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89 アイアンマインの黒い影

 ゲートをくぐり、遊園地に入った一行はティーガーから降りて、あちこちにあるアトラクションを徒歩で探索することとなった。

 エリック曰く、探索するだけで戦車を使っていたら、燃料がなくなっちまうからだそうだ。

  まあ、戦車を使わなければ倒せない敵など、何処かの無人島じゃあるまいし、そうそう出てくることはないだろう。

 そんなことを考えながらティーガーの中で探索の準備をしていると、ぽつぽつと雨が降ってきたようで、ティーガーの天板を雨粒が叩く音が聞こえてきた。

 なんとなく嫌なフラグが立ったような気もしたが、一行は戦車を置いて、近場にあったアトラクションへ突入した。



 まず最初に一行を出迎えたのは、「アイアンマイン」という名のライド系アトラクションであった。

 見た目だけなら、何処かの夢の国にあるビックなマウンテンに似てなくもない。

 とはいえ、田舎の遊園地らしく、アトラクションの入り口に掲げられた看板や乗り場までの順路に飾られている小物類がチープなのは大違いだ。

 やはり、こんな人もほとんど来ないような土地に遊園地を建てるような愚か者のセンスなど、大したものではないのだろう。

 そもそも、都会の大手と比べることが間違っているか。

 ちなみに、非戦闘員の清水と怪我人の神谷は戦車でお留守番だ。

 こんな得体の知れないテーマパークを探索させるのは、あまりにも危険すぎるというエリックの判断である。

 ついでに言うと、清水の方は坂田との間に変な空気が流れていたし、その方が都合がいいだろう。



 順路を進んで行くと、ようやく乗り口が見えてきた。

 近づいてみると、乗り口に一台だけ乗り物が放置されていた。

 それは、木製のトロッコだった。

 いや、木目のプラスチックとかではなく、ほんとに木で出来ているのだ。

 レールが木で出来ているとかはわりとあるが、お客さんが乗る方が木製とはなかなか思い切ったことをしたもんだ。

 果たして、こんな物が安全基準やらなんやらを満たしているのだろうか。

 答えは、おそらく否だろう。

 とはいえ、もう廃業しているのだから問題ない。

 もしかしたら、これのせいで廃業したのかもしれないが、どっちにしろ、自業自得だろう。


「よし、動きそうだな。お前ら、ここから先はこいつに乗って行くぞ」


 遊園地の結末を想像していると、エリックがとんでもない無茶ぶりを言ってきた。

 このボロいトロッコに乗るとか言っていたような気がするが、もしや正気を失ってしまったのだろうか。


「なにボーっと突っ立ってんだ? 早く乗れ」


「嫌ですよ! どうしてそんなボロいトロッコに乗らなきゃならないんですか!?」


「そりゃおめぇ、そうした方が早く探索できるからに決まってんだろ」


 どうにも、正気を失ったわけではないようだ。

 それにしても、効率重視とはいえ、些かやりすぎなのではないだろうか。

 よく見ると、トロッコのあちこちに穴が開いているし、まともに残っている所も腐っていて、今にも粉々になりそうだ。

 果たして、自分達は生きて帰って来れるのだろうか。

 トロッコに乗らないという選択肢はエリックに潰されるだろうし、逃げるにしてもあの樹海の中をまた進むのはそれはそれできつい。

 やはり、トロッコに乗るしか方法はないのだ。

 杉野達は覚悟を決めて、乗る前からボロボロで壊れそうなトロッコへ乗り込んだ。



 全員が乗り込んだのを確認してから、エリックがトロッコの後ろを押して、レールの上を走らせる。

 最初は亀が歩いているのかと思うほどの速度だったのが、だんだんと速くなっていき、馬が走るのと同じくらいになってきた。

