50 魚達の楽園
水面へ浮上し、謎のライトを見つけたロボットは、更なる発見を求めて池の上に広がる空間の探索を続ける。
再び、180度の反転を決行し、元々向いていた方角を向いて、目の前に広がっている岩壁に沿って泳いでいく。
すると、岩壁の一部が開けている所を発見した。
「藤原隊長、岩壁の上に上がれそうでありますよ」
「うむ、上陸したまえ」
藤原の許可が下りたので、ロボットを慎重に岩壁の近くまで泳がせて、そこだけ斜めになっている岩壁へ上陸した。
上陸したロボットが最初に捉えたのは、少し前に神谷が見つけた三葉虫があちらこちらで気ままに暮らしている姿だった。
さすがのアノマロカリスも陸までは上がって来れないのだろう。
三葉虫達の振る舞いもどこか牧歌的に見える。
中には、仲間だと思ってロボットにすり寄ってくる個体もいたほどだ。
しかし、そんな平穏も長続きはしなかった。
ロボットの後を付けていた不届き者がいたのだ。
その不届き者が陸に上がると、三葉虫達はてんでバラバラの方向へ逃げ、中には身体を折り曲げて、防御態勢に入っている個体もいる。
三葉虫の平和を脅かす輩の正体を見てやろうと、杉野がロボットを操作して後ろを向かせると、そこには坂田が追いかけられたあのサソリがいたのだった。
「あっ! あいつ! 全然見かけねぇと思ったら、付けてやがったのか!」
さっきまで大人しく釣りをしていた坂田が自分の宿敵を見つけ、画面を食い入るように見る。
そんな坂田を押しのけて、慌てた様子の藤原が指示を出した
「これ以上、キズが付いたら修理が面倒だ。一旦、何処かに逃げてくれ」
「逃げるって、何処に!?」
「あ! あそこに水辺があるのであります!」
神谷が指差した先には、さっきの池とは違う水辺が広がっていた。
もしかしたら、岩壁で隔てられた違う生け簀なのかもしれない。
さっきまでいた池もあれだけ危険だったのに、他の生け簀が安全だとは思えないが、このままサソリに襲われるよりはマシだろう。
杉野は決心して、ロボットをその新たな生け簀へ飛び込ませた。
生け簀の中は、思っていたよりも静かだった。
さっきまでいた池は奇妙な生き物で溢れていたのに、ここには小魚の一匹も見当たらない。
この生け簀には何も入っていないのかと杉野が考えていると、ロボットの前にとんでもなく奇妙な姿をした魚が横切った。
一瞬だったのでよく見えなかったが、その魚には身体に小さな穴がいくつも開いていて、口はなく、代わりに豚の鼻のような物が付いていた。
「こいつはたまげた! カンブリア紀の次はデボン紀か!」
「デボ……なんですって?」
「デボン紀だよ! 今から約四億年前の地球の地質年代さ。この時代は、なんといっても『魚の時代』と云われるほどに魚類が繁栄していた時代なんだ! この『レゲンドレレピス』もこう見えてれっきとした魚なんだよ!」
「これが魚ですか……」
「エイリアンにしか見えねぇけどな」
自分の仕事をサボって映像を覗き込んでいた坂田がボソッと呟くと、藤原が珍しく声を荒げて怒った。
「失礼な! このレゲンドレレピスは正真正銘、間違いなく地球で生まれた生物だよ! この子の子孫として有力なヤツメウナギにも同じような鰓孔があるというのがその証拠だ!」
一息に言いきると、近場にあった水筒の水を飲み干した。
「とにかく、もっと奥に進みたまえ! 他にもいるかもしれない」
「はーい、了解でーす」
藤原の指示に軽く返してから、杉野はロボットに前進の指示を送った。
しばらく、ロボットを気ままに泳がせていると、遠くの方にムカデのようなシルエットが見えた。
近づいてみると、やはりムカデだった。
しかし、水中をくねくねと泳ぎ、ムカデにしては大きい目ん玉がこちらを見つめる姿は、何とも言えない違和感があった。
ふと、横を見ると、それまでノートに記録を付けていた八坂が映像に映るムカデもどきを見て、凍りついていた。
そういえば、このジャングルに入った時に巨大ムカデ――正確にはヤスデだが――に追いかけられていたっけか。
八坂のトラウマをこれ以上刺激しないように、杉野はロボットの向きを変えて、それ以上ムカデもどきが映らないようにした。
少しばかり、藤原の機嫌が悪くなってしまったが、杉野にとっては八坂の心の平穏の方が大事なのだ。
それからしばらくして、藤原から浮上するようにと指示を受けた。
すぐさま、ロボットに浮上の指示を出して、水面を目指す。
