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Operation Soul~若者達の幽霊退治~  作者: 杉之浦翔大朗
第五章 Milky Way love story
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67 八坂の里帰り

 自己紹介が終わったら、待ちに待った昼飯だ。

 頃合いを見て、女将さんが持ってきたのはお盆いっぱいに並べられた刺身の盛り合わせだった。

 その刺身には、鮪や鯛、さらには鰹のたたきと海鮮しか載っていない。

 山の中だからといって、海の幸を出してはいけないなんてルールはないが、杉野は少し拍子抜けしてしまった。

 もっと、ここいらでしか食べられないような郷土料理が出てくるのかと思いきや、街中のスーパーでも買えそうなレベルの物が出てきたのだから、失望してしまうのもしょうがない。

 まあ、見た目は普通だが食ってみたらとんでもなく美味いとかなのかも知れないし、まだ諦めるのは早い。

 それに、まだ一品目が来ただけだ。

 他にも色々と来るのだろうし、何らかの山の幸が来る可能性だって充分にある。

 女将さんが置いてくれた刺身を差し引いても、あと二品くらいは置けるスペースがお膳に残っていることだし、テンションを下げるのはおかずが全部揃ってからでも遅くはないだろう。



 それからしばらくして、白飯と汁物が運ばれた。

 白飯はつやつやのほっかほかでとても美味そうだ。

 だが、汁物の方は何か妙な匂いがした。

 この匂いはなんだろうか。

 疑問に思った杉野は博士に聞いてみることにした。


「これって、なに汁なんですかね?」


「ん? うーん、こいつは……すっぽんじゃな」


「すっぽん!?」


 予想外の答えに、杉野を含めた若者組四人は驚愕してしまった。


「うわっ!」


 仙石なんかは、白味噌ベースの汁の中に沈んだすっぽんの頭と目が合ってしまったようで、腰を抜かしてしまっている。


「おいおい、こんなん食っちまったら、無駄に元気になっちまうぜ」


 坂田が意味深なことを言っていると、屋敷の玄関の方から物音が聞こえた。


「おっ、ようやく到着したようじゃな」


「誰が?」


「おそらく、清水君か八坂君じゃろう。神谷君は用事があるらしいから、夜に来てもらうように行っておるからな」


 神谷の用事とは、おそらくコンサートのことだろう。

 さすがに、何日も前から楽しみにしていたイベントに行かせないほど博士も鬼じゃなかったわけだ。


「俺、ちょっと見てきますわ」


 そう言って立ち上がったのは、他でもない坂田だった。

 もし、今来たのが清水だったら、彼氏として迎えに行くのが筋なのだから、当たり前といえば当たり前か。


「おう、行ってこい。あんまり、うるさくするんじゃないぞ」


「分かってますよ」


 少しだけカッコつけて、坂田は宴会場から出ていった。



 坂田が出ていってからしばらくすると、玄関の方から歓喜の声が聞こえた。

 ダーリンがどうの、ハニーがなんだと騒いでいるので、どうやら来たのは清水の方だったようだ。

 これはまたうるさくなりそうだと、杉野は少々うんざりしてきた。



 清水の自己紹介をしているうちに、次のおかずが運ばれてきた。

 一品ずつ運ばれてくるなんておかしいと思うかも知れないが、それにも理由がある。

 宴会場まで案内してもらう時に女将さんがぽろっと言っていた話では、ここの民宿は夫婦二人だけでやっているらしい。

 そのため、調理は女将さんの旦那さんが、配膳は女将さんがやっているため、どうしても一品ずつしか運べないのだ。

 ただ、ご飯と汁物はお椀に入っているので一度に運べるし、飲み物は麦茶が入ったガラス製のピッチャーがコップと一緒に宴会場の隅のほうに最初から置いてあるのでそこは問題ない。



