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Operation Soul~若者達の幽霊退治~  作者: 杉之浦翔大朗
第五章 Milky Way love story
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73 巫女の恩返し

 さて、我らが主人公杉野はというと、相変わらず八坂との距離を埋められないでいた。

 二人一緒に屋台を回るまでは良かったが、ほとんど会話はなく、あれから手を繋ぐこともなかった。

 このままではいかんとは杉野も思ってはいたが、なかなかきっかけを掴めずにいたのだ。



 そんな、他人が見たらむず痒さを覚えるような時間の中、八坂の方は存外悪い気分でもなかった。

 好き、というよりは気になっている程度ではあるが、大切な男性と一緒に祭りを回れるだけで八坂という女は満足してしまったのだ。

 これから、色々な事をこの人と経験していくのだから、今くらいはゆったりとした心地いい時間に身を委ねても良いではないか。

 八坂はあまり欲がない人間だったので、これくらいの事でも幸せだと感じることができた。

 だがしかし、これくらいでは満足できない男が八坂の隣で悶々としている。

 そうなると、さすがの八坂でも悪い気がしてしまう。

 こちらから何か言った方が良いのか、それとも先程やったように手を繋いであげた方が良いのだろうか。

 八坂がどうしたものかと悩んでいると、さっきまで隣にいた杉野の姿が見えない。

 何処へ行ったのかと辺りを見回してみると、千本引きと書かれた屋台の前で悩んでいる杉野を発見した。


「ちょっと、はぐれないでよ」


「ん? ああ、ごめん。これが気になっちゃってね」


 杉野が気になっているものとは、祭りの屋台ではド定番なくじ引きであった。

 しかし、そこまで目を引くような景品は見当たらない。


「ただのくじ引きじゃない。これがどうかしたの?」


「いや、なんか変なのが入ってるなぁって思って」


 杉野に言われてよく見てみると、玩具や雑貨などのごく普通な景品に紛れて、青っぽい色をした円盤があった。

 薄汚れていて、一見するとただのゴミにも見えるその円盤は、屋台の灯りを反射して鈍く光っていた。


「なにあれ? あんなのが欲しいの?」


「欲しいというか、なんというか、誰かが欲しがってたような気がす――」


「オヤジさん、一回やらせて」


「あいよ、二百円ね。五百円払ってくれれば、三回引いてもいいよ」


 煮え切らない杉野を見兼ねて、八坂はくじ引きに挑戦してみることにした。

 さすがに一回で引けるとは思っていないので五百円を払って、三回分の挑戦権を得た。



 まず、一本目は一番奥の紐を狙う。

 良さげな物は奥の方に配置するのではないかという八坂の推測だ。


「てい! あれ?」


 紐は思っていたよりも軽かった。


「はい、残念。外れ枠のポケットティッシュね」


「外れなんてあるんですか!?」


「外れがないとは、何処にも書いてないからね」


「ぐぬぬ」


 今になって、八坂はこのくじ引きに挑戦したことを後悔してきた。


「そんな無理しなくてもいいよぉ。きっと大した物じゃないって」


「あんたは黙ってて!」


「は、はい!」


 弱音を吐いてきた杉野を黙らせたら、二本目の紐を選びにかかる。

 さっきは奥の方だったから駄目だったのかもしれない。

 なので、二本目は逆に手前の紐を引いてみた。


「そりゃ!」


 勢いよく引いたので、紐に括り付けられていた景品がふわりと浮かんだ。

 それは、虫カゴに入ったカブトムシだった。


「きゃっ!」


 苦手な虫にびっくりしてしまい、八坂は思わず紐を離してしまった。

 そのせいで、虫カゴが地面に落ち、中のカブトムシが逃げてしまったではないか。


「あらら~残念だったねぇ。ま、お客さんが離さなきゃよかっただけなんだから、うちは悪くないよぉ」


 結局、二本目も実質外れだった。

 こうなれば、最終手段に出るしかあるまい。

 八坂は覚悟を決めた。


「杉野、ちょっといい?」


「え? なに?」


「いいから、こっち来て」


 八坂が挑戦する様子をぼけっと見てた杉野を無理やり引っ張って、屋台の前に立たせる。

 何をされるのかと不安な表情の杉野に、八坂は赤面しながら声を絞り出した。


「最後の紐はあんたが選んで。それと、最後は二人で引くよ」


「はあ、二人で……なんで?」


