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94 撃たれたら撃ち返せ

 窮地を脱したかに見えた一行だったが、まだ危機は迫っていた。

 残る一両、確かM6A1とかいう重戦車がまだ通路にいるのだ。

 ただ、そう悲観することでもない。

 部屋の入り口には、先程の砲撃で沈黙したシャーマンジャンボが壁となってくれているのだから。


「八坂さん! 今のうちに他の出口を探して!」


「わ、分かった!」


 杉野は車内にいる八坂へ指示を出すと、今度は戦車の前方をライトで照らした。

 しばらく待っていると、ティーガーが前進していき、少しずつではあるが右方向へ方向転換を始めた。

 さすがの八坂も、ここまでのピンチのおかげで多少なりとも戦車を動かせるようになったようだ。


「ゆっくりでいいから、慎重にね」


「言われなくても、分かってるわよ!」


 杉野としては親切心で言ったつもりだったのだが、今は気が立っているらしく、怒られてしまった。

 とはいえ、まだ少し荒かった八坂の運転が杉野の一言で多少ではあるが良くなってきたので、まったく無意味ではなかったようだ。



 通路から離れ、施設の奥へ奥へと進んで行くと、戦車置き場の端っこに出口らしき光源が見えてきた。


「もう少しで外に出られるよ!」


「分かったから、ちょっと黙ってて!」


 杉野が喜びの声を上げると、またもや八坂に怒られてしまった。

 さすがにこれ以上何か言うとミスを誘発しかねないので、杉野は外に出るまでの間は黙りこくっとくことにした。


「よっしゃー! やっと、こんな薄暗くて埃っぽい所からおさらばできるぜ!」


 しかし、自重するということを知らない坂田の口までは止められなかった。

 うるさい坂田は無視して、八坂はただひたすらに出口へと戦車を動かしていく。

 キューポラから前を見ていた杉野にも、出口が近づくたびに周りの景色がだんだんと明るくなっていくのが分かった。

 あともう少しで外へ出られる、杉野にとってはそれがなによりも嬉しかった。

 その慢心のせいだろうか、ある戦車がなくなっていたことに気づけなかったのは。



 嫌なフラグが立ったような気がしたが、特に何事もなく、戦車は朗らかな秋の陽射しの下へ飛び出した。

 どうにも建物の裏側に出たらしく、ショーで使っていたであろう書き割りなどの大道具や見た目がちょっとキモイ着ぐるみなどが地べたに転がっていた。

 おそらく、廃園した時からここに放置されていたのだろう。どれもこれも雨風や陽の光に曝され続けたせいで色が薄くなっていたり、穴が空いていたりしている。

 哀れな功労者達を横目に、戦車は建物の右側へ回っていき、再びアトラクションの入り口を目指す。

 こちらが逃げたことに気づかれてなければ、あの重戦車はまだ通路の中にいるはずだ。

 それを撃破してしまえば、もはや敵はいない。怯える必要はなくなるのだ。



 ティーガーは意気揚々と建物の右側に沿って進んで行き、ついさっきまで昼飯を食っていた入り口へと辿り着いた。


「一旦、止まって」


 杉野の指示に、操縦手の八坂は迅速に答える。

 ティーガーは入り口のすぐ横、通路の中からは見えない地点に止まった。

 そこまで急なブレーキでもなかったので、静かに止まれたのは好都合だった。

 もしも音が出ていたら、重戦車の乗組員に気づかれていたことだろう。


「ちょっと待ってて、外に出て見てくるから」


 そう言うと、杉野はキューポラから身を乗り出して辺りを見回してから、ゆっくりとした動きで外へ出た。

 音を出さないのも重要だが、他のテロリストに狙撃されるかもしれないのだから、あまり派手に動くのは危険なのだ。



 戦車から降りて、建物の入り口へと近づいていく。

 すると、通路の暗闇から微かにエンジン音が響いていた。まだ逃げてはないようだ。

 杉野が入り口から少しだけ顔を出して中の様子を覗いてみると、暗くてよく見えなかったが、件の重戦車が未だに砲塔を戦車置き場の方に向け、もうすでにいないティーガーが顔を出すのを待っているらしき事だけは分かった。

