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Operation Soul~若者達の幽霊退治~  作者: 杉之浦翔大朗
第五章 Milky Way love story
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72 恋の祭り

 恋がテーマの祭りとはいっても、全ての屋台がハート型の何かを売っているわけではない。

 金魚すくいがそのいい例だ。

 まあ、金魚をハート型にするなどというのはてんで無理な話なのだから、当たり前といえば当たり前だが。

 しかし、そんな普通の金魚すくいを仙石は求めていた。

 先程から、嫌でも目に入ってくるハートにうんざりしていたからだ。

 飯を食ってもハート、射的の的もハート、しまいにはそこらを歩いているバカップルがしているお面ですらハート型なのだ。

 普段の仙石ならそんなに気にならなかっただろうが、浴衣を着た内藤と一緒だと駄目だった。

 何故、今迄露ほども気にしていなかった幼馴染が浴衣を着ただけでこんなにも可愛く見えてしまうのだろうか。

 いや、本当は浴衣なんてきっかけでしかなかったのだ。

 自分は、心の内では内藤の事が好きで好きでしょうがなかったのだろう。

 本心は自分では分からないとは言うが、ここまで分からないものなのか。



 仙石が苦悩している間に、自由気ままな内藤はいつの間にやら金魚すくいを始めていた。

 よく見ると、ポイの形がハート型になっている。

 こんなとこにもハートがあるとは、まったく恐ろしいものだ。


「ありゃ、うまく掬えへんなぁ」


 ハート型のポイは意外と扱いずらいようで、内藤はかなり苦戦していた。

 結局、一匹も掬えぬまま、ポイは無惨にも破れてしまった。


「はっはっはっはー! うちの金魚は活きのいいのが多いからねぇ、そう簡単には掬えねぇのよぉ」


 屋台のオヤジはそう言っているが、そのわりには生け簀の中の金魚は元気がなさそうだ。

 大方、ハート型のポイが掬いにくいのを誤魔化す為のでまかせだろう。


「うぅ、こんな簡単に破れてまうなんて……」


 内藤は誰が見ても分かるほどに落ち込んでいた。

 そんな内藤を見て、仙石は……。


「おっちゃん、一回やらせてくれ」


「あいよ、百円ね」


 死地に突っ込む道を選んだ。

 これが、好きだと気づいた女へしてやれる小さな優しさである。


「あら、あらら」


 だが、現実はそう甘くない。

 ハート型のポイは取りにくいだけでなく、貼られている紙が普通のポイのよりも破れやすかったのだ。

 少し水につけただけでもボロボロと崩れ始め、ポイを受け取ってからまだ五秒も経っていないというのに、仙石のポイは完全に破けてしまった。

 かくして、仙石の男気溢るる挑戦は見事に失敗したのであった。


「残念だったな。もう一回やるか?」


 オヤジが泣きの一回を催促してくる。

 そのオヤジの顔は、ざまぁとでも言いたげな邪悪な顔であった。


「やったろうやないか! ほれ、百円!」


「まいど。まあせいぜい頑張れや」


 オヤジが何か言ったような気がするが、集中モードに入った仙石にはまったく聞こえてなかった。

 狙うは一番大きくて、一番奇麗な金色の金魚だ。

 尻尾がひらひらと揺れていて、とても可愛らしいそれは、まさに内藤にピッタリの代物だった。

 これはなんとしても掬わねばならぬ。

 そう、心の中で意気込んでから、仙石はポイを水につけた。

 素早く、かつ水平にポイを動かし、お目当ての金魚のすぐ下へ潜らせる。

 どうやら、奴さんはまだ気づいていないようだ。

 掬った金魚を入れる器を近くに寄せ、タイミングを見計らってから、一気にポイを持ち上げる。

 今度は破れずに金魚を掬い上げることができた

 うまい具合に金魚を掬ったら、あとは器に入れるだけである。

 だが、そう簡単にいかないのが金魚すくいの面白いところだ。

 水中から出した金魚はびたんびたんと体をくねらせながらポイの上で暴れまわり、ついにはポイの一部を破ってしまう。

 それでも、仙石は諦めなかった。

 ハートの尖っている所をうまく使って、金魚をどうにか落とさずに器に入れたのだ。


「よっしゃぁ! どうだ、オヤジ! いっちゃん奇麗なのを掬ってやったで」


「こいつはたまげた! 俺っちの土佐錦を掬っちまうとはなぁ。よし、おまけでもう何匹か持っていけや」


「いや、この一匹だけでええわ。他はちいこいのばっかりやし」


