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Operation Soul~若者達の幽霊退治~  作者: 杉之浦翔大朗
第五章 Milky Way love story
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77 壊れていく性癖

「おい、杉野! 起きろ! 八坂ちゃんは何処行ったんだ!? おい!」


 坂田の騒がしい声で、杉野は目覚めた。

 どうやら、今日はまともに寝させてくれない日らしい。


「なんですか、そんなに騒いで。近所迷惑ですよ」


 やれやれといった感じで起き上がった杉野の頭を、坂田は思いっきり引っ叩いた。


「痛いっすよ! なにするんですか!?」


「馬鹿野郎! どれだけ心配したと思ってんだ!」


 坂田が泣きじゃくりながら言うので、杉野まで泣きそうになった。

 痛いからではない、泣くほど心配してくれたのが嬉しかったのだ。


「朝起きたら、お前だけいないんだぞ! そん時の俺の気持ちが分かるか!? 寂しくて死にそうだったんだぞ!」


 やはり、坂田は熱い男だ。

 ほんの少しの間、仲間がいなくなったくらいでこんなにも泣けるのだから。


「んで、八坂ちゃんは何処だ? 一緒にいたんじゃねぇのか?」


「えぇ? 僕はそこの小田に言われて、この神社に……あれ?」


 杉野は山に入ったまでははっきりと思い出せたが、それ以降の記憶が曖昧なことに今になって気づいた。

 何故だろうと思考を巡らせていると、坂田達と一緒に来ていた博士が近寄ってきて、杉野のおでこにしわしわの手を当てた。


「ふむ、軽く熱があるようじゃな。どうだ、体がだるいとか咳が出るとか、風邪っぽい症状はないか?」


「いえ、特には大丈夫です。何なんですかね、これ。熱中症?」


 いくらまだ暑いとはいっても、早朝の山の中にいるのに、熱中症になんてなるのだろうか。

 一応、宿を出る前に麦茶をがぶ飲みしといたし、山に登る前に村の自販機で水を買ってちょこちょこ飲んでいたから、脱水症状というわけでもないだろう。

 杉野が考え込んでいると、博士が難しい顔をして言った。


「もしかしたら、力の強い幽体に操られたのかもしれん。あやつらに脳を乗っ取られると無駄に酷使されて、脳が常にオーバーヒートした状態になるからのう」


「もしかして、その幽体が今回捕まえるターゲットなのか?」


「左様。うちの調査衛星がここいら一帯に強力な磁場を探知してな。その原因を探るのがワシらの任務だったんじゃが、まさかここまで強力な幽体とは思わなんだ」


 博士にしては珍しく、かなり深刻な様子で話すので、杉野達玉籠組は少々怖気づいてしまった。


「そんなのが相手なんて聞いてへんわ」


「芦屋ちゃんでも、そんなヤバイの相手にしたことないやろ」


 本部組の仙石達も事の重大さに気づいたようで、今になって泣き言を言い出した。


「何を言っているのだ。その幽体をどうにかしなければこの村がどうなるか分からんのだぞ。下手したら、村の住人全員が操られて、殺し合いか集団自殺でもさせられるかもしれん」