 意外とまぬけなのだな、なんて杉野が安心しきっていると、暗闇の奥から重戦車のエンジン音とはまた違った音が聞こえてきた。

 それは、人の足音だった。

 しかも、こちらに向かって全力疾走しているような、激しい足音だ。

 もしや、気づかれたのかと、杉野は一瞬肝を冷やした。

 だがしかし、次第に見えてきた足音の主を見て、杉野はつい吹き出してしまう。

 何故なら、その足音の持ち主が少し前にティーガーの燃料タンクを消火しに行ったきり帰ってこなくなったエリックだったからだ。


「教官!? 今迄なにやってたんっすか!?」


 すぐそこまで近づいていたエリックに問うと、どういうわけかエリックが怒鳴ってきた。


「馬鹿野郎! デケェ声出すんじゃねぇ!」


 自分も出しているではないかと杉野がツッコむ前に、エリックの後ろに広がる暗闇からツッコミ代わりの砲弾が飛んできた。

 杉野達が不用意に大声を出してしまったせいで、あの重戦車が撃ってきたのだ。


「とにかく顔を引っ込めろ! もう一発飛んでくるぞ!」


 エリックに言われて、杉野は慌てて入り口から飛びのいた。

 すると、さっきまで杉野がいた所に先程より小さめの砲弾が着弾した。

 もし、顔を出したままだったら、間違いなく殺されていただろう。

 急にいなくなったのは腹立たしかったが、今回ばかりはエリックに感謝するとしよう。

 杉野がエリックへ謝辞を求めようと待っていると、通路からエリックの叫び声が聞こえてきた。


「どぅらぁぁぁ!! 間に合えぇぇぇ!!」


 叫び声と共に、エリックが通路から飛び出してきたと思うと、通路の奥から爆発音が聞こえてくる。

 さらにはエリックに続くように、通路から外へ吹き出るように火の粉が混じった黒い煙が出てきた。


「な、なにやったんすか!?」


「時限爆弾を貼り付けてきたんだよ。ちょいと火薬の量が多かったみてぇだがな」


 かくして、最後の敵戦車は火だるまになったのであった。



 シャーマンの火が消えたところで、ティーガーに乗っていた面々を連れて、エリックは通路の奥で黒焦げになっている重戦車に近づいた。

 戦車の黒く焼け焦げた装甲を軽く触って、熱くないのを確認すると、エリックが坂田へ中を見てくるようにと目線を送る。


「えぇ~、俺、グロいの苦手なんすけど」


「何言ってやがる、今迄も色々と見てきたんだから、焼死体くらいどうってことねぇっての」


 エリックの適当な説得に、坂田は渋々従った。

 下手に反抗すると、今度は杉野達が見に行くことになるだろう。

 そうなれば、坂田のプライドやら優しさやらが許さない。

 なので、坂田は見たくねぇなぁと思いながらも、重戦車のハッチを開けざるを得なかった。



 中は、思ったよりもグロくなかった。

 よく焼けた肉の良い匂いがするかと思いきや、爆発したばかりの火薬の匂いしかしないし、赤黒く焼け焦げた死体などもなく、あるのは真っ黒になった骨だけだ。

 もしや、肉はもうすでに焼け切ってしまって、骨しか残らなかったのだろうか。

 これはなかなかに好都合かもしれない。

 骨だけならわりと簡単に隠蔽できそうだし、なにより杉野達にグロい物を見せずに済む。

 ハッチを閉じて、坂田はホッと一息ついてから、後ろへ振り返った。


「そんなにグロくなかったっす――う、後ろ! 後ろにまだいる!」


 エリックへ報告する途中で、坂田はエリック達の後ろ、通路を抜けた外の広場を指差して叫んだ。


「なんだって!? あっ、あいつは!?」


 杉野もエリックに続いて、後ろへ振り向いた。

 そこには、戦車置き場で見た軽戦車が小さな砲口をこちらに向けている姿が確かに見えた。


「全員、伏せろ!」


