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Operation Soul~若者達の幽霊退治~  作者: 杉之浦翔大朗
第五章 Milky Way love story
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74 地獄からの雄叫び

 その頃、ロシアでは謎の怪現象を巡って、大パニックとなっていた。

 それは、旧ソ連時代に掘られたコラ半島超深度掘削抗と呼ばれる穴からおかしな声が聞こえるというものだ。

 地元住人もその声にはかなり参っているようで、ほとんど眠れない夜が続いているらしい。

 このままではまずいということで、ロシア連邦第五代大統領のプーハンはロシア連邦保安庁(FSB)へ現地の調査をしてくるようにと指令を下した。



「なんだって、こんな辺境に俺らエリートが出向かなきゃならねぇんだ。こんなもん、地元警察に任せときゃいいだろ」


 めんどくさがりの自称エリート捜査員エゴールは、ロシア製軍用ジープの助手席で窓枠に肩肘をついて外の景色を見ながらぼやいた。

 泥か岩しか見えないその景色は見ていて面白いものではない。


「そうは言ってもな、警察じゃあどうにもできん案件らしいんだ。なんでも、あの馬鹿みたいに深い穴からまた声が聞こえてきたらしい」


 エゴールとは対照的に、真面目な捜査員兼ドライバーのヤーコフが道に転がる錆びた歯車やチェーンを巧みなハンドル捌きでひょいひょいと躱していきながら答えた。


「またか!? ったく、前は地獄から聞こえてくる死人の叫び声だとか言ってたけどよぉ、あれも結局どっかの馬鹿がでっち上げたデマだったんだぜ。今回も同じようなもんだろ」