ロボットのバラストタンクからさっき吸い込んだばっかりの水を排出し、どんどん水面へ近づいていく。
ちなみに、最初に入った池の水を撒いてしまわないように、この生け簀にはバラストタンクを空にしてから入っている。
とはいっても、どちらも同じ淡水だったので、そんなに意味はないように思えるが……。
水面へ浮上すると、やはりさっきの池と同じように岩の天井にライトが設置されていた。
誰が設置したのかはとんと見当もつかないが、こんな奥まった所にもライトを付けるなんて、なんともご苦労なことだ。
そんなことを考えていると、画面に映る水面に何か不審な物が見えた気がした。
杉野は目を擦って、もう一回画面をよく見てみた。
そこには、水面に飛び出した金床がこちらに近づいてくるのが確かに見えた。
「藤原さん、あれはなんですか?」
「ん~? あぁ、あれは鮫の背鰭だね」
「鮫の鰭かぁ。なんか、変な形してますけど、あれも古代の魚なんですか?」
「そうだよぉ、おそらくあれは『ステタカントゥス』の背鰭だろうね。そうだ、水中に潜ってごらん」
藤原の言われた通りにロボットを水中に潜らせると、額に無数の細かい棘を付けた鮫が目の前まで迫っていた。
いつの間にか、急接近していたらしい。
鮫の口元をよく見てみると、何か虫のような物を咥えている。
それは、紛れもなくさっき見たムカデもどきだった。
気の毒なことに、足のほとんどは千切れ、二つあった大きな目ん玉は片方しか残っていない。
まさに、弱肉強食といえる光景が目の前に広がっていたのだ。
お食事中だったようで、気が立っている鮫はそのままロボットも食おうと牙を突き立ててきた。
しかし、強化ガラスで出来たボディを割ることなど、そうそうできるはずもない。
必死に噛みついてくるが、いくつかキズが付く程度だ。
「どうしますか? 振動機能、使いますか?」
「いや、その必要はないようだ」
藤原が妙なことを言うので画面に目を戻すと、今迄は鮫の口の中しか映っていなかったのが、どういうわけか向こう側が見えていた。
どうやら、鮫の頭以外が何者かによって引きちぎられ、残った頭はロボットのボディに牙が食い込み引っかかったまま取れなくなっていたようだ。
その何者かを探そうとあちこち探してみると、金床型の背びれをした鮫の体を咥えた巨大魚を見つけてしまった。
「あ、あれは、ダンクルオステウス!」
藤原が興奮気味に叫び、巨大魚を映しているノーパソの画面を齧りつくように見つめた。
杉野はその巨大魚を何処かで見たような気がした。
何処だったか思い出せないでいると、今度は神谷が叫んだ。
「あぁ! 思い出しました、この魚ですよ! 自分を助けてくれたのは!」
そういえば、この島に来たばかりの時に、大発から落ちた神谷が何者かに助けてくれたと言っていった。
ただ、その正体を見る限り、助けられたというよりは、自分の巣に持ち帰ろうとして失敗したのだろう。
そんな呑気な会話を繰り広げていると、その巨大魚は鮫の頭ごとロボットを咥え込んできた。
巨大魚のギロチンのような牙がロボットの外殻に容赦なく食い込んでいく。
「これ、ほんとに大丈夫なんですかね。さすがの強化ガラスといえど割れるんじゃ?」
「いや、そんなはずは――」
藤原が言いかける途中で、ロボットの外殻にピシッとヒビが入る音が聞こえた。
「ダメだ! 杉野君、振動機能を使ってくれ! 早く!」
「了解!」
杉野がコントローラーの振動ボタンを押すと、巨大魚の口の中でロボットが震え出した。
しかし、離すどころか、得物を逃がすまいとさらに顎の力が強くなり、ロボットの外殻はミシミシと今にも割れそうな音を出す。
「効いてません!」
「しょうがない、奥の手を使うか。……杉野君、コントローラーに付いている赤いボタンを押してくれ」
「え、えーっと、赤いボタンは……あった!」
藤原の言うボタンは、なんとコントローラーの裏側にあった。
なるべく押されたくないらしく、ご丁寧にプラスチック製のカバーまで付いている。
カバーをパカッと開けて、遠慮なくボタンを押すと、映像の中の巨大魚が急に苦しみだした。
そして、なにが起こったのか理解するまえに、巨大魚は尻尾を巻いて逃げてしまった。
「い、今のは?」
「とっておきの奥の手、『電気ショック発生装置』さ」
こうして、かつて一行を襲った巨大魚はあっけなく撃退されたのであった。




