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Operation Soul~若者達の幽霊退治~  作者: 杉之浦翔大朗
第五章 Milky Way love story
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70 金ぴか神社の河童小僧

 親睦会代わりの探検を終えた後、神谷が来るまでは適当に過ごすようにと博士から指示があった。

 こんな片田舎で暇を潰すとなると、やはりバイクで走ってくるのが一番だろう。

 そう考えた杉野が自分の新しい相棒に乗りに行こうと玄関から出ると、イラついた様子の博士が待ち構えていた。


「いつ神谷が来るかも分からんのに、ツーリングとは何事だ! 村から出ずとも、探せば暇つぶしの一つや二つくらいあるだろう」


「例えば、どんな?」


「うぐっ、そう言われるとすぐには思いつかぬが、とにかく村から出るな! これも仕事じゃぞ」


「へーい、分かりましたー」


 杉野が反抗的な返事を返すと、博士はぶつぶつ言いながら宿の中へと戻っていった。



 さて、これからどうするか。

 バイクに乗れないとなると、ここいらを適当に散歩するくらいしかやることがなさそうだが、如何せんこの暑さだ。

 途中で倒れようものなら、こんなほとんど人がいない片田舎で誰かが助けてくれる可能性は極めて低いだろう。

 だからといって、宿の中でできる暇つぶしなどたかが知れている。

 そうなると、やはり外で暇を潰すのが最適解だろう。

 それに、先程の鍾乳洞まで行く道中で面白いものを発見したので、杉野はなにがなんでも外へ行きたかったのだ。

 まあ、熱中症になる前に帰ってこればいいだろう。

 杉野は嫌なフラグを立ててから、散歩に出発した。



 さっき歩いたばかりの田園地帯に戻ってくると、先程の旅の中で杉野が発見したあるものが見えてきた。

 それは、田園地帯の隅にぽつんと佇んでいる神社だ。

 普通の神社だったら、そこまで面白くはないのかも知れないがこれは違った。

 なんと、御社殿の屋根や壁、鳥居や賽銭箱に至るまで、その全てに金箔が貼られていたのだ。

 金箔自体は相当昔に貼られたらしく、所々剥げかかったり、色がくすんでいたりしていたが、それを気にさせないほどの派手な光を放っていた。

 さすがにあの有名な金閣寺ほどではないが、田んぼ以外何もない田園風景の真っ只中にあるので、めちゃくちゃに目立っていた。

 きっと、これを作った人は成金か昔の大名とかなのだろう。

 そうでもなきゃ、こんな大量の金箔を確保できるはずがない。

 もしや、偽物の金箔なのではないかという疑問を抱いた杉野が鳥居に近づくと、それはまさしくモノホンの金で出来た金箔であることが確かに分かった。

 よくある金メッキのようなギラギラとした下品な金色ではなく、お上品な金属っぽい純金100%の金色だったのだ。

 ここまで奇麗な金色だと、もはや一種の芸術品といってもいいだろう。



 それにしても、何故こんな派手なものがあるにも関わらず、この七夕村はこんなに人がいないのだろうか。

 住人はおろか、観光客ですら今のいままで見ていないのだ。

 もしかして、この村の住人は民宿の女将さんとその旦那さんだけなのか。

 そうなると、限界集落どころじゃないだろう。

 そう思った矢先、鳥居の向こう側に何者かの影が見えた気がした。

 もしや、この神社の神主だろうか。

 確かめるには、鳥居をくぐって神社の中に入るしかない。

 ただ、この時の杉野はどうしても入りたくなかった。

 少し前に、ここと同じような片田舎で出会った八尺様のせいだ。

 あの化け物のせいで、杉野は神社やお寺がとても怖く思えてしまうようなトラウマを植え付けられていたのだ。

 それに、こんな金ぴかの怪しい神社にいるような人間がまともな者ではないことはもはや明白であるし、触らぬ神に祟りなしとも言うし、これ以上は深入りしない方が良いだろう。

