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Operation Soul~若者達の幽霊退治~  作者: 杉之浦翔大朗
第四章 UMA ATTACKS
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45 ユートピアの門番

 騒がしい鳥の声で目を覚ますと、すでに杉野以外のメンバーはテントにいなかった。

 寝ぼけ眼を擦って外に出てみると、待ち構えていたのか、テントの出入口のすぐ目の前に藤原が立っていた。

 杉野が軽くびっくりしていると、藤原が棒状の何かを手渡してきた。


「おはよう、杉野君。起きたばかりで悪いんだが、今日は朝から探索に行く予定だから、朝飯はそれで我慢してくれ」


 そう言われた杉野が渡された物をよく見てみると、それは黒い袋に入ったレーションであった。

 袋のラベルには「チキンライス」と書かれている。


「なんですか、これ?」


「棒メシという自衛隊のレーションだよ。さっき湯煎したばっかりだから、早めに食べてね」


 確かに、そのレーションはほのかに暖かかった。


「それじゃあ、いただきます」


 早速、そこらへんに置いてあった鋏で袋を切っていくと、切り口から白い湯気と共に香ばしい香りが漏れ出てくる。

 我慢できずに、杉野が袋の切れ端を手で千切ると、ほっかほかのチキンライスが姿を現した。

 ガブリとかぶりつくと、濃い目のケチャップ味のライスとスパイスがよくきいた鶏肉とのハーモニーが、空きっ腹の杉野に衝撃を与える。


「うめぇ!! なんすか、これ!? ほんとにレーションなんすか?」


 杉野は少し前にエリックからアメリカのレーション、確か「MRE」とかいうのを貰って、同室の三人で食べたことがあったのだが、常軌を逸するほどの不味さだったのだ。

 あれと比べれば、この棒メシはミシュラン三ツ星レベルといえるだろう。

 同じレーションでこれほどまでに味が違うとなると、疑ってしまうのも無理はない。


「正真正銘、自衛隊で使われているレーションだよ。そんなことより、早く出発したいから、それを食べたらすぐに準備してくれ。僕は戦車の点検をしてくるからね」


 そう言うと、藤原は自分の戦車に乗り込み、そのまま出てこなくなった。

 杉野は一旦テントに戻り、棒メシを食べながら今日の探索で使うであろう道具を自分の鞄に詰め込み始めた。



 準備が完了し、荷物を持って外に出ると、すでに他のメンバーは戦車に乗り込んでいた。

 遅れてしまった杉野も急いで車体の後方にある排気ダクトの辺りにしがみつき、開けっ放しのハッチに向かって頭を下げて、謝罪する。


「すいません、ちょっと準備にてこずっちゃって」


「大丈夫だよ、そんなに待ってないし。ほいじゃ、出発しますかね」


「あいよ!」


 藤原が合図を出すと、車内にいるらしい坂田が返事を返す。

 どうやら、今回の操縦士は坂田のようだ。

 坂田の返事からいくらかして、ゆっくりと戦車が動き出す。

 一応、人が車体の上に乗っているからか、慎重な発進だ。

 これが神谷の運転だったら、今頃振り落されていただろう。



 杉野が戦車の上での姿勢制御に慣れた頃、自分の隣に誰かいるのに気がついた。

 確か、この戦車の定員は四人だったはずだが、誰が追い出されたのだろうか。

 そう思って、後ろを振り返ってみると、そこには杉野と同じようにライフルを肩に掛け、戦車にしがみつく八坂がいた


「あれ、八坂さんもこっちなの? まだ、もう一人くらい入ると思うけど」


「なんか、見張りは多い方が良いって言われて、外に回された」


