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95 ソ連製のアカい刺客

 色々なトラブルを解決しながら、ティーガーはターゲットである「パンドラ」を探して、カラフルな石畳を壊しながら遊園地の奥へ奥へと進んで行く。

 ただ残念なことに、昼飯を食ったばかりなのと、先程の戦闘の緊張で疲れてしまったのとで、言いようのない眠気が一行を襲い始めていた。

 ティーガーの進路はフラフラと蛇行し始め、装填手の坂田はこくりこくりと舟を漕ぐ。

 そんな中、杉野だけは神経を尖らせて、ティーガーの周囲を見回し、いつあの軽戦車が来るのかとひたすらに警戒していた。

 というのも、エリックがいない間に戦車を二両も撃破してしまったので、エリックにその腕を見込まれ、そのまま車長をやるようにと命令されてしまったのだ。

 もちろん、その時の杉野はすぐに断った。

 しかし、エリックの勢いに押され、坂田の褒め言葉という名の援護射撃によって、最終的に頷くしかなかった。

 別に嫌なわけではないのだが、車長というのはその戦車のリーダーであり責任者だ。

 そんな重大な役目を、自分なんかがやっていいのだろうか。

 どうせやるなら、頼りがいのある坂田の方がいいのではないか。

 つい、そんな風に思ってしまう。

 杉野には、この役目をやり切る自信など到底あるはずもなかったのだ。

 しかし、一度任された仕事を自信がないからと投げ出すなど、いい大人のすることではない。

 それに、これを機に少しは自分の事を信じられるかもしれないし、試しにやってみるのもありなのかもしれない。

 キューポラから周りを見回しているうちに、杉野は少しずつではあるが自分の決断は間違っていなかったと思い始めていた。



 遊園地の奥へと突き進んでいると、妙な光景に出くわした。

 洋風な遊園地にしては珍しく、和風のお化け屋敷らしき廃墟を発見したのだ。

 それだけなら、そうおかしくはないだろう。

 何故、妙だと感じたのかというと、その廃墟が泥水で出来た川で囲われていたからだ。

 川自体は、単に誰かが掘った溝に雨水が溜まっているだけらしく、まったくといっていいほど流れがない。

 誰が、何の為にこの溝を掘ったのかは定かではないが、普通に考えればあの廃墟に例の「パンドラ」があり、それを守る為のなのだろう。

 残念なことに、さすがのティーガーでも川は渡れない。

 一見すると浅そうに見える川でも、戦車で入ってみたら思いのほか深かった、なんてことになったら取り返しがつかないからだ。

 ここは、筏になるような物を探すべきだろう。

 そう考えた杉野があちこち見回してみると、遠くの物陰に見覚えのある何かが見えたような気がした。


「教官! 今、何かいました!」


「そうか、どっちの方角だ?」


「えぇー、二時の方角ですね」


「八坂、聞いたか? 二時の方角に進路を変更しろ」


「はいはい、分かりましたよっと」


 車長兼見張り員の杉野の報告を、坂田の横で装填手兼車長の補佐をやっているエリックがやっと自分の役目に慣れ始めた操縦手の八坂へ伝えると、ティーガーがゆっくりと右へ進路を変え始める。

 残念なことに、杉野が報告の為に目を離した隙をついて、見覚えのある何かは何処かへ逃げてしまったようで、同じ所をどれだけ探しても見つからなかった。



 ティーガーが目標地点に到達しても、例の何かは見当たらなかった。

 しかし、手がかりはあった。


「教官、六時の方角へ履帯の跡が続いています」


「なるほど、さっきのM22のもんかもしれねぇな。つっても、そのまま辿るのは危険だ。罠かもしれん」


「罠、ですか?」


「あぁ、そうだ。ああいう手合いはずる賢いからなぁ。わざと足跡残して、袋小路に誘い込んだところをドカンとやっちまうっつー寸法だろう」


「じゃあ、どうすれば……?」


「ちょいと離れた所から履帯の跡を追跡するんだよ。こっからまっすぐ行ったとこにアーケードがあんだろ? あそこを通って行けば、敵に気づかれねぇさ」


「そんなにうまくいきますかね?」


「まあ、やってみねぇと分からねぇな。んで、どっちにするよ? 車長さんよぉ」


「えぇ~っと」


 エリックに聞かれて、杉野はしばし悩んだ。

 今迄は、実質エリックの指示で動いていたようなものだったから、急に判断しろと言われても困ってしまう。

 あのまま黙っていれば、全てエリックにやってもらえると思っていたが、現実はそう優しくないらしい。

 いくらかの沈黙の後、杉野は覚悟を決めて口を開いた。


「そう、ですね、じゃあ、アーケードを通りましょう」


「よしきた! じゃあ、八坂、よろしくな」


「はーい」


 操縦手の適当な返事と共に、ティーガーはアーケードへ向けて動き出した。



 アーケードとはいっても、別にゲーム機が並んでいるわけではない。

 お土産やレストランが並んでいる、いわば商店街的な場所だ。

 夢の国などの入り口近くにあるようなのを連想していただけると分かりやすいだろう。

 とはいえ、ここのアーケードはそこまで奇麗なものではなく、土産物屋は荒れ果て、レストランにはネズミが湧き、アーケードの象徴であるアーチ状の天井は所々割れていて、地面には大小様々なガラス片が散らばっていた。