 ある程度勢いが乗ったところで、エリックもトロッコへ飛び乗り、その弾みでさらに速度が上がる。

 とはいえ、トロッコ自体がかなり大きいので、そこまでのスピードは出ない。

 せいぜい、時速50kmしか出てないだろう。

 ただ、暗い中を走っているので、これがなかなかに怖い。

 なるほど、これは意外と面白い。

 ジェットコースター程ではないが、いつ壊れてもおかしくないトロッコに乗って、それなりの速度で走るというのはわりとスリルがあっていいものだ。

 もしかしたら、エリックは杉野達の緊張を少しでも解そうとしてくれたのかもしれない。

 案外、優しいところもあるのだなぁと感心していると、前方を見ていた神谷が呟いた。


「あの~、なんかレールが途切れてるみたいなのですが……」


「なんだと!?」


 神谷の報告を聞いて、全員が前方の暗闇に目を凝らすと、「工事中」と書かれた赤い看板が進路上に立ち塞がっているのが見えた。

 そして、その看板の先には神谷の言う通りレールが途切れていて、謎の縦穴が大口を開けて杉野達が来るのを待ち構えていた。


「ちょ、ブレーキ! 誰か、ブレーキかけろ!」


「んなもん、あるわけねぇだろ! とにかく、全員トロッコにしがみつけ!」


 エリックの指示に、杉野達は素直に従った。

 少なくとも、自分達よりはこういう状況に慣れているだろうし、エリックの言うことを聞いていれば、死ぬことはないだろう。


「ちなみに、しがみついたらどうなるんだ?」


「少なくとも、トロッコから飛び出たりはしない」


 もしかしたら、今回ばかりは死ぬかもしれない。

 どうやら、エリックのような適当な人間の指示を盲目的に信じたら駄目らしい。

 まあ、今更気づいても遅いのだが。



 トロッコは進路上に立ち塞がる看板を蹴散らして、そのまま縦穴へと飛び込んだ。

 若干の浮遊感の後、杉野達は地面に叩きつけられた。

 かに見えたが、実際は穴の底に溜まった何かのおかげでいくらか衝撃が和らぎ、大した事にはならなかった。

 とはいえ、痛いもんは痛いので、あちこちから「いってぇー」だの「骨折れたー」だのと、様々な嘆きが聞こえてくる。


「おめぇら、大丈夫か!? 誰も怪我してないな!?」


「多分大丈夫ですけど、めっちゃ痛いっす」


「痛覚があるなら大丈夫だ。なかったら、その部位はもうなくなってるだろうからな」


 また物騒な事を言ってるなと呆れながら、杉野が起き上がってみると、突然足元が崩れた。


「ああぁぁぁ!! なんだこれー!」


 足元にあった何かはいとも簡単に崩れていき、杉野はそのまま何処かへ滑ってしまった。



 気づいた時には、エリック達の声が聞こえない所まで滑っていた。


「何処だ、ここ?」


 思わず独り言を言ってみるが、何処までも広がる暗闇に声が吸い込まれるだけで、なんの反応もなかった。

 仕方ないので、腰のホルダーに差していた端末を取り出し、手探りでライトを点ける。

 今回はソウルアイが改修中で使えないため、このような物に頼るしかないのだ。

 ライトで照らされた先には、黒い何かが山と積まれていた。

 どうにもこの黒い何かが崩れたせいで、杉野はこんな所まで来てしまったようだ。

 その正体を確かめるべく、杉野が黒い山に近づいてみると、それが人間の骨であることに気づき、思わず後ろに飛びのいてしまう。

 もちろん、後ろにあるのも骨ばかりなので、杉野が乗っかった衝撃でバキバキと良い音を立てながら折れていく。

 またもや、足元が崩れたおかげで、杉野はそのまま転んでしまった。

 あいたたっと言っている余裕もなく、杉野の顔に黒々としたしゃれこうべが飛んでくる。


「うわぁぁぁ!!!」


 酷く驚いた杉野がしゃれこうべを払いのけると、その拍子に端末を何処かに投げてしまった。

