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Operation Soul~若者達の幽霊退治~  作者: 杉之浦翔大朗
第四章 UMA ATTACKS
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54 地底湖トラベル

 晩飯を食い終わり、そういえばあのロボットはどうなったのか気になった杉野が藤原に疑問をぶつける。


「そういえば、あの壊れちゃったロボットってどうなったんですか? まだ、動いてるんですかね?」


「あぁ、あのロボットかい? カメラと位置情報を知らせるGPSは生きてるから、一応モニタリングしていたんだけど、どうにも変なところに入りこんでしまったみたいでね」


 そう言って、未だにロボットからのデータが送られてくるパソコンの画面を杉野達に見せた。

 画面には天井から何本もの滝が流れる大きな湖が映っていた。

 さらに、画面端には動力装置が損傷したことを示すアラートが点滅している。

 どうやら、ロボットが地底湖に辿りついたのはいいが、その過程で鰭とスクリューを損傷したらしい。

 自分の力では動けないため、水の流れに身を任せて力なくぷかぷかと浮かんでいるようだ。


「ここって、地底湖ですかね?」


「おそらく、そうだろう。琵琶湖やそこの生け簀の水が集まって出来たんだろうね。くうぅぅ、ロボットを動かせないのが残念でならないよ」


 藤原が悔しそうに画面の中の地底湖を見つめながら唸る。


「それにしても、ここにはなにもいないのですかな? 琵琶湖に繋がっているのなら何かしらいてもおかしくないと思うのですが」


「僕もそれが気になってね。試しにまだ生きてるアクティブソナーを使ってみたんだけど、まったく反応がないんだよ。やはり、並の生物じゃ滝から落ちた時に死んじゃうのかもね」


 藤原が言っているソナーとは、画面の右下にある黒い丸のことだろうか。

 反応がないと言っていたので、何気なく見ていた杉野だったが、不審な影がソナーに映っているのに気づいたので、声を上げて藤原に知らせた。


「あっ! なんかいますよ! ほら、ここ!」


「いやいや、そんなわけな――ほんとだ!」


 思わぬ大発見に興奮した藤原があたふたしているうちに、ソナーの影は消えてしまった。


「あーあ、消えちゃった」


 坂田が茶化したように言うと、藤原がムッとする。


「どちらにしろ、こちらからは何もできないんだから、いいさ、別に」



 少しばかり不機嫌になってしまった藤原と共に、更なる発見を求めて、パソコンの画面を見つめていると画面の奥に何か白い物が見えた。


「なんでありましょうか、あの白いのは?」


「ん~、どれどれ」


 藤原がカタタターンっとキーボードを叩くと、画面の輝度が上がり、暗闇の中がよく見えるようになった。

 明るくなった画面をよく目を凝らして確認してみると、その白い物には大きな穴があるのに気づいた。

 穴とはいっても、貫通しているわけではなく、陥没しているといった感じだ。


「なんだろうね、あれ。穴が開いているみたいだけれど」


 藤原が考え込んでいると、その白い物体は徐々にこちらに近づいてきた。

 だんだんと姿があらわになっていくその物体に、杉野達は驚きを隠せなかった。


「まさか!?」「なんてこった!」「ひょぇぇ」「嘘でしょ!?」「こいつは驚いた!」


 各々が大袈裟なリアクションをしてしまうほど、それはインパクトが強い物だった。

 その白い物体の正体とは「恐竜の頭蓋骨」だったのだ。

 とはいっても、博物館などでよく見かけるようなティラノサウルスなどの陸上の恐竜ではなく、大きな魚の頭のような骨だった。

 (くちばし)のような口がカジキを連想させる。


「これはこれは、イクチオサウルスじゃないか。まさか恐竜までいるとはねぇ」


「つっても、骨だろ。生きてる奴なんざいないんじゃねぇの?」


「何を言うか、化石じゃなくて白骨化した死体があるってことは、最近まで生きていたということだ。ってことは、他にも仲間がいる可能性は高いと言っていいだろうね」


「うおぉぉぉ!! アノマロカリスやダンクルオステウスだけでなく、恐竜までいるなんて……。生きてて良かったであります」


 ほろりと涙なんか流しながら、神谷が興奮気味に叫ぶ。

 それを無視して、藤原が解説を続ける。


「このイクチオサウルスってのは恐竜の中でも魚竜に分類されていてね、イルカのように海の中をスイスイと泳いで獲物を捕まえるんだよ。あの嘴のような口も泳ぎながら獲物を捕まえやすくするためにああいう形になっているんだ」


