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97 救世主は小型ロケット

 それぞれが思い思いの言葉を叫んでいると、変な音が聞こえてきたような気がした。


「死ぬ前にもう一回――なんか変な音しねぇか?」


 最初に気づいたのは、坂田だった。

 人に言われると、そんな気がしてくるもので、次第に他の面々にも聞こえるようになってくる。


「ようやく来たか」


 エリックが意味ありげな顔をして、そう呟いた。

 それを合図に、頭上からジェット機のような音が聞こえたと思うと、何かが倉庫の天井をぶち破り、ティーガーのすぐ近くに落ちたらしい爆音が鳴り響く。


「なんだ、なんだ!?」「何が起きたのでありますか!?」「もしかして、新手!?」


 車内には、先程とは違った混乱が起きていた。


「外を見てみろ。俺の予想が正しければ、いいもんが見られるぞ」


「いいもん?」


 エリックに言われて、杉野は恐る恐るキューポラから外を覗き見た。

 杉野が見たのは、謎の小型ミサイルに砲塔を貫かれたKV-2が白い煙を出して沈黙している、哀れな姿だった。

 そのミサイルはなんとなく見覚えがあるような気がして、杉野は首をひねった。

 はて、何処で見たのだろうか。

 確か、樹海の何処かで……。

 もう少しで思い出せそうなところで、ペリスコープから外を見た坂田に答えを言われた。


「あぁ! あのミサイル、ティーガーに付いてたやつじゃねぇか!」


 そう、まさに樹海でティーガーが飛んできた時に装着されていた小型ロケットとそっくりだったのだ。

 ただ、あの時のよりは一回りくらい大きいし、なによりロケットの真ん中に謎のダイヤルと取っ手が付いているので、まったく同じ物ではないのだろう。


「あれ、なんですか? もしかして、博士に救援要請か何か出したんですか?」


「いや、あれはさっき頼んだティーガーの主砲だ」


「主砲!?」


 どうみてもロケットなのだが、エリックにはあれが戦車の主砲に見えているらしい。


「ああ、そうだ。杉野、ちょいと頼みがあるんだが」


「なんですか?」


「なに、そう難しいことじゃねぇ。この倉庫の入り口を閉めてきてほしいんだ。このままだと、他の連中が寄ってきちまうからな」


「はあ、分かりました。それじゃあ、いってきます」


「おう、気をつけてな」「頑張れよ~」「どうか、御無事で」


 エリック達に見送られて、ハッチからのそのそと這い出た杉野は、まず最初にロケットに貫かれたKV-2を見た。

 小型とはいっても、それなりの長さのロケットに貫かれた砲塔は縦に大きく裂け、ほとんど真っ二つだ。

 そのロケットはというと、戦車の装甲よりも硬い素材で出来ているのではないかと思ってしまうくらいに、へこみやキズが少なかった。

 とはいえ、いくらなんでもあんなのが戦車の主砲として使えるとはとても思えない。

 やはり、エリックの悪い冗談なのだろう。



 倉庫の入り口を閉めるのは、入り口近くにあったチェーンを引くだけでよかった。

 チェーンを引くたびに、入り口のシャッターが降りてくるようになっているので、人力で閉められるのはありがたい。

 もし、電動で閉めるタイプだったら、完全に積んでいたからだ。



 多少、力がいる作業ではあったが、普段のトレーニングのおかげでわりとすぐに終わった。

 チェーンを引き切り、シャッターが完全に閉まると、倉庫の中は一気に暗くなった。

 とはいっても、ロケットがあけた穴のおかげで目の前2mくらいは見える。

 なので、戦車の修理くらいはできそうだ。

 問題はあのロケットをどうにかしてKV-2から引き剥がさないといけないことだ。

 そんな疑問も、ティーガーに戻ると解決した。


「天井にクレーンがあるから、あれで吊り上げるぞ」


 あの絶体絶命な状況の中で、エリックはちゃんとこの倉庫を調べていたらしい。

 今回ばかりは、杉野も坂田でさえもエリックを認めざるを得なかった。

 今考えると、あんな態度を取っていたのも、無駄に杉野達を不安にさせないための演技だったのかもしれない。

 やはり、エリックは人としてはあれだが、教官兼上司としてはこの上なく尊敬できる。

 今回の件で、それが疑惑から確信に変わったわけだ。



 エリックの株が上がったところで、今度はクレーンでロケットを吊り上げる。

 幸いにも、坂田が床上操作式クレーンの資格を持っていたので、合法的に作業できた。


「おーらい、おーらい」


 クレーン自体は天井に付いているタイプだったため、杉野が誘導を行い、クレーンのリモコンを持った坂田がその近くで操作した。

 もちろん、ヘルメットもちゃんと被った。

 戦車用のやつではあるが……。



 クレーンをロケットの近くまで下ろしたら、クレーンのフックとロケットの先端をロープできつく縛り、少し持ち上げてから横にずらした。