「二人で引いたら、なんかこう、気合が入るじゃない! いいから、つべこべ言わずに早く選んで!」


 八坂はもう、恥ずかしすぎて死んでしまいそうだった。


「それじゃー……これ!」


 杉野が選んだのは、大量にある紐達のど真ん中に位置する、他と比べてもあきらかにぼろい紐だった。

 あまりにもボロすぎて、色もくすんで見えるほどだ。


「ほんとにこれでいいの?」


「うん。なんとなく、これがいいなぁって思って」


「じゃあ、さっさと引くよ」


「ああ、はい」


 八坂がその紐を握り、その上から杉野も握った。

 手と手を重ね合わせている姿は、傍から見ればバカップルがくじを引いているようにも見えるだろう。

 八坂の恥ずかしさゲージは頂点に達し、心臓もばくばくと今迄にないほどのビートを刻んでいる。


「そ、それじゃあ、いくよ」


「う、うん」


 二人は息を合わせ、ほぼ同時に紐を引いた。

 すると、最初のティッシュや虫カゴよりも格段に重い手ごたえが二人の手に伝わってきた。

 八坂が紐の先を恐る恐る見てみると、そこには紛れもなくあの青い円盤が括り付けられていた。


「おぉ? えぇーっとこいつは……こんなん入れたっけか? まあいいや、とにかくおめでとさん」


 屋台のオヤジの様子がなんだかおかしかったが、とりあえずは杉野が欲しがってた景品をゲットできたのでよしとしよう。


「はい、これ。欲しかったんでしょ」


「あぁうん、ありがとう」


 それだけで、会話が終わってしまった。

 八坂は深く後悔した。

 あれだけ苦労して、五百円も払って取ったというのに話のネタにもならなかったのである。

 こんなことなら、取らない方がマシだった。

 っていうか、普通は男の杉野がこういう役をやるものだろう。

 八坂は心の中で一頻り憤ると、杉野を置いて御社殿の方へ向かってしまった。



 杉野が八坂を追って御社殿の方まで来てみると、なにやら騒がしい。 

 先程までも人ごみの喧噪でうるさかったが、それとはまた違った煩さだ。

 人の声だけでなく、ぴーひょろろと響く笛の音やどんどんと腹を震わす大太鼓など、様々な楽器の音も聞こえることから、神楽舞か何かをやっているのだろう。

 だが残念なことに、人だかりができていて誰が何をしているのかよく見えない。

 杉野がどうにか見てやろうと四苦八苦していると、人だかりの端っこから聞き慣れた声が聞こえてきた。


「杉野ー! こっち来い! こっからなら見えるぞー!」


 あの無駄にデカい声は紛れもなく坂田の声だ。


「そんな叫ばなくても聞こえますって! んで、何が見えるんですか?」


「なんか、神楽舞ってやつやってんだって。踊ってる巫女がめっちゃ可愛くてよぉ、っていってぇ!」


 隣にいた清水に腹パンを食らった坂田は放っておいて、杉野はその可愛い巫女とやらを拝んでやることにした。

 坂田達が立っている所は小高い丘のようになっているらしく、神楽舞の様子がよく見える。

 人だかりの真ん中辺りに紅白の衣を纏ったうら若き巫女が一人、振る度にしゃんしゃんと涼やかな音色を奏でる鈴を持って舞っていた。

 巫女にしては髪が短く、中性的な顔立ちだが、それがまた周りで見ている男共の欲情を駆り立てた。

 心に決めた人がいる杉野でさえも、軽くときめいてしまうほどだ。


「ありゃ~関西でもそうそう見ないレベルのべっぴんさんやで。さっすが、東京は美人が多いんやなぁ」


 いつの間にか横にいた仙石が巫女と内藤を見比べながらのたまった。


「関東と関西じゃ美人の基準が違うだけやない? うちからしたら、祇園の舞子はんの方がよっぽど奇麗やわ」


 すかさず、内藤もカウンターを決める。


「あんなもん、白粉(おしろい)で誤魔化してるだけやないか。ワイは化粧っけしかないような女より、ああいう素朴な子の方が好きなんや」


「なんやて!」


「なんや、ほんとの事言っただけやろ」


 内藤のジェラシーに気づかない、鈍感な仙石が放った爆弾発言によって、またもや仁義なき夫婦喧嘩が勃発してしまった。

 杉野としては、早く結婚しろとしか言えない。



 それにしても、あの巫女、何処かで見たことがあるような気がする。

 それこそ、今日会ったばかりなのではないかと錯覚するほどだ。

 ちょうど神楽舞が終わり、巫女が御社殿の裏に引っ込んだので、杉野はもう少し近くで見てみようと人だかりから抜け出した。



 御社殿の裏には、巫女一人しかいなかった。

 なんとも不用心なものだ。

 あんなに可愛らしい巫女を一人にしていたら、輩に襲われてしまうではないか。

