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Operation Soul~若者達の幽霊退治~  作者: 杉之浦翔大朗
第五章 Milky Way love story
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69 伝説の剣

 河童がいなくなってからいくらか経ち、杉野達は再び洞窟の中へ入る決意を固めた。

 まあ、河童がそう何匹もいるわけないし、中には隠れられるような場所もほとんどなかったから、もう大丈夫だろうという判断だ。

 坂田が燭台を割れ目の中へ入れてみるが、中には何もいない。

 相変わらず、白い鍾乳石が蝋燭の炎で煌めいているだけだ。



 安全が確認できたら、また一人ずつ中へ入っていく。

 今度は、内藤も引っかからずに中へ入れた。

 坂田が外に出た時に、燭台が当たって鍾乳石が削れたからだとか。

 ただ、色々とデカい清水は相変わらず引っかかっていたが。



 多少の環境破壊には目をつぶって、いよいよ洞窟の中を調査していく。

 とはいえ、天井や床へ好き勝手に生えている鍾乳石以外は何もない。

 なんとも、面白味のない所だ。

 杉野はいつの間にか、洞窟に興味をなくしてしまっていた。

 蝙蝠や虫などの生き物がいるわけでもなく、大きさは違えど形は同じようなものばかりの鍾乳石しかないのだから、そうなってしまうのもしょうがない。

 そんな杉野の首筋に一滴の水滴が落ちてきたのは、神のいたずらかはたまた偶然か。


「わひゃぁ!」


 どちらかはどうでもいいが、とにかく杉野を驚かせるには充分だった。

 変な声を出してしまった羞恥心で、暗闇でも分かりそうなほどに顔を赤くした杉野が水滴が落ちてきた方を見上げてみると、一本の棒が天井に刺さっていた。

 それは、歴史の授業で出てくるような青銅で出来たとても古そうな青い剣だった。

 天井に突き刺さったそれは、蝋燭の淡い光を浴びて鈍い光を放つ。

 まるで、誰かに見つけてもらう為に光っているようにも見える。

 見つかったとして、あんな天井に刺さっているのをどうやって取ろうというのだろうか。

 杉野は悩み、そして答えを出した。

 そこらに転がっていた、周りの鍾乳石と同じくらいまっ白い丸石をその剣に向かって投げてみたのだ。

 とても原始的な方法ではあるが、現状なんの道具も持ってきてないのだから、しょうがない。

 杉野が石を投げていると、後ろから坂田が呆れたように声をかけてきた。


「おいおい、何やってんだよ。あぶねぇぞ、こんな所で石なんか投げちゃ」


「あーいや、あそこに刺さってる剣を取りたくて……」


 坂田が石が投げられた方角を見ると、露骨にテンションが上がったような声が聞こえる。


「うほっほっほ! なんじゃありゃ! 伝説の剣みたいな形してんじゃねぇかよ!」


 坂田の無駄に大きな声で他の面々も剣に注目した。


草薙剣(くさなぎのつるぎ)ちゃうか、あれ」


 仙石の口から、何処かで聞いたことがあるような名前が飛び出した。


「くさなぎって、裸になって悪いかって人?」


 ボケか本気か分からない坂田の発言に、仙石が軽くズッコケて見せる。


「アホか!  そっちのくさなぎちゃうわ! 草薙剣ってのは、日本神話に出てくる剣の名前や。確か、スサノオとかいう神様が、ぎょうさん頭が生えた蛇を殺して手に入れた剣だったけか」