 そのせいで周りがまったく見えなくなり、杉野は酷く狼狽え、何か訳の分からないことを叫びながら無我夢中で走り出した。

 足元からボキボキと骨の折れる音が聞こえるが、もはや構ってなどいられない。

 誰とも知らぬ遺骸よりも、今はとにかくあのしゃれこうべから離れたいのだ。



 それからしばらく、距離にして約1kmほど走った辺りで杉野は気力も体力も使い果たして、その場に倒れ込んだ。

 はあはあと荒れる息を整えるのに苦労していると、遠くの方から何かが聞こえてくる。

 あの音はなんだろうかと、杉野が音のする方を見てみるが、真っ暗闇なので音の正体は分からなかった。

 しかし、音がだんだんとおおきくなっていることから、その音の主が近づいてきているということだけは分かった。

 もしや、坂田達が探しに来てくれたのかと杉野は希望を抱いた。

 こうしてはいられないと、杉野は僅かに残っていた足の力を使って立ち上がり、音がする方へ近づいた。



 一寸先も見えないほどの暗闇なので、音のする方に歩いて行くのも一苦労だ。

 いくら、そこら辺を走り回ったとはいえど、転ばないように歩くとなるとなかなかに神経を使う。

 だが、音の主は杉野とは違って、まったく同じペースで歩き、滑ったりすることもなく、着実に杉野との距離を詰めている。

 まるで、以前からここで暮らしているような足取りだ。

 はて、さっき来たばかりの坂田達にそんな芸当ができるのだろうか。

 杉野は一瞬だけ迷ったが、音の主がすぐ目の前まで来ていたので、敢えて気にしないことにした。


「いやぁ~、ちょっと滑っちゃいました。あと、端末もどっかに放り投げちゃって……」


 自分の目の前にいるであろう坂田らしき人物に向けて、杉野が適当な言い訳を述べる。

 だがしかし、どういうわけか返事が返ってこない。

 返事がないのも妙だが、杉野はそれよりも重要な事に気づいてしまった。

 何故、この坂田らしき人物は灯りを点けていないのだろう。

 今更になって、先程抱いた疑問が気になってきた。


「ちょっと、坂田さん? 黙ってないで、なんか言ってくださいよ」


 怖くなってきた杉野は、目の前にいる人影の肩を掴んだ。



 その肩には肉がなかった。



 坂田の肩だと思って触れた右手には、妙に硬い感触だけが残っていたのだ。

 まるで、さっきから嫌というほど踏んでいる骨のようだ。


「あ、ああ、ああぁぁぁ!!!」


 杉野は言いようのない恐怖に襲われ、またもや叫びながらがむしゃらに逃げた。

 後ろからは何も聞こえないので、おそらくさっきの何かは追ってきてはいないのだろう。

 しかし、恐慌状態に陥った杉野はそんなことはお構いなしにとにかく走りまくった。

 たまに足元の骨に足を取られて転んだりしながら、必死に逃げたのだ。

 そうして逃げていると、遠くの方にいくつかの光がふらふらと漂っているのが見えた。

 さすがに今度は坂田だろうと、杉野は安慮した。

 だが、本当にそうだろうか。

 もしかしたら、また得体の知れない何かかも知れない。

 そんな恐ろしいことをつい考えてしまい、どうにも近づきたくなくなってしまう。

 杉野が葛藤しながら、光へ向かって歩いて行くと、光の方から聞き慣れた声が聞こえた。


「あれ、杉野じゃん。何処行ってたん?」


 その頼りがいのある声は紛れもなく坂田の声だった。


「あぁ、よかった。本物だ」


 杉野はそれだけ言うと、その場にへたりこんだ。


「なにやってんだ、てめぇら。ちゃんと固まってねぇとあぶねぇぞ」


「すいやせん、以後気をつけますんで」


 坂田の適当な返しがこれほどまでに笑えたことがあっただろうか。

 おそらく、なかっただろう。

