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Operation Soul~若者達の幽霊退治~  作者: 杉之浦翔大朗
第五章 Milky Way love story
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79 彦星ノ神

 杉野が山頂の神社へ戻ってくると、芦屋が怪しい実験をしているところに遭遇した。

 あちこちの地面に(くさび)を打ち込んで、その間に木の棒で地面に線を引いている。


「何やってるんですか? ってか、この楔は?」


「これか? 幽体を感知するセンサーのようなものだ。あの神社にいる幽体がどれくらい動けるかを計っているのだが、あまり良い結果が出なくてな。そんなことより、ちゃんと麓の神社の連中を呼んできたか?」


「はい、ちびっとばかし苦戦しましたが、最後には快く引き受けてくれました」


 杉野の報告に、芦屋は満足そうに微笑んだ。


「よくやった。あとは、その儀式とやらをやるだけだな。おい! お前が頼んだ奴らを呼んでやったぞ!」


『ご苦労。それと、己の部下にもやってもらいたいことがあるのだが……』


 例の幽体は生きている人間と会って、多少元気を取り戻したらしく、いつの間にか御社殿の外からでも声を聞けるようになっていた。


「頼み事を増やすのは構わんが、言うならもっと早く言え。まったく、こんな奴のパシリをする為にこんなド田舎に来たんじゃないぞ」


 ぶつぶつと文句を言ってはいるが、芦屋自体はこの状況を楽しんでいるように見えた。



 それにしても、我らが安倍博士は何処で油を売っているのだろう。

 不審に思った杉野は、近場にいた坂田に聞いてみた。


「坂田さーん、博士って何処に行きました?」


「んー、おー杉野か。博士ならまだハイエースに籠っとるよ。なんか、ショック受けちゃったみたいで、ずーっとぶつぶつ独り言喋ってっから、あんまり近づかない方がいいぞ」


「はーい」


 坂田の忠告を右から左に聞き流し、杉野はハイエースの窓から車内を覗き込んでみた。

 そこには、ハイエースに積まれた大小様々な機械群をいじり倒しながら、ぶつぶつと呪詛のような独り言を呟いている博士がいた。

 こいつはほんとにヤバそうだ。

 見つかったら何をされるか分かったもんじゃないと思った杉野は、早々にハイエースから逃げ出した。



 麓の神社連中が来るまでは、杉野達にやることはなかった。

 ターゲットを捕まえようにも、肉眼どころかソウルアイにも映らないのではどうにもできないし、なにより喋る幽体などという面白いものをそうすぐに無力化したらつまらない。

 何はともあれ、儀式とやらをして、ソウルアイで姿が見えるくらいまで力を取り戻してもらわないとどうにもならないのだ。

 杉野は、そんな幽体の事が気になってきた。

 幽体自体は御社殿にいるのだろうが、果たして何処にいるのだろうか。

 屋根裏にでもいるのか、それとも八坂に憑りついていたりするのか。

 もし、八坂に憑りついているのなら、早めに出ていって欲しいが、神の力を持っている幽体がそんな素直に出ていってくれるとは思ってない。

 なので、杉野はその幽体と対話してみることにした。


「あの~幽体さん、ちょっといいですか?」


『うむ、己は確か、杉野と云ったな。なんだ? 我に何か用か?』


 幽体は杉野の唐突な呼びかけにもちゃんと答えてくれた。

 案外、良い奴なのかもしれない。


「用とかではないんですけど、ちょっと話しませんか?」


 恐る恐る話す杉野が面白かったのか、幽体はガハハと笑った。


『面白い奴だ。そんなに怖がっているのに、我と話したいと?』


「はい、おかしいですかね?」


『ああそうとも、おかしい生者だ。だが、我は好きだぞ、己のような変わり者は』


「ありがとうございます?」


 褒められているのか貶されているのか分からないが、とりあえずつかみは上々らしい。


「それじゃあ、まず名前を聞いてもいいですか」


『それくらいならお安い御用だ。我の名は彦星(ひこぼし)(かみ)。この神社に祀られた二人の神のうちの一人だ。厳密には、神ではないがな』


「彦星ノ神? もしかして、七夕と関係があるんですかね?」


『七夕か……まあ、もう一人の神はそうなのだが、我は違う。我は神に恋した、ただの霊魂でしかないからな』


「そう……なんですか。ちなみに、そのもう一人の神の名前も教えてもらえないでしょうか?」


『いいぞ、お前には特別に教えてやろう。この神社に祀られたもう一人の神にして、我の思い人、その名を織姫(おりひめ)(かみ)と云う』


「……その神様って、奇麗でしたか?」


『それはもちろん、絶世の美女だったぞ。我に釣り合わんくらいにな。まあ、そのせいで離れ離れになってしまったのだが』


「なるほど。それで、その織姫ノ神は今、何処にいるのですか?」


『それを聞いてしまうか。……しょうがない、全て教えてやる。そこの八坂という女の霊魂を織姫ノ神がいるであろう場所へ飛ばしたのだ。早く帰ってくるようにと言伝(ことづて)を預けてな』