 自分は見張りとして外に出されたのだと、杉野は今更ながらに気づいた。

 こんな何がいるのか分からないジャングルでの見張り、しかも、戦車にしがみつきながらなのだから、相当神経を使う仕事だろう。

 これはかなりの貧乏くじを引いたようだと、杉野は少しばかし悲観的になったが、よく考えるとこれはチャンスなのではないかと思いなおした。

 八坂と二人での共同作業、それも危険が満載の仕事であることから、つり橋効果が期待できるのでないか。

 これをきっかけに、我らが幽体研究所玉籠支部の社内カップルが増える可能性もゼロではないだろう。

 杉野はそう自分に言い聞かせ、これからの仕事を乗り切るやる気を引き出したのであった。



 杉野が希望的観測に思いを馳せていると、昨日の夕方に発見した洞窟が見えてきた。

 相変わらず、奥の方は暗くてよく見えないが、昨日とは違って入り口の辺りは明るいため、少しは見える。

 とはいっても、灰色の岩肌が広がっているだけなので、そんなに面白いものではない。

 そう思っていたが、よく見てみるとあの小川が洞窟の方へ続いているのが分かった。

 この発見を知らせるために戦車の砲塔を軽く叩くと、ハッチがかなりの勢いで開き、中から藤原が顔を出した。


「何か見つけたかい!?」


「え、えっと、昨日のおぎゃわが洞窟の奥に続いてるみたいなんですけど」


 切羽詰まったような調子で聞くので、思わず噛んでしまった。


「なるほど、では気をつけないといけないねぇ。あの毒の持ち主がいるかも知れないし」


 なかなかに怖いことを言いながら、下にいる坂田へ前進の指示を出す。


「ところで、僕ら、外なんですけど、死んだりしないですよね」


「それは分からないなぁ。なんせ、相手はUMAだから、手加減なんてしてくれないだろうし、下手したら食われるかも」


「僕ら、食われちゃうんですか!?」


「ハッハッハッ、そんなに怖がらなくても、きっと大丈夫だよ。ほんとに危なくなったら、戦車の中に避難してきていいからね」


「今、避難したら駄目なんですかね」


「それは駄目」


 そう答えると、藤原は戦車の中に引っ込んでしまった。

 この様子だと、ほんとにギリギリまで入れてもらえなさそうだ。

 こうなったら、八坂だけでも守ろうと、杉野は心に誓った。


 

 戦車が洞窟の中にゆっくり入っていくと、だんだん外の光が届かなくなってきた。

 仕方がないので、マグライトで照らしてみるが、気休めにしかならない。

 前にエリックから借りた軍用のマグライトと違って、民生品なので出力が低く、あまり広い範囲を照らせないのだ。

 これでは、まともに見張りができないなと思い、再び砲塔を叩いて藤原を呼ぼうとすると、急に戦車の前方が明るくなった。

 身を乗り出して見てみると、戦車のヘッドライトが点いていた。

 確かに明るいが、ヘッドライト自体が固定されている為、あちこち照らすことができないのはいただけない。

 やはり、藤原にこれ以上の見張りは意味がないと伝えるべきだろう。

 そう思った杉野が砲塔を叩く前に、ハッチが開く音が聞こえた。

 マグライトで音がした方を照らしてみると、小型のスポットライトのような物がハッチから飛び出してきた。

「手持ち探照灯だ、よかったら使ってくれ。電池の消費が激しいから、長いこと使っちゃ駄目だぞ」

 戦車の中から藤原の声だけが聞こえる。

 杉野が探照灯を受け取ると、ガチャッとハッチが閉まり、それ以上の説明はなかった。

 しょうがないので、貰った探照灯の一つを八坂に渡し、自分も残った方をいじくりまわしていると、カチッという音と共に、生身の人間が浴びたら失明しそうなほど明るい光が洞窟の天井を照らしだした。


