58 百足泥棒
笑い疲れた二人と至って冷静な二人、戦車で待機していた計四人が神谷を称える為に旧拠点へ近づいていく。
すると、仲間が来たのに気づいた神谷が嬉しそうな顔をして、こちらへ駆け寄ってきた。
「神谷一等兵、無事に化けムカデを打ち倒しました!」
「ご苦労! だが、あまり危険な事は控えてくれよ。君達の身に何かあったら、僕の責任になるんだからね」
「すいません」
藤原に軽く咎められた神谷は一瞬だけしゅんとなったが、すぐにまた高めのテンションで坂田達に絡みにいく。
「坂田隊員、杉野隊員、自分、やりましたよ!」
「ようやったわ、ほんと。てか、戦車の砲撃が効かない相手にどうやったのよ?」
「それは……」
神谷は何かを言いかけてから、キングカーミーによじ登り、胸を張って答えた。
「この、キングカーミーを使ったのであります!」
「はえ~、こいつを……えっ!? これ、撃てるの!? てか、弾は!?」
「下の車体は不動ですが、上に載せられてる高角砲の方はまだ動きましたよ。あと、砲弾に関しては、キングカーチーからちょいと拝借してきたやつを使いまして……」
「拝借? どういうことだい?」
聞き捨てならぬ言葉を聞き、藤原が話に割り込んできた。
「あー、いや、その……」
「まあまあ、いいじゃねぇか。そのおかげで助かったんだからよ」
「それは……そうだが……」
坂田の助け舟により、藤原からの審問はなんとか避けられた。
「それでも、僕に何も言わずに持ち出したのはいただけないな。罰として、九七式中戦車の修理を手伝うように!」
かのように見えたが、そんなことはなかった。
「ふふっ、かわいそ」
「君もだよ、八坂君。これは、君ら四人の連帯責任だからね」
「そんなぁ……」
余裕そうに笑っていた八坂までもが飛び火を食らったことにより、昼飯までの間、杉野達は戦車の修理に明け暮れることになった。
戦車の修理もひと段落といったところで、藤原の様子が気になった神谷は周りを探してみた。
すると、黒焦げになったムカデのすぐそばでなにやら難しい顔をしている藤原を発見する。
かなり集中している様子で、試しに近寄ってみるも、こちらに気づく気配はない。
よく見ると、手元の端末を操作しながら、あーでもないこーでもないとぶつぶつ呟いている。
端末が気になった神谷が藤原の背中越しに覗いてみると、画面いっぱいにムカデの画像が何枚も表示されていた。
中には、水色の脚を持った奇麗なムカデや人の腕ほどの大きさのムカデなど、少々刺激の強い画像も見受けられた。
八坂がうっかり見ようものなら、めんどくさいことになることは間違いないだろう。
なんせ、虫好きの神谷でさえ、この画像群からは目を背けたくなるほどなのだから。
それにしても、神谷が倒したあのムカデは、見た目だけならそこらでよく見かけるトビズムカデだと思うのだが、何故、生物学者の藤原があんなに悩むのだろうか。
もしかしたら、あれだけ大きいと見た目が同じでも新種になるのかもしれない。
となると、自分はとんでもないことをしてしまったのではないかと思えてきてしまう。
まあ、すでに一度、あきらかな新種を殺してしまった前科があるので、そう気にすることでもないだろうが。
よく考えると、黒焦げにしてしまったのは良くなかったかもしれない。
そう思った神谷は、遠慮がちに藤原へ聞いてみた。
「あのー、今、大丈夫ですかね?」
「いいよー、何か用かい?」
「このムカデなんですけど、やっぱり黒焦げにしちゃったのはまずかったですよね?」
神谷は、普段の口調はふざけているが、真面目な時や申し訳ないと思っている時は普通の口調に戻る。
少々、杉野の口調に似てしまうのはご愛敬だ。
「ああ、それなら大丈夫だよ。洞窟からここまで逃げる時に写真を何枚か撮っているし、DNAを調べればある程度は分かるからね」
「あの状況で写真なんて撮ってたんですか……」