 神社から離れる為に杉野が来た道を引き返そうとすると、金ぴかの御社殿の方からぴーっという笛の音が聞こえてきた。

 それは、杉野を引き留める為の罠かも知れない。

 だが、どうにもその笛を吹いた者の事が気になる。

 とりあえず、笛吹野郎の顔だけでも一目見てから立ち去ろうと、杉野は考えた。



 鳥居をくぐると、大きな木の陰に何者かが立っているのに気づいた。


「だ、誰?」


 試しに聞いてみるも、なんの反応も返ってこない。

 ならばと、木に近づいてみた杉野はその正体に驚愕してしまった。

 それは、河童の抜け殻だったのだ。

 いや、正確には河童の着ぐるみだろうか。

 おそらく、鍾乳洞にいた河童の正体は、これを誰かが着ていただけなのだろう。

 それにしても、リアルだ。

 背中の甲羅に沿って、目立たないように体色と同じ緑色のファスナーが開いていたので着ぐるみだと分かったが、それがなければ本物だと思ってしまうほどに精工な作りをしている。

 甲羅は亀の甲羅をそのまま使っているのかと思うほどに自然な見た目だし、体色も派手過ぎない如何にも自然界にいそうな色だ。

 軽く触ってみると、その感触にまた驚いた。

 着ぐるみなのだからふわふわしているのかと思いきや、水棲生物らしいぶよぶよとした感触でとてもリアルだ。

 いや、本物を触ったことがないので、これがリアルなのかは分からないが。



 それにしても、これを着ていた人は何故あんな真っ暗な鍾乳洞にいたのだろう。

 もしかしたら、よそ者を脅かすために待ち伏せしていたのかもしれない。

 そうだとすると、我々は歓迎されていないのだろうか。

 杉野がしょんぼりしていると、御社殿の方から声が聞こえてきた。


「やあやあ我こそは、この彦織神社の次期宮司、小田(おだ)春樹(はるき)である! 貴様に決闘を申し込ーむ!」


「決闘?」


 その人物は、御社殿の扉を勢いよく開いたと思うと、実質初対面の杉野に決闘なるものを申し込んできた。

 なんとも、無礼な奴だ。

 しかも、首から笛が下げられているのを見るに、先程の音もこいつが鳴らしたのだろう。

 杉野はまんまとこいつの罠にハマったというわけだ。

 なんと腹立たしいことか。

 さらに、顔立ちが無駄に整っているのも杉野の神経を逆立てる。

 こいつとは分かりあえないだろうと、杉野は第一印象で決めつけていた。



 杉野が怪訝な表情のまま固まっている間にも、その決闘者は杉野を睨むのを止めない。


「貴様、確か杉野とか言ったな。俺の美紀(ねえ)とはどういう関係だ!」


 なるほど、そういうことか。

 この小田とかいう男は、八坂の幼馴染か何かなのだろう。

 ちなみに、美紀ちゃんというのは、八坂の下の名前だ。

 坂田や神谷は苗字で覚えているようなので忘れているのだろうが、杉野はちゃんと覚えていた。

 好きな子の名前ならば、ちゃんと覚えておくのも一種の愛情だ。



 そうなると、あの河童の着ぐるみを着て鍾乳洞で杉野田達を脅かしてきたのも、こいつの可能性が高い。

 大方、昔から好きだった幼馴染が帰ってきたはいいが、他の男と仲良くしているのを見て、ちょっとしたいたずらを仕掛けて邪魔してやるとかそんな理由だろう。

 なんとも、アホらしい。

 こんな子供っぽい奴に自分は本気で怖がっていたのかと、杉野は少々自己嫌悪に陥りかけた。


「おい、貴様! 聞いているのか! 決闘だぞ、決闘!」


 子供っぽいとは言っても、顔つきや身長は中学生くらいだったので、話せば分かり合えるかもしれない。

 そう考えた杉野は対話を試みることにした。


「えっとね、決闘なんてやったら逮捕されちゃうんだよ。まだ若いみたいだし、そんな生き急がなくても――」


「へっへーん、怖気づいたのか? どうした、かかってこいよ」


 そのくそがきはヒョロヒョロの腕でシャドーボクシングなんかを始めたかと思うと、舌を出して煽ってきた。

 さすがの杉野も、これ以上は付き合ってられなかった。

 こんな低俗な小僧如きに暴力で訴えかけるのは杉野もしたくはなかったが、軽く灸を据えてやってさっさとおさらばしてしまいたい。

 それほどに、うんざりしてきたのだ。

 しかし、こんな田舎で暴力事件なんて起きた日には、噂が瞬く間に広まって今日中にも博士の耳に届くだろう。