「あのー、質問いいですか?」


「なんだい?」


「恐竜って美味いんですかね?」


 まだ食い足りない坂田の質問に、藤原は思わず苦笑してしまった。


「そうだなぁ、まあ一応爬虫類だから食えないことはないと思うけど、こんな奥深くにある地底湖の恐竜の捕獲は無理だろうから、諦めてこれでも食べてなさい」


そう言って坂田に渡したのは、美味そうな干し肉だった。


「あざーす!」


 坂田が干し肉を受け取ると、歯型が付きそうな勢いで噛みついた。

 かなり硬いようで、なかなか噛み切れないでいると、藤原が笑いながら言った。


「硬いだろう? それはね、ワニの干し肉なんだ。」


 ようやく、坂田が肉を噛み切ると、口の中でよく噛んで味を確かめる。


「ふむふむ……こいつはほんとにワニの肉なのか? 鳥みたいな味なんだけど」


「そう、ワニは鳥に近い味をしているんだ。不思議だろう? これはね、君らがいつも食べている鶏がワニと同じ爬虫類だから何だよ」


「えぇ! どういうこと?」


 坂田が聞き返しながら、次の肉を噛み切りにかかる。


「正確には、鳥も恐竜の一種なんだ。爬虫類の中の一グループでしかなかった恐竜の中で唯一生き残ったのが鳥だったってわけさ」


 さっきまで咥えていた干し肉を見つめて、固まってしまった坂田。

 それを気にせずに、藤原はさらに続ける。


「とはいっても、恐竜の肉が鶏肉と同じ味とは限らないけどね。食べる物も違うし」


「つっても、ワニも同じ爬虫類なんだろ、そんなら逆なんじゃねぇか?」


「逆?」


 坂田の突然の問いかけを聞いて、藤原は興味深そうに顎に手をやった。


「つまりはよぉ、この淡白な味は最初の爬虫類の味なんだよ。食べる物が変わっても、肉の味がそんなに変わらないのは元が同じ味だからだろ」


「なるほど、一理あるね」


 藤原が坂田の意見を珍しく褒めた。

 普段の藤原なら、無学な愚か者を見るような目で坂田を見ていたが、今だけは神でも崇めるような尊敬の眼差しを送っている。


「ありゃ、俺なんか変なこと言いましたかね?」


 藤原の視線に気づいた坂田は自分の言ったことが不安になってきたようで、自信をなくしてしまったようだ。


「いやいや、決してそんなことはないよ。むしろ、誇ってくれたまえ。科学というのは時に、君のような頭の柔らかい人間が必要なんだよ」


「俺、褒められてるの?」


「多分、そうですよ」


 杉野が答えてやると、それまで自信を失っていた坂田は一瞬で元の自信過剰な人間に戻った。


「そうなん? いや~、照れますなぁ。俺、またなんかやっちゃいました? 的な? みたいな?」


「うっざ」


 坂田は元々めんどくさい性格なのだが、調子に乗るとそれがさらに酷くなる。

 毒を吐いた八坂はもちろん、杉野や神谷でさえ、その性格にはほとほと呆れてしまう。

 まあ、落ち込んだままでいられるとこちらもやりづらいので、別に直して欲しいとは思っていないが。



 藤原の解説も一通り終わり、杉野達は再びパソコンの画面を注視する作業に戻った。

 画面には、もうあの白い頭蓋骨は映っていない。

 代わりに、見事な大きさの鍾乳石が何本も生えている天井が映し出されていた。

 先程までは水面を映していたのに、今は天井を映していることから、何かのきっかけでロボットの体勢が変わったのだろう。

 そのきっかけというのが、水の流れなのか、はたまた別の奇想天外なものなのかは分からないが、それを藤原に聞いてしまったら、また長々と解説してきそうなので止めといた。


「知ってるかい? 鍾乳石というのはね、酸性の地下水が石灰岩を溶かした際に出る炭酸カルシウムを含んだ地下水が気の遠くなる長い年月をかけて固まって、結晶化した物なんだ」


