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Operation Soul~若者達の幽霊退治~  作者: 杉之浦翔大朗
第四章 UMA ATTACKS
43/103

43 鈴電島

 島に着くまでの間、またあの怪物が襲ってこないか、不安でどうにかなりそうだった。

 しかし、運の良いことに相手の方が諦めたのか、何も起こらなかった。


 

 島の近くまで来ると、あちこちに錆びた鉄の棒が水面から伸びているのが見えてくる。


「あれはなんですかね?」


 杉野が聞いてみると、少し反応するのが遅れた藤原が慌てて答える。


「あ、ああ、これはちょっと、僕にも分からないねぇ。停泊用の柱なのか、何らかの兵器なのか、謎が深まるねぇ」


 藤原のロマンあふるる答えを聞いていると、大発が岸に乗り上げる衝撃が襲ってきた。


「よし、着いたよ。ここが今回の目的地、『鈴電島』だ」


 藤原が上陸宣言をすると、杉野達へ大発の艦首に付いてる板を下ろすように指示した。

 指示を受けた若者三人が船内から板を押すと、意外にすんなりと下ろすことができた。


「では、戦車を下ろすから、先に出ていてくれたまえ」


 言いながら、藤原は戦車によじ登り、ハッチから中へ入ってしまった。

 杉田達が板から砂浜へ飛び降りると、後ろの方から戦車のエンジン音が聞こえてきた。

 エリック所有のドイツ製戦車よりかは静かなエンジン音を鳴らして戦車が動きだすと、島の奥から鳥が飛び立つバサバサという音が聞こえてくる。

 静かだった島の空気を震わすエンジン音を響かせながら、戦車が板を伝って砂浜へ降り立ち、杉野達の小さな足跡しかなかった砂浜に巨大な足跡をつけた。

 ある意味、これも環境破壊だなと杉野が思っていると、戦車のハッチが開き、藤原が顔を出す。


「ところで、その近くに神谷君はいなかったかい? ここからだと遠くの方はよく見えるんだけども、近くだと死角が多くてね」


「いや、いませんでしたよ。もし見つけたら真っ先に知らせてますもん」


 杉野の答えを聞き、藤原の表情が険しくなる。


「そうか、いないか。こいつは、困ったぞ」


 そう言うと、戦車から降りて頭を抱えながらうろうろしだした。


「やはり、僕の監督責任になってしまうのだろうか。なってしまうよなぁ、そりゃ。はぁ~、こいつは厄介なことになってしまったなぁ、ほんとに」


 ぶつぶつと独り言を喋りながら、あっちへ行ったりこっちへ行ったりしている藤原を見て、杉野達まで不安になってきた。


「もしかして、あの怪物に……」


 杉野の呟きは、坂田に口を塞がれたことにより中断された。

 しかし、坂田も杉野につられてそう考えてしまったのか、暗い表情で湖を見つめている。


「あー、もう! そんな暗い顔してる暇があったら、早く探しに行くよ! まだ死んだって決まったわけじゃないでしょ!」


 珍しく、八坂が大声で発破をかけたので、どん底まで落ち込んでいた杉野達の表情がいくらか明るくなる。


「……そうだ、あいつはこれくらいで死ぬようなタマじゃねぇ。よっしゃ、探しに行くぞ! 杉野!」


「そうっすね、早く見つけてやりましょう!」


 一瞬で、元のやる気満点な二人に戻ったのを見て、さっきまで自責の念に苛まれていた藤原も思わず感心する。


「……君達はほんとに良いチームなんだね。いやはや、スカウトできないのが残念だよ。ほんとに、残念だ」


「何やってんすか、藤原隊長! 早く、探しに行きますよ」


 少し寂しい顔をしていた藤原に坂田が呼びかけると、それに答えるように軽く手を挙げた。


