57 眉間を狙って
坂田達に追いつき、洞窟の出口へ逃げるように入っていく。
あの蛇が待ち構えているのではと不安だったが、特に何もいなかった。
いなかったというより、死んでいたと言った方が正しいだろう。
暗い細道の隅に、巨大な岩のように見える蛇の死体が横たわっていたのだ。
おそらく、あのムカデにやられたのだろう。
何はともあれ、障害物が一つなくなったのはありがたい。
少しだけ安心した杉野は、自ら先頭を切って一行を率いていく。
しかし、最後方にいた坂田が来ないのに気づき、藤原達を先に行かせると、元来た道を引き返した。
坂田はすぐに見つかった。
蛇の死体を見ていたのだ。
「何やってるんですか!? 早く逃げますよ!」
この時、杉野は気づいていなかった。
蛇の切り裂かれた腹から人間の手が飛び出ていた事を。
坂田は言わなかったが、どうしても気になってしまい、つい見つめてしまっていたのだ。
「あ、ああ、すまんな」
このことは誰にも言わない方がいいだろうと考えた坂田は、それ以上何も言わずに、杉野の後を追いかけた。
ようやく戦車に着くと、藤原が申し訳なさそうに杉野へ言った。
「言いにくいんだけど、この戦車は四人乗りなんだ。だから、杉野君は車体に掴まっていてくれないかい?」
「マジですか……」
藤原からのお願いは、あまりにも残酷だった。
あんな怪物が追いかけてきているのに、戦車の外にいろというのだ。
しかし、八坂は怪我しているし、坂田や神谷はこの戦車の操縦経験がある分、杉野よりも中にいるべきだ。
もちろん、藤原も車長として的確な指示を出すためにも外に出るわけにはいかない。
そうなると、杉野が外に出るのが最善策なのだ。
「分かりました。その代わり、なんでもいいんで武器をください。黙って見てるだけじゃ、気が済まないですから」
杉野はヒベルスの事を気に入っていた。
だから、指を咥えて見ているよりも、犠牲になったヒベルスの為に戦いたかったのだ。
「それじゃあ、とっておきのやつを……」
そう言って渡されたのは、一振りの軍刀だった。
「これは、僕のコレクションの中でも一番のお気に入りなんだ。大事に使ってくれよ」
「はい!」
杉野は元気な返事を返して、刀を腰のベルトに差した。
全員が戦車に乗り込むと、ぶるるんとエンジンがかかる。
今回は怪物から逃げるために最初からアクセル全開で発進する。
そのため、杉野は振り落されないように、とにかくしがみついていなければならない。
「それじゃ、発進しまーす!」
坂田の声が聞こえ、少し間が開いてから戦車が動き出した。
しょっぱなからフルスロットルで飛ばしているので、この前よりもエンジン音が幾分か大きい。
しかし、加速自体はそこまで大袈裟なものではなかったので、杉野は拍子抜けしてしまった。
洞窟から抜け出す前に、後ろから岩が崩れる音が聞こえてきた。
「来るぞー! 砲塔回せー!」
藤原が指示を出すと、砲塔がゆっくりと回り出す。
後ろから迫ってくるムカデに照準を合わせてから、神谷がハッチから顔を出した。
「杉野さーん! 危ないんで、前の方に行ってくださーい」
「りょうかーい」
神谷の指示を受けて、杉野は戦車の前の方の、ライトや操縦手用の覗き窓がある窪みへ身を隠した。
「撃てー!」
それと同時に藤原の合図が聞こえたと思うと、杉野のすぐ後ろにある砲塔から砲撃音が響いた。
咄嗟に振り向いた杉野が見たのは、砲弾が当たり、燃え盛ったムカデの姿だった。
「やったか!?」
またもや、フラグになりそうなセリフを藤原が口走る。
そのせいかは分からないが、火のついたままのムカデはなおもこちらへ向かってきていた。
「あぁ、もう! 言わんこっちゃない!」
呆れた神谷がさらにもう一発食らわせるが、砲弾を食らったはずのムカデはお構いなしに突っ込んでくる。
「このままでは、埒が明かない。ここで倒すのは諦めて、今は逃げよう!」
「了解!」
操縦席から坂田の返事が返ってくると、杉野のすぐ横にあった覗き窓から坂田の声がした。
「よう、まだ生きてんな。ちょいと飛ばすから、しっかり掴まってろよ!」
「へっ? あーはい」
さっきのはまだ本気じゃないのかと思い、杉野は首を傾げながら近くにあった機銃を掴んだ。
「いくぜぇぇぇ!!!」
坂田の雄叫びと共に、戦車の前方が浮き上がり、猛スピードで洞窟の外へと走り出した。
