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Operation Soul~若者達の幽霊退治~  作者: 杉之浦翔大朗
第五章 Milky Way love story
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80 恋の儀式

 まずは神社の崩れた鳥居に集まり、参進の儀から始める。

 本来は手水(ちょうず)の儀――普段、参拝する時と同じように手や口を手水舎で清める儀式――から始めるのだが、この神社の手水舎はすでに枯れていたため、割愛した。

 若者達は慣れない和風な履物に悪戦苦闘しながらも、一歩、また一歩と御社殿へ歩みを進める。

 導き役として杉野達の前を歩くのは、宮司と何人かの巫女、そして昨日の祭りの屋台で散々杉野達を苦しめてきた親父達の姿も見受けられた。

 その誰もが、太鼓を叩き笛を吹き、中には舞を披露したりして、杉野達を祝福してくれている。

 なんとも、いい気分だ。

 さらに嬉しかったのは、舞っている者の中に昨日の祭りで杉野の頬へ口づけをしてくれた、あの可愛らしい巫女もいたことだ。

 やはり、彼女は美しい。

 杉野の相手役である八坂は御社殿で待っているため、今だけはあの巫女を思う存分眺めても怒られないし、あちらも舞うのに夢中で気づいていないので、気持ち悪がられる心配もない。

 結局、杉野は御社殿までの道中、ずっとその巫女の舞を見続けていたのだった。

 もちろん、他の野郎共もそれは同じだったが。



「我らの儀式を見守って下され」


「見守って下され」「下されー」「されー」


 御社殿に着くと、宮司と共に杉野達も神様に挨拶をした。

 中には、馬鹿らしいと思っているのか、適当にする者もいたが、特にツッコまずに式は滞りなく進んでいく。



 神様への挨拶が済んだら、今度はお祓いだ。


「掛けまくも畏き伊邪那岐大神、筑紫の日向の……」


 なんでも、修祓(しゅうばつ)の儀というらしく、宮司が神の御前に並んだ若者達の前で大麻(おおぬさ)を振りながら祓詞(はらいことば)を唱えて、新郎新婦の身を清めるのだとか。


