9 Ghost hunting
休憩に入るや否や、坂田が近寄ってきた。
「いやー、急にお前らの叫び声が聞こえたから、こっちもびっくりしたぜ」
「ほんとにヤバかったんすよ、死ぬかと思いましたもん」
坂田が笑いながら、杉野の背中をバンバン叩く。
「ま、ケガとかしなかったんだからよかった、よかった」
無慈悲にも休憩が終わりを告げ、再び廃墟の探索が始まる。
廃墟の目の前で休憩していたので、杉野はあまり休めた気がしなかった。
しかし、文句を言ってもしょうがないので、渋々廃墟へと入っていった。
階段の前に着くと、坂田がある提案をした。
「今度は、ペアを変えてみようぜ」
皆が了承のサインを出し、今度は杉野と神谷、坂田と八坂でそれぞれの部屋へ入っていく。
台所に入ると、早速、杉野がシンクをのぞき込む。
しかし、ゴーグル越しでも何かいるようには見えない。
どうやら、逃げられてしまったようだ。
仕方ないので、神谷に合図してから件のテレビがある部屋へ進入する。
もうテレビの画面は点いてないが、まだ嫌な感じが残っていた。
「何もないみたいですけどねぇ……」
神谷は何も感じないのか、呑気にテレビのスイッチをいじっている。
「でも、なんか嫌な予感しない?」
「いや~? 特にはしないですけど」
テレビをいじるのに飽きたのかソファに座った神谷を見て、杉野も隣に座ってみる。
「そういえば、二人だけで話すのって初めてですよね。普段は坂田さんがいるから、三人で話すことは結構ありましたけど……」
「そういえば、そうだよね。っていうか、同い年なんだし、敬語じゃなくていいよ」
「いや、自分はこの方が落ち着くので……」
「それなら、それでいいけど……」
なんとも気まずい空気が流れる。
沈黙に耐えかねたのか、ブォンと音を立てて、テレビが点いた。
「お! また、点いた!」
「ヒエッ」
神谷が情けない声を上げる。
無理もない、今度は最初から顔が見えてしまっているのだ。
テレビの中の顔は、特に何をするでもなくこちらをじーっと見つめている。
「とりあえず、撃ってみよう」
「は、はい」
腰のホルスターからベレッタを抜き、セーフティを外して、スライドを引いたら、テレビ画面に照準を合わせる。
パアン!
一発撃つと、画面にヒビが入る。
すると、画面に映る顔が怯え始めた。
まさか、銃で撃たれるとは思っていなかったのだろう。
二発、三発と撃ち込んでいくと、だんだんと画面が暗くなっていき、五発目を撃ち込んだ時には、バチバチっという音とともに画面に青白いスパークが走り、ついには何も映らなくなってしまった。
一瞬、しんと静かになったと思うと、テレビからモヤモヤとした黄色い塊が二つ飛び出してきた。
とっさに、片方の塊に向けて発砲する。
当たったようで、苦しそうに暴れだす。
神谷にもう片方を頼み、手負いの方に鉛玉を撃ち込んでいく。
六発も撃ち込むと、ほとんど動かなくなってしまった。
試しにソウルキャッチャーを塊に突き刺してやると、どんどん吸い込んでいく。
全て吸い込み終わったのを目視で確認してから、腰のホルダーに刺す。
ビーっという何処かで聞いた電子音が鳴ったので、端末をチェックすると「Ghost 1」と表示されている
どうやら、神谷の方も終わったようで、捕まえた獲物を誇らしげに掲げている。
しばらくの間、自分達の担当区域を調べてみるが、それ以上何も見つからなかったので帰投することにした。
外に出ると、いつの間にか日が傾いていて、西の空には夕日が輝いていた。
杉野達よりも早く終わったようで、坂田たちが夕食の準備をしている。
「おー、帰ってきたな。どうだ、何か捕まえたかね?」
「はい。自分と神谷で一体づつ」
二人がソウルキャッチャーを博士に手渡す。
「ふむ、上出来じゃな。あっちは二人で一体じゃったからな……」
「しょうがねぇだろ! もう1体は異様に足?が速くて、逃げられちまったんだよ」
玉ねぎを切っている坂田から文句が飛んでくる。
「まあ、初めてにしては上出来じゃ。ほれ、早く銃を片づけて、飯の準備を手伝ってこい」
言われて、二人は慌てて片づけ始める。
その日の晩飯は、カレーだった。
「「「いただきまーす!」」」
「……いただきます」
男共とは対照的に、テンションの低い八坂が軽く手を合わせてから、黙々と食べ始める。
「八坂さん、どうかしたんですか? なんか元気ないみたいですけど?」
神谷が心配そうに尋ねてみる。
「……べつに」
八坂がぶっきらぼうに答える。
「いやね、八坂ちゃんってば幽体捕り逃したことでへこんでるみた――イッテェ!」
坂田が最後まで言い切る前に、机の下で八坂の蹴りを食らった。
「あはは……そういえば、教官の姿が見えないんですけど……」