「そんな……」


 芦屋の脅しを聞いて、さっきまで事態が把握できなくておろおろしていた小田が涙目になってしまっている。


「なにやってんの、芦屋ちゃん! この子が怖がってるやないか!」


「すまんすまん。部外者がいるところで言うことではなかったな」


「いや、そういうことやなくて……」


「あ、あの、村のみんなが操られちゃうって、じょ、冗談ですよね。そんな漫画みたいな話」


「冗談な訳あるか。ここには、観光で来たわけではないのだぞ」


「芦屋ちゃんはもう黙っといて、お願いだから!」


 もしかしたら、芦屋は意外とポンコツなのでは、と杉野は思ってしまった。

 本部組でやり手の研究者なのだから、もっとお堅い人なのかと思っていたが、案外面白い人なのかもしれない。


「今は部外者の事は忘れろ。それよりも八坂君を探すのじゃ。ここにいるのじゃろう?」


 そういえば、まだ八坂が見つかってなかった。

 とはいえ、果たして本当にここにいるのだろうか。

 下手したら、もう宿に帰っているのではないか。

 こういう時、楽観的に考えてしまうのは杉野の悪い癖だった。

 どうせ大丈夫だろう、なんとかなるだろう、それで解決する問題ならば、端から問題にはなっていない。

 それに、せっかくここまで登ってきたのだから、調べないと損だ。



 まず、このボロボロに朽ち果てた御社殿から調べることになった。

 御社殿自体は麓の彦織神社のそれと大きさは変わらず、人一人が隠れるには持ってこいの場所だといえる。


「ところでよう、杉野はここで寝てたわけだよなぁ」


「そうですね」


「じゃあ、なんか足音とか声とか聞いてねぇのか? もし、このボロッちいのに八坂ちゃんが入ったんなら、なんかしら聞こえてきてもおかしくねぇだろ」


 杉野は記憶の海を探って、どうにか思い出せないか頑張ってみた。

 しかし、眠っている時の記憶などほとんど分かるはずもなく、その頑張りは無駄に終わった。


「駄目です。思い出せません」


「そっか……まあいいや、この引き戸を開ければいい話だしな」


 そう言って、坂田が勢いよく御社殿の引き戸を開けると、外に負けず劣らずボロッちい部屋の中で座禅を組んでぼーっとしている八坂を発見した。


「案外、あっけなく見つかりましたなぁ」


「でも、なんかぼーっとしてて、様子が変ちゃうか?」


 そう、仙石達が言うので、心配になった杉野は八坂の正面に回ってみた。

 幸いなことに、八坂は何処も怪我してないし、寝巻代わりのTシャツには土汚れ一つ付いてなかった。

 しかし、八坂は寝ているのか、目を閉じており、杉野が肩を叩いてみてもなんの反応もなかった。

 試しに右手首を掴んで脈を計ってみると、驚いたことに何も感じなかった、

 計り方が悪いのかと思い、自分の脈も同じように計ってみると、ドクンドクンと血液が流れているのを感じる。

 パニックになった杉野は、自分の脈と八坂の脈を交互に何度も計った。

 杉野の尋常じゃない様子に気づいた坂田が、杉野の肩を掴んだ。


「おい、大丈夫か? 八坂ちゃんの脈がどうかしたのか?」


「……ないんです」


「へっ?」


「八坂さんの……脈がないんです!」


「な、なんだってーー!!!」


 少々大袈裟に驚いてみた坂田だったが、ぶっちゃけ清水の時もどうにかなったので大丈夫だろうと思っていた。

 それは、そういうのに慣れている本部組も同じようで、そこまで驚いていない。


「また、でありますか。この会社にいると命が軽く感じられるのでありますよ」


「そりゃそうじゃ、いちいち心臓が止まったくらいで驚いてもらったら困る。騒ぐのは、肉体が駄目になった時だけじゃ」


 責任者の博士ですらそう言ってしまうくらいに、この会社は特殊なのだ。

 だが、八坂の事を誰よりも大事に思っている杉野だけは違った。

 脈がないということは、脳や肺などに血液が回らないということだ。

 再び心臓が動いたとしても、後遺症が残る可能性だって充分にある。

 そうなれば、八坂はもう仕事どころか普通の生活だってできなくなるだろう。

 杉野は、それだけは許せなかった。


「何を……何を言っているんですか! あなたたちは! 心臓が動いてないんですよ! 血液が回ってないんですよ! このままじゃ、八坂さんが!」


「まあ、落ち着け。まだ素人が脈を計っただけだ。とりあえず、今からそこの糞ジジイにハイエースをこの神社まで持ってきてもらえばいい。その中には、色々と役に立ちそうな物が入っているのだろう?」


