51 古生代釣り
巨大魚を撃退し、ロボットは更なる発見を求めて、生け簀の奥へ泳いでいく。
しかし、先程の騒動以降に遭遇した魚は全てロボットから逃げ出してしまい、まともに観察できない時間が続いた。
「どうやら、我々のロボットがあの巨大魚、いわばこの生け簀のヌシを追い払ってしまったから、他の魚達が怯えてしまったようだね」
このままでは、古生物観察ができないと藤原が憤る。
しかし、ロボットがとても興味深いものを見つけると、藤原の機嫌は一気に直ってしまった。
その興味深いものとは、生け簀の岩壁に開いていた小さな穴だった。
その穴はロボットが通るには小さすぎるため、その向こうを観察するのは難しいと思われる。
だが、藤原はそんなことでは諦められないようで、杉野へロボットを穴に通すように無茶ぶりしてきた。
「無理ですよ! どうみても入らない!」
「そんなことは分かっている! いいから、穴にロボットを近づけるんだ!」
藤原があまりにも必死に言うので、杉野は駄目元でロボットを穴へ押し付けるように近づけた。
「そのまま振動ボタンを押してくれ」
藤原の次の指示に従い、杉野がボタンを押すとカメラ越しの映像が震え始める。
「神谷君、ちょっといいかい」
半ば強引に、ロボットからの映像が流れているノートパソコンを神谷からもぎ取ると、何やらカタカタと操作し始めた。
「……これで、よし」
そう言うと、神谷にパソコンを返した。
返してもらったパソコンの映像には、特に変化は見当たらない。
しかし、なんとなくさっきとは違う気がする。
そのまま見ていると、穴の周辺の岩壁が細かい砂に変わり始めたではないか。
「何をしたんですか?」
気になった杉野が聞いてみると、藤原が不敵に笑いながら答えた。
「フフフッ、振動の波長をちょいと変えてみたのさ。硬い岩を瞬時に砂に変えてしまうほどの超振動を使えば、この程度の穴を広げることなど造作もないのだよ。ちなみに、この技術はある特撮に出てくる怪獣からアイデアを得ていてね、確かゴモ――」
「もう分かりましたから、そこらへんで勘弁してください。ほら、通れそうな大きさになりましたよ、早く次の指示を下さい」
杉野が咎めると、藤原は少し物足りなそうな表情で指示を出した。
「じゃあ、振動機能を切ってから、ロボットを穴の中に入れてくれ」
言われた通りにロボットを穴の中に入れると、急に映像が乱れた。
「ど、どうなっているのでありますか!? さっきまで、大丈夫だったのに。もしや、あの巨大魚に噛まれた時のダメージで……」
「いや、あれくらいでは壊れないよ。おそらく、振動強度を超振動に変えた時に中の機械が壊れてしまったのだろう」
「ダメじゃないですか!? っていうか、そんなことになるなら超振動機能なんて使わなければ良かったんじゃ?」
杉野が聞くと、藤原は照れくさそうに答えた。
「いや~、僕の悪い癖でね。気になるものがあると、後先考えずに行動してしまうんだよ」
そんなことなら、先に言っておいて欲しかったものだ。
一応、カメラ自体はまだ生きているが、時折止まったり変なノイズが入ったりして、あまり良い状態ではない。
なによりも最悪なのは、コントローラーの操作が一切効かなくなってしまったことだろう。
杉野がまったく操作していないのにも関わらず、ロボットはひたすら穴の奥へと進んでしまう。
もはや、止めるすべを失ったロボットはどんどん元の生け簀から離れていき、生け簀からの明かりさえも届かなくなり、送られてくる映像には暗闇しか映っていない。
「これはもう、回収は無理そうだね」
藤原が諦めたように言うと、杉野達からパソコンやコントローラーを回収し、後片付けを始めた。
「えっと、僕らはどうすれば……」
仕事がなくなって、また暇になってしまった杉野が尋ねると、藤原は少しの間考え込むような仕草をした後、再び指示を出した。
「では、坂田君以外はジャングルの入り口に設置しておいたハンモックや各種機材をここに持ってきてくれ。こうなったら、この生け簀を徹底的に調べるぞ」
「俺は?」
「坂田君は引き続き釣りに勤しんでくれ。今日の夕食は君の手にかかっているぞ」
「OK! この坂田様にどーんとまかせてくれや」
坂田がそう言って気合を入れなおすと、豪快なキャスティングを披露する。
「それじゃ、みんな頼んだよ」
かくして、杉野達の暇つぶしは第二段階に入ったのであった。