神谷は砲弾の装填や発射に忙しくて気づいていなかったが、藤原は度々ハッチから顔を出して、カメラでムカデを撮っていた。
動きが早くてもブレずに撮れる軍用カメラなので、藤原が見せてくれたカメラに保存された画像はどれもはっきりとムカデの姿を映していた。
「ほえー、めっちゃ奇麗に映ってますねぇ」
「他にも色々撮ってあるけど、見るかい?」
「見ます見ます! ぜひ、見せてください!」
神谷が興奮気味に答えると、藤原がカメラを操作して、色々なUMAの画像を表示させる。
ネッシーにチュパカブラ、サスカッチやモスマンなどの有名なUMA達に混じって、銀色の円盤、所謂UFOの写真もあった。
「これって、UFOですよね?」
「あぁ、これかい? このカメラは僕以外も使ってるから、うちの調査チームのUFO好きが撮ったんだろう。僕としては、仕事に関係ない物を撮ってほしくないんだがね」
少し不機嫌な調子で言った藤原がカメラの機能を撮影モードに切り替えて、神谷に手渡す。
「では、神谷君、このムカデの写真を撮ってみてくれ。死体の横に僕が立つから、全体が映るように頼むよ」
「了解しましたー! じゃあ、いきますよー! はい、ちー……」
撮影の合図を途中まで言いかけたと思うと、神谷は固まってしまった。
ピースサインをしたままの藤原が何事かと後ろを振り返ってみると、さっきまで地面に横たわっていたムカデの焼死体が少しだけ宙に浮いていた。
浮いているだけなら、風や磁力などの自然現象で説明できなくはないが、問題はそれだけではなかった。
なんと、緑色の淡い光がムカデを照らすように当てられていたのだ。
光の出所はすぐに分かった。
だが、光を出しているその不届き者は、藤原のポリシーを否定してしまうようなとんでもない代物の可能性もある。
信じたくない事実に目を背けたくなるが、研究者としては見なければならない。
覚悟を決めた藤原が光の先、つまり、自らの頭上を見上げると、そこには銀色に輝く円盤が空に浮かんでいた。
そのUFOは、謎の技術でムカデを引っ張り上げようとしているようだが、如何せん出力が足りないようで、ムカデが持ち上がるスピードは比較的遅い。
しかし、このまま放っておけば、せっかくの新種を奪われてしまうだろう。
藤原にはそれが許せなかった。
たとえ、UFOを認めることになったとしても、阻止しなければならないのだ。
「神谷君! 新しい仕事だ! あのUFOを撃ち落せ!」
「あいあいさー!」
ビシッと敬礼をしてから、神谷は走り出した。
砲弾がないので、キングカーミーは使えないが、こちらには頼れるあいつがついている。
そう、我らがチハたんだ。
神谷は、今も修理が続く九七式中戦車へ乗り込んだ。
「おう、神谷! そんなに慌ててどうしたんだ?」
中では杉野や坂田が作業中だったが、いちいち構ってはいられない。
神谷は足元に並んでいた砲弾から一つ選び、装填を始める。
今迄は砲塔の中に固定されていた砲弾を使っていたので、そうキツイ作業ではなかった。
しかし、それが切れてしまったら、今度は足元にある砲弾を砲塔まで持ち上げなければならないのだ。
これがなかなかに大変で、腰へかかる負担も尋常ではない。
この三式穿甲榴弾は重さ1,8kgと砲弾としては比較的軽い部類なのだが、古いのでちょっとした刺激で爆発し兼ねない。
そのため、慎重に扱わないといけない。
普通に1,8kgの物を持ち上げる時よりも力がいるのだ。
やっとの思いで砲弾を装填し終わると、神谷はそのままの勢いで照準器を覗いた。
残念なことに、UFOを直接狙うには俯角が足りなかった。
高角砲ならば、近接信管付きの砲弾で撃墜できるだろうが、チハたんにはそんな賢い物は積まれていない。
あるのは、対戦車榴弾と大和魂くらいだ。
さすがの神谷でも、大和魂だけではこの状況をどうにかできるとは思えなかった。
となると、狙うべきは未だに下で浮いているムカデの方だろうか。