 杉野は自分の事を棚に上げて、巫女の事を心配していた。

 その時、杉野が心配していた事が目の前で起ころうとしていた。

 杉野と同じように巫女の顔を見に来た輩二人が、巫女へ声をかけたのだ。


「君かわうぃーねぇ! ねぇねぇ、この後暇? 俺らと遊ばない?」


「や、止めてください! 人を呼びますよ!」


「ひゅー声まで可愛いじゃねぇか! ますます、君のこと好きになっちゃったぜ」


「好きになられても困ります!」


 巫女が抵抗すると、それにイラついたらしい輩の一人が巫女の華奢な肩を強めに掴んだ。

 あまりの愚行に、杉野はこれ以上我慢できなかった。


「おい! てめぇら! その子から手を離せ!」


「あぁ! なんだぁてめぇは!」


「すっこんでろや、俺らはこの巫女さんといいことすんだからよぉ」


「離さないなら実力行使するまでだ!」


 杉野は輩の片割れ、巫女の肩を掴んでる方に殴りかかった。

 最初の右ストレートは頬にジャストミート、次の一発は腹にくれてやった。

 普段から軍隊式のトレーニングで鍛えられている杉野のパンチは、そんじょそこらの一般人には威力が強すぎたようで、輩は腹を押さえて倒れた。


「ひ、ひぇぇぇ!! た、助けてくれー!」


「あっ! こら、待て!」


「どっせぇぇぇい!!!」


 逃げようとしたもう片方を、一部始終を見ていた坂田が背負い投げした。


「坂田さん!」


「おう、杉野! なんか、色々とやっちまったみてぇだな」


「坂田さんも同罪ですよ。一緒に博士へ謝ってくださいね」


「分かってるって。ってか、その子を守る為だったんだろ? そんなら逆に褒められるんじゃねぇか」


「それならいいですけど……あっ」


 杉野は、ほったらかしにしていた巫女の事を思い出した。


「大丈夫? 立てる?」


「ありがとうございま――げっ!」


「げっ?」


「ああいえ、あの、この事は内密にお願いします。変な噂が広まるとお客さんが来なくなっちゃうんで」


「そんなら、こいつらも無罪放免なのかよ?」


「いえ、その人達は後でうちの者が回収して折檻しますので、そこらへんに寝かしといてください」


「折檻!?」


「ああ、間違えました。説教です、説教!」


 ほんとなのかは分からないが、とりあえずこの輩達は今日のうちは家に帰れないのだろう。

 お気の毒様だ。

 いや、自業自得か。

 とにかく反省してくれるのであれば、それでいいと杉野は思った。


「えっと、謝礼金とかは出せないんですけど、何かやって欲しいこととかありますか?」


 そう言った巫女の表情からは、とても申し訳ないという気持ちが伝わってきた。

 あまり無理なことは言わない方がいいだろう。


「いやぁ、別にお礼を言ってくれるだけで――」


「キスしてもらえよ! 今なら八坂ちゃんもいないしよぉ」


「はい!?」


 坂田の冗談だか本気だか分からない提案に、杉野は酷く動揺した。

 確かに、こんなに可愛い子にキスしてもらえるなら、それはきっと最上のご褒美だろう。

 だがしかし、いくら輩の魔の手から助けたとはいえ、さっき会ったばかりの男にキスするなど、あまりに酷ではないか。

 下手したら、さっきまでの輩と変わらない。


「べ、別に無理しなくてもいいんだよ! ほんとにお礼だけで充分だから」


「いえ、そういうわけにはいきません」


「え?」



 チュッ



 杉野が聞き返すほんの一瞬のうちに、巫女は杉野の頬へ口づけをした。

 とても柔らかい感触と仄かに香る口紅の香りが鼻をくすぐり、とても刺激的だった。


「それじゃ、さよなら!」


 巫女は潤んだ瞳で杉野を一睨みすると、かっかっと下駄を鳴らして御社殿の中へ逃げてしまった。


「良かったな! 杉野!」


「助けて良かったです、ほんとに」


 杉野は初めてされたキスの味――とはいっても、頬にだが――を忘れないようにと、その後しばらくは何も口にしなかった。



 祭りを充分に楽しんだ一行は宿へ帰って、風呂へ入ることにした。

 ただ、民宿なので、風呂自体はそんなに広くない。

 一度に入れるのは、せいぜい五人くらいだ。

 さらに、風呂自体は一つしかないので、必然的に男組と女組で分かれて入ることになる。

 軽い話し合いの結果、汗を気にする女組が先に入り、その後に野郎共が入る手筈となった。



「覗くんじゃないわよ!」


「覗かねぇって!」


「私のことだけを見てくれるなら、ダーリンは覗いてもいいよ」


「清水ちゃん!?」