「あぁ、先に行っててくれ。僕は戦車に乗って行くから」


 それだけ言うと、藤原は戦車に乗り込んだ。

 小柄な車体がぶるぶる震えながらゆっくりと動きだし、砂浜に履帯の後を残す。

 先に島の奥へと進んで行った杉野達の後を追いかけて、戦車は前進していった。



 シダやヤシの木などの南国系植物の群れをかき分け、島の奥へ進んで行った杉野達は、今になってこのジャングルに突入したことを後悔した。

 今は夏真っ盛りの七月、こんな蒸し蒸しするジャングルの中で人探しなど、正気の沙汰ではない。

 だが、尋ね人の神谷の事を考えれば、そうも言ってられない。

 自分達には、後から付いてきている戦車に積んだ水入りペットボトルが何本もある。

 しかし、神谷には個人携帯用の小さな水筒に1リッターほどしかないのだ。

 発見が遅れれば、命の危険もあるだろう。

 それだけは回避せねばなるまい。

 杉野が、暑さでぼーっとした頭でそんなことを考えていると、近くのシダの茂みからガサガサと音がした。

 神谷かと思ったが、こんなジャングルがあるような島だ。

 獰猛な猛獣かも知れない。

 現に、さっきからあちこちで聞こえている鳥の鳴き声が、日本の鳥のそれとはまったく違うのだ。

 アマゾンなどの熱帯雨林でよく聞くヒューイだとかギャーのような、日本の森林地帯ではまず聞けない鳴き声だ。

 さっき音がした方に坂田が近づいてみると、例の茂みからザザザっと何かが逃げるような音が聞こえた。


「坂田さん、ヤバいっすよ! ジャガーかなんかいるんすよ、きっと!」


「なーに言ってんだ。ここは日本だぜ? んなもん、いるわけねぇって」


 坂田が軽い口調で言うと、今度は八坂の近くから音がした。


「なによ!? なんなのよ!? ちょっと、どうにかしてよ、杉野!」


 びっくりした八坂が、文句を言いながら杉野の後ろに隠れた。


「わ、分かったから! 危ないから、戦車の陰に隠れてて」


 八坂が安全圏まで避難したのを確認してから、杉野が坂田にすがりついた。


「坂田さん! 一生のお願いなのですが、一緒に見に行ってくれないでしょうか?」


 惚れた女に泣き言を聞かれないように、小さな声で坂田へ懇願する。

 すると、坂田がニヤニヤした顔をして、杉野をさっき音がした方へ突き飛ばした。


「お前が頼られてんだ。ちったぁ良いとこ見せてやれよ」


「うぅ~、分かりましたよ! 行けばいいんでしょ! 行けば!」


 渋々、音がした茂みの方に杉野が近づいていく。

 シダが顔にかかるくらいの距離まで近づくも、特にジャガーやピューマが出てきたりはしなかった。

 杉野が安心していると、目の前の茂みが動いた。

 動いたというより、茂みが飛び出してきたと言った方がより正確だろう。

 その茂みが持っている物を見て、杉野はさらに驚愕する。

 なんと、自分が持っているのと同じ三八式歩兵銃だったのだ。


「もしかして、神谷?」


「おや、杉野隊員ではございませんか。こんなところで会えるとは、なんと奇遇な!」


 神谷が、草や葉っぱで装飾されたヘルメットを取って、素顔を見せた。

 それを見て、後ろで見守っていた坂田や戦車の陰からこちらを覗き見ていた八坂が駆け寄ってくる。


「おまっ! 神谷! 生きてたのかよ! たくっ、心配させんなよ」


 屈託のない笑顔で、坂田が神谷の肩をバンバン叩く。


「別に、心配してたわけじゃないけど、生きてて良かったわ」


 八坂も口ではそう言っているが、さっきまでの緊張した表情がすっかり消え、安心しきった表情へ変わっている。