「……祓給ひ清め給へと白す事を聞食せと、恐み恐み白す」


 確かに、なんとなく体が軽くなったような気もしたし、やはり何かしら憑いていたのだろうか。

 仕事柄、そういうのを扱うことは多い。

 とはいえ、毎回会社に帰った時に変なものが憑りついていないかはチェックしているので、おそらくこの村に来てから憑りつかれたのだろう。

 案外、アナログも馬鹿にできないものだ。



 お祓いが終わり、各々の身が軽くなったところで、次は祝詞(のりと)奏上(そうじょう)だ。


「掛けまくも畏き織彦神社、彦織神社の大前に、宮司小田……」


 一見すると、お経のようなその祝詞は、よく聞いてみると大昔の日本語で構成されていることに気づいた。


「……本社の大神等の神業を輔ひ助け奉らしめ給へと、恐み恐みも白す」


 宮司が発する一字一句に、何かしらのパワーのようなものが込められているようにも思えた。

 所謂、言霊(ことだま)というやつだろうか。

 やはり、神様への言葉なだけあって、一般人でも感じられるほどに力が強いのだろう。



 祓詞によって、新郎新婦の身が充分に清められたら、いよいよ三献(さんこん)の儀だ。

 これは三々九度の儀ともいって、夫婦となる男と女が大中小三つの大きさの(さかずき)を交わし契りを結ぶというとても重要な儀式だ。

 もちろん、盃に注がれるのは本物のお神酒。

 仙石と内藤、それに坂田と清水は成人しているが、杉野と神谷、そして八坂はまだ未成年なので、本来は飲んではいけない。

 しかし、神の御前での神聖な儀式ともあれば、誰も捕まえに来ることなどできないだろう。

 というか、こんな山奥に通報する人間などいるわけがないので、飲んだとして、誰も裁けない。

 それこそ、アルコールが抜けてしまえば、物的証拠だって残らないだろう。

 まさに、完全犯罪だ。

 とはいえ、高校の友達の中には、親に隠れてビールやチューハイを飲んでいるならず者もいたので、これくらいならまだかわいい方だといえる。



 杉野の場合、酒を飲むのはこれが初めてだった。

 坂田などは、高校どころか、中学の時から焼酎をちびちび飲んでいたと言っていたが、真面目な杉野にそんな勇気はなかった。

 なので、杉野はこの三献の儀が少し楽しみだった。

 酒はどんな味がするのだろう。

 酔っぱらったら、どんなふうになるのだろう。

 そんな期待と不安が入り混じったような高揚感に包まれながら、杉野はここまで真面目に儀式をやってきたのだ。

 坂田や仙石が巫女に盃を渡され、お神酒を注いでもらっているのを杉野が羨ましそうに見ていると、杉野の前に、昨日の巫女がお神酒が入った金ぴかの急須のようなものを持ってやってきた。