 杉野が何も言わなくても、藤原の口は勝手に喋りだしてしまうようだ。

 下手に水を差すとまた不機嫌になりそうなので、とりあえずは聞くことにしよう。


「つまり、この鍾乳石は今から何十万、下手したら何百万年もの昔からコツコツと作られてきたのだよ。ほら、あれなんて直径100mはあるんじゃないか?」


 そう言って、藤原が指差したのはとんでもなく大きな鍾乳石だった。

 つららのようなそれは、ちょっとやそっとの刺激では落ちなそうに見える。

 しかし、カメラを件の鍾乳石にズームしてみると、根元のところにいくつかヒビが入っているのが確認できた。

 もし、今あれが落ちてきたら、ロボットは木っ端微塵になってしまうだろう。

 運よく直撃を避けたとしても、落ちた時の衝撃で地底湖がかき混ぜられ、その波で岩壁や落ちた鍾乳石に激突してしまうかも知れない。

 一刻も早く地底湖から脱出したいところだが、残念ながら、現在ロボットは操作不能なのだ。


「落ちないといいですね」


「そうだねぇ。まあ、落ちたとしてもうちの調査用ロボットは頑丈だから大丈夫だとは思うけどね」


 などと呑気なことを言っているが、ついさっき、自らの秘密兵器を使った反動で壊れたのを忘れているのだろうか。

 それに、アクシデントが続いたことで、外殻の強化ガラスもヒビだらけだ。

 まだ辛うじてカメラの映像が見れているが、もういくらかヒビが入ったら、まともに前も見れなくなるだろう。

 そんなボロボロのロボットが今回の調査の一端を担っているのだから、まったく困ったものだ。



 杉野がこの計画の成否を案じていると、突然、地面が揺れ出した。


「じ、地震!?」


「皆、落ち着いて、離れないで!」


 責任者で年長者の藤原が冷静に若者達を落ち着かせる。

 そのおかげで、無用なパニックが起きなかったのは、藤原のリーダーシップの成せる業といえるだろう。



 揺れはすぐに収まった。

 しかし、奇怪な生き物達が群居しているジャングルでの急な揺れに、杉野達は血の気が引いてしまい、八坂なんかは腰が抜けたのか、へなっと座りこんでしまっている。

 対して、藤原はほとんど動じずに、手元の端末で何か調べている。


「それにしても、妙な地震だ。うちの研究所が設置した琵琶湖付近の地震計にはまったく反応がないし、揺れ方もおかしい。例えるなら、すぐ近くで何か大きな物が落ちた時のような揺れだ」


「怖いこと言わないでくださいよ!」


 杉野が文句を言いながら、八坂の手を取って起こす。


「いや~、すまないね。何かあるとすぐにUMAと結びつけちゃうんだよ」


 UMAハンターの習性みたいなものなのだろうか。

 あまり、変な妄想はしないで欲しいのだが。


「ところで、ヒベルスは?」


「そういえば、いませんね。揺れる前は確かその辺に……」


 杉野が指差した先に、ヒベルスはいなかった。

 代わりに、池へと続く何者かが這った痕だけが残されていた。

 その痕を追ってみると、池の中で佇むヒベルスを発見した。


「……水棲だったんだ」


「元々、海で生活していた種から派生したわけだから、水の中でもある程度は平気なんだろうね」


 その後、如何にもな陸生動物という見た目のわりには、軽快な動作で水中を泳ぐヒベルスだったが、しばらくするとバタバタと苦しみだしたので、皆で救出作業をするはめになった。

 どうやら、息継ぎは苦手らしい。



 ヒベルスを無事に救出し、一息ついていると、杉野はとても重要なことを思い出した。


「あっ! そういえば、鍾乳石はどうなったんですか? 落ちちゃった?」


 杉野に言われると、藤原が血相を変えて、パソコンに噛り付いた。

 気になった杉野も、パソコンの画面を藤原の後ろから覗いてみると、案の定、鍾乳石の落下が原因らしき大波が画面のあちらこちらで暴れていた。

 その時化(しけ)の中で、ロボットは右へ左へ引っ張られたり、時には水中に潜ったりと、波に振り回されている。


「こいつはまずい! さすがの強化ガラスでもこの勢いでぶつかったら、簡単に割れてしまうぞ」


 藤原が心配そうに言うが、もはやどうしようもない。

 運に天を任せてしまうのが、最善の策だろう。

 それにしても、そんなに大事な機械ならこんなことに使わなければいいのにと、杉野は疑問に思う。

 しかし、今聞くには少々勇気が要ったので、もう少し落ち着いてから聞くことにした。



「あれはなんでありましょうか?」


 絶望の淵に落とされた藤原を無視して、こんな時でも好奇心旺盛な神谷が画面のある箇所を指差して質問した。


「すまないが、後にしてくれないか! 今は少しばかし忙しいんだ」


 まだ、諦めきれない藤原は、キーボードをけっこうな速さで叩いて、ロボットへ何かしらの信号を送っている。

 無論、画面に映るログには「no response」、つまり応答なしとしか出ていない。

 無駄足掻きを続ける藤原は放っておいて、杉野も神谷が指差した箇所を見てみると、そこには巨大な渦が巻いていた。

 そういえば、聞いたことがある。

 戦艦や豪華客船などの大型艦船が沈む時に、巨大な渦が発生するらしい。

 おそらく、この渦は規格外の大きさの鍾乳石が落ちたことによって、発生したのだろう。

 なんとも、恐ろしいものだ。

 ふと、横を見てみると、さっきまでロボットへの指示で躍起になっていた藤原が、はたと手を止めて画面を見つめている。


「……ハハハ、ハハ……ハ……」


 そして、力なく笑い出した。

 その目には、光どころか生気すら残っていなかった。


「こんなの、無理じゃないか……」


 もはや、これまでと諦めた藤原がすくっと立ち上がると、とぼとぼとハンモックへ歩き出す。

 杉野達もこれ以上は見ていられないと、ノートパソコンをぱたっと閉めた。

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