで言うとはな~。けど、アレク。お前姫よろしく待つだけのつもりじゃねぇーだろうな?」

「うん?」

「いや、何キョトンとしてんだ。そのフローラ嬢だけが条件つけられたと思ってんのか?お前」

「父上も条件付けられてるが?」

「そうじゃねぇって。俺が言いたいのは、お前も【公爵家当主に認められる】必要があるって事だよ」

ピシッと浮かれ気分だった俺に一撃が入れられた気がした。

「あのスファレ様だぞ?陛下と親友の。しかも、国の一つや二つ作って見せると断言した娘の父親でもある。更に言えば、今の公爵家の勢いをもってすれば正直この国を乗っ取って新国を作り上げる事だって可能だぞ?娘を利用しているなんて思われてみろ。即婚約は無かった事になるぞ」

「…確かに…」

「お前も努力は怠らない事だな。それから、婚約関係になったんだ。空き時間を必ず一週間に一回は作って公爵家に行け」

「…公爵家には元々通うつもりだった。フローラに会いたいからな。けど、そうだな。浮かれすぎないようにしないとな。俺も彼女に見合う男にならないといけない」

「あぁ。そうだな。頑張れ、アレク」

「あぁっ!」

ぐっと拳を握る。するとニクスはその拳に自分の拳をぶつけ笑ってくれた。

「それはそれとして。お前、ほんと羨ましいよ。初恋が実るなんてまずないんだからな」

「なんだよ、ニクス。お前の初恋は実らなかったのか?」

「聞くか?俺の切ない初恋の話を…」

ニクスが語る、ニクス曰く切ない初恋話、俺の主観だと面白可笑しい初恋話を聞きながら夜は更けていった…。

前回、今回とアレク視点です。

男性視点の方が書いてて楽しいです(*´ω`*)

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