 とっくの昔に廃園したのだからしょうがないのだが、少し期待していた杉野はがっかりしてしまった。

 想像していたのは、もっと華やかで夢の溢れる景色だったのに、実際はゴミ捨て場のような見るに堪えないものだったからだ。

 遊びにきたわけではないのだから、がっかりしていてもしょうがないのだが、モチベーション的には大打撃なのだ。


「なんか、面白いもんないかな~」


 なんとも不真面目な独り言を呟きながら、杉野が外の景色をなんとなく眺めていると、アーケードの出口付近に見覚えのある何かが目に入った。

 いや、もはや何かではない、あれは間違いなくさっき杉野達を撃ってきた軽戦車だ。


「教官! あのM22とかいうちっこいのを見つけましたよ!」


「でかした! 神谷! 砲塔を前に向けろ!」


「了解であります!」


 後ろから来るのではないかというエリックの予測で、主砲を進行方向とは逆に向けていたのは失敗だった。

 案の定、軽戦車はアーケードから逃げ出し、再び姿を見失ってしまった。


「逃げちゃいましたよ!」


「問題ない! しつこく追いかければ、いつかは殺せる」


 そういえば、自分達が撃ったシャーマンの中にいた人達は一人残らず死んでしまったのだった。

 エリックの物騒な一言を聞いて、杉野は、いや、杉野達は自分達がしでかしたことの重大さにようやく気づいた。

 いくらテロリストといえど、相手は自分と同じ生きている人間だったのだ。

 死んだ後の魂ならいくらでも撃っている杉野達でも、生きた人間を殺すのは初めてだったのだから、そのショックは大きい。

 今更悔やんでもどうにもならないことだが、せめてあの軽戦車の乗員だけは殺さないようにしよう。

 そう、杉野達は決心したのであった。



 軽戦車を追いかけ、アーケードを抜けるとそこは大きな広場だった。

 広場の真ん中には半円状のステージがあり、営業していた頃はここでショーなどをやっていたのだろう。

 だがしかし、今現在ステージに立っているのは、件の軽戦車だ。

 まるでこちらを待っていたかのように、主砲をこちらに向けて、じっと佇んでいる。


「あいつ、なんのつもりだ?」


 エリックがそう呟くと、ペリスコープから目を離し、神谷へジェスチャーを用いて軽戦車を撃つように指示した。

 指示を受けた神谷は、間髪入れずに引き金を引いた。

 そこまではよかったのだが、まだ車体が完全に止まっていないうちに撃ってしまったので、砲弾は軽戦車には当たらず、後ろにある木製の書き割りをぶち抜いた。


「すいません、外れました!」


「ったく、撃つ時は止まってからって習わなかったのか? まあいい、すぐに装填を終わらせるから、二射目はしっかりと狙えよ」


「無理です」


「あ?」


 神谷の反抗的な返事に、次の砲弾を装填しかかっていたエリックの手が止まった。


「なんでだ? 当てる自信がないのか?」


「いえ、そういうわけではなくてですね。いないんですよ、ターゲットが」


「なんだと!?」


 神谷に言われて、エリックは再び手近のペリスコープを覗いた。

 双眼鏡のようなレンズの先には、誰もいないステージしか見えない。


「くそっ! また逃げられたか!」


「すいません。自分がさっきので仕留められなかったから……」


「そうしょぼくれるな。チャンスはまだいくらでもあるからな」


「エリック教官……」


 わりかし優しいエリックの言葉を聞いて、神谷は軽くうるっときていた。


「あのー、ちょっといいですかね?」


「なんだ?」


 杉野が言いにくそうに聞いてみると、エリックの機嫌が悪そうな声が返ってきた。


「えーっと、軽戦車はいないんですけど、もっとヤバそうなのが後ろに……」


「後ろ?」


 杉野の遠慮がちな報告を聞いて、怪訝な顔をしたエリックは杉野と入れ替わるようにキューポラから顔を出して、外の様子を確認してみた。


「後ろに何がいるってん……だ」


 ティーガーの後ろを見て、エリックは絶句した。

 杉野の言う通り、そこには軽戦車ではなくさらにヤバイ奴らがいたからだ。


「おいおいマジかよ」


「何がヤバいんだ?」


 何も知らない坂田がなんとなしに聞いてきたので、杉野は自分が見たものを自分の分かる範囲で説明した。


「戦車のおかわりですよ。しかも、砲塔が馬鹿でかい奴とか砲塔がアホみたいに多い奴とか、めんどくさそうな奴ばっかりなんです」


