98 アカい戦車の出処
敵の正体が分かったのはいいが、杉野にはまだ疑問が残っていた。
「一つ気になることがあるんですけど、あの骸骨達はなんで僕らを襲ってきたんですかね?」
『それはワシにも分からん。その骸骨に憑りついている幽体が生前は何者だったのかが分かれば、ある程度予測できるかもしれないがな』
「幽体の生前ですか……」
博士の答えを聞いて、何故だか戦車が気になった杉野は車体から降りて、後ろへ回ってみた。
「あっ!」
KV-2の後ろに回ると、車体後部のちょうどエンジンルームがある所に奇妙なマークが小さく描かれていた。
『どうした? 何か見つけたか?』
「ああ、はい。骸骨が乗ってたKV-2の車体に変なマークがありまして」
『どんなマークじゃ?』
「えーっと、稲穂とカマが描かれてます」
『なるほど、幽体の正体は分からぬが、その戦車の持ち主は分かったぞ』
「軍隊とかですか?」
『いや、そんな高尚なものではない。所謂、過激派組織じゃ』
「過激派……ですか」
急に物騒な言葉が出てきたので、杉野は言葉を失った。
『そのマークはな、四十年ほど前に活動しておった極左組織『日本革命組合』が使っていたものなんじゃ』
その組織の名前に、杉野も聞き覚えがあった。
たまに報道番組で特集が組まれていたり、元組合員が逮捕されたりしていたので、あまりいい印象はなかった。
『君らの世代だとあまり知らないかもしれないが、昔はそやつらのような連中がそこら中で暴れまわっとってのう。外患誘致未遂だの、無差別テロだのと、それはもう大変な時代じゃったよ』
「その日本革命なんちゃらってのも、そんなヤバい奴らだったんですか?」
『いや、あの頃はそこまで危険な奴らじゃなかった。せいぜい、大規模デモに参加したり、大学を占拠したりするくらいじゃったが、まさかこんな物を隠していたとはな』
「こんな物って……」
博士の話を聞いて、杉野には目の前のソ連製戦車が恐ろしく見えてきた。
『ちなみに、そのKV以外にも戦車はあったのか?』
「あーはい、SMKとSU-152、それとT-34も。あーあと、シャーマンとかもいました」
『ふむ、シャーマンはおそらく元からこの遊園地にあった物じゃろうな。じゃが、ソ連製の方は輸入品なのだろう』
「輸入品って……ソ連から買ったってことですか!? 過激派組織が!?」
『そういうことじゃな』
「それって、犯罪じゃないですか!?」
『もちろんじゃとも! 普通なら、死刑になるな』
自分達はトンデモないものを発見してしまったらしい。
テロリストどころか、国を転覆しようと企んでいたヤバい連中が使おうとしていた戦車と戦ったなんて武勇伝にするにも現実味がなさすぎる。
まあ、仕事のことを漏らしたとして始末されてしまうかもしれないから、同じ会社の人間以外に言うことはないだろうが。
『ところで、その骸骨に幽体が憑りついているならば、ソウルキャッチャーで引き剥がせばいいのではないか?』
「えっ、あれってそんな使い方もできるんですか!?」
杉野が覚えている限り、あの道具は幽体に直接当てないと駄目だったはずだ。
『ああ、改良されたんじゃよ。ちょうど君らが滋賀の方に行っとる時に本部から送られてきてな。これがまた、よく出来ていてのう。幽体が憑りついた物に当てるだけで、幽体を吸い上げることができるんじゃよ』
「人に憑いたのは?」
『それは無理じゃ。本来、生身の人間に憑りついた幽体は脳の奥深くに陣取る習性があるんじゃが、今のソウルキャッチャーではそこまで磁力が届かないのじゃよ。エリックや清水君に使った幽体切り離し機は電気の力を用いて、磁力を底上げしているからできる芸当なのじゃ』
「磁力を? あれって、電磁石なんですか?」
『いや、違う。ソウルキャッチャーや幽体切り離し機に使われているソウルフェライトにはある性質があってな、その性質というのが電気を流すと磁力が増強するというなんとも面白いものなのじゃ。もっとも、この磁力は幽体のみを引き寄せる特殊な力であって、君らが普段何気なく使っている磁石のそれとはまったく違うものだ。ああ、そういえば、本部の方でこのソウルフェライトを使った特大プロジェクトを進めているらしいのじゃが、如何せんワシは本部から嫌われているから……』