 「いや~、一時はどうなることかと思ったけど、無事見つかって本当に良かったよ」


 戦車を近くに停めて、ハッチから顔だけ出した藤原の表情もさっきまでの思いつめた表情とは違って、幾分か明るくなっていた。

 それはそうだ、従兄から預かった人員の訃報を知らせるところだったのだから、気が気でなかったのだろう。


「はぁ、何だか心配をかけてしまったようで、どうもすいません。そんなことより、この先に凄い物を見つけたのです! 早く、付いてきてください!」


 相変わらず、マイペースな神谷を今度は見失うまいと、杉野達は急いで追いかけた。



 神谷に追いつくと、さっきまで視界を覆っていたシダのカーテンがなくなり、代わりに古代遺跡のような広場が出てきた。

 その広場には、アテネやローマにありそうな大理石で出来た柱や見たこともない字が書かれた大きな台座など、いかにも歴史的価値がありそうな物があちらこちらに生えていた。

 中には、女性の彫像やよく分からない生物の彫刻、戦士が描かれている壺など、芸術的な物も散見される。

 そして、何よりも目を引くのが、広場の中央の台座に鎮座する戦車だ。

 その戦車は、藤原が乗ってきた九七式中戦車とは違って、四角いコンパクトな車体だった

 さらに注目すべきは、あきらかにデカすぎる高角砲が載せられていたことだろう。


「これ、キングチーハーですよ! こいつは、チハたんの車体に十二(センチ)高角砲を載せたものでして――」


 案内してくれた神谷が興奮気味に戦車の説明を始めるのを、藤原が遮った。


「これは九七式じゃなくて、水陸両用戦車の特二式内火艇、通称『カミ車』だね。神谷君風に云うなら、キングカーミーといったところかな」


「キングカーミー!?」


 あまりに素っ頓狂な名前だったので、杉野も驚愕してしまう。


「僕も、まさかこんな物があるとは思わなかったよ。もしかしたら、島の近くに生えていたあの鉄の柱はこのキングカーミーの成れの果てなのかもしれないね」


 水陸両用戦車とはいえ、こんな規格外な高角砲を積んで、まともな水上走行をできるわけがない。

 そう考えると、この戦車が世に知られていないのも納得だ。


「にしても、サビサビだな~。これ、撃てるのかね?」


 坂田の素朴な疑問に、第一発見者の神谷が答える。


「軽く見た感じだと、錆びを落として、油を差して、砲身を掃除してやれば撃てると思いますよ。まあ、肝心の砲弾がないんで、意味ないですけど」


 そう言って、高角砲の砲身を撫でる神谷の表情は何処となく虚しそうだった。



「それじゃ、そろそろ良い時間だし、飯にしよう」


 藤原の一言で、杉野達は有頂天になる。

 なんせ、朝八時に朝飯を食べたっきり、ほとんど何も食べていないのだ。

 新幹線の中で買ったカチカチアイスも駅に着くまでに溶けることはなく、しょうがないのであの時の男女にあげてしまい、食いそびれたのが悔やまれる。



 昼飯の準備中、どうしても我慢できない坂田が藤原に何かないかと尋ねると、戦車に入っていたクーラーボックスの中からラップに包まれたチーズを取り出した。

 そのチーズをまな板の上に置いて、一口サイズに切りわけ、坂田達四人に分け与える。

 早速、坂田がチーズを口に放り込んだ。


「塩辛っ! なんすかこのチーズ? 塩漬けにでもしてるんすか?」


「これはね、ペコリーノ・ロマーノといって、羊の乳から作られたチーズなんだよ。保存の為に塩をよくすりこんでから熟成させているから、普通のチーズよりも塩辛いんだよね。サラダやパスタにこれで削ってかけるのが本来の食べ方だから、そのまま食べるのはお勧めしないかな」