 さて、読者の皆さまの疑問を解決したところで、運ばれてきたおかずを見てみよう。

 ふたつめのおかずは、なんとキノコだ。

 ようやっと、まともな山の幸が来たと一同が喜んでいると、女将さんがおかしなことをのたまった。


「こちら『びっくりどっきりキノコ祭り』でございます」


「びっくり!?」「どっきり!?」


 杉野と坂田が復唱してしまうほど、その名前はインパクトが強かった。

 しかし、見た目だけなら普通のキノコの炒め物だった。

 さっきのすっぽん汁とは違って、匂いも普通だ。


「こんなん、普通のキノコ炒めですやん。女将さん、名前だけ派手にしてもしょうもないで」


 仙石がツッコミを入れるも、女将は動じずにニコニコしながら料理の説明を始めた。


「見た目は普通ですが、入ってる具材が違うのですよ。冬虫夏草にタマゴタケ、ヤマブシタケなどの珍しいキノコをふんだんに使っているのです」


「それって、毒キノコとかは入ってへんよな?」


 仙石が恐る恐る聞いてみると、女将は不敵な笑みを張り付けたまま、宴会場から出ていった。


「いやいや、答えんかい! 無駄に怖いわ!」

 仙石の渾身のツッコミは見事に空振り、女将からの返答はないままだった。



 少しばかし刺激の強い二品目の次は、いよいよ最後のおかずだ。

 宴会場の引き戸が開いた瞬間、とても良い香りが漂ってきたので、杉野はぐっと軽くガッツポーズをしてしまった。

 これは唐揚げの匂いだ。

 杉野はエビフライや唐揚げなどの揚げ物が大好物だったので、これは大当たりだ。



 女将がお膳へ最後のおかずを置いたところで、全ての料理が出揃った。

 さあ、早速食べようと杉野と坂田の腹ペコ組が箸を持つと、どういうわけか博士からストップがかかった。

 ようやっと揃ったのに、食べてはならぬとはどういう了見だ。

 杉野が憤っていると、博士がおもむろに立ち上がり、偉そうな口調でスピーチを始めた。


「今回の仕事はかなり特殊なので、色々と大変かも知れぬが、まあ頑張ってくれたまえ。あーあと、本部連中との共同作業はこれが初めてじゃが、くれぐれも玉籠支部の人間として恥ない仕事をしてくれよ、頼むぞ。では、今回の仕事の成功を祈って、乾杯!」