「じゃあ、もう休憩が終わりそうなんで切りますね」
博士の長話にもそろそろ飽きてきた杉野は適当な言い訳を言ってから、容赦なく電話を切った。
ぺちゃくちゃとまだ何か喋っていた気がするが、ずーっと聞いていたらせっかくの休憩だというのに無駄に疲れてしまう。
杉野にとって、それだけは嫌だった。
休み時は休む。社会人の基本だろう。
杉野はただ、それを実戦しただけだ。
だから、切った後に間髪を入れずに鳴ったコールを取らなくともなんの問題もないのだ。
博士の説明を聞いて、分かった事が二つある。
まず、この戦車が昔の過激派組織が使っていた物であること。
もう一つは、今日持ってきたソウルキャッチャーを使えば、骸骨を無力化できるかもしれないということ。
一つ目のはともかく、二つ目の情報はとても有益だろう。
何故なら、ここにいる動く骸骨共をただの動かない屍にできるからだ。
そうとなれば、早速実践してみよう。
杉野はベルトのホルダーに差していた新型ソウルキャッチャーを抜き、再びKV-2の車体によじ登った。
「なんか分かったか? えらい長いこと話しとったけど」
それを阻止するように、ティーガーよりも幾分か広い砲塔の中で骸骨と一緒にくつろいでいた坂田が期待の眼差しを向けてきた。
「ああ、はい、長々とご高説を賜りまして、衝撃的なことがわんさと出てきましたよ」
「ほうほう、聞いてやろうじゃねぇか」
「まずですね、この戦車はある過激派組織が日本を壊す為にソ連から買った代物なんですよ!」
「な、なんだってー! ……って、そんな『信じるか信じないかは……』の人でも言わなそうな都市伝説を信じるかっての」
「いやでも、このKV-2のケツ辺りにガッツリそのマークがですね……」
「なんだか面白そうな話をしておられますな!」
ひょこっとKV-2の陰から顔を出したのは、こういう話に目がない神谷だった。
「神谷なら信じてくれるよね!」
「あの博士が言うことだぜ、信憑性皆無だろ」
坂田がいちいち否定してくるので、杉野は少しムッとした。
ただ、確かにちょっと強引かもしれないとは杉野も薄々感じてはいた。
それでも、真っ向から否定されるとムキになってしまって、どうにかして信じさせようとしてしまう。
巷で話題の陰謀論者というのは、こんな気持ちなのだろうか。
「そういえば、先程あっちの宝の山を探っていたら、こんな物を見つけまして」
そう言って、神谷は重そうに抱えていたある物を杉野達が見えるように掲げた。
それは、紛れもなくソ連製の自動小銃だった。
「やっぱり! ほら、あれもソ連から買ったんですよ、きっと!」
「うーん、そうかねぇ。遊園地の倉庫にあったんだし、ただの小道具じゃねぇの?」
ここまで決定的な証拠があるというのに、坂田はなおも信じてくれなかった。
ならばと、杉野は神谷から小銃を分捕り、ロケットが開けたばかりの天井の大穴に向けて乱射した。
普段聞いてる拳銃の音よりかはいくらか大きな破裂音が埃臭い倉庫内に鳴り響き、それが本物であるという証明を自らしてくれた。
自己紹介代わりの発砲音が鳴りやみ、小銃の銃口からは火薬の香りと共に白い煙が立ち昇っていた。
「おい、杉野! なに勝手に撃ってやがんだ! それに、神谷! お前はあっちで履帯を直す仕事があるだろうが!」
「す、すいません!」
銃声を聞いたエリックが鬼の形相で駆け寄ってきたので、調子に乗りまくっていた杉野は血の気が引き、青い顔をして小銃を落としてしまった。
落とした拍子に暴発してしまったらしく、足元で再び銃声が響いたと思うと、倉庫の奥底に眠っていた書き割りを弾丸が貫き、奥にあった何かに弾かれる音が聞こえた。
何に当たったのか気になった杉野が銃弾が飛んでいった方へ目を向けると、そこには「革命」やら「反戦」やらといったゲバ文字――大昔の学生運動などで使われていた無駄にカクカクした文字――が書かれたヘルメットを被った骸骨の集団が白い山となって積まれている光景が広がっていた。
