53 賑やかな晩餐
手伝ってほしいこととは、アノマロカリスの調理らしい。
見ると、鉄槍に突き刺さったままのアノマロカリスの腹辺りに細長い鉄の棒が四本もぶっ刺さっていた。
先っぽには、何故かタオルが巻かれている。
「これは、何をどうすればいいんですか?」
「なに、そう難しい仕事ではないよ。この棒を一人一本掴んで、押してくれればいいんだ」
「はぁ、分かりました」
藤原の頼み事はよく分からないことが多いが、今回はその中でも群を抜いている。
しかし、深く考えていても仕方がないので、杉野達は言われた通りに配置につき、自分の目の前にある棒のタオルが巻かれている部分を掴んだ。
「よし、全員掴んだね。じゃあ、押してー」
藤原の合図で棒を押すと、中央にあるアノマロカリスが回っていく。
なんとなく、漫画でよくある奴隷が回す謎の棒みたいだ。
「ちょっと、失礼」
藤原が棒を押す四人の間を縫って、アノマロカリスの周りに置かれた木の枝にマッチで火を点けていく。
枝自体は杉野達が拾ってきた物だが、やはり酸素が濃いからなのか、すぐに火が点き、勢いよく燃えていく。
「あっつ! なにするんすか!?」
「すまないね、これも調理の為なんだ」
そうのたまいながら、藤原がさらに枝を追加していくと、火の勢いはどんどん強くなっていく。
念のため、池の近くで燃やしているので、周りに引火してもすぐに消せるようになっている、安心だ。
そして、もはや火柱となった火がアノマロカリスを包み込み、その身を焼いていく。
そう、これは「ケバブ」だ。
しかも、屋台などで見られるようなドネルケバブ――デカい肉塊を串に刺して、グリルで回し焼くあれだ――なのだ。
もっとも、グリルではなく直火だし、回す力は電力じゃなくて人力なので、かなり原始的な方法ではあるが。
それから、十分も焼くと美味そうな匂いが漂ってきた。
「よーし、もういいよ。ありがとね」
藤原が止めると、杉野達は一目散に火から離れた。
火傷しないようになるべく距離を取っていたとはいえ、熱いものは熱いのだ。
アノマロカリスの調理が終わり、ついに今日の晩飯が全て完成した。
「今晩のメニューは豪華だぞ~、『ハルキゲニアの素揚げ』に『ミクロンミンギアのお造り』、そしてメインディッシュは『アノマロカリスのケバブ』ときたもんだ。くぅー、頑張ったかいがあったねぇ」
その他にも、杉野達が枝を取りに行ってる間に藤原が作った『茹でウミサソリのサラダ』のような前菜から、八坂特製『オパビニアケーキ』などのデザートもある。
見た目は昼飯以上にグロテスクだが、匂いはとても香ばしい。
お腹が空いていた杉野達には、どれも絶品の料理に見えていた。
「では、いただきます」
「「いただきます」」「いただきまーす!」
ご飯前の挨拶を済ませると、五人は我先にと料理を口に運んでいく。
杉野も他の人に取られまいと、自分の紙皿にどんどん料理を載せていった。
まず、最初に食べるのは「茹でウミサソリのサラダ」だ。
少し前まで、杉野達を食おうと追いかけていたことを考えると、少しばかり複雑な気分であった。
しかし、見た目はとても美味しそうなので、杉野は思い切ってサソリの肉を口に放り込んだ。
塩味だけのシンプルな味付けだが、それがシダのサラダとよく合う。
さらに、ドレッシングとペコリーノ・ロマーノをかけてやれば、飽きが来ない。
とりあえず、前菜は上々といったところだろうか。
次に、坂田が捌いた「ミクロンミンギアのお造り」を食していく。
見た目は、熱帯魚のお造りといった感じでちょっと抵抗感がある。
だが、それも食べてしまえば気にならない。
口に入れて、まず感じたのは水っぽい味だった。
まるで、水で出来た魚を食べているような感じだ。
これはちょっと微妙かと一瞬思ったが、試しに醤油をつけて食ってみると、割といけた。
とはいっても、醤油の味しかしないので、美味いわけではない。
他の面々も刺身を食って微妙な表情をしていることから、やはり不味いのだろう。
この魚が食用に向いてないことが分かっただけよしとしよう。
口直しとして次に選んだのは「ハルキゲニアの素揚げ」だった。
見た目はあれだが、ある程度塩を振ってあるので、味が薄いことはないだろう。
そう思って、一口食べてみると、サクッという良い音と共に、口の中にほのかな苦味が広がった。
苦いとはいっても、そこまで気にならない苦さだ。
なんなら、塩と油のジャンキーな味付けも相まって、かなり美味い。
これは、おつまみに向いてそうだ。
もし杉野が成人していたら、お酒と一緒に楽しめただろう。
まぁ、それがなくても充分な美味さだが。
そして、ついにメインディッシュである、「アノマロカリスのケバブ」をいただく。
このケバブは、目の前に広がる数々の料理群の中でも一際美味しそうな匂いを漂わせていたので、かなり楽しみにしていた料理だ。
早速、一口食べてみると、とても濃厚な肉汁が口内に溢れだした。
味は蟹っぽいのだが、そこらの蟹よりも断然肉々しかった。
振りかけられたスパイスも肉の味を引き立て、極上の味へと昇華している。
今迄食べてきた魚介類の中で、これが一番美味いのでないかと思うくらいには美味い。
あんな怪物じみたアノマロカリスが表の世界からいなくなった理由も、今となっては理解できるような気がする。
最後に、デザートの「オパビニアケーキ」を食していく。
この料理は八坂の手作り料理らしいので、杉野はかなり楽しみにしていた。
ケーキとはいっても、パンに食材を突っ込んで焼いただけのようで、ちょいとばかし見た目があれだが、八坂が作ったものというだけで食うには充分だ。
ケーキからオパビニアのチューブのような口が飛び出ていたりもするが、それさえも美味しそうに見える。
ドキドキしながら一口いただくと、砂糖の甘い味が杉野の舌を襲った。
思っていたよりも、味付けが濃く、もはや素材の味など何処にもない。
あまりにも甘いので、さっき食べたミクロンミンギアの刺身を再び口に運んだ。
ミクロンミンギアの水っぽい味のおかげで、激烈な甘味をどうにか抑えることができた。
不味い料理も、食い合わせによっては悪くないものだ。
そうして、杉野達は古代の魚介を心ゆくまで堪能したのであった。