「乾杯!」「かんぱーい!」「「乾杯やー」」


 大人組の博士と芦屋は女将に持ってきてもらったビールを、それ以外の若者組は麦茶で盛大に乾杯した。



 乾杯が終わったと同時に、杉野達腹ペコ組は目の前の飯にがっついた。

 腹が減っていれば、刺身で白飯も食えるし、泥臭いすっぽん汁だって絶品だ。

 ただ、キノコ炒めだけは少々苦味が強くて、漢方薬を食べているようだった。

 そういえば、女将が言っていた冬虫夏草は元々漢方薬として使われていたらしいので、ある意味間違ってはいないだろう。

 これも、健康の為だと思えば食えなくはないし、良い経験にもなる。

 まあ、腹が減っていなかったら、間違いなく残していただろうが。



 実を言うと、杉野は好きな物は最後に残しておく派だ。

 なので、まだ唐揚げには手を付けていない。

 他の微妙な物を片づけてから食べた方がより美味く感じるし、嫌いな物はちゃっちゃと片づけてしまった方が楽だ。

 それに、好物の匂いは食欲を増進させる効果があるので、どんなものでも食べられるようになれる。

 そう考えると、この方法はかなり賢いといえるだろう。



 唐揚げ以外のおかずを片づけ終わったら、ついに本丸を落としていく。

 もちろん、この時の為に白飯は半分くらい残してあるので抜かりはない。

 まずは白飯を少しだけ口に含み、それから唐揚げを一つだけ摘まんで、白飯の絨毯が敷かれた口の中に放り込む。

 そのまま、唐揚げと白飯を一緒に噛んでいくと、ジューシーな肉汁がじゅわっと口の中に広がる。

 だが、それは求めていた味ではなかった。

 鳥肉かと思いきや、海鮮っぽい味だったのだ。

 しょうがの風味と醤油味で誤魔化されているが、これは間違いなく鮪だ。

 この唐揚げは鳥ではなく、鮪の唐揚げなのだ。

 まさかの事態に、杉野は思わず白飯をかっこんでしまった。

 気づいた時には白飯は一粒も残ってなく、あとにはそこそこの美味さの鮪の唐揚げだけが残った。

 けっして食えなくはないが、騙された気分の杉野は残りの唐揚げを不満な顔をしながら片づけたのであった。



 杉野達が昼飯に舌鼓を打ったり打たなかったりしている一方、八坂のビートルは奥多摩の峠を越えていた。

 何か月ぶりに見た村は、相変わらず廃墟ばかりで殺風景だ。

 八坂の故郷である七夕村は年々住人が減りつつある典型的な限界集落なので、しょうがないっちゃあしょうがないのだが、どうしても切なくなってくる。

 あそこのあばら家は仲の良い老夫婦が住んでいたとか、あっちの瓦礫の山は子供の頃によく行ってた駄菓子屋だったとか、思いでの場所は無惨にも壊れているのだ。

 都会の人間だったら、こんな思いをしなくて済んだのだろうか。

 まあ、そんなことを今更言ってもどうにもならない。

 それに、あのかけがえのない日々は確かに八坂の記憶の中で輝いている。

 それだけでも、ここで生まれ育った意味はきっとあったのだろう。



 昔の事を思い出していると、遠くの方に実家が見えてきた。

 八坂が小さい頃に、お父さんが友人から引き継いだ武家屋敷系民宿だ。

 従業員が二人だけなのに無駄に広いので、一度に泊まれる人数は十人だけだ。

 なので、あまり儲かってはいないらしい。

 ただ、都会の喧噪から逃れたい、上場企業の重役や政治家などが時々来るので、案外生活には困ってないのだとか。

 こちらとしては仕送りを送らないで済むので、ありがたいことではあるが、少し心配だ。

 ここに来るような偉い人は大抵、闇金や裏取引などの場として民宿を使うからだ。

 下手したら、警察や過激な市民団体が乗り込んで来る可能性だってある。

 できることなら、普通のお客さんだけを相手してもらいたいものだ。



 屋敷の門を抜け、駐車場に車を停めようとして、ふと気づいた。

 どうにも、お客さんがいっぱい来ているようなのだ。

 バイクが四台に車が二台、そのうちの三台は見覚えがある。


「まさか……ね」


 八坂はそう呟くと、久方ぶりに見た玄関へ向かった。



「ただいまー」


 玄関の引き戸を開いて、挨拶してみるが反応がない。

 いや、一応奥からがやがやと声はするが、どれも両親の声ではなかった。

 仕事中ならばしょうがないかと諦め、八坂は屋敷の中へ入り、自分の部屋へ荷物を置きに向かった。


 道中、知り合いにばったり会ったりとか、そんな面白いことは起きずに、すんなりと自分の部屋へ着いた。

 数か月前に家を出た時と、何も変わっていない。

 しいて言うなら、埃が溜まっているくらいだろうか。

 これはあとで掃除しないとな、と八坂が伸びをしながら考えていると、机の上に何か置かれているのに気づいた。

 はて、家を出る前に片づけたはずだが。

 八坂は疑問に思いながら、机へ近づく。

 そこにあったのは、奇麗な緑色に輝く勾玉だった。

 正確には、勾玉に糸を通しただけのシンプルなネックレスだ。


「こんなの持ってたっけ?」


 こんな田舎ではアクセサリーショップなどあるわけがないので、ネックレスやブレスレットなどは全て八坂が自分で作っていた。

 所詮、素人が作るものなので、このネックレスのように石に紐を通しただけの単純な物ばかりだった。

 だがしかし、不思議なことにこのネックレスだけは記憶にない。

 もしかしたら、お母さんの物かもしれないと思った八坂は、そのネックレスを持ってお母さんを探すことにした。



 この屋敷は江戸時代からあるらしく、お父さんが引き継いだ時にはあちこちガタがきていた。

 そこで、お父さんは先祖が残した山をいくつか売ってリフォーム代を稼ぎ、今の不自然に奇麗な屋敷に改装したのだ。

 そのため、屋敷の中はいつも桐や檜の良い香りがしていた。

 八坂はこの香りがとても好きだった。

 改装が終わってしばらくは、一日中廊下で寝転がって嗅いでいたほどだ。

 さすがに、十年も毎日嗅いでいるとそこまで気にならなくなっていたが、久しぶりに嗅ぐとかなり品の良い香りだと再確認できる。

 まあ、コンクリートで囲まれた地下で生活しているからなのかも知れないが。



 廊下を突き進み、調理場に行くとお父さんがいた。


「ただいま、お父さん。ねぇ、お母さん知らない?」


「おう、おかえり。いや、知らねぇな。なんか用事あったか?」


「このネックレスってお母さんのかな?」


「ん~どれどれ」


 八坂がネックレスを渡すと、お父さんは苦い顔をした。

 何か知っているらしい。


「……見たことねぇなあ。お前が昔作ったやつなんじゃねぇのか?」


「私もそうかと思ったんだけど、記憶になくて……」


「ああ、そうだ。母さんならあっちの宴会場でお客の相手をしてるかもしんねぇな。行って、聞いてみたらどうだ」


「分かった、そうする。ありがと」


 八坂はにこっと可愛らしく笑うと、ぱたぱたと廊下を走っていってしまった。


「おーい! 走るとあぶねぇぞ! ったく、まだまだ子供だな」



 宴会場に近づくにつれ、がやがやと騒ぐ声は大きくなっていった。

 その中に、聞きなれた声が三つほどあるのに気づいた八坂は、宴会場の引き戸を少しだけ開けて、中を覗いてみることにした。

 広い部屋なので、全体は見えないが、少なくとも四人ほど人がいるのが分かった。

 三人は知らない人、一人は八坂がよく知っている人物だ。

 その人物とは、あの小煩い博士だった。


「博士がいるってことは……」


 八坂が呑気に呟いていると、急に引き戸が開かれた。

 びっくりした八坂は後ろに尻もちをついてしまった。


「あれ、八坂さん来てたの!?」


 この数か月で何度も聞いたその声に、八坂が顔を上げてみると、御主人を見つけた忠犬のような顔をした杉野が立っていた。

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