 エリックの指示を聞いて、杉野達は一斉に頭を手で防御しながら、地面へうつ伏せになった。


「坂田はその重戦車の中に飛び込め!」


「りょ、了解っす!」


 一人だけ重戦車の砲塔に取りついていた坂田は、エリックに言われた通りに戦車のハッチを開け、黒焦げの骸骨達が待つ車内へ飛び込んだ。



 坂田が重戦車の中に入ったのとほぼ同時に、外にいる軽戦車が砲撃してきた。

 シャーマンやティーガーよりは幾分か小さい音がしたと思うと、砲弾が重戦車の装甲にぶち当たったらしき金属音が鳴り響く。


「こんのっ糞ったれがぁ!」


 悪態を突きながら起き上がったエリックが腰に差していたリボルバーを抜き、軽戦車へ三発ほど撃った。

 相手はそれにビビったのか、車体の前方がせり上がるほどの勢いで逃げていく。

 あとには、遠くに聞こえる軽戦車のエンジン音だけが残った。


「ふう、危なかったぜ。おーい、おめぇら生きてっか?」


「なんとか……」「五体満足であります!」


 杉野と神谷は答えたが、女性陣の声が聞こえない。

 砲撃によって舞い上がった砂煙で周りがよく見えないので、そうすぐには確認もできないのがつらかった。

 杉野達が心配していると、後ろの方から戦車の砲塔を回す用のハンドルをくるくると回している音が微かにだが聞こえてきた。

気になった杉野が音のした方を見ると、なんとさっきまで建物の中を向いていた重戦車の主砲が通路の外、つまりは杉野達に向いているではないか。

 何がなんだか分からないうちに、重戦車の主砲が再び火を噴いた。

 幸いにも、砲弾は誰にも当たらずに、外にあった崩れかけのメリーゴーラウンドに直撃し、いくつかの馬や馬車を粉砕してから、盛大に爆発した。


「なにやってんだ、あいつは」


 そう、エリックが呆れ気味に呟いてから、重戦車によじ登り、力任せにハッチを開けた。


「あっ、教官! 今の当たりました?」


 中から坂田の元気な声が木霊して、いくらか離れていた杉野達の耳にもガッツリ聞こえてくる。


「あのなぁ、勝手に撃つんじゃねぇよ。もうちょっとで俺の頭が吹っ飛ぶとこだったんだぞ」


「撃たれたから、撃ち返しただけじゃないですか!」


「お前が撃った頃には、あいつはもう逃げてたよ」


「そんなぁ! じゃあ、あれっすか? 俺、なんもないとこを撃っちゃったんすか?」


「なんもなくはないな。見てみろ、お前が撃ったせいで貴重なアトラクションが木っ端みじんだ」


 エリックの指差した先には、馬やら馬車やら錆びたポールやらが瓦礫の山と化している、見るも無残な光景が広がっていた。


「でもでも、そのおかげで砂埃も晴れてきましたよ」


 坂田の言う通り、さっきまで自分の目の前に誰がいるのかも分からなかったのが、今は何もかもがはっきりと見えている。

 おかげで、地面に倒れている八坂と清水を発見できたのだから、結果的には坂田の行動は正しかったのかもしれない。



 倒れていたとはいっても、ただ単に軽戦車からの砲撃にびっくりして気絶していただけだったようで、ものの三分ほどで二人共何事もなかったように起き上がった。

 もしや砲弾に当たったのかと心配していた杉野と坂田だったが、特に外傷もなく、倒れた時にちょいと腕や足を打ったのが痛いくらいだそうだ。

 しかし、何事もなくてよかったと一安心している場合ではない。

 敵はまだ残っていて、未だに遊園地の中を徘徊しているのだ。

 とはいえ、ティーガーの中ならばそうそう撃ち抜かれることもないだろう。

 なので、これからの探索は基本的に戦車に乗って行うことになった。

 建物の中に入ったりはできないが、生身の状態で撃たれるよりはマシだ。

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