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Operation Soul~若者達の幽霊退治~  作者: 杉之浦翔大朗
第一章 Soul Research Institute
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6 プールに浮かんだ不安

 エレベーターの中で、坂田はえらい上機嫌でもらったばかりの銃を弄っている。


「いやー、こんないいもんくれるとはなぁ~」


 そう言いながら、昨日のベレッタよりも一回り大きいリボルバーのトリガーに指を引っかけて回したり、シリンダーを回転させたりしている。


「でも、それってホントに受けとっちゃってよかったんですかね、代わりにヤバい仕事させるための口封じかも……」


 杉野が心配そうな声で、坂田に聞く。


「なぁーに、心配せんでもこれで生きた人間撃てってわけじゃねぇことは、昨日の説明をざっと聞いてりゃ、いくら頭悪りぃ俺でも分からー」


 なんだかんだとやってるうちに、目的地に着いたことを知らせる電子音が鳴り響いた。



 扉が開くと、昨日と同じようなレイアウトの会議室にあの博士が立っていた。


「おはよう諸君。ささ、座り給え。講義を始めようではないか」


 安倍が新人四人の顔を見てニッコリ笑いながら椅子に座るように促すと、ホワイトボードに向き直った。

 部屋の入り口でずっと立っていても仕方ないので、四人は渋々席に座り始める。

 全員が座り終えるのを確認すると、安倍は早速ホワイトボードに何か書き始めた。


「まず、幽体というのは電磁波のようなエネルギー体だと昨日説明したが、正確にはΣ(シグマ)線という放射線で構成された電磁生命体なのじゃ。このΣ線というのは――」


 博士の説明と共に、ホワイトボードにはΣやらⅩやら、方程式だ図だなんだがところ狭しと書かれていく。


「これはワシの仮説なのだが、この幽体というのは人間が肉体の死を経て、変態した姿なのではないかと考えておる」


「ヘンタイ!?」


 うつらうつらとしていた坂田が、突然叫んだ。

 それを無視して、博士が続きを話す。


「まあ、中には『人の霊魂を収集するなど罰当たりだ』などとのたまう者もおる。だがしかし、もし我々が相手にしている幽体とあやつらの言う霊魂などというものが同じものだとしても、葬式をやって霊魂を成仏させているという建前があるのだから、その後に何をやっても罰当たりなんかにゃならんのだ。それにだ、あやつらときたら……」