まだ地上から3mほどしか浮かんでないので、当てるのはそう難しくはないだろう。
しかし、まだ不安が残る。
果たして、ムカデに砲撃しただけで、あのUFOが諦めてくれるだろうか。
本当に宇宙から来たUFOならば、この程度の攻撃で諦めるとは思えない。
それどころか、敵対行動と判断されて、逆に攻撃を受ける可能性だってある。
そうなったら、さすがのチハたんでも無事では済まないだろう。
まあ、そうなったら、またあの洞窟に逃げればいいか。
もし、何か言われたら藤原のせいにしておこう。
神谷は、全ての責任を他人に押し付けることに決めると、未だに浮かんでいるムカデに照準を合わせ、引き金を引いた。
もはや、聞きなれた砲撃音が鳴り、カッ飛んでいった砲弾がムカデに当たった。
発砲煙に阻まれて、照準器からは外の様子がよく見えない。
しょうがないので、神谷はハッチからそろそろと顔を出してみた。
砲撃されたムカデは再び地面へ横たわり、砲弾が当たった場所には真新しい焦げ跡が付いていた。
一方、UFOの方はというと、特に反撃してくる様子もなく、緑の光が出ていないこと以外はさっきと変わらないように見えた。
しかし、何かがおかしい。
そう、神谷の第六感が言っている。
どうしても気になった神谷は、ハッチから這い出て、砲塔の上に立ってみた。
少し高い位置からUFOを観察してみると、面白いことが分かった。
UFOの上部に付いているドーム、そこへ備え付けられているいくつかの丸い窓のうちの一つに緑色の液体がこびり付いていたのだ。
目を凝らしてよく見ると、窓越しにあたふたと慌てた様子の宇宙人らしき緑頭を発見した。
そういえば、藤原のカメラをそのまま持ってきていたことを思い出した。
神谷はカメラのファインダーを覗くと、その緑頭にピントを合わせ、シャッターを切った。
世界で初めて、UFOに乗った宇宙人を撮影した瞬間である。
ファインダーから目を離したほんの一瞬の隙を突いて、UFOは忽然と姿を消してしまった。
どうせなら、杉野達にも見てほしかったが、逃げてしまったのなら諦めるしかない。
神谷は少し残念に思いながら、ハッチから這い出ると、藤原の下へ戻っていった。
車内に残っていた杉野達は、何が起きたのかよく理解できないままだった。
「なんだったんだ?」
「さあ? 何かを撃ったみたいですけど」
杉野から見たら、ふいに入ってきて、無言で何かを狙い、その何かに砲撃した神谷は相当イカレているように思えた。
やはり、この三日間のサバイバルは神谷にとって、かなりキツイものだったのだろう。
無事に帰ったら、神谷の好きなゲームに付き合ってやろう。
杉野はそう、心に誓った。
もっとも、当分は帰れないだろうが。
戦車の修理を完了したので、杉野が藤原に報告しに行くと、神谷と藤原の二人がムカデの死体の前でなにやら話し込んでいた。
「うーん、でも、さすがにそれは信憑性に欠けるんじゃないかな」
「いーや、『宇宙人のミュータント説』が一番ありえる説でありますよ!」
「そうなると、今迄に遭遇した新種も同じなのか……いやいや、それはありえない! 第一、あれが本当に宇宙人の物かも分からないのだよ!」
「あのー……」
これ以上ヒートアップしてしまう前に、杉野が藤原を呼ぶ。
「あぁ、すまない、なにかな?」
「あーはい、戦車の修理が終わったんですけど……」
「おぉ、そうか、それはご苦労だった。では、不毛な議論はこれくらいにして、これからの事を話したいから、他の二人も呼んできてくれるかい?」
「分かりました。ちなみに、さっきの話しって……」
「あぁ、君には関係のない話だよ。いいから、早く呼んできたまえ」
藤原に急かされて、杉野は二人が待機している戦車の方へ足早に戻っていく。
後ろの方では、またもや藤原と神谷の論争が始まったようだが、あまり詮索するとまた怒られそうなので、聞こえないふりをした。




