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92 食後の運動はシャーマン狩り

「俺が焼いたから、これは俺んだ!」


「何言ってんだ! 元々は俺が買ってきた肉だぞ! 最後の一枚は買った人間が食うのが常識だろうが!」


 たった一枚の肉を巡って、男二人が一触即発の口喧嘩を始めたのは、坂田が追加で焼いた肉が焼き上がったと同時であった。

 坂田はともかく、いい歳したエリックまでこんなに必死になるとは、まったく肉というのは罪深い食い物だ。


「まあまあ、半分に分ければいいんじゃないですか? っていうか、あんだけ食ってよく入りますね」


 今日の昼飯だけで、一行が食った肉はざっと十四枚。

 そのうち、四枚を坂田が、五枚をエリックが食っていた。

 マッチョマンのエリックはまだしも、普通の体型の坂田の何処に大量の肉が入るのかは甚だ謎だ。

 しかも、まだ一枚食えるというのだから、もはや呆れてしまう。


「俺はまだ腹八分目だ。つまりは、あと一枚食えば満腹になれそうなんだよ」


「腹八分目なら、そこらで止めといた方がいいと思うんですけど……」


「大丈夫だって、まだいけ――あぁ!!」


 坂田が杉野のツッコミに反応しているうちに、エリックが持っていたトングで最後の肉をひょいと持ち上げた。


「ハッハー! 油断したな、坂田!」


「このハゲ坊主! ずっりぃぞー!」


「先に取ったもん勝ちなんだよ、こういうのは。んじゃ、いただきま――」


 エリックが大口を開けて肉にかぶりつこうとしたその時、謎の爆発音が辺りに響き渡り、エリックが掴んでいた肉が弾けた。


「伏せろ!」


 エリックの指示に従い、杉野達はその場に伏せ、匍匐前進で自分達の戦車へと向かった。

 ティーガーに辿り着くまで一分ほどかかったが、再び爆発音が聞こえることはなかった。



 ティーガーへなんとか辿り着き、各々が配置に付いたら、まずは情報収集だ。

 ペリスコープで覗ける者は自分が見える範囲を隈なく捜索する。

 車長のエリックはキューポラから少しだけ顔を出して、全方位を見張る。

 だがしかし、そこまでやっても撃ってきた犯人は見つからなかった。


「逃げたのでありましょうか?」


「いや、まだ近くにいるはずだ。逃げたなら、足音なりエンジン音なりが聞こえるはずだからな」


 さすがは元軍人だけあって、こんな時でも冷静だ。

 今回ばかりは、エリックがいてくれて良かったと思わずにはいられない。


「八坂、エンジン点けろ。バッテリーも充分に充電されたはずだから、セルスターターで点くだろ」


「は、はい!」


 慌てた様子の八坂がセルを回すと、いとも簡単にエンジンが点いた。


「よし、じゃあ砲塔を回し――」



 ガキィィィィン!!!