 その後も新人四人は、博士の愚痴やら持論やらが入り混じった講義を聞き続けたのであった。



「よし、ではそろそろ講義は終わりにして、これからの予定について説明しようか」


 ようやっと講義が終わり、新人たちは眠い目を擦りながら、博士の話に耳を傾ける。


「君らには、一週間後にとある廃墟へ行って、幽体を捕獲してもらう。それまでは、毎日エリックに特別訓練をつけてもらうぞ」


 その衝撃的な内容に眠そうな顔をしていた四人の目が一気に覚めた。


「一週間後ですか!?」


 神谷が信じられないといった顔で問う。


「そうじゃ」


 即答された神谷は、たちまちに不安な表情になった。

 この四人の中でも神谷は体力がないようで、走り込みでもかなりゆっくりとしたペースで走っていたのにもかかわらず、誰よりもグロッキーになっていた。

 それなのに、これから一週間、昨日よりもキツイメニューをやるというのだから、相当にショックなのだろう。

 心中お察しする。


「まあまあ、俺らもペース合わせっから、安心しろ」


 坂田が神谷の肩をポンポンと軽く叩く。


「坂田さん……あ、ありがとうごじゃいますぅ」


 絶望から一転、救われたような顔をして、嬉し涙を流す神谷。


「まあ、頑張って本番までに一人前になることじゃ。さもないと、命にかかわるからの……」


 何か不穏な言葉が博士の口から聞こえた気がしたが、神谷の泣き声がうるさくて、ほとんど聞き取れなかった。



 講義が終わり、射撃訓練場へ向かうように博士に言われた杉野達はエレベーターに乗って、地下十階に向かった。



 訓練場に着くと、エリックがごそごそと何かを用意していた。


「おっ! 戻ってきたな。訓練の前にお前らに渡しておくものがある」


 エリックに手渡されたのは、スマホより一回り小さい端末であった。

 トランシーバーに画面とボタンが付いた、いわゆるPHSのようなものだ。


「こいつは通信用の端末でな、どんな環境でも電波が届くんだぜ。しかも、防塵防水防諜機能付きの優れものだ」


 最後に聞きなれない単語が聞こえた気がして、杉野は怪訝な顔をした。

 それにかまわず、エリックはさらに続ける。


「んで、何よりもすげぇのが、他に身に着けてる装備と常に通信して、状態をモニタリングしたり遠隔操作したりできるんだ」


 杉野の持ってる端末の画面には、「NODATA」と表示されている。


「杉野! これを装備してみてくれ」


 杉野に、昨日の訓練で使ったゴーグルを手渡す。

 装着して電源を入れると、端末からビーっと電子音が出る。

 画面を見てみると、「soul eye」という単語が表示されていた。


「その端末は、お前らへの入社祝いだ。なくすんじゃねぇぞ」


 杉野がゴーグルを外して、質問する。


「あのー、もしなくしたらどうすれば……」


 エリックが首を切るようなしぐさをしてから答える。


「お前らはもうパンピーじゃねぇ。てめーのミスはてめーの命で償ってもらう」


 そう言われた四人は絶句して、八坂などは眩暈まで起こしている。


「質問はもうねえな、まずは射撃訓練からだ。ちゃっちゃっと準備しやがれ!」


 号令を聞いて、固まっていた新人たちは慌てて準備を始めた。



 昼になると、エリックが四人を集めた。


「おめーらの中に料理ができる奴はいるか?」


 少し間が開いたのち、八坂が弱弱しく手を挙げる。


「少しだけなら……」


「よし! なら、今日の当番は八坂に決まりだ!」


「当番?」


「調理当番だ。ここには俺とドクとお前ら以外にスタッフはいねーから、飯作んのも自分たちでやらなきゃいけねーんだよ」


 八坂がなるほどといった仕草で納得する。


「んじゃ、さっさと食堂にいくぞ。腹が減ってしょうがねぇ」



 食堂は地下三階にあり、厨房も併設されていた。

 その厨房の中で、八坂がいそいそと昼食を作っている。

 ニンニクの良い香りが食堂にも漂ってきた。

 エリックはというと、テーブルに肘をついて、壁に掛けられたテレビでニュースなんかを見ている。


「あーそうだ、こっから二時間、昼休憩だから適当に休んでていいぞ」


 それを聞くと、坂田がエレベーターの方に走っていく。


「ったく、飯食ってから遊びに行きやがれ」


 テレビから目を離さずに、エリックがぼそっと呟いた。

 ニュースでは近くの峠道で事故が多発していることを報じていた。



 しばらくして、八坂が厨房から料理を持って出てきた。


「お! 待ってました!」


 エリックがようやっとテレビから目を離して、テーブルに向き直る。


「そんな凝ったもんじゃないですけど……」


 そう言いながら、八坂がテーブルに置いたのはなんともおいしそうな炒飯だった。


「んなもん、腹に入りゃー全部同じよ」


 八坂が少しムッとする。

 杉野もテーブルの真ん中に置かれた山盛りの炒飯を小皿によそう。

 見た目は、豚肉を使ったシンプルな炒飯だ。

 一口食べてみる。


「うっっま!」


 杉野がおもわず叫ぶ。

 ニンニクががっつりと効いていていくらでもイケそうだ。

 ふと、八坂の方を見てみるとさっきとは違って嬉しそうな顔をして、炒飯を口に運んでいる。


「こいつは、うめーなぁ。八坂! おめーいい嫁さんになれるぜ」


 それを聞いた八坂が顔を真っ赤にして、遠くのテーブルに移ってしまった。


「そういえば、坂田さんはいつになったら戻ってくるんですかね?」


 神谷が思い出したように聞く。


「さあなぁ、まあ腹が減ったらそのうち帰ってくるだろう」


 答えたエリックは自分の分を食い終わったようで、またテレビを見ていた。


「ちょっと、探してきます」


 杉野はエリックの返事を待たずに、エレベーターへ歩き出した。



 坂田を探していろんな階へ降りてみるが、なかなか見つからない。

 これで最後だと決めた地下十階で、ようやっと見つけた。


「何やってんすか、昼飯出来ましたよ」


 坂田は射撃場で銃を撃っていた。

 こちらに、気づいたようで射撃ブースから出てくる。


「おう、悪いなぁ。わざわざ呼びに来てくれたんか」


「練習してたんですか?」