 そこまで言って、杉野の精一杯の説明はエリックのさらに詳しい解説によってかき消された。


「砲塔がデカいのはKV(カーヴェー)-2、砲塔が多いのはSMKだな。ついでに、85mm砲積んだT-34とSU-152まで居やがる」


「またアメリカ製なんか?」


 坂田の純粋な疑問に、エリックは軽く笑いながら答えた。


「いや、ソ連製だ」



 敵の詳細が分かったところで、挨拶とばかりにティーガーの砲塔をドデカい砲弾が掠める音がした。

 その音を聞いたエリックが急いで自分の持ち場に戻ると、各人員に指示を出し始める。


「んな呑気なこと言ってる場合じゃねぇ! 神谷、主砲を後ろにいる礼儀知らずに向けろ!」


「あいあいさー」


「八坂は車体を三時の方向に向けて、逃げる準備だ」


「すぐに逃げたら駄目なんですか?」


「一発撃ったら、逃げてもいいぞ。一発も撃たずに逃げたら、相手にナメられちまうからな」


 こんな時にそんなことまで考えなくてもいいのではと杉野が疑問に思っていると、唐突にエリックが振り返った。


「本来なら、車長であるお前が指示を出すべきなんだぞ、杉野。今は緊急事態だから俺が代わりにやってけどなぁ」


「すんません、ぼーっとしてて」


「ぼけっとしてっと、そのうち殺されちまうぞ。しゃきっとしろ、しゃきっと!」


「は、はい!」


 エリックに叱られて、それまでどこか他人事だった杉野は気を引き締めた。


「それで、撃ったら何処に逃げればいいんですかね?」


 砲塔の旋回が終わる前に、少ししゃきっとした杉野が聞いてみると、エリックはなんとも簡単に言いきった。


「そりゃおめぇ、あいつらが追ってこれない所に逃げこむに決まってんだろ」


「いや、僕にはそれが何処なのかまったく検討もつかないんで、教えてほしいんですけど」


 申し訳なさそうに杉野が言いきると、ため息をついてから、エリックはアーケードのある方向を指し示した。


「一本道なら、そう簡単には挟まれねぇだろ?」


 なかなかに無理がある作戦のような気はするが、他に選択肢はない。

 消えた軽戦車が変なことをしてこなければいいのだが。



 砲塔の回転が止まり、ティーガーの主砲がまず狙ったのは、あの馬鹿でかい砲塔を持ったKV-2だった。

 あちらさんはまだ一発しか撃ってきていないので、こちらが撃ち返したらきっと壮絶な砲撃戦が始まるのだろう。

 その火蓋は、神谷の右の人差し指によって、今まさに切られようとしていた。


「ちょっと待った!」


 神谷が今まさに撃とうとしたのを、何故かエリックが止めた。


「なんですか? 今ちょっと、いいところなのですが」


「すまんな。ただ、撃つんならあのT-34から撃て」


「はあ、了解しました。ちなみに理由を聞いても?」


「理由か? 簡単なことだ、足が速い奴を最初に仕留めた方が安全だからだ」


「なるほど、では撃ちますぞ」


 理由だけ聞くと、神谷は主砲をちょいと調整して、T-34の砲塔と車体の繋ぎ目に狙いを定めた。

 一瞬の間が過ぎた後、相変わらず迫力満点な砲撃音と共に、ティーガーの主砲が火を噴く。

 キューポラからその様子を眺めていた杉野が目撃したのは、虎の火砲に食われる哀れな中戦車の姿だった。


「T-34、沈黙!」


 杉野が戦果を報告すると、車内にエリックの指示が響き渡る。


「よし、逃げるぞ! 回せ、回せ!」


 主砲やらハッチやらから火を噴いて、盛大に燃え上がるT-34を尻目に、ティーガーは全速力でアーケードに向かった。



 アーケードへ向かう間も、もちろん砲撃戦は続いており、100mm以上の砲弾がバンバン飛び交う地獄の逃走劇となっていた。

 外れた砲弾はその先にあるレストランに突っ込んで、ネズミやそれを狙っていたタヌキが四方八方に肉片となって飛び散る。

 ティーガーに当たった砲弾は運が良ければ跳ね返って、近くの出店を吹っ飛ばす。

 時には、ちょっとした火災を引き起こしたりもした。

 弾薬庫のすぐ近くで出火した時は、さすがに死を覚悟したものだ。



 エリックの迅速な判断と八坂の神がかり的な操縦により、どうにか誰も死なずにアーケードの入り口までは来れた。

 さあ、ここからが本番だ。

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