 ほとんど引きずるような形になったが、あれほどの衝撃で壊れなかったのだから、この扱いでも大丈夫だろう。

 KV-2の砲塔から引きづり降ろすようにロケットを地面に落としたら、ロープを外し、ダイヤルが付いている面を表にする。

 あとは、エリックがどうにかしてくれるらしい。


「ご苦労さん。適当に休んでてくれ。まだやることはいっぱいあるからな」


「はーい」「やったぜ、休憩だ!」


 クレーン組の杉野と坂田はその功績を認められ、十分間の休憩を得た。

 遊園地の倉庫だけあって、色々と面白そうな物が所狭しと置かれているが、杉野達にとってはさっきまで自分達を殺そうとしてきた戦車が一番気になっていた。


「ちょっと、覗いてみねぇか?」


「いいですね!」


 坂田の提案に、杉野は思わず即答していた。

 ドイツ製の戦車ならば見飽きているが、ソ連製のしかもこんないデッカイ砲塔の戦車の中身がとても気になっていたのだ。

 KV-2の車体後部によじ登り、坂田と一緒に裂けた砲塔から内部を覗いてみると、そこには何処かで見たような光景が広がっていた。


「黒い……」「骸骨?」


 そう、あの黒こげのアメリカ製重戦車に乗っていたのと同じ、真っ黒に焦げた骸骨だったのだ。

 この異様な光景を二度も見て、坂田はある仮説を思いついた。


「もしかしてさぁ、こいつらが動かしてたんじゃないの?」


「へっ? こいつらって……」


 坂田の仮説を聞いて、杉野はしばし考え込んだ。


「この骸骨が動かしたってんですか!? この戦車を!?」


 杉野が大袈裟に驚いてみせると、あっちでティーガーの履帯を修理していた八坂達がこっちを見る。


「そうそう、この骸骨に幽体が憑りついてよぉ、磁力かなんかで動かしたんじゃねぇか」


「まあ、確かにありえない話ではないですね。今迄も人形とかマネキンが動いたりはありましたし」


 そう考えると、この骸骨達が怖く思えてきた。

 もしや、まだ動くのではないか。

 そんな不安が杉野を襲ったのだ。


「どうした? そんな暗い顔して」


 杉野の恐怖心に反応したのか、さっきまでロケットをいじくっていたエリックが話しかけてきた。


「ああ、いや、KV-2にも例の黒い骸骨が乗ってたんで、もしかしたらこいつらが動かしてたんじゃないかなって話してまして……」


「なるほど、ありえなくはないな。なんなら、端末で博士に聞いてみるか?」


 そう言うと、杉野の返事も待たずに、エリックは自分の端末で博士を呼び出した。


『もしもし、ワシじゃ。ターゲットは見つかったか?』


 現在時刻は午後三時、少し待たせていたのかもしれない。

 何故なら、博士の声に苛ついているような怒気が含まれていたからだ。


「えっと、まだです」


『そうか、早く確保してくれよ。それで、用件はなんじゃ?』


「少し前に通信した時にですね、テロリストに襲われたって言ったじゃないですか。あれの正体が分かったかもしれないんです」


『ほう、それでなんだったんじゃ? 過激派か? 某国の工作員か?』


「正体は生きた人間じゃなくて、幽体が操った骸骨だったんですよ」


『ほう、骸骨か。それで、根拠はあるんじゃろうな』


「はい、襲ってきた戦車に乗ってたのが、黒い骸骨だったんです!」


『それだけか』


「えっ?」


 もっと食いつくと思っていた杉野は、博士のつまらなさそうな返答に思わず言葉を失った。


『さすがにその程度では弱い。もっと納得できる証拠がないとな』


「納得できる証拠ですか……」


 躍起になった杉野は裂けた砲塔の隙間から中に入り、砲主席にいた骸骨を観察してみた。

 黒焦げだと思っていたが、間近で匂いを嗅いでみるとなんだか鉄臭かった。

 もしやと思った杉野は、試しに骸骨の腕を握ってみた。

 とても冷たく、骨というよりは鉄パイプを握っているようだ。


「これ、鉄で出来てるんですかね?」


 杉野が独り言のように呟いていると、いつの間にか中に入っていた坂田も骸骨のあちこちを触っていた。


「うーん、これは鉄で出来てるってよりは、鉄でコーティングされてる感じだな」


 坂田の言うことを参考にもう一度触ってみると、杉野もなんとなくそんな感じがした。


「博士、例えばの話なんですけど、骨を鉄でコーティングしたら、磁石にくっついたりしますかね?」


『まあ、くっつくじゃろうな。そうなると、杉野君の仮説を認めねばならぬようじゃ』


「いえ、元々は坂田さんが思いついた事なので……」


『どっちが先に言ったかなど、この際どうでもいいわい。学会に発表するのは、ワシじゃからな』


 エリックとは違って、このマッドサイエンティストは一生信用できそうにないと確信した杉野であった。

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