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Operation Soul~若者達の幽霊退治~  作者: 杉之浦翔大朗
第五章 Milky Way love story
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66 今日のお宿は武家屋敷

 玄関の引き戸を開けてみると、桐の良い香りが鼻をくすぐった。

 外だけでなく、内装も作りたてのようだ。

 中に入ってみると、桐の香りはさらに強くなり、屋敷の奥の方からは美味しそうな飯の匂いが漂ってくる。

 現在の時刻は午前十一時半を回ったところで、昼飯にはまだ少し早い。

 しかし、慣れないバイクでの長距離移動のせいで無性に腹が減っていた杉野にとって、そんなことは関係なかった。

 無意識のうちに涎が出てくるわ、ついくんくんと鼻を鳴らして匂いを嗅いでしまうわで、杉野は食欲を抑えきれそうになかった。


「腹減ったなー、杉野もそうだら?」


 それは坂田も同じようで、自分の腹をさすりながら、杉野に同意を求めた。


「早い時間に朝飯食ってましたからね、僕も腹が減ってしょうがないっすよ」


「だらー」


 杉野達玉籠組が適当な会話で空腹を誤魔化していると、本部組の男の方が不思議そうな顔をして質問してきた。


「なあなあ、さっきから言ってる『だらー』ってどういう意味なん?」


「あ? 『だらー』ってのは、三河弁で『でしょー』って意味よ。『そうだらー』みたいな」


「へぇー、なんかおもろいな」


「だらー」


 どうやら、坂田とその男は相性が良いらしい。

 この場に清水が居なくて良かった。

 あの人は、男だろうが女だろうが関係なく、嫉妬するから……。



 それにしても、なかなか宿の人が来ない。

 かれこれ十分は待っているが、まったく人の気配がしないのだ。


「おーい、超常現象研究会の者だー! 誰もいないのかー!」


 痺れを切らした芦屋が大声で呼んでみるが、それでも反応がない。

 と思いきや、ぱたぱたと廊下を走る音が屋敷の奥から聞こえてきた。


「すいませんねぇ。うちはたまにしかお客さんが来ないから、人が来てもなかなか気づけなくて」


 廊下の奥から姿を現したのは、昔は美人だったのだろうなって感じの女性だった。

 化粧が薄いのか、それとも声が儚げだからなのかは分からないが、なんとなく影が薄い印象だ。


「いえいえ、こちらこそ申し訳ない。元はといえば、こちらの馬鹿が叫んだのが悪いのです」


 博士がニタニタ笑いながら芦屋を指差した。

 すると、間髪入れずに芦屋が博士の胸倉を掴み、顔を真っ赤にして怒鳴った。


「この糞ジジイ! 貴様が取った宿だろうが! 到着する前に、電話の一つくらい入れておけ!」


「まあまあ、落ち着きなはれや芦屋はん。そちらの博士はんも多忙やろから、そんな時間が取れなかったんやて、きっと」


 本部組の女の方が博士から芦屋を引き剥がしにかかる。


「せやせや、それにお年寄りにお痛しちゃあかんよ」


「誰がお年寄りじゃ、誰が!」


 芦屋だけでなく博士も暴れ始めたので、杉野と坂田の二人掛かりで羽交い絞めにしてなんとか押さえつけた。

 本当に、誰でもいいから早く来てくれないだろうか。

 このままだと、事件の一つや二つくらい起こりそうだ。



「では、ここに代表の方のお名前とお住所、あとそれからお電話番号をお書きください」


 あの後、二人をなだめる為にかなりの時間と労力をかけ、どうにかチェックインまで漕ぎつけることができた。


「お互い、苦労しますなぁ」


「ほんとっすわ」


 その過程で、若者四人組の親睦はさらに深まったのだから、皮肉なものだ。



「では、まずはお部屋までご案内しますね。あぁ、そういえば名乗るのを忘れてましたわね。私、当旅館の女将を務めさせております、雪と申します。どうぞ、お見知りおきを」


 女将さんの自己紹介が終わると、杉野達一行は女将に案内され、屋敷の奥へと突き進む。

 その道中、いくつもの部屋を通り過ぎるが、どれも使われた形跡がなく、座卓や座椅子にはうっすらと埃が積もっていた。

 女将がさっき言っていた、ほとんどお客が来ないというのはどうやら本当らしい。

 まあ、こんな立地でお客が来るとは思えないし、当たり前か。

 杉野が失礼な事を考えている間にも、一行はどんどん屋敷の奥へと進んで行く。

 何処まで行くのかと、心配になってきたところで女将の足が止まり、廊下の端っこにある部屋の引き戸を開けた。