 それほどに、杉野の精神は限界まで疲弊していたのだ。



「んで、なんかあったのか? すげぇ声がしたけど」


 坂田が杉野の顔へ端末のライトを当てながら聞いてきた。

 どうやら、あの叫び声を聞かれてしまったらしい。

 杉野は今になって恥ずかしくなってきた。

 今迄も恐怖でパニックになることはあったが、あそこまで叫んだのは初めてだったのだ。


「えーっと、ちょっと怖いもんを見ちゃいまして」


「怖いもん? ってか、お化けを捕まえに来てんだから、怖がってちゃ駄目じゃん」


「いや、そうなんですけど、今回はほんとにヤバいんですよ!」


 杉野は必死になって説明したが、坂田はまったく怖がらなかった。


「その骸骨ってのはよぉ、ほんとに歩いてたのか? なにかの見間違いとかじゃねぇのか?」


「ほんとなんですって! そりゃ、足音聞いただけで、実際に見たわけではないですけど」


 坂田と押し問答を繰り広げていると、エリックが間に入ってきた。


「骸骨がいたかどうかなんて、今はどうでもいいだろ。んなことより、杉野、端末は何処だ? もしかして、落としてきたのか?」


「あっ、いやぁ……その……」


 そういえば、端末を落としてきたことをすっかり忘れていた。

 またあそこに戻らねばならぬのか。

 今戻るのは、あまり得策ではないと思うのだが。

 まだ、あの骸骨がいるかもしれないし。

 とはいえ、端末を紛失したままにはできないだろう。

 また、さっきみたいにはぐれてしまった時でも、端末さえあれば自分の位置を知らせることだってできるだろうし、なにより灯りがないとまともに前も見えないのだ。

 杉野は覚悟を決めて、坂田達を端末を落としたであろう場所へ案内した。



 しゃれこうべを見つけた場所には、案の定、ライトの光が骨の山の中から漏れていた。

 杉野が骨を掻き分けて端末を回収してみると、ちょうど充電が切れてしまったのか、光が消えてしまった。

 どうしたものかと困っていると、八坂が自分の端末を手渡してくれた。


「またどっか行かれたら困るし」


 まあ、なんとも分かりやすくデレてくれるなぁ、と杉野が鼻の下を伸ばしているうちに、杉野と八坂以外の一行は早々に元いた落下地点へと戻り始めていた。


「あぁ! ちょっと、待ってくださいよぉ!」


「一人で行かないでよ! 見えないじゃない!」


 八坂に言われて、杉野はやっちまったって感じでそそくさと八坂の下に戻り、その小さな手を握る。


「ごめん、置いてちゃって」


「せっかく貸してあげたのに、先に行っちゃうんだから」



 八坂の手を引いて、坂田達の下に戻る間、杉野はさっきとは違う意味で軽くパニックになっていた。

 自然な感じで言ったはずだが、果たして上手く決まったのだろうか。

 キモがられてはいないだろうか。

 そんな不安で頭がいっぱいになってくる。

 しかし、そんな不安も繋いでいる八坂の手から感じる体温で和らいでいった。

 人の体温というのは、こんなにも暖かいのものなのか。

 ついさっき触ってしまった、骸骨の肩とは大違いだ。

 あれはとても冷たかった。

 まるで、鉄で出来ているかのように。



「おっ、カップルが帰ってきたぞ!」


 坂田達の下へ辿り着くと、早速坂田から茶化された。

 こういう時、いつもなら恥ずかしがって手を離してしまう八坂だったが、どういうわけか今回は離さなかった。

 それどころか、さらに強く握ってくるではないか。

 これはもしや、デレてきているのだろうか。

 それならば、端末を落としたのは正解だったのかもしれない。

 まあ、さすがにまたあの骸骨に会うのは勘弁してほしいものだが。

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