「こいつはすごい」


 そんな言葉がぽろっと出てしまうほどの光の強さに驚いていると、隣からヒッと息を吞むような声が聞こえた。

 隣の八坂が何か良からぬモノを見たのだろうと予測した杉野は、恐る恐る八坂の探照灯が照らした先を見上げてみた。

 そこには、無数の大小様々な目を持った、体長5mはありそうな灰色の巨大蜘蛛が天井に張り付いていた。



 あまりの光景に二人が固まっていると、再びハッチが開き、藤原が顔を出す。


「どうだい、よく見えるだろう。なんたって、駆逐艦の探照灯だから――」


 呑気に話していた藤原が蜘蛛に気づくと、一瞬言葉を失う。

 しかし、すぐに戦車の中に戻り、中にいる坂田達に指示を出していく。


「坂田君は砲塔の動きに合わせて車体を動かしてくれ! 神谷君は砲をめぇいっぱい上に向けて!」


 それだけ伝えると、今度は戦車の外にいる杉野達にも指示を出す。


「外の二人は銃であの蜘蛛を撃ってくれ! ライフル如きで殺せるとは思えないが、時間稼ぎくらいにはなるだろう」


 藤原の指示を聞いて、杉野は肩に掛けっぱなしだったライフルを構える。

 少し遅れて、八坂も同じように構え、さあ撃とうかというところで、今迄止まってこちらを見つめていた蜘蛛がカサカサと音を立てて、天井伝いにこちらへ向かってきた。


「ひぃぃぃぃぃ!! ムリムリムリ!! キモイキモイキモイ!!!」


 その虫らしい行動を見た八坂が恐慌状態に陥るが、もはやかまってられない。

 足で探照灯を動かしながら、杉野はライフルの狙いを蜘蛛に合わせた。

 ちなみに、持っていたマグライトは帽子にゴム紐で括り付けているのだが、やはり出力の関係で近くしか見えないので、使い物にならない。

 せいぜい、隣の人の顔が判別できるくらいしかできないのだ。

 そのため、遠くのターゲットを狙う場合は探照灯だよりとなってしまう。

 こんなことなら、エリックのマグライトを借りてこれば良かったと、杉野は今になって後悔した。



 探照灯で蜘蛛を照らし、素早く動くターゲットの動きを予測して、偏差射撃を試みた。

 パンッと一発撃ってみると、見事に蜘蛛の胴体に命中し、当たった所から緑の体液が吹き出る。

 だがしかし、5mもある巨大蜘蛛がライフル程度で死ぬはずもなく、少し動きが止まったと思ったら、またすぐにこちらへ向かって動き出した。

 それならばと、さらにもう一発食らわせるが、今度は命中してもビクともしない。

 それどころか、こちらへ向かってくるペースが早くなっているようにも見える。

 このままでは、食われてしまうと焦った杉野が藤原へ助けを求める。


「藤原さーん! この銃じゃ無理っすよ! 時間稼ぎにもなりゃしない! もっと強いのくださいよぉ」


 杉野の泣き言を聞いて、藤原がハッチから渋々といった感じで顔を出す。


「それ以上のはないよ。それより、砲撃の準備ができたから、杉野君達は戦車から降りていてくれ」


「降りるんですか!? この状況で?」


「あぁ、そうしないと間違えて撃ってしまうからね。あーそれと、降りてからも探照灯で蜘蛛を照らしてくれよ。こんな暗い中、明かりなしで当てるなんてのは無理だからね」


「分かりました。ほら、八坂さんも降りて」


「うぅ、もう蜘蛛来ない?」


 杉野はこんな状況でも、八坂のKawaiiを見落とさなかった。

 幼い子供のようなたどたどしい言い方、そしてなによりも、今にも泣きそうなその声が杉野の庇護欲を搔き立てる。

 無敵な気分になった杉野が、八坂の手を取り、戦車から降ろす。


「来たとしても、僕が守り切ってみせるさ」


「なんか、キザっぽくてヤダ」


 完璧に決まったっと自信たっぷりの杉野だったが、現実はかくも厳しいものであった。

 だが、ヤダとは言いながらも、満更でもないといった表情なのはどういう意味だろうか。

 脈ありだったら良いのだが。



 杉野が色恋沙汰に現を抜かしている間にも、状況は刻一刻と変わっていく。

 蜘蛛があと4mもないほど近づいたところで、戦車の砲が火を噴いたのだ。