「ここが、当旅館イチオシの松の間でございます」


「おぉ、これはなかなか良い部屋じゃな」


 いの一番に部屋へ入った博士の感想を聞いて、杉野のテンションは露骨に上がっていた。

 仕事とはいえ、こんな高級そうな宿に泊まれるのだから、これほどまでに嬉しいことはない。

 杉野が部屋を覗いてみると、そこには格式高い和の空間が広がっていた。

 部屋の真ん中に置かれた白い桐の座卓には一切の傷もなく、敷かれている畳も新品かと思うほどに上品な香りがした。

 床の間には、美しい滝が描かれた水墨画が飾られ、統一された和の空間で一際存在感を放っている。

 もちろん、他の部屋と違って、そのどれもが埃一つ見当たらない奇麗な状態だ。

 そして、なによりも目を引くのは窓からの景色だろう。

 秋に入りかけて、紅葉がチラチラ増えてきたおかげで、見事な緑と赤、そして黄色のグラデーションがとても映える山々が一望できるのだ。

 こいつは思った以上に凄い部屋だぞと杉野が興奮していると、博士が若者達へ号令をかけた。


「さあ、部屋に荷物を置いたら、飯を食いにいくぞ。ワシは腹が減ってしょうがないんじゃ」


「博士! こんな良い部屋、ほんとに泊まっちゃっていいんですか?」


 杉野が興奮しながら聞いてみると、博士は怪訝な顔をする。


「なにを言っておるのじゃ。 お前らが泊まるのはあっちの梅の間じゃ。この部屋は、責任者であるワシが泊まるのじゃよ」


「そんなぁ!」


 博士が言った梅の間とは、さっき通った埃だらけの部屋らしい。

 天国から地獄とはまさにこのことだ。


「いいから、早く荷物を置いてきなさい。そろそろ、他の面々も到着する頃じゃろうしな」


 そう言うと、博士は自分の荷物を松の間に置き、女将に宴会場へ案内するように催促して、とっとと松の間を出ていってしまった。


「ったく、自分だけ良い思いしやがって……」


「あんにゃろーめが、この私をあんな埃だらけの部屋に泊まらせるとは、許せぬ、許せぬぞ」


 坂田がぐちぐち言っている後ろで、芦屋は殺気を放ちながらぶつぶつ呪詛のようなものを呟いていた。

 これ以上事態が悪化しないうちに、若者達は梅の間へ自分達の荷物を置いて、博士の後を追った。



 宴会場へ近づくにつれて、宿に入った時から香っていた美味そうな飯の匂いが強まっていた。

 腹ペコな杉野達にとって、その匂いは弾丸や爆弾なんかより危険だった。

 ある者はぐーぐーと腹を鳴らし、またある者は「ハラヘッター」と繰り返す。

 調理場らしき部屋から聞こえてくる、鍋がぐつぐつと煮え立つ音ですら、杉野達の空きっ腹を刺激する。

 杉野達の空腹感が頂点に達しそうなところで、女将の足がある部屋の前で止まった。


「ここが宴会場です~。もうすぐ、お料理が出来上がりますので、中に入ってお待ちくださいね~」


 女将はそれだけ言うと、調理場らしき部屋へ引っ込んでいった。



 中に入ると、九人分のお膳がだだっ広い座敷に並べられていた。

 これから飯や食器を持ってくるのか、そのお膳にはまだ何も載っていなかった。


「まだ全員揃っていないが、飯が来るまで互いに自己紹介でもしてもらおうかのぅ」


 博士はそう言うと、皆にちゃっちゃっと座るように急かす。


「誰からやるよ」


 坂田が急かすように言うと、茶髪の髪を撫でながら、本部組の男の方が立ち上がった。


「ほんなら、ワイからいかせてもらいます。ワイは仙石(せんごく)(りょう)。こっちの芦屋ちゃんの部下やらせてもらってます。よろしゅうな」


 言いながら、芦屋の方を指さす。


「こら、人を指さすんじゃない! まったく、もう少し礼儀というものを学びたまえ」


「すんません」


「んで、仙石さんはいくつなんすか?」


 坂田が何気なく聞いてみると、仙石は得意げな顔をして言った。


「ふふーん、昨日二十五になったばかりや」


「年上だったのかよ!」


 坂田は、仙石の喋り方や仕草を見て、勝手に同い年だと思い込んでいた。


「おたくは年下なんやね。あぁ、敬語とか使わんでええからな、なんかめんどいし」


「へへっ、そうっすか? そんなら、タメ語でいかせてもらいますわ」


 仙石の紹介が終わり、和やかな空気が流れたところで、今度は女の方が自己紹介を始める。


「じゃあ、次はうちやね。えー、内藤(ないとう)(かえで)って言います。歳は、そこの仙石と同じ二十五です」


 非常にはんなりとした口調で自己紹介を済ませると、内藤はにこりと微笑んだ。

 八坂や清水とは違い、ショートヘアの内藤の顔はとても明るく見えたので、杉野達は少しドキドキしてしまった。