 そんなカッコいいセリフを吐いてから、仙石は後ろで見ていた内藤へ掬ったばかりの金魚が入った袋を差し出した。


「ん!」


「な、なんやねん。あんさんが掬ったんやから、あんさんが持ってればええやろ」


「あげるわ、欲しかったんやろ?」


「……そんなに言うなら、貰ったるわ。にしても、奇麗やなぁ」


 受け取った金魚を見て、内藤は目を輝かせた。


「せやろ! いっちばん奇麗なのを選んだんやで」


「これなら、八坂ちゃんにピッタリやな」


「なんて?」


「八坂ちゃんへのお土産に欲しかったんよ。おおきになぁ」


「なんでや! ワイはお前に……もうええわ!」


「なんやのぉ、そんな怒って」


 それからしばらくは、二人の間に険悪なムードが流れたのであった。



 険悪な仙石達とは対照的に、坂田達バカップルはこの祭りを大いに楽しんでいた。

 この、天の川恋祭りは縁結びの神様に感謝するとかいう高尚な目的があるらしいので、本来は坂田達のようなカップルしか来てはいけないのだ。

 ただ、昨今の不景気の影響でぼっちだろうがなんだろうが関係なしに祭りへ来てもらって金を落としてもらわないと、やっていけないらしい。

 とはいえ、一人で来る者よりも二人で来てくれる者の方が優遇される点は変わっていない。

 そのため、坂田達のようなバカップルはとてもちやほやされるし、買ってくれコールも激しい。

 坂田は断れない性格だったので、屋台を回れば回るほど両手にりんご飴だの焼きそばだのといった食べ物がどんどん溜まっていった。


「いやー、今日は大量だな、おい」


「さすがにちょっと買いすぎじゃないかな?」


 清水は、祭りの雰囲気に押されてアホみたいに買いまくる坂田が心配になってきた。

 正確には、坂田の財布がだ。

 いくら高給取りとはいえ、ここの屋台ではクレジットカードはもちろん、電子マネーも使えない。

 コンビニも近くにないので、現金を引き出すには午後五時で閉まってしまう郵便局か地銀に行かねばならない。

 現在時刻は午後八時、とっくの昔に閉まっている。

 一応、清水も財布を持ってきているので、もしもの時は立て替えることもできるが、そうなれば坂田のプライドを傷つけることになる。

 清水はそれだけは避けたかった。

 まあ、こんな片田舎でどうしてもお金が必要になる事態などそうそう起こらないだろうが。


「にしても、ここは色々あんなぁ……あっ、あれは!」


 さっきまでキョロキョロとあちこちの屋台を見回していた坂田が、とある屋台を指差した。


「なーに? なんか良い物あった?」


 清水が聞いてみるが、なんの反応も返ってこない。

 見ると、さっき指差した屋台に駆け寄って、屋台に飾られている何かをキラキラした目で見つめているではないか。


「どうしたの? いきなり走り出して」


 はぐれまいと慌てて駆け寄った清水が聞くと、坂田は申し訳なさそうに答えた。


「いや、わりぃわりぃ。どうしても欲しいもんがあったからよぉ」


 坂田が欲しい物とは、射的の景品として飾られている小さな箱だった。


「あんな小さいのがいいの?」


「おうよ! 他のは子供っぽくて取る気にならんしな」


 坂田の言う通り、その箱以外の景品はどれも子供向けの玩具ばかりだった。

 とはいえ、何故そこまであの小さな箱に執着するのか、清水には分からなかった。

 もしかしたら、男性ならではの理由があるのかもしれない。

 そう考えた清水は、ちょっと探りを入れてみることにした。


「あの箱ってなんなの、ダーリン。なんか好きな物でも入っているの?」


「あぁ、いや、俺が好きなわけじゃねぇんだ」


「じゃあ、誰が好きなの?」


 清水の声には、少しずつ怒気がこもっていった。


「いや、それは、その……」


「むー、もうダーリンなんて知らない!」


「ちょっ、ハニー!」


 坂田の煮え切らない態度に怒った清水は御社殿の方へ逃げてしまった。



 逃げ出した清水を追うのかと思いきや、坂田は射的屋のオヤジに五百円玉を渡して、台に置かれているライフルを手に取った。

 どうしても、あれを取らねばならぬ。

 坂田の中に、謎の使命感が芽生えていた。


「弾は五つ、おまけはしない。あと、ただ当たっただけじゃ駄目だよ。景品が落ちないとね」


 ぶっきらぼうにそう言ったオヤジが、にやにやしながら坂田にコルクの弾を渡した。


「いや、一発で充分だ」


 坂田がカッコ良さげに言いながら、ライフルの先っぽへコルク弾を詰めていく。

 コルク弾はどれも小さく、所々欠けているので、なるべく勢いよく飛ぶように細い方からではなく太い方から詰める。