 しかし、杉野達が探照灯で照らすのを怠ったせいなのか、はたまた砲手である神谷の腕の問題なのかは分からないが、砲弾は見事に外れ、後ろの岩壁へぶち当たった。

 それを見て、杉野は自分の仕事を思い出し、持ってた探照灯を蜘蛛に向ける。

 砲撃の音に驚いたのか、蜘蛛の動きは止まっていた。

 杉野がライフルで撃った時とは違って、今度は中々動きださない。

 しばらく観察していると、蜘蛛はピョンと地面へ飛び降り、戦車と距離を取った。

 怖気ついたのかと思って、杉野が再び銃で狙おうとすると、蜘蛛がお尻を上げ、その先っぽから白い糸を出してきた。

 幸い、戦車までは届かなかったが、その間を飛んでいた哀れな一匹の蝙蝠が糸に絡まった。

 何故だか気になって、探照灯の光をその蝙蝠に当ててみると、どうにも様子がおかしい。

 最初は勢いよく暴れていたのに、だんだんと動きが鈍くなっていき、ついにはまったく動かなくなってしまった。

 どうにも、暴れても無駄だと分かり、諦めたというわけではなさそうだ。

 蝙蝠の身体はまるで石にでもなったかのように制止し、呼吸をしているようにも見えない。

 つまり、そこから導き出される答えとは――。


「死んでいるようだね。あの蝙蝠は」


 戦車のハッチから顔を出していた藤原がそう呟く。

 専門家の言葉により、杉野の予測は確実なものとなった。

 あの糸には毒があるのだ。

 小動物なら、秒で殺せるほどの毒が。


「藤原さん! このままじゃ、ヤバいっすよ! 一旦、撤退しましょう」


「何を言うかね! こっちはまだ一発も当ててないのだよ! 毒くらいで怖気づいてられるか!」


 藤原が興奮した様子で叫ぶと、蜘蛛のお尻から第二射となる毒糸が飛んできた。

 それをすんでのところで躱した藤原が、戦車の中に指示を飛ばした。


「神谷君! 早く次の弾を発射したまえ! このままでは、相手のペースに乗せられてしまうぞ」


「ふへぇぇ! こっちは一人で装填から発射までやってんですから、無茶言わないでくださいよ! っていうか、藤原隊長も手伝ってください!」


 ハッチの奥から神谷の情けない叫び声が聞こえてくる。

 きっと、あの中は外なんかより何倍もキツイ環境なのだろう。

 この炎天下の中、ずーっと鉄の車体に囲まれ、いざ戦闘となればアチアチになった重い砲弾を装填しなければならないのだから堪らない。

 そう考えると、杉野達が外に配備されたことは幸運だったといえるだろう。



「次弾、装填完了! いつでも発射できます!」


「よし! よく狙って……まだだ、まだ……今だ! 撃て!」


 えらい長いこと溜めてから、 藤原が合図を出す。

 少し遅れて、砲撃音が洞窟内に鳴り響き、二発目の砲弾が蜘蛛に向かってかっ飛んでいくと、蜘蛛の近くで爆発したように見えた。

 着弾地点には砂煙が立ち込め、探照灯の光を当てても何も見えない。


「どうだ……今度こそ、やったか?」


 藤原がフラグを立て、それに答えるように煙の中から無傷の蜘蛛が顔を出した。


「いらんフラグ立てるから……」


 杉野がぼそっと呟くと、戦車の中から噴き出すような声が聞こえた。


「何を笑っているんだ、神谷君! 外れたんだから、さっさと次の弾を装填したまえ」


「おっと、失礼。了解であります!」


 戦車の中から再びガチャガチャと物音が聞こえ始め、神谷が頑張って次弾装填しているのが外からでも分かった。



 神谷が動き出したのを確認してから、藤原が杉野達に何かの瓶を二本投げ渡した。

 受け取った瓶をよく見てみると、ウォッカの瓶に湿った布切れが突っ込まれている。


「なんすか、これ?」


「火炎瓶だ。それに火を点けて、あの怪物に投げてくれ」


「ライターとか、持ってないんですけど……」


「そういえば、君は未成年だったか。……坂田君! 君、煙草は吸うかね?」


「一応、吸いますけど」


「よーし、では、ライターを貸してくれ。安心したまえ、ちゃんと返すから」