「まったく、お前らは……って、何見てんだ?」
「あ、ああの、あれ……」
「ああん? あぁーそういえばあったなぁ、あんな山が」
どうやら、エリックはすでにその奇怪な光景に気づいていたららしい。
「革命軍ってのは、大抵最後は無念仏になっちまうもんだ。線香はないが蝋燭ならあるから、なんなら弔っていくか?」
「いえ、結構です。っていうか、なんで蝋燭なんて持ってるんですか?」
「なんでって……もしもの時の灯りとして使うに決まってるだろう」
「ああ、なるほど。つっても、それだけじゃ暗くないですか?」
「安心しろ。蝋燭だけでも五十本は持ってきたからな。それに、遭難した時用の信号弾を使えば、ある程度は凌げるぞ」
そう言って、エリックは懐から年代物の信号拳銃を取り出した。
「……いつもそんなに用意周到なんですか?」
「うんにゃ、今日はアメリカにいる友人達に色々と持たされたからな。つっても、ただ単に要らないもんを押し付けられただけなんだけどな」
言いながら、十徳ナイフやボロい小型ラジオなどを一体何処にしまっているのやらと思うほど懐から出していくエリック。
「あの~、それであの山は……」
「ああ、ま、ほっとけばいいんじゃねぇか。戦車に乗ってた奴らとは違って白いし、勝手に動いたりはしねぇだろう」
エリックの言葉を聞いて、杉野はようやくホッとした。
戦車を修理している間に、あんなのに集団で襲われようものなら、さすがの杉野でも心臓が止まってしまうかもしれない。
それほどに、杉野は骸骨への恐怖心を抱いていたのだ。
「まあ、一匹くらいは動く奴が潜んでるかもしれねぇがな」
エリックが冗談ぽく言うと、ガハハっと笑った。
恐怖でさらに顔を青くした杉野は、愛想笑いを浮かべるのが精一杯であった。
それから作業は進んでいき、神谷達は履帯を直し終わり、あとは主砲を直すだけとなった。
「よし、じゃあ開けるぞ」
「せーの!」「よいしょー!」
エリックと杉野、そして力自慢の坂田の三人でロケットのL字型の取っ手を引っ張ると、シューっという空気が抜ける音と共にロケットの扉が開いた。
中には、やはりというべきか、ティーガーの主砲が入っていた。
「これって……」
「驚いたか? 射撃大会を運営していた会社が軍事系列の運送業者でな、電話一本で地球上の何処へでも予備パーツを届けてくれるんだぜ」
「それしても、ロケットに入れて配送するなんて、随分と派手な会社ですね」
「まあ、アメリカの連中だからな」
それを聞いて、杉野達は妙に納得してしまった。
こんなぶっ飛んだ筋肉だるまが生まれた国なのだから、これくらいのことは日常茶飯事なのだろう。
「んじゃ、早速主砲を取り替えるか。てめぇら、あともう少し頑張ってくれよ」
「へーい」「はいはい」
エリックの号令に、典型的な日本人の杉野達はけだるげな返事を返した。
主砲の交換といっても、相手は重戦車だ。
替えの主砲を持ち上げるだけでも、かなりの労力を要する。
そうなると、人力での作業は効率が悪いし、なにより危険だ。
なので、交換作業においてもクレーンを使うことになった。
まず、主砲を止めているボルトを外し、元々付いていた主砲を取り外す。
これがかなりの重労働であった。
如何せん古い物なので、ボルトは堅いわ、錆びついてるわで主砲を外すのにざっと三十分はかかってしまったのだ。
外し終わったら、壊れた主砲をクレーンで吊り上げ、安全な所へ安置する。
主砲だけでも1t以上あるため、あまり変な所に置くと非常に危険なのだ。
ちなみに、この要らなくなった主砲はあとで運送業者が回収しに来るらしいので、小型のGPS発信機を貼り付けて放置しておくこととなった。
そうしたら、あとは新品の主砲を取り付けるだけだ。
クレーンで持ち上げ、慎重に取り付け位置へ挿し込み、新品のボルトで固定する。
それが終わったら、砲塔を上下左右に動かしたり、倉庫の奥に積まれた白い骸骨の山に試し撃ちしたりといった確認作業を行った。
真新しい主砲は実践さながらのテストを難なくこなし、無事にエリックからのOKを貰えた。
これにより、ティーガーは再び戦線に復帰することができたのであった。