「さぁ? またどっかで油売ってんじゃねぇの」
「エリックには、ちょいと物資を取りに行ってもらってるからのぅ。そのうち、来るじゃろ」
博士がめんどくさそうに答える。
「へぇー……てっきり、そこいらの峠を攻めまっくてんのかと思ったぜ」
そういえば、エリックが乗ってきたカマロがなくなっていた。
「……帰り道でやんちゃしてるかもしれんのう」
ホッホッと笑いながら、カレーを口に運ぶ。
「鬼教官のこたぁ一旦置いといて、今日の寝床はどうするんだよ? もしや、テントで寝ろってーのか?」
博士のハイエースには色々な荷物が積んであるので、キャンプ用品もあるのかもしれない。
キャンプなんて、小学生以来だ。
少し楽しみになってきた。
杉野ワクワクしている隣で、八坂が眉間に皺を寄せる。
「いやいや、さすがに二週間もテント生活させるわけにはいかんよ。ちゃーんと考えてあるから安心しなさい」
それを聞いた八坂は、ホッと胸を撫で下ろした。
夕食が終わると、博士から指示があった。
なんでも、廃墟からちょこっと行ったところにある空き地に軍用のケミカルライトをHの形に置いていって欲しいとのことだ。
早速、空地へ行き、パキパキと折りながらライトを置いていく。
これが意外と楽しくて、杉野はどんどんライトを置いていった。
もはや、日も落ちて足元がほとんど見えないので、ライトの淡い光と月明かりだけが頼りの作業ではあるが、そう難しくはない。
「これになんの意味があるんだか……」
とはいえ、坂田なんかはブツブツと文句を言いながら置いていたが。
Hの字になるように置き終わると、空き地から離れるように指示される。
指示に従い、四人が廃墟の前に集まると、遠くの空からプロペラの音が聞こえてきた。
「な、なんじゃありゃー!!」
坂田が驚愕の声を上げる。
なんと、木々の上をプレハブ小屋が飛んでいるのだ。
よく見ると、会社の駐車場に停めてあったFa223とかいうヘリが、大きなプロペラを回してプレハブの上を飛んでいた。
そのヘリが先程作った即席のヘリポートにプレハブを降ろすと、使い捨てであろうケミカルライトが割れるバキバキという音が聞こえてくる。
「じゃ、君らでワイヤーを外してきてくれ。……ほれ、早くいかんか」
博士の無茶ぶりに答えて、四人がプレハブに取り付く。
プレハブの四隅に固定されたリングに引っかかっているフックを全て外すと、ヘリが一旦上空に上がり、少し離れた所に着陸した。
すると、ヘリのドアが開き、見慣れた坊主頭が見える。
「おう、お前ら! いい動きだったじゃねぇか。次も、その調子で頼むぜ」
「次もあるんすか!?」
「それはお前らの頑張り次第かな」
ショックを受けてる坂田とは対照的に、神谷が目を輝かせてヘリをあちこち見回す。
「このヘリって、あんな重いものを運べるはずがないと思うのですが?」
神谷の疑問に、エリックが嬉しそうに答える。
「おぉ! よく知ってるなぁ! こいつはなぁ、ジャンクヤードで拾ってきたシースタリオンのエンジンとプロペラを換装したFa-223改ってんだ。プレハブどころか、駐車場に置いてある戦車も輸送できる優れものだぜ」
「はえー、すっごい」
関心した神谷が、プロペラの止まったエンジンを眺める。
「ところで、このプレハブ小屋って……」
杉野が、さっき降ろしたばかりのプレハブを指さした。
「あぁ、これか? 俺らの寝床」
きっぱり言い切ったエリックに4人が唖然としていると、博士が歩いてきた。
「プレハブといっても、改良を重ねた特製品じゃからのぅ。トイレも付いておるし、防寒対策もばっちりじゃから、風邪をひくことはないじゃろう」
そう言うと、博士が四人を小屋の中へ案内した。
中は意外にも、快適そうな空間が広がっていた。
二段ベットが人数分用意されているだけでなく、部屋の真ん中には大きな炬燵が鎮座していた。
さらに、炬燵の向かいには、50インチはありそうなテレビが備え付けられている。
部屋の奥には簡単なキッチンも用意されており、コンロはガスではなくIHになっていた。
「奥にはちゃんとしたトイレもあるぞ。もちろん、男女別になっておるから安心しなされ」
そう言われて、台所の横にある扉を開けてみると、左右に男子トイレと女子トイレの表示がついた扉があった。
「このトイレも特別製でのぅ、糞便を圧縮して最大1年は連続運用ができるんじゃよ」
博士が嬉しそうに語るが、新人一同は興味なさそうに炬燵でくつろぎ始めている。
「やれやれ……今日から最長で二週間、君らの我が家になるのだから、綺麗につかうんじゃぞ」
「へーい」
部屋に入ってすぐに炬燵の電源を入れた坂田が、気のない返事を返す。
その日は疲れてしまっていたようで、いつもよりも早めに寝つけた。