 特に、女好きの坂田はかなりのダメージを受けた。

 どっちかというと茶髪派の坂田にとって、仙石よりもいくらか明るい茶髪の内藤はかなり、いやドンピシャといっていいほど好みだった

 つい、浮気してしまいそうになるほどだ。

 破廉恥な坂田とは違って、色々な意味で純粋な杉野にはある事が気になっていた。

 二人は付き合っているのか、だ。

 他人の杉野からは、如何にも好きあっていそうに見えていたが、実際のとこはどうなのだろう。

 確か、最初に会った時は許嫁がどうとか言っていたから、もしかしたらもう結婚しているのかもしれない。

 どうしても気になるが、ほぼ初対面なのにそんなことを聞いてしまうのは失礼なんじゃないか。

 そう思うと、とても聞く気にはなれない。

 直接本人に聞くのは諦めて、後で芦屋に聞くという手もあるのだし、今はやめておこう。

 そう、杉野が決心したところで、坂田が口を開いた。


「んで、二人は付き合ってんの?」


 やはり、この坂田という男は恐ろしい。

 杉野が長いこと気になっていた、結局聞くのは躊躇った禁断の質問をなんの遠慮もなしにしてしまうのだ。

 デリカシーとかそういうのを持っていないのか。

 こんな時くらい空気を読んでほしい。

 聞かれた二人は、なんとも言えない表情のまま固まっているではないか。

 どうしてくれるのだ、この空気を。

 杉野が、失言をぶっ放した坂田へ向けて抗議の視線を送っていると、それまで口を閉ざしていた芦屋が助け舟を出した。


「いや、こいつらはそういう関係ではない……はずだ」


 少々、いやかなり不安になるような泥舟だったが、それでも仙石達にとってはありがたかったのだろう。

 さっきの緊迫した空気が和らぎ、仙石達の表情も何処かホッとした感じになっていた。


「なんじゃ、本部の方は随分お堅いんじゃのう。こっちは社内カップルが二組もいるんじゃぞ。もっと社内恋愛を推進していかんと、少子高齢化は止められんわい」


 博士が茶化すように言ったので、今度は杉野達玉籠組が気まずくなってしまった。

 というか、二組ってなんだ。

 坂田と清水のラブラブカップルはともかく、もう一組なんていただろうか。

 もしや、もう八坂は誰かと付き合っているのか。

 そんな想像がよぎってしまった杉野の顔はどんどん青くなっていった。

 それに気づいた坂田が博士へ聞いてみる。


「二組ってなんすか? 俺とハニー以外に社内カップルなんていないっすよね?」


「杉野と八坂がいるじゃないか」


「はへっ!?」


 博士の爆弾発言に杉野は素っ頓狂な声を上げた。


「なんじゃ、違うのか? ワシから見たら、付き合っているようにしか見えんぞ」


 確かに、杉野は最近八坂と話す機会が多かった。

 二か月前に行った、無人島での壮絶なサバイバル生活の中で八坂との距離がかなり近づいたことが原因だ。

 好きなアーティストからよく行く飯屋まで、この二か月で八坂の色々な事を知れた。

 好きな人の事を知れるのは、とても幸せなことだ。

 とはいえ、それくらいで付き合っているなどいくらなんでも大袈裟ではないだろうか。

 もしや、博士はどうて――。


「えっほん、まあこの話はこれくらいにしておこう。そうじゃ、ワシの紹介がまだだったのぅ。ワシは安倍。安倍明じゃ。ついでに、こっちのチャラいのが坂田で、あっちの弱っちいのは杉野じゃ」


「弱っちいは余計です」


 杉野の抗議を無視して、博士はさらに続ける。


「あともう三人来るんじゃが、また来たら紹介しあってくれ」


「もう三人? 一人足りなくないっすか?」


 玉籠支部は全部で七人、今ここにいるのは三人。

 どう数えても数が合わない。


「それがじゃな、エリックの奴がアメリカに行ってしまっているんじゃよ。なんでも、射撃大会があるとかでな」


「はあ、そうなんすか。ってか、教官なしでできるんすか? 今回の仕事は」


「心配するな。その為に、本部から応援が来たのじゃからな」


 なるほど、この三人はエリックの代わりというわけだ。

 あの筋肉馬鹿が本部の人間三人分の価値があるとは考えにくいが、何はともあれ人数が多いのは悪いことではない。

 まだ今回の仕事内容を聞いてないが、何が相手にせよ戦闘員は多ければ多いほど仕事がやりやすくなる。

 それになによりも、エリックがいないなら過剰なドンパチもやらなくて済むだろう。

 戦車を使えばそれは楽しいのかも知れないが、毎回使うとなるとさすがにくどすぎるのだ。

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