「では、まずこの一番小さい盃に三回注ぎますので、最初に新郎、次に新婦、最後にまた新郎の順で飲んでください」


「は、はい」


 今になって緊張してきた杉野は、これまた金ぴかの盃を持つ手が震えてしまっていた。

 小刻みに震える盃に巫女がお神酒を注ぐと、飲めと顎で指示してきた。

 覚悟を決めて、グイッと一気に飲み干すと意外にも爽やかな甘味が口の中に広がった。

 それと同時に、ぐわんと世界が揺れたような気がしたと思うと、杉野は前に倒れこんでしまっていた。

 神社のダニだらけの古い畳に頭をぶつけるかと思いきや、なんだか柔らかい感触が自分の頭を包んだので、杉野ははてなと思った。

 酒のせいでうまく考えがまとまらないが、どうにも誰かの膝に倒れ込んでしまったらしい。

 その証拠に、目の前にある赤い布が鼻を押さえるので、だんだんと呼吸が苦しくなってきた。


「く、苦しい~」


 杉野がぼやっとする頭をふり絞って助けを求めると、目の前の太ももの持ち主がうつ伏せだった杉野に寝返りを打たせてくれた。

 その柔らかい太ももの張本人は、杉野にお神酒を注いでくれたあの巫女だった。

 まあ、目の前にいたのだから、当たり前といえば当たり前か。


「オタクの子もダウンか……よし、酒が抜けるまで一旦休憩だ」


 遠くの方で、宮司の声が聞こえた。

 どうやら、神谷の方もぶっ倒れたらしい。

 まだ八坂に飲ませてなかったのは、不幸中の幸いだった。

 ただでさえ、植物状態の八坂に酒なんて飲ませたら、今度は本当に死んでしまうかもしれない。

 そうなったら、本末転倒だ。

 とりあえず、今はそんなことは忘れて、この柔らかな太ももの感触を楽しむことにしようと、杉野はぼんやりと考えていた。



「あのー、もうそろそろ離れてほしいんですけど」


 巫女が何か言っているが、泥酔している杉野にはどうでも良かった。

 今はただ、太ももの柔らかさと巫女自身の甘い匂いを感じていたかったのだ。


「いやだー、まだこうしてるー」


 こんな姿を八坂が見たらどう思うだろうかと、杉野は一瞬考えたが、どうせまたきもいだなんだと罵倒されるだけだろうという結論に至った。

 そんなことよりも、もっと寝ていたい。

 今日は寝させてもらえない日だったから、そう思ってしまうのも無理はない。


「もう、あと五分だけですよ。休憩が終わったら、次は誓詞(せいし)奉読(ほうどく)ですからね」


 巫女の言葉に、なんとなくママみを感じてしまった酔っ払い杉野は更なる行動に出た。


「な、なにするんですか!? 離してください!」


「離したくなーい」


 酒のせいで幼児退行してしまった杉野は巫女に抱きつき、押し倒した。

 巫女にとっては、なんともめんどくさい客だろう。

 おまけに酒臭いので、気持ち悪さは倍々ゲームだ。


「離して、はな――いい加減にしろや、この変態!」


 何処かで聞いたような声がしたと思うと、杉野は御社殿の外にぶっ飛ばされていた。

 玉砂利のおかげでそこまで痛くはなかったが、心は痛かった。

 酔っぱらって不安なところに、思いっきり拒絶されたのだから、そのショックは計りしれない。

 いや、自業自得なのだが。

 とはいえ、おかげで酔いがほぼ醒めたので、結果オーライだ。



 全員の酔いが醒めたところで、次にやるのは誓詞奉読だ。

 所謂、病める時も健やかなる時も愛を誓うかとかそんな感じのやつだ。

 今回は、まったく酒の影響を受けなかった坂田が代表で読み上げることになっている。


「えー我々は今日を佳き日と選び、織姫ノ神と彦星ノ神の御前にて夫婦の契りを結びました」


 なんだか、幼稚園のお遊戯会のような棒読みだが、まあ宮司からNGが出ていないから大丈夫なのだろう。


「以上。新郎の坂田祐樹と」「新婦の清水慶子でした」


 誓詞を読み切り、自分達の名前を添えてから、坂田達は元の席に戻っていく。

 清水の方はあまり酒に慣れていないのか、かなりふらついていた。

 見ているこっちまでハラハラしてくるくらいだ。


「おっとっと」


 ふらついて倒れそうになった清水の肩を、一応の新郎である坂田が抱きとめた。

 これはまた、ダーリンダーリンと騒ぎそうだと思いきや、逆に清水は黙りこくっていた。

 それが酒のせいなのかは定かではないが、その表情はいつもの清水は何処へやら、とても恥ずかしそうに頬を染めて俯いていた。

 まるで、出会った頃のようだ。

 もしかしたら、清水は坂田のこういうところに惚れたのかもしれない。



 誓詞奉読が危なげなく終わったら、次は玉串(たまぐし)奉奠(ほうでん)を行う。

 榊の木の枝に紙垂(しで)――神主が振り回す棒に付いてる白い紙――を括り付けた玉串を、神前にお供えするだけの簡単なものだ。

 今回は仙石と内藤の許嫁組が代表でやることになった。

 さすがに、全員がやっていては時間がかかるので、こればっかりはしょうがない。



 まずは宮司から玉串を受け取る。

 根元を右手で、葉先を左手で持ち、二人で二つの玉串を神の御前まで持っていく。

 そんな簡単な作業のはずなのだが、二人の息はまったく合わず、なかなか思うように進まない。

 本当に幼馴染なのかと思ってしまうほどだ。

 とはいえ、神様へのお辞儀はしっかりと二人同時にこなし、その後の祈念も内藤が玉串の回し方をド忘れしてしまったのを仙石がフォローしたりしていたので、わりと微笑ましかった。