 藤原が戦車の操縦席にいる坂田からライターを借り、そのまま杉野に又貸しした。

 早速、受け取ったライター――VT250Fインテグラの刻印が施されたZippoライターだ――で瓶から飛び出た布切れに火を点け、一本を八坂に渡す。


「これ、あの蜘蛛に投げて」


「見たくないんだけど」


「それじゃあ、僕と同じ方向に投げてくれればいいから」


「……分かった」


 まだ、恐怖心が残っているようだが、なんとか納得してくれた。



 重い探照灯を持っているとうまく投げられないので、探照灯を戦車の上に置いて、蜘蛛に向ける。

 幸い、先程の砲撃で警戒しているようで、蜘蛛は微動だにしない。


「じゃ、一、二の三で投げるよ」


「うん」


 ストレス過多で少々幼児退行の傾向が見られる八坂でも分かりやすいように、打ち合わせをする。

 これが外れたとしても、戦車の砲撃があるのだから、そこまで力まないでもいい。

 しかし、これ以上あの蜘蛛に動き回られるのは、八坂の精神によろしくない。

 なるべく、この一発で仕留めるべきだろう。


「それじゃ、いくよ! 一、二の、三!」


 杉野の合図で、二人の手から放たれた火炎瓶は、蜘蛛に向かって山なりに飛んでいった。

 投げた拍子に片手が探照灯に当たってしまい、倒れてしまったので蜘蛛の様子はまったく見えなくなっていた。

 しかし、火炎瓶が蜘蛛に近づくにつれて、無数の光が暗闇の向こうに見えてきた。

 それは、暗闇の中を悠々と飛ぶ火の玉とそれを見つめる蜘蛛の無数の目が織りなす奇跡のような光景だった。

 頭や胴体だけでなく、脚にもついているその無数の目に、まるで季節外れのクリスマスツリーかのように火炎瓶の火が反射していたのだ。

 とてもグロテスクで、とても奇麗だった。

 そして、その火の玉が蜘蛛に突撃し、そのグロテスクなクリスマスツリーはものの見事に燃え盛った。


 火だるまになった蜘蛛が暴れるたびに、天井で様子を見ていた蝙蝠達が火から逃げようと、バサバサと飛び回る。

 中には、逃げ切れた運の良い蝙蝠もいたが、ほとんどは蜘蛛に点いた火に引火し、丸焦げになってしまっていた。

 さらにかわいそうなことに、勢いよく燃えていた蜘蛛が苦し紛れに毒糸をあちこちに撒き散らすので、そのせいで死んだ蝙蝠も少なくなかった。

 このままでは、こちらにも毒糸が飛んできそうなので、暴れる蜘蛛をぽけっと見ていた神谷に藤原が指示を飛ばす。


 藤原の指示で、我に返った神谷が次の一発を装填した。

 今回は煌々と燃えている相手に撃ち込むので、探照灯で照らす必要はない。

 ただ、心配事があるとすれば、弾が九〇式榴弾しか残っていない事だろう。

 徹甲弾とは違い、ちょっとした刺激で爆発しかねない榴弾をこんな蝙蝠がたくさん飛んでいる空間で撃つのは、少々危険が伴う。

 もし、戦車のすぐ近くで爆発したら、車内の人間はともかく、外に出ている杉野達が危ない。

 しかし、このまま尻込みしていたら、無差別に撒き散らされる毒糸で杉野達が死ぬかもしれない。

 神谷は覚悟を決めて、照準器を覗き込むと、赤く燃え盛る巨大蜘蛛に狙いをつけた。

 多少、右や左に動いてはいるが、このくらいの動きなら当てられる。

 無事に当たってくれよと祈りながら、神谷は引き金を引いた。



 ボンッと音を立てて、砲弾が発射され、蝙蝠の間を縫って未だに燃えている蜘蛛に直撃した。

 九〇式榴弾が爆発し、金属片が四方に飛び散ると、蜘蛛の周りを飛んでいた蝙蝠を落としていく。

 肝心の蜘蛛の方はというと、砂埃や爆発の煙に包まれて姿が見えない。


 全ての金属片が撒き散らされ、爆発によって舞い上がった砂埃が収まる頃には、爆心地に動いている者はいなかった。

 爆発によって、蜘蛛に点いていた炎も消えていたので、杉野が探照灯を当ててみる。

 そこには、ほとんどの脚が千切れ、胴体には無数の穴が空いていたりと、見るも無残な姿で絶命している巨大蜘蛛の姿があった。

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