「その場所って?」


『黄泉の国だ』


「黄泉のって……死んだ人が行く所じゃないですか!?」


 まさかの事実に、杉野は思わず大きな声を出してしまった。

 そのせいで、外で休憩していた坂田が御社殿の中へ入ってきた。


「なーに騒いでんだ、杉野。あの喋る幽体とお喋りでもしてたのか?」


「あーはい、何か分かるかなと思って」


「んで、なんか分かったん?」


「それがですね、どうにも八坂さんは黄泉の国に行ったみたいなんです」


「黄泉の国、ねえ。それって、どんな所なんだ?」


「どんなって……死んだ人が行く所ですよ」


「死んだ人間は幽体になるじゃねぇか。そんなら、その黄泉の国ってのは、何のためにあるんだ?」


『それは我が答えよう』


「うわぁ! びっくりした。いきなりテレパってくんなよー」


『てれぱ? ……まあ、いい。黄泉の国というのは、身を滅ぼした霊魂が行くところだった』


「だった? 今は違うんですか?」


『ああそうだとも。昔、それこそ平安時代より前までは、身を滅ぼした霊魂のほとんどは黄泉の国へ行っていた。しかし、仏教が世に広がるにつれて、霊魂達は地獄や極楽浄土に行くようになった、それだけだ』


「なるほど、エネルギー切れで消えてしまった幽体が次に目指す場所は、幽体自身が決めているのか。実に、興味深いな」


 いつの間にか、杉野達の後ろで聞いていた芦屋が会話に参加してきたので、杉野はびっくりして飛び上がってしまった。


「芦屋さん! 居たんなら、教えてくださいよ! びっくりしたなぁ、もう」


「すまん、なにやら面白い話をしていたのでな。夢中で聞いていたのだよ」


 芦屋にもそんな子供っぽいところがあるのだなと、杉野は感心した。


「にしても、幽体が最終的に行きつく先がそんな所だとはな。宗教も、案外馬鹿にできぬものだ」


「そういえばよぉ、なんでこの幽体は地獄や黄泉の国に行かないんだよ? 消えかかってんだろ?」


『それはな、我が神の力を得たからだ。神がそう簡単に消えたりはしないだろう?」


「まあ、確かに……」


 彦星ノ神が消えない理由が分かったところで、今度は杉野から質問が飛んでくる。


「さっきから言ってる神の力ってなんなんですか?」


『それは……話すと長くなるのだが、簡単に言えば神を殺して、その神の代わりとなったのだ』


「神を!?」「殺した!?」


『どうしても、織姫ノ神と対等になりたくてな。確か金山(かなやま)彦神(ひこのかみ)とか云っていたか』


「んで、その金山さんを殺したのか?」


『殺したというよりは、看取ったと云った方が正確だろう。死にかけていたのをちょいと力を掠め取ってやったら、呆気なく消滅してしまったのだからな。今頃は、黄泉の国で元気にやっているだろう』