 やはり、昔から助け合っていたのだろう。

 ただ、玉串を神様に捧げる時に二人ともが回す方向を間違えて、宮司に怒られたりはしたが。



 大体の儀式が終わり、あとは親族盃の儀と斎主祝辞の二つだけとなった。

 だがしかし、その前に宮司が強引にねじ込んできた神楽奉納を見ることとなった。

「ぜひ、うちの(せがれ)の晴れ舞台を思う存分見てやってください」

 宮司がそうまで言っているのだから、さぞ素晴らしいものなのだろう。

 それよりも、杉野にはちょいと気になることがあったのだが、深く考え込む前に神楽舞が始まってしまった。



 今回の神前式で呼ばれた巫女は四人。

 その中には、昨日杉野がチンピラ共から救い、先程杉野をぶっ飛ばした巫女もいた。

 他の巫女よりも一際背が小さいその巫女の舞は、とても奇麗で華やかだった。

 やはり、若いとそれだけで華があるものだ。


「おい、あの巫女って、昨日お前が助けた巫女だよな?」


 神楽舞に夢中になっている宮司の目を盗んで、ひそひそと内緒話をしてきた坂田に杉野は嫌々といった感じで答えた。


「多分、そうだと思います。なんですか、隣に彼女がいるのに、浮気ですか?」


 ふと、清水を見てみると殺気を含んだ目つきで例の巫女を見ていた。


「いやいや、ちげぇよ! なんかさあ、どっかで見たことねぇか? あの祭り以外で」


「そんなわけ……」


 杉野が言いきろうとしたその時、例の巫女の白い着物がはだけて、鎖骨がちらっと見えた。

 杉野は、いつか見た小麦色に日焼けした鎖骨と白粉で塗られたらしき首との境目をはっきりと確認した。


「あいつ、小田春樹か!」


 杉野が大声で名前を呼ぶと、小田らしき巫女は心底驚いたような顔をしてから、御社殿の外へピューと走っていってしまった。

 残された巫女も宮司も、名前を呼んでしまった杉野でさえも呆気に取られ、しばらく固まってしまったので、小田?を追いかけるのはそれから二分後となる。



 最初に動いたのは、杉野だった。

 当然だ、なによりの原因なのだから行かなければ何をされるか分からない。

 御社殿から出てしばらく探していくと、荒縄が巻かれた大木の陰で体育座りをして、すすり泣いている小田を発見した。


「お前、巫女だったのか。ってか、女だったの?」


「悪いかよ! 女で、巫女で、美紀姉のことが好きで!」


 それだけ言うと、小田はうわーんとせき止めていたものが溢れるように泣きじゃくった。

 杉野は無言で胸を貸してやり、小田のサラサラな黒髪を撫でる。

 決して、やらしい気持ちなどない、純粋に慰めようとしているだけだ。

 あまり信用できないかもしれないが、杉野にだって人の心はあるのだ。



 しばらく、思う存分泣かせてやると、小田はようやく泣きやんだ。

 もう大丈夫かと杉野が離れようとすると、逆に小田が抱きついてきた。

 困ったなぁと杉野が動けないでいると、小田が甘えた声で呟く。


「俺、美紀姉だけじゃなくて、お前のことも好きになっちまったみたいなんだ」


 衝撃の事実だった。

 自分が気になっていた奴が女で、それも自分を好きだと言うのだ。

 これほどに、嬉しいことがあるだろうか。

 だが、杉野には心に決めた人が、八坂がいる。

 この気持ちは受け取れない。


「……ごめんな。僕は八坂さんのことが好きだから」


「二番目でもいい!」


「はい?」


「二番目でもいいから、俺のことも好きになってくれ」


 なんとも健気なものだ。

 そんな小田を杉野はますます好きになってしまった。


「とりあえず、一旦、皆の所に戻ろう」


 今度の小田はこくんと素直に頷いてくれた。

 ただ、御社殿へ戻る道中、ずっと腕を絡めてきて、右手を恋人つなぎで握ってきたのはさすがに止めてほしかった。



 小田と共に御社殿へ戻ると、皆の視線が痛かった。

 特に坂田なんかは爆笑しながら尻を叩いてきたので、後で何かしらやり返してやろうと決意したほどだ。

 そんな中でも、小田は手を離してくれないどころか、さらにべったりとくっついてきた。

 しょうがないので、小田を連れて八坂の隣に座り直した。

 一見すると、新郎が新婦をほったらかして、巫女とイチャイチャしているというなんともいえない光景だが、小田の父親である宮司は何も言わなかった。

 それどころか、微笑ましいものを見るような目でこちらを眺めているのだ。

 それでいいのかと言いたくもなったが、小田がまた泣きそうなので止めといた。



 さて、次にやるのは親族杯の儀だ。

 今回はあくまで模擬なので、親族は呼んでいない。

 そのため、代わりとして新郎新婦達の責任者である、芦屋と博士がやることになった。

 まずは、その場にいた芦屋が巫女から受け取った盃を飲み干す。


「ふむ、清酒か。なかなか悪くない」


 芦屋が飲み終わったら、次はうちの博士なのだが、どうにもまだハイエースの中ですねているらしい。


「ったく、しょうがねぇな、あの爺さんは」


 芦屋が呼びに行こうと立ち上がると、外からハイエースの扉が開く音がした。

 ハイエースから出てきたのは、少しばかり顔色が悪いが、間違いなく博士だ。

 博士は御社殿へずんずんと土足で上がりこむと、巫女から盃をひったくって、ぐいっと飲み干した。

 そして、杉野達を一馨してから、何も言わずにハイエースへと戻っていった。


「あいつはほんとに……」


 頭を抱えて呆れている芦屋は放っておいて、そのまま宮司の挨拶が始まった。


「えー色々とありましたが、これにて合同神前式を終了致します。皆さん、どうか幸せになってくださいね」


 模擬とはいえ、神の御前で言うべきは祝福の言葉のみである。

 変にカッコつけたセリフなどは必要ない。


「あーそれと、うちの彦織神社の方も何卒宜しくお願い致します」


 ただ、宣伝はするようだ。



 これにより、彦星ノ神の力を取り戻す為の儀式は危なげなく終わったのであった。

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