 言いながら、チーズ用のおろし器を取り出す。


「そんなら、なんでそのまま食べさせたんですか!?」


「いや、お腹が空いてるなら、多少味が濃くても平気かなと思って」


「腹減ってても、辛いのは辛いっすよ!」


 そう言って、坂田は持っていた水筒の水を飲み干した。



 色々あったが、どうにか調理の準備が整った。

 とはいっても、藤原が乗ってきた戦車から鍋やカセットコンロを出してきただけだが。



 まず、鍋に水を入れ、カセットコンロで沸騰するまで加熱していく。

 今回は藤原の得意料理のペペロンチーノということで、調理の大半は藤原に任せている。

 なので、入れる塩の分量も藤原任せだ。

 いつもよりも少な目とか言いながら入れているが、素人目に見てもあきらかに多いように見える。

 まあ、真夏の昼飯ならば、多少塩分が高くても問題ないだろう。



 鍋を火にかけている間に、ニンニク三片、乾燥唐辛子二本、瓶詰のオリーブの実十個を切っていく。

 ニンニクは薄くスライスし、唐辛子とオリーブは輪切りにする。

 この時に、ニンニクの芽を取り除いておくと良いらしい。

 なんでも、そのまま使うと苦味が出たり消化に悪かったりするらしいのだ。



 具材の下ごしらえが終わる頃には、鍋の水が沸騰していることだろう。

 鍋にパスタを入れたら、同時進行でソースを作っていく。

 まず、オリーブオイル――ピュアオイルが望ましい――をフライパンに注ぎ、先程スライスしたニンニクを入れたら、もう一つ出しておいたカセットコンロで加熱する。

 最初は中火で、オリーブオイルに沸々と泡が出てきたら、火を弱め、唐辛子とオリーブの実を入れる。

 藤原流の場合、ここで隠し味としてアンチョビソースを入れ、味にパンチを加える。

 そのまま、具材を揚げるように弱火で加熱していき、パスタが茹で上がったら、素早く湯切りし、ソースと和える。

 この時、茹で汁をお玉二杯分加え、ソースがクリーミ―な感じになるようにする。

 実は、これが一番重要だったりする。

 アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノはオイルソース系パスタなので、パサパサになっては駄目なのだ。

 最後に乾燥パセリをふりかけ、風味付けにエクストラバージンオリーブオイルを回しかける。

 以上が、藤原流アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノの作り方だ。



 なーんてやってる間に、八坂が作っていたサラダも出来上がり、全ての料理が食卓に揃った。

 ちなみに、今回はテーブルを持ってきていないので、広場の中央にある大理石の台座の上が食卓代わりだ。


「みんなご苦労さん。じゃ、早速食べようか」


 藤原の合図を待ってましたとばかりに、坂田がパスタにがっついた。

 遅れて、杉野もパスタを口に運んでみる。

 かなり濃い目の塩味をベースに、時折ニンニクのガツンとくる辛みやオリーブの渋みがアクセントになっていて、なかなか美味い。

 杉野がパスタに舌鼓を打っていると、藤原がさっきのチーズをパスタやサラダの上から専用のおろし器でおろしている。

 おろされたチーズが、まるで季節外れの白雪のようにパスタへ降り注ぐ。

 表面がチーズだらけになったパスタを藤原が美味そうに食べるので、他の面々はおもわず息を呑んだ。


「あのー、僕らもかけていいですかね? その、チーズ」


「あぁ、いいよ。どんどんかけちゃって」


 それを聞いて、遠慮というものを知らない坂田はパスタが真っ白になるまでかけ、塩っ辛さに苦しんだ。

 杉野も、坂田よりかは控えめな量をかけて、一口食べてみる。

 チーズ特有のコクと風味、そして何よりも塩辛い味が口の中いっぱいに広がる。

 パスタの次はサラダにかけてみた。

 このサラダは、ルッコラとミニトマト、そしてクルトンの三種類だけで作ったシンプルなサラダなのだが、チーズと合わさることにより、革命的な美味さに昇華した。

 なんせ、さっきまではバルサミコ酢とオリーブオイルだけの簡素なドレッシングで食べていたので、野菜と酢の味しかしなかったのだ。

 そこにチーズの塩味が加わり、ついでにトマトとの相乗効果で最強になったのだ。

 こいつは美味いと、サラダに目一杯ふりかけたら、案の定、塩辛くてまともに食えなくなったことを除けば、なかなか有意義な食事だったといえる。

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