「なにやったんですか!?」
「えぇ? なんだって?」
さっきよりも数段大きいエンジン音で杉野の声はかき消されてしまう。
「だから! 何かやったんですか!?」
「あぁ、『過給』って書いてあるボタンを押してみたんよ。速く走りたい時に使えって言われてたからな」
どうやら、この戦車にはターボエンジンが載せられているようだ。
しかも、最近の車に付いているような燃費の為に削られたパワーを補うためのターボ機構ではなく、昔のラリー車のようなドッカンターボだ。
この藤原という男はもしかしたら、エリック以上にヤバい人間なのかもしれない。
過給機パワーでムカデと距離が開いたのはいいが、この小さな島の中で逃げていたら、いつかは追いつかれてしまう。
となると、やはりどうにかして倒さなければならない。
しかし、この戦車では火力が足りない。
そこで、神谷はある作戦を思いついた。
「初日に使った拠点の方へ逃げてください」
「了解、でもなんだってあんなところに行くんだ? 湖の方へ出た方がいいんじゃないか?」
「いえ、あそこじゃないとだめなのであります」
そう、あそこへ行けば、こんな戦車よりも良い物があるのだ。
ムカデどころか、虎さえも殺せるような良いものが。
旧拠点まであともう少しという所で、戦車は止まってしまった。
「どうしたのでありますか? あともう少しですぞ」
「いやな、ガス欠しちまったみた――」
ダアァァァァァン!!!
坂田が理由を話し終える前に、戦車がムカデの体当たりを受けた。
それと同時に、戦車の砲塔を留めていたリベットがその衝撃で外れ、勢いよく神谷へ飛んでいく。
「うおぉぉぉ!!」
飛んできたリベットを間一髪のところで避けた神谷は、このままではまずいとハッチから外へ飛び出した。
「おい! 何処行くんだよ!」
「しばしお待ちを。必ずや、あの化けムカデを倒して見せましょう!」
神谷はそう言い残して、旧拠点の方へ走っていった。
ムカデはというと、さっき体当たりを食らわした戦車やその戦車にしがみついている杉野に目もくれず、一人だけ逃げ出した神谷を追いかけ始めた。
「あいつ、何考えてんだよ!」
「なるほどね、いい考えだ」
憤る坂田とは対照的に、藤原は弟子の成長を喜ぶ師匠のような顔をしていた。
神谷がやっとの思いで旧拠点に辿り着くと、ムカデはすぐそこまで来ていた。
背中に担いでいたライフルで撃ちながら後退していき、少しずつ旧拠点の中心へ近づいていく。
そう、あの高角砲付き特二式内火艇、通称キングカーミーがある所だ。
ムカデの隙を突いて、神谷がカミ車によじ登る。
そして、鞄から砲弾を取り出した。
洞窟にあったキングカーチーから拝借してきたものだ。
杉野にはああ言われたが、島の外に持ち出さずにここで使うのならば問題ないだろう。
ほんとは、持って帰って部屋に飾りたかったが、こればかりはしょうがない。
早速、高角砲に装填しようとするが、砲弾に付いている苔で手が滑って、なかなか持ち上げられない。
そこで、神谷は両手に唾を吹きかけて、簡易の滑り止めを施した。
すると、どうにか滑らずに高角砲へ装填することができた。
あとは、あの怪物目掛けて撃ち込むだけだ。
「これは、ヒベルスの分だぁぁ!!」
神谷はそう叫ぶと、高角砲に付いている発射用の紐を引いた。
耳をつんざく轟音と共に、一二〇粍の特殊な徹甲榴弾がムカデへと襲いかかる。
砲弾はムカデの真っ赤な頭のど真ん中、人間でいえば眉間の辺りにぶち当たり、チハたんの時よりも数段派手な爆発を起こした。
そして、黒焦げになったムカデがドシンと大きな音を立てて、地面へ倒れ伏せた。
旧拠点の方から爆音が聞こえたので、気になった杉野が戦車の影から音のした方をチラリと覗き見てみると、黒焦げになったムカデとその上で万歳三唱をしている神谷が見えた。
「坂田さん! 神谷の奴、やったみたいですよ!」
「マジかよ!? こいつぁ、帰ったらお祝いしてやらねぇとな!」
そんなことを言いながら、二人して笑いあった。
あの神谷が、最初の頃は幽体相手に大苦戦していたあの神谷が、たった一人で馬鹿でかい化けムカデを討ち取ったのである。
仲間が初めて成した大業を祝う為の笑いは貴重でかけがえのない思い出となる。
だから、思う存分笑ってやるのだ。




