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90 戦車乗りの故郷

 さて、合流できたはいいが、ここからどうやって地上に戻るのだろうか。

 このままでは、仕事どころではない。

 樹海で迷った時も絶望したが、今回はそれ以上のような気がする。


「こうなったら、この縦穴を徹底的に調べて、外への出口を探すぞ!」


 エリックから指示が飛んできたが、杉野的にはあまり気が乗らなかった。

 動く骸骨が徘徊している縦穴の中を探索しに行けというのだから、当然だ。

 結局、坂田も八坂も、そしてエリックさえも信じてくれなかったが、やはりどう考えてもこの縦穴は危険なのだ。

 いつもはこちらに触れることさえできない幽体が相手だからいいが、今回は物理的にこちらをどうにかできるのだから質が悪い。

 下手したら、そこら辺に落ちている骨で殴り殺される可能性だってゼロじゃない。

 杉野としては、この探索には断固反対だ。

 しかし、それを言っても、エリック達だけで探索しに行ってしまうだろう。

 一人になってしまったら、その方が危険だ。

 なので、杉野は文句など言わなかった。

 その代わりに、骸骨が出たら一目散に逃げる予定だが。



 全員で縦穴を探索していると、何処からか湿った土の匂いが漂ってきた。

 その匂いを辿っていくと、遠くの方に明かりが漏れているのが見え、そのまま明るい方へと進んで行くと、意外にもあっさりと外に出た。

 外とはいっても、遊園地の中ではなく、敷地の外の森だ。

 おそらく、あの土の匂いは樹海の匂いだったのだろう。

 とはいえ、雨が降っていて、もうほとんど分からなくなっていたので、匂いを嗅ぎ当てられたのは幸運だったといえる。

 まあ、匂いに気づかなかったとしても、いつかは脱出できただろうが。



「んじゃ、戦車に戻るぞ」


「もう戻るんですか? まだあんまり調べてないですけど……」


 実質、トロッコに乗って、穴に落ちて、脱出しただけだ。

 杉野としては長居したくないが、こんな半端なところで終わらせるのはなんだかもったいないような気がする。


「今回はあんまり食料を持ってきてねぇんだよ。だから、なるべく押していかねぇとな」


「一応、僕らもちょっとした行動食くらいなら持ってきてますけど」


「チョコバーやクラッカー程度じゃ、そのうち限界が来るんだよ。腹減ってしょうがねぇって時は、どうしてもミスしやすくなるしな」


 確かに言われてみれば、さっきから普段はしないようなミスを連発しているような気がする。

 やはり、あまり無理するべきではないのだろう。


「戻る前にさぁ、一つ聞きたいことがあんだけど、いいっすか?」


「なんだ? なんでも言ってみろ」


「アイアンマインってどういう意味なんだ?」


「直訳すると鉄鉱山だな。たまーに壁とかに鉄鉱石が埋まってたりしてたし、元々鉱山だった所をアトラクションとして開発したんだろう」


「なるへそ~……ってことは、あの黒い骨も鉄で出来てたりすんのかな」


「どうだかな、暗くてそこらへんは分からなかったな。どっちにしろ、悪趣味なことには変わりないがね」


 エリック達の会話を聞いて、杉野は嫌な事を思い出してしまった。

 あの暗闇の中で掴んだ肩はとても冷たかったような気がする。

 あの骸骨も鉄で出来ているのだろうか。

 ふと、自分の右手が気になってきた杉野は恐る恐るその匂いを嗅いでみる。

 思った通りと言うべきか、微かにではあるが錆びた鉄の匂いがした。

 となると、やはりあの骸骨は鉄で出来ていたのだろう。

 そう考えると、途端に怖くなくなってきた。

 幽体は磁力を操れるのだから、鉄で出来た骨くらい簡単に動かせるだろうし、呪物があるような曰くつきの遊園地ならそういった幽体も多いから、ありえない話ではないはずだ。



 戦車まで帰る道すがら、この事をエリックに訴えかけたのだが、端末を落とした言い訳をしているのだろうと思われてしまい、まともに取り合ってくれなかった。



 戦車に戻る頃には雨が止み、雲の隙間から神々しい陽光がティーガーへ降り注いでいた。

 それはまるで、かつての戦士を祝福しているかのようで、最初よりも幾分かカッコよく見えた。


「そういえば、あの戦車って本物なんですよね?」


「そうだぜ。なんでも、大戦時のベルリンで米軍が鹵獲した車両らしくてな。倉庫で埃被ってたらしい」


 残念ながら、戦士の誇りではなく、倉庫の埃でくすんでいただけだった。

 想像していたよりも残念な経歴に、杉野はちょっとがっかりしてしまった。

 とはいっても、人を殺した兵器だとそれはそれで色々憑いてそうで危なそうなので、これでいいのかもしれない。

 また、エリック辺りが憑りつかれて、今度は戦車であちこち破壊するなんてことになったら大変だ。

 今迄、幽霊やUMAを退治してきた杉野達でも、戦車を相手にしたことはないのだから、苦戦することは間違いないだろう。

 なにより、食料の大半は戦車に積んでいるのだから、戦車に撃たれる前に飢え死にする可能性だってある。

 そう考えると、やはり人殺し童貞の戦車で良かったのだ。