「おうよ、昨日みたいなヘマを本番でするわけにゃいかないからな」


 見た目に反してマジメなのだなと、関心してしまう。


「すごいなぁ、坂田さんは……僕なんかは、そんなに頑張ったりできないですから、ちょっとうらやましいです」


 坂田が意外そうな顔をする。


「そうか? 俺からはそういうふうには見えないけどなぁ……っていうか、逃げんでここに来れるだけで、充分頑張ってるだろ」


「そ、そうですかね? いや~あんまりそういうこと言われなかったんで、ちょっと嬉しいです」


 すると突然、坂田が杉野の頭をわしわしと乱暴に撫でた。


「いいってことよ! ……そういえば、飯出来てるんだったな。よし! 一緒に行くか!」


「はい!」


 そうして、二人仲良く食堂へ戻っていった。



 休憩が終わり、昼からは体力作りのトレーニングが始まる。


「今日は水練をやってもらう」


 神谷が青い顔して、手を挙げた。


「あ、あの、僕、泳げないんですけど……」


 それを聞いて、エリックが困ったような顔をする。


「そうか……それじゃあ、お前は……」


 別メニューを考えてくれると思ったのか、神谷の顔色が少し良くなる。


「今日のうちに、何とか泳げるようになれ! 今日のお前のノルマはそれだけだ」


 エリックの無慈悲な答えに、神谷の顔色が再び悪くなっていく。


「了解っす! じゃ、神谷! 俺らが教えてやっから、安心しろや」


 と坂田が神谷の肩を叩いた。


「じゃ、お前らで頑張ってやっててくれや。俺は、休んでっからよ」


「えっ!教官も手伝ってくれるんじゃないんすか?」


 エレベーターに向かおうとしたエリックを、坂田が呼び止める。


「何言ってやがる。今こそ、お前らの団結力を見せるときじゃねぇか」


 それだけ言うと、さっさとエレベーターに乗って何処かに行ってしまった。


「たくっ、なんだよ。もう責任放棄かよ」


 坂田が呆れ顔で、呟く。


「しゃーねぇ、俺らだけでやるか!」



 支給された水着に着替えて、坂田と神谷の二人より少し早めに更衣室を出ると、すでに八坂がプールサイドで準備体操をしていた。

 スラっとしたボディラインに、支給品のスクール水着がよく映えていた。

 胸のふくらみがほとんどないように見えるが、杉野的にはそっちの方が好みなので、むしろプラスだ。

 杉野も八坂の向かいに行って、身体を伸ばす。


「……あいつらは一緒じゃないの?」


「ひゃい!」


 アキレス腱を伸ばしていると、唐突に八坂が話しかけてきたので、おもわず変な声を上げてしまった。


「え、えーっと、なんか車の話で盛り上がっちゃったみたいで……」


「……ふーん」


 八坂の方は体操が終わったのか、プールの淵に腰を掛けている。


「そういえば、あんたはなんでこんなところに入ろうと思ったの?」


「な、なんでって……そりゃ~給料いいし、家からも近いし……」


「……そう」


 少しばかり不満げな顔で、こちらをちらりと見た八坂がそっぽを向いてまた聞く。


「じゃあ、言い方を変えるわ。なんで逃げ出さなかったの?」


「それは……あの教官が脅すから……」


「そんなの逃げればよかったじゃない。この日本で、人権無視して一般人をどうこうできるわけないんだから」


 八坂の顔がますます険しくなる。


「そんなん言ったってわからないじゃないか! もし、本当に警察や軍と繋がっているんなら、何をされても不思議じゃない」


 おもわず、杉野が声を荒げて反論した。


「………」


 今度は答えが返って来なかった。


「っていうか、なんでそんなこと聞くの?」


 ふと疑問に思い、思い切って聞いてみる。

 八坂の顔を見るのが怖くて、プールの水面を凝視しながらではあるが……。


「私は……なんでここに入ったのか自分でも分からなかったから…いつの間にか履歴書出してて、いつの間にか受かってて……今日も自分の意志で来た感じがしないの」


 その答えに驚き、八坂の方を見る。

 いつの間にか、大粒の涙を流していた。

 心配になった杉野はプールに飛び込んで八坂に近寄り、隣に座った。


「記憶喪失とか?」


「そういうわけじゃない……記憶はあるし意識もはっきりしてるんだけど、どうにも自分で選んだ感じがしないというか……」


 その時、プールの入り口から声が聞こえてきた。


「それでさー……あー! 杉野が女の子泣かせてるー! いっけねぇーのー!」


「え、えっと、八坂さんの質問に答えてたらなんでか泣かせてしまったようで……」


「あー分かった! ナンパしてたんだろ! しつこい男は嫌われるぜ」


「ち、違いますよ!」


 坂田とワーワーやってると、自分の横で八坂が笑っているのが見えた。



 その後、神谷が泳げるようになるまで、男二人で定時ギリギリまで付き合って、何とか犬かきくらいはできるようになるまで仕上げたのであった。



 水練を終え、エリックに報告しに行くとその日の業務は終了となった。

 夕飯を食べ終え、地下四階にある居住フロアへエリックに案内される。

 エレベーターの前には、エリックが運んだらしき大量の荷物が置いてあった。


「今日から、ここで寝泊まりしてもらうから。何かあったら端末で呼んでくれ」


 そう言い残すと、奥の部屋にさっさと入ってしまった。


「どうするよ。とりあえず、八坂ちゃんは一人部屋として、俺らは三人一部屋でいくか?」


「俺は構いませんよ」


「右に同じです」


 早速、すぐ近くの扉を開けてみると、四人分の二段ベットと部屋の真ん中に申し訳程度のちゃぶ台がひとつあるくらいの殺風景な部屋が広がっていた。


「まあ、なんとも面白くない部屋だこと……」


 坂田が部屋を見回して、ぼやく。


「とりあえず、荷物運び込みましょう」


「そうだな」


 それから、ニ時間ほどかけて自分達の荷物を運びこんだ。

 途中、八坂が重い荷物に四苦八苦していたのを、手伝ったりしていたので、予定よりも時間がかかってしまったのだ。



 その晩は、坂田が持ってきたトランプや人生ゲームで盛り上がり、結局床についたのは深夜三時だった。

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