 そうなれば、良くて減給、最悪懲戒処分だ。

 ぶっちゃけ、この会社にはなんの未練もないが、八坂にだけは迷惑をかけたくない。

 だから、杉野は耐えられた。

 それにまだ、対話の道が断たれたわけではない。


「まあまあ、喧嘩とかそういう野蛮な事じゃなくてさ、トランプとかじゃんけんみたいな平和的な勝負にしようよ」


「んな女々しいことすっかよ。男と男の戦いは殴り合いだって決まってんだよ」


 やはり、この野蛮人とは分かりあえないようだ。

 こうなったら、軽くのしてから念のために口止めしておくか。

 杉野が戦闘態勢に入ったのを察知したのか、小田が楽しそうに笑う。


「久しぶりの喧嘩だぜ。くぅーテンション上がってきたー」


 どうやら、(やっこ)さんは喧嘩初心者らしい。

 その証拠に、粋がったセリフを震え声で言っているのだ。

 それに、まだ完全には声変わりしていない高めの声で吠えられてもまったく怖くない。


「大丈夫? 声、震えてるけど?」


「うるさいやい! どうやら、俺を怒らせちまったみてぇだな。あとで後悔しても知ら――」


「こりゃぁぁぁ!!! なにやってんだぁぁぁ!!!」


 怒鳴り声と共に、御社殿からダダダっと誰かが走る音が聞こえたかと思うと、中から頑固そうな親父が飛び出してきた。


「親父! 邪魔すんじゃねぇよ! 今、いいとこなんだからよ」


「お父さんと呼びなさい! そんなことより、そちらはお客様だろう!? なんて失礼な事を言ってんだ、貴様は!」


 気のすむまで怒鳴り散らしてから、その親父はガキーンと音が鳴る程の勢いで小田を殴りつけた。


「いってぇなぁ! こいつは俺にとっての宿敵も同然なんだ! 客とかそんなもん関係ねぇんだよ!」


「お前はアホか! 誰のおかげでこの神社がやっていけてると思ってんだ! いやーすいません。うちの者が無礼を働いたみたいで」


「あーいえ、別に、大丈夫なんで。あんまり怒らないでやってください」


「いやー、お客さんはお優しいのですなぁ。そうだ! お詫びにお守りか何か差し上げましょう。ささ、こちらへどうぞ」


 さっきまで雷が鳴っているのかと思うほどに怒鳴っていた親父は、杉野に対応し始めた瞬間、まったく違う人になったかのような変貌を遂げた。

 あぁ、これが商売人という人種なのか、と杉野は思わず感心していた。

 しかし、神社の神主にしては俗っぽいのは大丈夫なのだろうか。

 お寺ほどではないにせよ、こういう職種は欲があったら駄目なんじゃなかろうか。

 そんな疑問も一時は湧いていたが、よく考えるとこの神社自体が煩悩の塊のようなものだし、その主がこんな人間でもなんらおかしくはないだろう。

 それに、こんな片田舎の神社を罰するほど、神社本庁も暇ではないだろうし。



 神主らしき親父の後に付いていくと、金ぴかの社務所に辿り着いた。

 そこに並べられているお守りも、金色でピカピカな目に悪い物ばかりだ。

 さらに、そのほとんどが商売繁盛などの金運に関するお守りだった。


「この神社って、商売の神様を祀ってるんですか?」


「いえ、この彦織神社は恋愛成就の神様を祀っていましてね。あまり有名ではないのですが、効果は絶大なんですよ!」


 確かに、商売繁盛のお守りに追いやられるように、恋愛成就のお守りも置いてある。

 ただ、それすらも金色なので、見た目だけなら金運がアップしそうだが。


「ふん、次期宮司の恋も実らせてくれないのに、御利益なんざあるもんか」


 息子がぼそっと呟いた一言を、神主は聞き逃さなかった。


「何を言うか! それはお前の努力不足に他ならぬわ。ったく、なんでもかんでも神のせいにしおって」


「そっちだって、生活の全部が神頼みじゃねぇか」


「なんだてめぇ! それが親に対する態度か!」


「あぁそうだよ! 言っとくがなぁ、親父よりも俺の方がうまく経営できるんだ。大体、俺が経理やらなんやらをやってんだからな」


 親子喧嘩はより一層激しさを増し、聞くに堪えない罵り合いに発展した。

 杉野はこのチャンスを逃すまいと、なるべく気づかれないようにすり足で神社から逃げ出した。

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