坂田は暇さえあれば釣りに行くほどの釣り好きだった。
海はもちろん、川や湖、果てはそこらの用水路など、古今東西あらゆる場所で釣りをしてきた。
だがしかし、これほどまでに特異な釣り場が果たして今迄にあっただろうか。
餌は普通のミミズだが、釣れる魚はちっとも普通じゃない。
何本も棘の生えたハルキゲニアとかいう奇妙な虫から、少し前に手掴みで取ったミクロンミンギアまで、所謂古代魚しか釣れていないのだ。
たまに、釣りあげた獲物を追いかけてきたサソリを撃退したりするのも、普通の釣り場ではありえないことだろう。
普段、うちの博士や鬼教官の無茶ぶりで幽霊やら呪いの道具やらを扱っている坂田ですら、この状況を楽しむには時間が要った。
ミクロンミンギアのような、「THE魚」って感じの獲物ならばいいのだが、虫のような見た目の得物を釣るのは少々精神を削られる。
さらに言うと、昼飯の虫料理はまだそういう料理として食えるが、こんなエイリアンみたいな生き物を食わなければならないと思うと、調達の時点で憂鬱な気分になってしまう。
だが、こうでもしないと八坂は飯を食わないだろうし、杉野や神谷の手前、与えられた仕事を適当にやるのは坂田のプライドが許さない。
そう思い、坂田が釣り竿を握りなおすと、ロッド全体に獲物がかかったことを知らせるビビッとした振動が伝わってきた。
今回はどんなグロイモンスターが釣れるのだろうと、坂田が釣れる前からうんざりしていると、急に竿をグイッと力強く引っ張られた。
「うおっと! こいつは、大物だな」
坂田が独り言を言いながら、竿を握る力を強め、糸が切れないよう、慎重にリールを巻いていく。
デカいとはいっても、相手は虫のような節足動物がほとんどだ。
普段から相手にしている魚に比べれば、大した力はないだろう。
そう考えた坂田はぐいぐいと竿を引っ張って、無理やり獲物を岸に近づけていく。
その予想通り、ものの一分ほどで釣りあげられそうな所まで獲物を寄せることに成功した。
強引な釣り方をしたせいで、水中に砂煙が舞っているので、獲物の姿はよく見えない。
それにしても、とんでもなく重い。
こいつは相当な大物がかかったぞと、喜び勇んだ坂田が引き揚げようと獲物に近づいていく。
その獲物は、人間の水死体だった。
正確には、水死体を食ってる途中のアノマロカリスだ。
「うわぁぁ!! ちょ、藤原さーん! なんか、ヤバいの釣れたんですけど!」
坂田が大声で藤原を呼ぶと、再び竿が引っ張られた。
どうやら、アノマロカリスはまだ諦めていないらしい。
このままでは、死体もろとも水中に逃げられてしまう。
焦った坂田が釣り竿をそこらへんの木に結束バンドで固定すると、自分は池の中に飛び込み、アノマロカリスと死体を引っ張りあう。
坂田の声に気づいた藤原が何事かと見に来ると、池の中でバトッている坂田を見て、慌てて加勢しに行く。
男二人掛かりで死体とアノマロカリスを引き揚げると、アノマロカリスの他にもウミサソリやオパビニア――ゾウの鼻のような口を持った節足動物――などのおまけが半ダースほど死体にくっ付いてきた。
よく見ると、あちこちに肉を齧った痕がある。
「この死体はもしや……」
青い顔をした藤原がそう呟くと、死体のぶよぶよになった皮膚を切り取り、懐から取り出した機械に入れた。
「なにしてんすか!? 仏さん傷つけるなんて、どうかしてますよ!」
「ちょっと黙っててくれ!」
怒鳴った藤原が、機械に付いている液晶画面を見つめて動かなくなった。
それから一分ほど待っていると、いきなり藤原が叫んだ。
「やっぱりだ! この死体は、うちの研究所の人間だ」
「あの、五人のうち二人だけ帰ってこなかったっていう?」
「そうだ。その二人のうち、僕の一番弟子だった子だ」
そう言った藤原の表情は、どこか悲し気に見えた。
「さぁ、神谷君達が帰ってくる前にこの死体を隠そう。こんなこともあろうかと、死体袋を二つ、持ってきているからね」
「用意周到だな。ま、しょうがねぇ、あいつらには見せたくねぇし、手伝ってやるか」
皆の兄貴分である坂田としては、自分がキツイ思いをするのは構わないが杉野達にはそんな目にあって欲しくはないのだ。
ただ、坂田にとっても、この光景はなかなかにくるものがある。
なので、作業中は終始死体から目を逸らし、息も止めていた。
作業をしながら、坂田はもう一体の行方不明者が死体で見つからないことを切に願った。