 おそらく、わざとこんなコルク弾ばかり出しているのだろうが、三河のお祭り男の異名を持つ坂田には効かないのだ。

 撃つ時は、なるべく姿勢を低くして、欲しい景品の右上を狙う。

 下から上へ当てることによって、より倒れやすくなるという寸法だ。

 それにしても、こんな風にライフルを構えていると、あの夏のサバイバル生活を思い出す。

 あの時は実弾で巨大昆虫を撃っていたっけか。

 それを思えば、こんな動きもしない獲物など、楽に当てられるだろう。

 坂田は大いに慢心した。

 そのせいで気づけなかったのだ。

 この屋台のインチキに。



 呼吸を整えたら、後は撃つだけだ。

 満を持して引き金を引くと、パンッと弾けるような音と共にコルク弾が発射された。

 弾は確かに箱の右上を叩いたが、微動だにしなかった。


「これ、釘かなんかで固定されてんじゃねぇのか?」


「んなわけねぇだろ! 文句があんなら帰れ、この田舎者が!」


「なんだと!」


 坂田は思わず激高しそうになったが、今は自分を止めてくれる人間がいないことを思い出し、自分の頬を叩いて怒りを鎮めた。

 ここで問題を起こすわけにはいかない。

 玉籠組の年長者として、杉野達未成年組の手本にならねばならんのだ。



 気を取り直して、次の弾をライフルに詰める。

 さっきのよりサイズは大きめだが、弾のど真ん中に亀裂が走っている。

 まともなテキ屋なら、こんな不良品は弾いていることだろう。

 もちろん、この屋台はそんなまともなものではない。

 ついでにいうと、この屋台のオヤジは相当な曲者らしい。

 その証拠に、棚に並べられた景品はほとんど落ちていない。

 一つ二つ、景品が落ちた痕が残っているくらいだ。

 こうなれば、あれをやるしかない。


「オヤジ、ここのライフル全部使ってもいいか?」


「あぁ構わねぇよ。ま、そう簡単には取れねぇだろうがな」


 ガハハと笑われても気にせずに、坂田は台の上に置かれたもう二丁のライフルに残りの弾を詰めた。

 全部詰め終わったら、台の上に三つのライフルを並べる。

 これで準備は完了だ。


「必殺!!」


「ひっさつだぁ?」


「三段撃ち!!!」


 一つ目のライフルを撃ち、そのまま次のライフルに持ち替えて撃つ。

 最後に、三本目を撃ったら、坂田の十八番である「三段撃ち」が終わる。

 矢継ぎ早に撃たれたコルク弾は、三つともお目当ての箱に当たった。

 だがしかし、棚の向こう側に落ちることはなかった。


「ハッハッハ、何をやるかと思えば、戦国武将の真似事か。そんなもんで取れるほど、俺の屋台は甘くねぇぞ」


「いや、そうでもねぇぜ」


 言いながら、坂田はさっきまで狙っていた景品を指差した。

 少し浮かんだ箱の下から釘のような物が生えている。


「うわー」「インチキだ―」「ペテン師―」


 それまで周りで見物していたバカップル達から罵声が飛んでくる。


「い、いや、これは……」


「インチキだったんなら、貰ってもいいよな?」


「そ、それは、その……あぁ、くそ、持ってけドロボー」



 こうして、坂田は見事にお目当てのブツを獲得したのであった。



 ブツを獲得してから、坂田は清水の元へ急いだ。

 ちょいとした大捕り物を披露していたので、清水が逃げてからかなりの時間が経っている。

 もしかしたら、もう宿に帰ってしまったかと心配になった坂田だったが、幸いなことに清水は御社殿の階段に座って、膨れっ面で坂田を待っていた。


「もう、遅い! 彼女が逃げたんだから、すぐに追いかけてきてよ!」


 どうやら、かなりご立腹らしく、いつもの好き好きオーラ全開の清水は何処にもなかった。


「悪かったって。ほら、これ、取ってきたぜ」


「なんなの、それ?」


「開けてみ」


 坂田から渡された小さな箱を、清水は恐る恐る開けてみた。

 すると、中には奇麗なピンク色をしたハート型の指輪が入っていた。


「これ、指輪? な、なんで?」


「いや、この前のデートで欲しがってたろ? あの時は持ち合わせがなかったから買えなかったけどよ。今回は、五百円でどうにか取ってきたぜ!」


「うぅ、ありがどう、ダーリン」


「おいおい、泣いてんのか?」


「だってぇ、全然来なかったから不安だったんだもん」


「おーよしよし、心配させちまって悪かったな」



 かくして、バカップルの仲はさらに深まったのであった。

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