「ま、それならそれでこっちは楽だがね。おっと、どうやら着いたみたいだぞ」


 遠くの方に、薄汚れた白いサイロのような建物が見えてきた。


「おいおい、随分古い建物だなぁ」


「旧ソ連時代に建てられたものだからな。だが安心しろ、今回はあの建物には用はない。例の穴は外にあるからな」


 そう言うと、ヤーコフはその建物の近くに車を停めた。



 二人が車から出ると、例の声が微かに聞こえてくる。


「こいつはぁ……なんだ? 誰かが叫んでいるようにも聞こえるが」


「ふむ、どうやらデマではなかったようだな。エゴール! ドローンを忘れずに持って行けよ。この声の出処を調べてやろう」


 エゴールは言われた通りに、後部座席に置いといたドーロンが入っている箱を持ち上げる。


「あいよ。それで、こんなちっこいドローンなんざ使ってなにやろうってんだ?」


「すぐに分かるよ」


 ヤーコフは、箱を持ったエゴールに付いてこいとジェスチャーしてから、瓦礫ばかりの道を進み始めた。



 しばらく歩くと、地面に鉄の蓋が付いているのを発見した。


「これが例の穴か……意外にしょぼいんだな」


「どんなもんだと思ってたんだ?」


「いや、もっとデカいのかと」


 エゴールが思っていたよりも穴の蓋は小さく、自分達の片腕がギリギリ入るくらいの大きさだった。


「よし、まずはこいつを切るぞ」


「切るって、この蓋を?」


「こいつは地面に溶接されてんだよ。だって、12,000mも掘ったんだぜ。物を落としでもしたら大変だ」


「なるほど。んで、何を使って切るんだ? ノコギリか? レーザーか?」


「今回はこいつを使う」


 そう言って、ヤーコフが取り出したのは、一見するとただの白い粘土だ。

 しかし、エゴールはそれがなんなのか知っていた。


「そいつは、西側のプラスチック爆弾じゃねぇか!? なんで持ってやがんだ!」


「ちょいとばかし、取引をしてきてね。ここならお隣の国境とも近いから、地元の犯罪組織が持ってたりするんだよ」


「そうだったのか。危うく、お前をスパイ容疑で逮捕しなきゃあいけないところだったぜ」


「さ、お喋りはこの辺にして、作業を始めようや」


 ヤーコフはそう言いながら、もうすでに蓋の根本部分に爆薬をぺたぺたと貼りだしている。


「そうだな、さっさと終わらせよう。こんな薄気味悪いとこにいつまでも居たくねぇし」



 二人での作業だったので、時間はそうかからなかった。

 蓋の根元にびっしりと貼り付けられた爆薬には、すでに信管が取り付けてある。

 あとは、安全な距離まで離れてから、起爆装置を起動させるだけだ。


「エゴール、お前はドローンと一緒にあのサイロみてぇな建物に隠れてくれ。俺はギリギリのところで起爆装置を起動させる」


「もっと余裕を持った距離まで離れればいいじゃねぇか」


「いや、正規の手段で手に入れたもんじゃねぇから導線が短けぇんだ。悪いが、もし俺が死んだら、お前だけで調査を完遂してくれよ」


「馬鹿言え、お前なんざ殺しても死なねぇだろうがよ」


 エゴールは、ヤーコフの悪運を信じていた。

 CIAとの戦闘や米国の核サイロへの侵入など、今迄も危険な任務を二人で遂行してきたからだ。


「死ぬなよ」


「あぁ、分かってるよ」


 それだけ交わして、エゴールは建物へ走った。



 後ろから爆発音が響いたのは、ちょうどエゴールが隠れる予定の建物へ辿り着いた時だった。

 不安な気持ちを押し殺しながら、エゴールは爆心地へと駆け寄った。



 爆心地には、蓋が吹き飛んで見事に開いた例の穴と真っ黒こげになって横たわったヤーコフの姿があった。

 その顔は、とても安らかであった。


「おい! ヤーコフ! お前、こんなことで死ぬなよ! こんな……くだらねぇ仕事で」


 エゴールがおいおいと泣いていると、何者かに肩を掴まれた。


「誰だ!? 何者だ!」


 咄嗟に懐のホルスターから銃を抜き、後ろにいるであろう相手に向かって構えた。

 そこには、いたずらっぽく笑うヤーコフがいた。


「ゲッハハハハ、騙されたな! エゴール!」


「っんな!? ヤーコフ!? 何故生きている!?」


「そいつは俺に似せた人形だ」


 エゴールがそれまでヤーコフだと思っていた死体を見てみると、腹から白い綿が飛び出しているうえに、よく見れば顔も作り物だ。


「趣味の悪い悪戯すんじゃねぇよ! ったく、びっくりし過ぎて撃っちまうところだったぜ」


「いや~すまんすまん。いつもはお前にやられてるから、たまにはやり返そうかと思ってな」


 エゴールは、真面目なヤーコフを騙すのが好きだった。

 それでも、ここまでの悪戯をしたことはなかったが。


「よし、気を取り直して、調査していくぞー」


「へいへい、分かりましたよ。いつか痛い目に会わせてやる」


 こうして、穴の調査が開始された。



 調査といっても、そう大変なものではない。

 ドローンを穴の中へ飛ばして、電波の続く限り降下させるだけだ。

 一応、ドローンにはカメラも付いているが画質が悪く、あまり期待はできない。

 今回は声の調査なので、映像はそこまで重要ではないから当たり前なのだが、さすがにずーっと荒い画面を見ているのはつまらない。

 そこで、エゴールの私物である超小型アクションカムをドローンに付けることにした。


「そいつは何に使う予定だったんだ?」


「何って、んなもん決まってんだろ。ラブホに仕掛けて――」


「いや、もういい。聞いた俺が馬鹿だった」


 そんなこんなで、ドローンの準備が完了し、ついに調査が始まった。

 ドローン自体は国からの支給品なので、ある程度の衝撃にも耐えられる。

 なので、最初は穴へ直接落として、なるべく早く下層へ着くようにした。

 落とす時はドローンが下側を向くようにして、できるだけ底が見えるようにはするが、もし激突したとしても壊れることはないだろう。



 しばらく落ちていくと、ドローンに付いているライトの先が土らしき茶色を照らした。


「今だ!」


 ヤーコフからの合図を聞いた操縦担当のエゴールがドローンのプロペラを回した。

 底にぶつかるギリギリではあったが、ドローンはなんとか浮力を得たようで、カメラ越しに茶色い土が画面いっぱいに映る。

 ちなみに、ヤーコフはドローンからノートPCへ送られてくる映像や音声のチェック係だ。


「うまいもんだな。さすがは、ドローン一つで核ミサイルを一本無力化した男だ」


「よせやい……それでどうだ? 例の声を出している大馬鹿野郎は見つかったか?」


「いや、まだだ。 それにしても、こんな辺鄙な所で騒ぎやがるとはまったく困った奴だ。もし見つけたらシベリア送りにしてやろう」


「あぁ、そうしよう。その前に、たっぷり拷問してやってからだがな」



 エゴール達が冗談を言い合っていると、カメラ越しの映像に変化があった。

 カメラ自体の画質が荒いせいかもしれないが、まだ続いているであろう穴の先が歪んで見えるのだ。

 しょうがないので、エゴールにドローンの回収を指示し、詳しいことはエゴールのアクションカムで確認することにした。



 長い時間を掛けてドローンを回収し、アクションカムに入っていたSDカードをノートPCへ差し込む。

 早速、例の場所まで映像を早回しすると、そこには驚愕の光景が広がっていた。

 なんと、ゆらゆらと揺らいでいる空間の先に、赤い大地が広がっていたのだ。


「な、なんじゃこりゃー!? これじゃあ、まるで……」


「いや、待て。まだ、決めつけるには早い。音声を聞いてみよう」


 ヤーコフが一時停止していた映像を再生してみると、聞き覚えのない言語の叫び声が響いてきた。


「チェストォォォ!!」「キエェェェェ!!」「トツゲキィィ!!」「ウテェェェ!!」


 様々な叫び声の中に、一見すると何か意味があるようなものもあった。

 しかし、ロシア人であるエゴール達にはほとんど理解できなかった。


「こいつは、なんだ? 人間の声、なのか?」


「これはあれだ、日本語だ。つっても、何を言っているのか、皆目見当もつかんが」



 結局、その日本語の叫び声は一晩中続いたのであった。

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