「そんなすげーもんがなんでこんな辺鄙な所にあるんだよ!」


「んなもん知るか。モノホンの剣はどっかの海に沈んでるはずやけど……」


 何処かの深海に沈んでいた剣がこの洞窟に何故あるのか。

 その謎は、さすがの仙石でも分からないらしい。


「とにかく取ってみようぜ!」


「そっすね!」


 ぶっちゃけ、難しい話はよく分からない杉野と坂田のアホ共は、とにかく剣を落としてしまえば良いのではないか、という結論に至った。


「なるべく傷付けんようにな。もし本物だったら、とんでもない額で売れるやろうし」


 仙石のその言葉を聞いたアホ共は、今まさに投げようとしていた石を持って固まってしまった。


「とんでもない額って、具体的にどれくらい?」


 恐る恐る坂田が聞いてみると、仙石はしばし考えてから答えた。


「せやなぁ、なんでも鑑定しちゃうあの番組に出せば、ざっと十億はいくんやないか?」


「「十億!!」」


「いや、待てよ。国宝どころか聖遺物みたいなもんやし、国が一兆くらいで買ってくれるかも知れんなぁ」


「「いっちょう!!!」」


 呆気に取られたアホ共は、もはや石を投げることはせず、それどころか頭上にある剣に向かって祈りを捧げていた。


「神様、仏様、草薙剣様! どうか、今迄の愚行をお許しください!」


「傷ついてませんように、傷ついてませんように」


 坂田は神仏に許しを請い、杉野は自分の運を信じた。


「んで、どうすんの? この高さじゃ梯子でも持ってこないと取れそうにないけど」


 呆れ顔の八坂が問うと、杉野がすくっと無言で立ち上がった。

 そして、未だに屈んで拝んでいる坂田の肩へ足をかける。

 所謂、肩車というやつだ。


「やるんだな、杉野!」


「もちろんです、坂田さん!」


「よっしゃ、いくぞぉ!!」「おっけぇい!!」


 謎の連帯感を見せてから、勢いよく坂田が立ち上がった。


「ふん、ふん、もう少しで届きそうなんだけど……」


 肩車で一気に剣までの距離は縮まったが、それでもほんの数cmが足りない。

 剣の持ち手の先っぽに杉野の指先が届くかどうかというその距離は、短いようでとても長かった。

 見兼ねた坂田が背伸びなんかをしてみるが、それでもまだ駄目だ。


「あららぁ、随分と苦労してるみたいやなぁ。八坂ちゃん、助けへんの?」


「助けるって、何をすればいいんですか? こんな状況で」


「そんなもん、あの杉野っちゅー子の肩に乗ればいいんよ。あんさんはうちと違って軽そうやし、上に乗っても大丈夫やない?」


 そう言った内藤の視線は、八坂のぺたんこな胸に向けられているような気がした。


「さすがにそれは、杉野に悪いし……」


「俺は!?」


 坂田が珍しくツッコミを入れるが、虚しく空を切った。


「僕なら大丈夫だから! 早く乗って!」


「だから、俺の事もちっとは心配――ちょっ痛てぇって!」


 八坂が、坂田の肩を掴むとそのまま上へよじ登っていく。

 もちろん、靴を履いたままなので、八坂が登るたびに坂田は痛みに耐えるはめになった。

 こんなところでも、八坂の野生児っぷりは発揮されてしまうのだ。

 もはや、乙女だったかつての八坂の姿は何処にもなかった。



「あんさんの彼氏、足蹴りにされてるけど、いいの?」


 仙石が聞いてみると、清水は何か微笑ましいものを見るような目で坂田達を見ながら答えた。


「いいんです。あの子が、私の友達が好きな人の為に頑張っているんですから、それに水を差す真似なんてできませんよ」


「はあ、そちらさんも色々あるんやな」


 清水は知っていた。

 八坂の気持ちを。

 それは確か、滋賀から帰ってきた時からだ。

 最初は些細な事だった。

 八坂の、杉野への視線が熱を帯びているような気がした程度の勘違いとも取れるほどのものだ。

 しかし、そんな些細な事が積み重なれば、疑惑は確信に変わっていく。

 あきらかに、八坂は恋をしている。

 相手は、あの杉野。

 坂田の弟分として、いつもべったりくっついている、いわば清水にとってのお邪魔虫だ。

 そんなお邪魔虫が八坂とくっついてくれるのならば、清水からしたら願ったり叶ったりだといえる。

 それになによりも、清水と八坂は仲が良く、もはや親友といってもいいくらいなのだから、この恋を応援するのはなんら不思議なことではないのだ。

 とはいえ、八坂自身は誰にも気づかれてないと思っているらしいので、清水は特に何か行動を移したりはしていない。

 ただ今は、こうして二人の様子を遠くから見ているのが、何よりもの応援だと清水は考えていたのだ。



 清水が見守る中、八坂はついに杉野の肩へ辿り着いた。

 木登りの途中で太い枝へ座るような要領で杉野の肩へ足を乗せると、八坂は天井に刺さった剣へと手を伸ばした。

 杉野の上へ乗ったことにより、簡単に取れるかと思いきや、下にいる杉野がふらふらと動くので、八坂はなかなか剣を掴めないでいた。

 その杉野はというと、両耳で感じる太ももの柔らかな感触と鼻をくすぐる甘酸っぱい匂いに酔ってしまっていた。

 これでは、思わずふらついてしまうのも無理はない。

 杉野がふらふらと右へ左へと動くので、その下の坂田もあっちへこっちへと動いて、バランスを取らねばならなかった。


「ちょいと、杉野さんや。できれば、ふらつかないでいてくれるとありがたいんだが」


「ふえ? なんですか?」


「ちょっと! ごそごそ動かないでよ! 取れないでしょーが!」


 三人の男女で構築されたタワーはどんどん不安定になっていき、ついには崩れた。