 エリックの指示の途中で、再び爆発音がしたと思うと、今度はティーガーの側面に何かが当たったような金属音が車内に響いた。


「こいつはまずいぞ。何処からかは分からんが、俺達を砲撃してる奴がいるらしい。おい、清水! お前、通信士の免許は持ってたか?」


「いえ、免許はまだです」


「じゃあ、訓練は受けたか?」


「訓練なら、入った時に少し……」


「よし、じゃあ無線機で博士に連絡取れ!」


「端末を使えばいいんじゃ?」


「こんな揺れる車内でんなもん使えるか!」


 エリックに怒鳴られて、清水はうる覚えといった手つきで大戦時代の古い無線機をいじり始めた。

 しばらく待っていると、軽いノイズと共に博士の落ち着き払った声が聞こえてきた。


『こちら、HQ。何かあったか?』


「えぇっと、なんでしたっけ?」


「何者かに砲撃を受けたんだ! ったく、自分が直面してる状況を忘れる奴がいるか!」


「誰かに砲撃されたらしいです」


『なんじゃと!? そいつは何者じゃ? もしや、テロリストか!?』


「いや、その、正体不明でして」


『なるほど、状況は分かった。だが、こちらから支援してやれる物は何もない。そちらでどうにかしてくれ』


「こっちで対処しろ、らしいです」


「はぁ~、あの糞ジジイめ。しょうがねぇ、野郎共! 俺の戦車にキズ付けた糞野郎を探して、アハトアハトで火だるまにしてやるぞ!」


「おー!」「わー!」「了解であります!」


『ああそうだ! できることなら、殺さずに犯人を捕まえてくれよ。警察に突き出せば恩を売れるからな』


 通信手の清水は砲塔の方で騒いでいる男達を見上げた。


「ちょっとそれは厳しいかと……」


『まあ、くれぐれも死なぬようにな。では、グットラックじゃ』


 それだけ言い残して、博士からの通信は切れた。



 死なないようにと言われても、ティーガーほどの戦車に乗っていればそうそうやられる心配はないだろう。

 そう考えてしまうのは、やはり杉野達が戦車戦に関してはまったくの素人だからだ。

 今迄に何度か戦車に乗ってきているが、その相手は廃墟だったり、呪いの箱だったり、巨大昆虫だったりするわけで、実弾を撃ってくる相手と戦ったことなど一度もない。

 一応、軍人上がりのエリックはいるが、ポジションは車長だ。

 戦車を操縦したり、狙いをつけて砲撃したりするのは素人の杉野達となる。

 果たして、若者達は無事に生き残ることができるのだろうか。



 なんてやっている間にも、事態は刻一刻と進展していき、ついには三発目の砲弾がティーガーの尻に当たった。

 その衝撃は車内の至る所に響き渡り、無線機の裏やハッチの隙間に長年溜まりっぱなしだった砂埃が振動で落ちてきた。


「我、被弾せり! 至急応援求む!」


 あまりの衝撃に、神谷などは狼狽えて何処かへ応援を頼んだりしている。


「落ち着け! まだ死んだわけじゃねぇんだ、冷静に何処から砲撃されたのかを探れ!」


 こんな時だからか、エリックがとても頼もしく思えてきた。

 やはり、経験者に車長を任せて正解だったようだ。


「そうだぜ、神谷。こんな時こそ落ち着いて……なんか、臭くね?」


 坂田も弁上して、何か良さげな事を言おうとしたが、車内に漂う異臭のせいで断念した。


「確かに、臭いますね。焦げ臭いような……」


「待ってろ、俺がキューポラから見てきてやる」


 そう言って、エリックはハッチを少しだけ開くと、僅かな隙間からあちこち見回した。


Oh shit(マジかよ)!」


 わりとすぐに異臭の正体は見つかったようで、杉野達の頭上からエリックの素っ頓狂な声が聞こえてきた。


「どうしたんですか? 何かヤバイもんでも見えました?」


 杉野が聞いてみると、エリックは答えず、代わりにこっちに来いと手招きしてきた。

 ぶっちゃけ杉野も異臭の正体が気になっていたので、車長席のエリックと一次的に席を交代して、杉野はキューポラから顔を出してみた。



 前方は特に何もなく、例の「ゴータンク」とかいうアトラクションが建っているだけだ。

 それならばと、右に目を向けてみるも、空の紙皿や調味料が散乱している光景しか見えなかった。

 昼飯の片付けが大変そうだなと思いながら、杉野は戦車の後ろを見てみた。

 すると、どういうわけか黒い煙に遮られて、後ろに見えていたはずの遊園地の入り口が見えない。

 よく目を凝らして、煙の先を観察してみると、なんとティーガーの横っ腹が燃えているではないか。


「教官! 戦車が燃えてます!」


「あぁ、そうだな。だが、エンジンは動いてる。ってことは、ティーガーのケツに付いてる燃料タンクが燃えただけだろう」


「大丈夫なんですかね。このまま、僕らも蒸し焼きになっちゃったりしませんかね?」


「まあ、ほっといたらそうなるだろうな」


「駄目じゃないですか!」


「そう焦るな。ちょっくら消火してくるからよぉ。その間、車長はお前がやれ」


 そう言って、エリックが杉野の方を指差してきた。


「僕ですか? そういうのは坂田さんの方が適任のような……」


「たまにはお前もやってみろ。なに、失敗したとしてもみんな仲良く死ぬだけだ」


 冗談になっていない冗談を言ってから、エリックは消火器を持って、ハッチから外へ出ていった。



 頼れるエリックがいなくなり、杉野達の間には居心地の悪い沈黙が流れた。


「……んで、どうするよ、車長さん」


 その沈黙を破ったのは、エリックの次に頼れるはずの坂田だった。


「えっ、えぇっと、とりあえず砲手は神谷に任せた。敵を見つけても砲塔はあんまり回さないでね、外に教官いるから」


「了解であります! 必ずや、我らの敵を打ち倒してみせますぞ」


「いや、別に、そこまではしなくてもいいから」


 エリックが帰ってくるまで持ちこたえればいいのだ。

 下手に撃って、相手を怒らせたら事態が悪化しかねない。


「おっ! 敵、発見であります!」


「えっ、敵!? ちょっと待って、とりあえず確認するか――」


「発射!」



 ズッパァァァァァン!!!!