「ひでぇことしやがる」「最低っすわ」


『失礼な! 我が貴様らの為に話してやったというのに……興が冷めた。儀式が終わるまで、我は一言も話さんぞ』


「おいおい、どうしてくれるんだ。せっかく興味深い話が聞けてたのに、君達のせいで台無しではないか!」


「俺達、暇つぶしで聞いてただけだし~、なあ、杉野ー」


「その通りです、飽きたのでもういいです」


 とりあえずは、八坂の居所が掴めたので、これ以上自称神様の長話を聞く必要はない。

 なので、麓の連中が来るまでの間、杉野達は御社殿の外で遊ぶことにした。



 皆で、かくれんぼなんかをして遊んでいると、太鼓や笛を担いだ麓の神社連中が到着した。


「こんちはー!」


 坂田が元気な挨拶をすると、軽く会釈をして返してくれた。

 わりと良い人達なのかもしれない。


「……ようやく来たか。いやはやどうも、私はこいつらの責任者の芦屋だ」


 小声で文句を呟いてから、芦屋が宮司達に対応する。


「どうもどうも、この度はおめでとうございまする。こちらの若者達が儀式の参加者ですかな?」


 宮司が妙な事をのたまったので、若者達は首を傾げた。


「えっ、ワイらもやるんか!?」「聞いてへんよぉ」


「なに、そう難しいものではございませんので、誰でもできますよ。ただ、男女じゃないと駄目ですがね」


 宮司は説明してくれているが、ますますわけが分からなかった。

 男女じゃないと駄目? どういうことだ?


「それと、儀式では専用の衣装を着てもらいますので、女性の方は御社殿の方でお着換えをお願いします」


「ワイら、男性陣はどうするんや?」


「男性の方は外で着替えてもらいます。すいませんねぇ、ほんとなら着替え用に車を一台用意するんですが、なんせ急でしたから」


「とりあえず、宮司さんの言う通りにしろ。では、一旦解散!」


 訳が分からないまま、杉野達野郎共と清水達女共は別れて着替えをすることになってしまった。



 儀式に必要と言うのだから、白装束なんかを着させられるのかと思いきや、杉野達が着させられたのは黒い紋付袴だった。

 思いのほか、おめでたい着物を着させられた野郎共はちょっとテンションが上がってきた。


「こりゃ、高級品でっせ。普通に買ったら、五十万は下らんわ」


「俺、袴なんて初めて着るぜ」


「自分も着ていいのでありましょうか? 相手がいないような……」


「ちょっと、いやかなり暑いなこれは」


 野郎共がぺちゃくちゃ喋っていると、御社殿の引き戸が開き、中から白い着物を着て、頭には綿帽子――和式の結婚式で新婦が被る白い袋のような帽子――を被った女性陣が現れた。

 よく見ると、御社殿の中で座っていた八坂も、清水達と同じ装いをしていた。


「まさか、これって……」


「そう、そのまさかです。貴方達にはこの神社で神前式、いわば和式の結婚式をしてもらいます!」


「マジで!」「やった!」


 坂田と清水のカップルの反応は対照的だった。

 やはり、昨日の清水ストーカー事件が影響しているのだろう。


「なんで、あいつなんかと結婚せなあかんねん!」「うちもお断りや、いくら許嫁でも本人の意思を無視して結婚なんてアホらしいわ!」


 仙石と内藤の許嫁組の方は、反発が強いが、表情はまんざらでもないといった感じだった。


「自分、相手がいないのですが、この大好きなVTuberのアクリルスタンドでもいいのですかな」


 相手がいない神谷はというと、懐に忍ばせていた萌えキャラのアクリルスタンドを取り出していた。


「僕が八坂さんと……いや、そんな、第一、本人の意思がないし」


 杉野の場合は、真面目なところが出てしまっていた。

 各々のリアクションを充分楽しんでから、宮司は付け加えた。


「あくまで模擬ですので、ほんとに結婚するわけではないですよ」


「えぇー」「驚かせやがって」「良かったわぁ、ほんまに」「せやな、さすがに今回ばかりは焦ったわ」


 若者達から残念がる声や安慮の声が聞こえてくる中、宮司はさらに続ける。


「ただし、模擬とはいえ神様の御前で行いますので、やることはやっていただきます」


「それって、もしかして……キ――」


 おませな杉野が答える前に、宮司が被せるように言う。


「誓杯の儀では本物のお酒を飲んでいただきますし、神への誓いも最後まできっちりやります」


 杉野達の反応を楽しむように説明しているような気がしたが、せっかくここまで来てくれたのにあまり邪険にはできない。

 なので、杉野達はひたすら我慢した。


「では、この後は式の詳しい説明をしたいと思いますので、こちらに集まってください」


 宮司に言われて、若者達は外へ集まる。

 皆、これから行う式に向けて、緊張の面持ちだ。


「そう緊張しなくても大丈夫ですよ。なんせ、私達は年に何度もやっていることですから」


 宮司が若者達の緊張をほぐそうと、優し気な言葉をかける。


「まあ、普段は一組ずつですがね」


 本当に大丈夫なのかと、若者達は逆に心配になってきた。

 その後、宮司は神前式の流れを懇切丁寧に教えてくれた。


 そうして、計四組の合同神前式が始まった。

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