 よく見ると埃だらけなティーガーに乗り込むと、神谷が装填手席でスタンバっていた。


「あれ、もう怪我は大丈夫なの?」


「ノープロブレムなのであります! この通り、完全に回復しました!」


「それならいいけど……あんまり無理しないでよ。また痛いとか言われても、もうおんぶしないからね」


 一見すると、特に異常は無いように見えるが、杉野はまだちょっと心配だった。


「いや~あの時はご迷惑をおかけしやした。この神谷小太郎、必ずやお役に立って、恩返ししやす」


 まあ、軽口が叩けるなら大丈夫だろう。

 ともかく、これで装填手が二人になったことだし、砲撃スピードがさらに早くなりそうだ。

 こんな重戦車で何を砲撃するのか分からないし、まず砲撃する機会があるのかも定かではないので、さした意味はないような気もするが。



 戦車は一行を乗せて、遊園地の奥へ奥へと突き進む。

 カラフルなタイル張りの遊歩道が続いている道の先に見えるのは、周りのファンシーな雰囲気に似つかわしくないアトラクションだった。

 テントのような建物の入り口には深緑の看板が吊り下げられ、その下には何処かで見た弾薬箱や戦車の砲弾などが乱雑に置かれている。


「なんじゃ、あれは? 遊園地ってわりには物騒過ぎねぇか?」


 ペリスコープで外を見ていた坂田が、そういうのに詳しそうなエリックに聞いてみた。


「知らねぇのか!? ありゃ、その界隈じゃ有名な『ゴータンク』ってアトラクションよ。俺もガキの頃に来た以来でな、いやー変わってねぇなぁ」


「えっ!? 来たことあるんすか!?」


「何十年も前に数回な。思えば、ここが俺のターニングポイントだったのかもしれねぇ」


「そんなら、もっと早く言ってくださいよ! ってか、そんなら例のパンドラが何処にあるのか知ってるんじゃないですか?」


「それがな、子供の頃はこのアトラクションばっかり乗ってたから、ここ以外のは知らねぇのよ」


 残念ながら、エリックから情報を聞き出すのは無駄なようだ。

 とはいえ、このアトラクションの事ならなんでも知ってはいそうなので、杉野はそこらへんだけに絞って聞いてみることにした。


「それで、ここってどういうアトラクションなんですか?」


「普通の遊園地でいうとこのゴーカートだな。ま、乗るのはカートじゃなくてタンクだが」


「タンクって、このタンク?」


 杉野は言いながら、自分の足元を指差した。


「あったりめぇよ! つっても、国籍が違うがね」


「国籍?」


「あれは!」


 エリックからの答えが返ってくる前に、隣でペリスコープを覗いていた神谷が嬉しそうな声を上げた。

 気になった杉野が照準器を覗いてみると、建物の奥深くにオリーブグリーンの車体に白い星マークを付けた丸っこい戦車がずらりと並んでいるのが見えた。



 建物の入り口はかなり広く作られていて、それなりに車高があるティーガーでも難なく通れた。

 もしや、奥にある戦車が通れるように広めに作ったのだろうか。

 そうだとすると、あの戦車でパレードなどもやっていたのかもしれない。

 杉野は戦車に興味はないが、少しだけそのパレードが見たくなってきた。

 本物の戦車を使うのだから、さぞや迫力満点なパレードだったに違いない。


「あの何両も並んでいるのはM4シャーマン! あっちの一際大きいのはM6A1重戦車! その後ろのはM22ローカスト! これはなかなか見応えがありますなぁ」


 杉野がほんの少しだけ戦車に興味を持ち始めている間も、お隣でペリスコープを覗いている神谷のマシンガントークは続いていた。


「すげぇだろ? 俺もガキの頃によく乗ったもんだよ」


「あれ、素人でも乗れるんですか?」


 今の杉野達は何度か乗っているから、初めての重戦車でもそう難しくはない。

 しかし、遊園地に来るような家族連れの素人が乗れるほど、戦車というのは甘くないだろう。


「シャーマンってのはなぁ、説明書さえ読めば誰でも乗れるくらい操作が簡単なんだよ。それこそ、教え込めば猿でも乗れるんじゃねぇか?」


「そんなにですか……」


 杉野達が乗ってきた戦車はドイツ製や日本製など、枢軸国の物ばかりだった。

 だからなのかは分からないが、乗りこなすまでに時間がかかることも多かった。

 しかし、目の前に佇む連合国製の戦車達は、子供どころか獣でも操れるというのだ。

 もしも、最初に乗った戦車が三号戦車ではなく、このM4シャーマンとかいう可愛らしいデザインの戦車ならば、もっと楽だったのだろうか。

 いや、あれはあれで経験になったのだし、悪いことではないだろう。

 だが、そんなに操縦が簡単なら、一度乗ってみたいものだ。

 杉野はだんだんと目の前で埃を被っている戦車達に興味が湧いてきた。


「あれって、まだ動くんですかね?」


「さあな、エンジンが生きてれば動くかもしれねぇが……乗ってみたいのか?」


「いや、まあ、そうですね、乗ってみたいです」


「よっしゃ! んじゃ、手始めにシャーマンにでも乗ってみるか!」


 こうして、アメリカ製戦車の試乗会が始まったのであった。

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