 間髪入れずに神谷が引き金を引いてしまったため、杉野が止めようとした声は今迄で一番大きな砲撃音でかき消された。


「初弾命中! しかし、敵はなおも健在であります!」


「勝手に撃っちゃ駄目だって! って、命中したの?」


 仮の車長である杉野が聞くと、それまで夢中で照準器を覗いていた神谷が嬉しそうに振り返った。


「はい! とはいっても、敵シャーマンの正面装甲に弾かれましたが……」


「当たったんならいいけど。ってか、敵ってシャーマンなの!? あのずらっと並んでた?」


「そのシャーマンです。おそらく、我々が昼食を取っている間に何者かがシャーマンへ乗り込んだのでありましょう」


「と、とりあえず、殺さないようにね。博士からも言われてるから」


 杉野がそう言うと、神谷は一層キラキラした目をこちらに向けてきた。


「ということは、さらに撃ってもいいのでありますか!?」


「うん? まあ、そうだね、相手がこれ以上撃てないようにしてくれればいいから」


「了解であります! 坂田隊員、次弾装填お願いします!」


「おう! 任せとけ!」


 頼まれた坂田が足元に積まれている砲弾を重そうに持ち上げると、ゆっくりと砲身へ装填していく。

 砲弾が完全に砲身の中へ飲み込まれると、閉塞機――発射用の装薬が爆発した時の衝撃やガスを抑える為の装置――が閉まり、発射準備が完了したことが分かる。


「撃てぇ!」


 杉野が車長らしく指示を出すと、さっきと同じ砲撃音が車内に響く。


「敵シャーマンの砲身を破壊! これでもう撃ってこれないでしょう」


「神谷、ナイス! これなら、教官が戻ってくるまで――」


「あぁ!!!」


「今度はなに!?」


「敵シャーマン、M4A1は前方の建物の中へ後退していったのであります。しかし、それに代わるように今度は新しいシャーマンが……」


 まさに一難去ってまた一難、シャーマンを無力化したら、またもやシャーマンが出てきたのである。


「車種は?」


「M4A3E2、シャーマンジャンボです!」


「今度は重戦車か……」


「ぬわぁ!!」


 杉野が絶望していると、照準器を覗いていた神谷がまた叫んだ。


「またなんかあったの?」


「シャーマンジャンボの後ろに、もう一両います! あれは……M6A1であります!」


 まさか戦車が戦車を盾にして突撃してくるとは思わなんだ。

 しかも、どちらも重戦車なのだから余計質が悪い。


「とにかく、さっきみたいに砲身撃って無力化して! このままじゃヤバいよ!」


「了解!」


 神谷がシャーマンジャンボを発見した時点で、坂田が次弾装填していたので、今度は杉野の指示が出たと同時に撃てた。

 あまりにデカすぎて慣れない砲撃音に耳をやられそうになりながら、当たったかどうかが気になった杉野は車長席に付いているペリスコープから外の様子を伺った。

 ティーガーの砲口から立ち昇る煙のせいで、すぐには前方の状況が分からなかった。

 しかし、煙が晴れてくると、自分達の置かれている状況があまりに絶望的なことに気づいた。


「敵が……いない」


「なんですと!?」


 杉野の言葉を聞いて、慌てて照準器を覗き込んだ神谷も絶句した。


「おい! どうしたんだよ!? なんでいないんだよ!?」


「避けられたんですよ!? しかも、前にいないってことは……」


 杉野が言いきる前に、砲塔の右側辺りに衝撃が走った。


「なんだぁ!? いってぇ!」


 ちょうど装填手席の辺りで敵の弾が着弾したようで、驚いた坂田が天井に頭をぶつける。

 杉野が急いで砲撃された方角を見ると、シャーマンジャンボがこちらに砲塔を向け、その砲口からは発射したばかりなのか、白い煙がしゅうしゅうと吐き出されていた。


「撃たれたんですよ。しかも、横っ腹をズドンと」


「ってことは、横に付けられたってことか。車長、こっからはどうすればいい」


 多分、坂田自身はどうすればいいか分かっているのだろうが、敢えて現車長たる杉野へ聞いてきた。


「八坂さん、全速力で前進して、前の建物に入って」


 それに、杉野は全力で答えることにした。


「いいの? さっきのシャーマンがまだいるかもしれないよ?」


「大丈夫、あいつは砲身を割ったから、そうそう手出しできないはず」


「りょーかい。それじゃ、しっかり捕まってなさいよ」


 八坂がギアを繋いで、戦車が勢いよく動き出したのと、二発目の砲弾が飛んでくるのがほぼ同時だった。

 幸いにも、砲弾はティーガーのキューポラを掠めたくらいで、直撃は免れたようだ。

 逸れた砲弾は何処かの土産物屋にでも当たったようで、遠くから爆発音に紛れて割れ物が割れる甲高い音が聞こえてきた。


「ふう、危なかったぁ。八坂さん、ナイスタイミング」


「別に、偶然よ」


 ギリギリではあったが当面の危機は脱したので、杉野達は少し気が緩んできた。

 しかし、実戦ではその気の緩みが自分達の生死に関わろうとは、素人の杉野達はまだ知らなかった。

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