「ったく、人の車の中を勝手に見やがって。相変わらず、無礼な奴じゃのう」


「いいから、早く行って来い。お前が大事に育てた部下をこんな所で失うのか?」


 芦屋の声は、だんだんとどすが効いた声になっていた。


「ふん、貴様に言われなくても行くわ。くれぐれもうちの部下達をよろしく頼むぞ」


「無駄口叩かんで早く行け!」


 芦屋に怒鳴られた博士は、今迄登ってきた山道を脱兎のごとき早さで駆け下りた。


「さて、あの糞ジジイが帰って来る前にここらへんを片づけるぞ。仙石! 内藤! ちょっと手伝ってくれ」


「へいへーい」「世話が焼けるわぁ」

 そうして、芦屋達本部組の活躍のおかげで、博士のハイエースが入ってこれるスペースをギリギリ確保できたのであった。



 博士のハイエースが到着し、杉野と坂田の二人が八坂を車に乗せようと二人で担ぎあげようとするが、何故かビクともしなかった。

「ありゃ? こんなに重いはずは……」


 今度は神谷や仙石も加わるも、担ぎあげるどころか引っ張ってもまったく動かなかった。


「八坂はんって、見た目のわりにおデブなん?」


「このアホ! 女の子になんてこと言うんや!」


 その失言を聞き逃さなかった内藤が、仙石の頭をグーで殴った。


「痛ったいなぁ。意識ないんやから、別にええやろが」


「ええわけないやろ! 大体、あんたはデリカシーってもんが……」


 痴話喧嘩に発展した二人は置いておいて、杉野は博士へ何か心拍数を計れるものがないか聞いてみた。


「あるにはあるが、服越しでは使えんぞ」


「緊急事態なんで、問題ありません」


 そう、緊急事態だからだ。

 決して、好きな人の裸が見たいとかそんな(よこしま)な理由ではない。


「それで、誰がこの機械を使うんじゃ?」


 博士が取り出した機械にはいくつかの電極パッドが付いており、その根元には心電図らしき液晶画面が付いたコンパクトな端末が付いていた。


「もちろん、僕が――」


「私がやるんで、男共は外に出してください」


 杉野の企みを阻止せんと、八坂の親友である清水が立候補した。

 立候補のついでに、杉野をそのグラマラスな巨体で突き飛ばしたので、杉野はそれ以上何も言えなくなってしまった。


「じゃあ、うちもやったるわ。何があるか分からへんし」


「助かります」


「それじゃ、頼んだぞ。使い方はAEDと同じじゃから、車の免許を持っていれば使えるじゃろう」


 清水と内藤の女子二人が御社殿へ入り、ピシャッと引き戸を閉めた。



 ふと、小田の方を見てみると、なんだか悔しそうな表情で御社殿を見つめていた。

 もしや、あいつも見たかったのだろうか。

 いやいや、いくら幼馴染でも無理があるだろう、と杉野は心の中でツッコんだ。


「俺も手伝いたかったな……」


 小田のまさかの呟きに、杉野は思わず吹き出してしまった。


「なんだよ、お前も同じようなこと考えてたんだろ?」


 笑われて腹が立ったのか、小田はこちらへ近づいて耳打ちしてきた。


「君みたいなガキには、まだ早いよっと」


「ひゃん!」


 大人からの忠告のついでに、小田の尻をパンッと叩いてみると、思いのほか可愛らしい声が早朝の山の静かな空気を震わせた。


「あ? 今、なんか女の声が聞こえた気が……」


「せやろか? ただの幻聴ちゃうか?」


 ギリギリ周りの野郎共にはバレなかったようだが、小田のすぐ隣にいた杉野にはガッツリ聞こえてしまった。

 このままだと、ほんとにヤバイかもしれない。

 自分の性癖が壊れる音が、杉野の頭の中で響いているような気がした。


「ちょっ、何すんだよ、この変態!」


 もはや、小声で変態と言われることにすら、杉野は快感を覚え始めていた。


「いや、これくらい坂田さんもやってくるし、いいかなと思って」


「俺はお前のダチじゃねぇんだよ! 気安く触んな!」


 小田に怒られてしまったので、二発目は諦めた。

 その代わりに、男とは思えぬ程に柔らかかったあの感触を頭の中で何度も思い出した。

 しばらくは、夜のお供に困らないだろう。



 杉野の性癖が拗れたところで、そろそろ清水から何かあってもいいくらいの時間になってきた。

 もしや、他の二人まで意識を失ったのかと心配になった野郎共は、しっかり閉められた御社殿の引き戸に近づいた。

 すると、引き戸が勢いよく開き、中からほっとした表情の清水が現れた。


「なーにぃ? そんなに私が恋しかったの?」


「あーいや、大丈夫かなって心配になって」


「ほんとー? まあいいや。八坂ちゃんの容体だけど、あの機械で計ってみたらちょっとだけだけど脈があったわよ」


「ほんとですか!?」


 なんだかんだ心配していた杉野が必死な形相で聞くと、清水は女神のように優しい口調で答えてくれた。


「本当よ。機械によると、最低限生命活動を維持できる程度の心拍数はあるみたいだから、後遺症の心配もしなくて大丈夫よ」


「よ、良かったー」


 清水の報告を聞いた杉野は安心してしまったせいか力が抜けてしまい、その場に座り込んでしまった。


「おいおい、大丈夫か、杉野ー。まだ仕事が残ってんだぞー」


 坂田が何か言っているが、杉野には戯言にしか聞こえなかった。

 八坂が、自分の大好きな人が無事だったのだ。

 そりゃ、力も抜けてしまうだろう。


「おい、大丈夫かよ? 立てるか?」


 そう言って、杉野を起こしてくれたのは、兄貴分の坂田ではなく、さっき尻を引っ叩いたばかりの小田だった。


「お前、なんで?」


「起こしてくれるのかって? あんたに興味が湧いてきたからだよ」


「奇遇だな、僕もだよ」


「……あっそ」


 そうして、小田の無駄に良い匂いを嗅ぎながら、杉野はわざとゆっくりめに立ち上がったのであった。

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