「はいはい、早う入りましょうねぇ」


 わーわー言ってる八坂達を内藤がなだめてから、女子達は浴場へ向かった。



 さて、残された野郎共は何をしているのかというと、案の定、覗きの準備をしていた。

 女将から借りてきた竹梯子を担ぎ、黒い手ぬぐいを頭に巻いた姿は忍者かと思ってしまうような風貌だ。


「……忍者ごっこでありますか?」


 二次元にしか興味がない神谷にはその意図が分からなかったらしく、素朴な疑問をぶつけてきた。


「ちょいとした任務があってな。けっして、覗きではないぞ」


「せやせや」「そうそう」


「怪我だけはしないようにしてくださいよ。まだ明日も仕事がありますからな」


「分かってるって」


 坂田が言うとあまり信用できないが、これ以上何か言っても無駄だろう。

 そう思った神谷は、今日のコンサートで得た戦利品を仕分ける作業に戻った。



 外に出た杉野達は、浴場に繋がる格子窓のすぐ下へ忍び足で近づいた。

 坂田が担いできた竹梯子を壁に掛けると、その両端を杉野と仙石が支える。


「いいか、絶対に離すんじゃねぇぞ!」


「分かってますよ」


「早う済ませてくれや。後がつっかえてるんじゃ」


「へいへい。そんじゃ、ちょっくら見てくるわ」


 坂田が梯子の一段目にゆっくりと足を掛けると、ぎいぃと竹のしなる音がした。

 一瞬、八坂達に聞こえたのではないかと不安になったが、浴場の中からは何も聞こえてこないので、このまま続行することにした。

 そのまま、二段目、三段目と足を掛けていき、ついには格子窓から中が見えるくらいまで昇れた。


「どれどれ……ありゃりゃ」


 誠に残念なことに、格子窓の内側に覗き防止用のすりガラスが嵌められていて、中はまったく見えなかった。

 しかし、微かにではあるが声は聞こえる。

 せっかくなので、坂田は乙女達の会話に耳を澄ましてみることにした。


「清水はん、おっぱい大きいなぁ。うちもそれくらい欲しいわぁ」


「内藤さんは充分大きいじゃないですかー。私なんて、ぺったんこですよ」


「それもそれで可愛らしいやないか。うちなんて、普通の大きさすぎてなんもおもろくないもん」


「胸の大きさに面白さとか必要なんですかね?」


「そりゃそやろ。そういえば、清水はんは彼氏さんとうまくいってるん?」


「えっ! あっはい、まあ、おかげさまで」


「お熱いわぁ、ほんまに。坂田はんが羨ましいわ、こんな可愛い彼女がいて」


「いえいえ、私なんてあの人に釣り合ってないですし、付き合えたのも偶然みたいなものなので」


「なになに、何があったん? お姉さん、二人の馴れ初め聞きたいわぁ」


「いや、ほんとに普通なんで、そんなに面白くないですよ。ただ、小中高と同じだっただけで」


「きゃー幼馴染なん? ええなぁ、そういうの」


「小学校の時に私がひとめぼれしまして、それ以来ずっと彼のことを見ていたんですよ。高校卒業した後も、彼を追いかける為にバイクの免許取ったり、彼の仕事場に潜入したり」


「あ、ああそうなん。なかなかタフやねぇ」


「ちょっと前に地元にある廃墟で彼が幽霊退治してるのを知りまして、その時に八坂ちゃんとも会ったんですよ」


「えっ、そんなことあったけ?」


「ほら、あのプレハブ小屋の隣でドラム缶風呂に入ってた時に……」


「あれ、清水ちゃんだったの!?」


「あの時は大変だったなぁ。桶まで投げられちゃったもん」


「それは、その、ごめん」


「いいよ、もう気にしてないから。それと、戦車にも乗ってたんですよ、彼。ほんとにカッコよくて、惚れなおしちゃいました」


「もしかして、あの時杉野が見た人影って……」


「あぁ、そういえば見つかっちゃったんだっけ。あの時は急いで逃げたから私だってバレなかったけど」


「やっぱり……」


「それでね、こっからが重要なんだけど……」


 それからは、清水による惚気話が続いた。

 坂田は清水の本性を知ってしまい、酷くショックを受けた。


「おい、坂田はん! どうしたんや!? 何があったんや!?」


 仙石の問いかけにも答えず、坂田は無言で梯子を降りると、一言だけ杉野達へ残した。


「すりガラスで見えなかった」


「なんやて!?」「そんなぁ!」



 かくして、杉野達が女将に嘘までついて決行した女風呂覗き大作戦は大失敗に終わったのであった。

 なお、その夜の坂田はあまりのショックでほとんど眠れなかった。

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