 一番下にいた坂田が倒れ、その上にいた杉野と八坂も空中に放り投げられたのだ。

 幸い、すぐそこで見ていた清水が八坂を、仙石が杉野を受け止めてくれたおかげで怪我人は出なかった。

 最初に倒れた坂田だけは尻もちをついたようだが、それも軽傷っぽいので問題はないだろう。


「大丈夫!? 八坂ちゃん!」


「うん、大丈夫。受け止めてくれてありがとね、清水ちゃん」


「ほんとにびっくりしたよ、急に落ちてくるんだもん。あれ、その手に持ってるのって……」


「えっ……」


 清水が妙な事を言うので、八坂が自分の左手を見てみると、そこにはあの天井に刺さっていた草薙剣が握られていた。


「すごいよ、八坂ちゃん! あの一瞬で取っちゃうなんて」


「えへへ、そうかな」


 八坂達が女の子らしい和やかな会話を繰り広げている中、男連中はテンションが爆上がっていた。


「よっしゃぁぁ!! 八坂ちゃんがなんたらの剣を取ったどぉぉ!!」


「これで、僕ら大金持ちっすね!」


「大金持ちどころか、下手したら国一つ買えるで! 皆で一国一城の主になろうや」


「えらい喜んどるようやけど、この剣ってほんまに本物なん? 偽物の可能性の方が高いんちゃう?」


 杉野達と一緒にバカ騒ぎしている仙石を、内藤が現実に戻そうとする。


「んなもん、調べてみんと分からんやろがい! なんでも鑑定してくれるとこで調べて、本物だったら国に一兆で売ったるんや!」


「でも、神話に出てきた草薙剣がそれと同じだって誰が分かるん?」


「それは……どっかの神社の偉い人とか」


「なんでその人は知ってるん? 伝承では、大昔に沈んだはずなんやろ?」


「まあ、確かに」


「言われてみれば、そうだな」


 内藤が始めた問答により、その草薙剣もどきは一気に胡散臭くなった。

 元はといえば、仙石が勝手に言い出したことなので、ある意味、この剣は被害者なのだが。


「そういえば、博士にこの鍾乳洞を調査するように言われたんですし、もしかしたら博士が何か知ってるかも知れませんよ」


 杉野の一言で、坂田と仙石の金にがめつい二人が八坂から件の剣を奪うと、洞窟から這い出て、一目散に博士達が待つ宿へと帰っていった。


「亮ちゃんだけでなく、坂田はんまで……。困ったお人やわぁ」


 やれやれと呆れながら、内藤もその後を追いかけていく。

 残された杉野達は、落ちた時の恐怖で腰が抜けてしまった八坂に肩を貸しながら、洞窟を出ていった。



 宿へ帰る道中、杉野は鍾乳洞での事を思い出していた。

 河童との出会い、伝説の剣の発見、八坂の太もも。

 どれも、杉野にとって刺激的な出来事であった。

 特に、最後が。

 杉野のスケベ心はともかく、まだ疑問が残っている。

 何故、博士はあんな鍾乳洞を調べるように言ったのだろう。

 杉野達はいつも、博士の突拍子もない無茶ぶりに付き合わされていたが、どれも何かしらの意味があった。

 だが、今回ばかりは意図が読めない。

 もしかしたら、酔っぱらって適当な事を言っているのかも知れない。

 もしそうなら、面白い偶然だ。

 いや、奇跡と言っても過言ではない。

 博士が適当に選んだ鍾乳洞にあんなにも色んなものが詰め込まれていたのだから、これを奇跡と云わずしてなんと呼ぶのか。

まあ、とにかく今は宿に戻って、博士に聞いてみるしかないだろう。



「なんでなんだよぉぉぉ!!!」「そんなアホなぁぁぁ!!!」


 やっとこさ宿に戻ると、坂田と仙石の悲痛な叫びが聞こえてきた。

 何事かと、声のした方へ行ってみると、松の間で休む博士に坂田達が泣きついていた。


「何やってるんすか? 大人げない」


 杉野が二人を引き剥がすと、後ろから内藤の声が聞こえた。


「いやな、亮ちゃん達がそこの博士に例の剣の事を聞いてみたんや。そしたら――」


「こんな剣は知らん。それに、このようなちんけな剣が草薙剣なわけなかろう、と言ってやったんじゃ」


「なるほど、それでこんな有様に」


 事情を聞けば聞くほど、坂田達の落胆した様子が目に浮かんだ。

 あんなにはしゃいで、件の剣を持ち上げていたのに、実際のところはただのなまくら同然だったのだからそりゃこうもなる。


「でも、こんなに古そうなんだから、何かしらの価値はあるんじゃねぇのか?」


「せやせや、博物館に売れば小遣い程度にはなるやろ」


 この二人は、まだこの剣を売るのを諦めていないらしい。


「うーむ、確かに古いが、どうにも変じゃのう。まるで、最近作られたような……」


 杉野達若者とは違って、無駄に歳だけは取っている博士の目利きは信頼できる。

 それに、人を簡単に殺せてしまうほどの呪物を鑑定してきた博士だからこそ、分かることもあるのだろう。


「まあ、危ない物ではなさそうだから、気に入ったのなら持ち帰っても問題ないじゃろう。ところで、なんでそんな所に行ってたんじゃ?」


「えっ、いや、博士が行けって言ったんじゃないっすか!」


「はて、そんなこと言ったかのう?」


 どうやら、酒の席での世迷言だったらしい。


「言ってましたって! 確かに聞きましたもん、俺!」


「いやーすまんな、酔ってて変な事を言ってしまったようじゃ」


「ってことは、ワイらは酔っ払いが言った適当な指示に従ってあんな目にあったのか」


「ちくしょー! 無駄に尻もちついちまったぜ」


「まあ、仲良くなったようじゃから、結果オーライじゃ」



 色々あったが、若者達の絆は確かに強まったのだった。

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