42 島からの歓迎
駄弁ったり、水面を眺めたりして、適当に時間を潰していると遠くの方に島影が見えてきた。
「ようやく、見えてきたな。諸君、あれが今回の目的地である『鈴電島』だ」
藤原の口から聞きなれない島の名前を聞いた神谷が質問する。
「藤原隊長、あの島って地図にも載ってない島なんですよね。絶海の孤島ならともかく、湖の真ん中の島なんて一般人に知られていてもおかしくはないと思うのですが、どういうからくりなのですか?」
「そのからくりは至って単純なものだよ。政府による徹底した検閲によって、市販の地図はもちろん、地図アプリにも表示されない。それだけじゃなく、SNSや匿名掲示板などであの島に関する情報が出てきたら、一瞬で削除することだってできるんだ。なんでも、昔はその手のプロに頼んでたらしいけど、今はAIが代わりに消しているらしいよ」
また一つ、日本の闇を知ってしまったような気がして、杉野達は言葉を失ってしまう。
そんな四人の事は気にもせずに、藤原がさらに続ける。
「ちなみに、どうしてそんなことをしているかというとね、あの島は旧日本帝国軍の実験場だったらしいんだ。僕もあまり詳しいことは知らないけど、検閲しているくらいだからねぇ。さぞかし、おもしろ――興味深い実験が行われていたんだろうねぇ」
多少、本音が零れかけながらも、藤原の説明が無事終わった。
「……あのー、質問いいですか?」
「もちろん、いいとも!」
八坂が遠慮がちに手を挙げると、藤原のテンション高めな許可が下りてきた。
「あの島って、安全なんですか? 変なウイルスとか毒物があったら、どうすれば?」
「そればっかりは、着いてみないと分からないね。一応、戦車に防毒マスクが積んであるから、そういう危険があっても探索は可能だよ」
死の危険があったとしても探索を諦めないのは、研究者としての意地なのだろうか。
うちの博士と同じくらい、この人もマッドサイエンティストなんだなと、杉野は落胆してしまう。
やはり、今回の仕事もハードになりそうだ。
そう思ったのは杉野だけではないだろう。
杉野達のテンションがどん底へと落ちていったところで、藤原が景気づけに歌でも歌おうと言い出した。
勘弁してくれと杉野は思ったが、藤原に心酔している神谷は待ってましたと言わんばかりに飛び上がって、操縦席へ向かう。
少しすると、藤原と神谷による軍歌限定歌合戦が始まったので、他の三人は酔い止めを飲んでいたにも関わらず、気分が悪くなってきた。
しばらく、藤原達の歌に苦しめられていると、軍歌に紛れて、何かが水を切る音が聞こえるような気がして、杉野はあちこち見回してみた。
すると、件の島の方から巨大な魚影がかなりの速度でこちらへ泳いできているのに気づいた。
その魚影の大きさはブラックバスやチョウザメなどの淡水魚の域を遥かに越えていて、鯨と見間違うような大きさだった。
このままではぶつかってしまうと思った杉野が慌てて危険を知らせる。
「あのー! ちょっといいですか!」
杉野が大声で藤原を呼ぶも、相手は歌うのに夢中でまったく気づいてくれない。
そうこうしているうちに、その魚影はいつの間にか大発のすぐ近くまで近づいていた。
そして、その魚影が大発の下に潜り込むと、急に静かになる。
厳密には、藤原達の歌声があるので、完全な沈黙ではない。
しかし、その歌声も、大発が下から突き上げられた衝撃により、中断されることになる。
大発が謎の魚影に突き上げられて、最初に被害に遭ったのは八坂だった。
突き上げられた船体が水面に落ち、その拍子に水しぶきをもろに食らってしまった八坂が悲鳴を上げながら、もらったばかりのライフルを構える。
お気に入りのブラウスをびしょびしょにされた怒りか、はたまた未知の脅威に対しての防衛本能なのかは分からないが、やけに動きが速い。
八坂に遅れて、杉野と坂田も銃を構え、急いで大発の縁から水面を覗いてみるが、すでに逃げてしまったのか、魚の一匹も見当たらない。
それから二十分ほど、周りを探してみたが、やはり結果は同じだった。
探すのを諦めて、銃をそこらへんに置き、一休みしていると藤原が深刻な顔をしているのに気づいた。
「どうしたんですか? そんな世界の終わりみたいな顔して」
試しに杉野が聞いてみると、青い顔をした藤原が震えた声で答えた。
「……実は、さっきので神谷君が湖に落ちてしまってね。さっきから、必死に探しているんだけど、何処にもいないんだよ」
「「な、なんですってー!!!」」
杉野と坂田の同室組が叫ぶと、八坂が至って冷静に言った。
「まだ死んだとは言ってないんだから、落ち着きなさいな。第一、神谷も一応は泳げたはずだし、まだ近くにいるんじゃないの」
「ばっきゃろー、神谷はまだ犬かきしかできんのだ! しかも、プール以外で泳いだことがないんだぞ! こんな、足も着かないような湖のど真ん中でまともに泳げるわけないだろう!」
本人がいないのをいいことに、割と失礼な事を言っているような気がするが、今はそんな事を気にしている暇はないので、一旦聞き流して、八坂の言う通りに再び大発の周りを探してみる。
しかし、結果は変わらず、神谷の姿は何処にもなかった。
「もしかしたら、先に島の方に泳いでいったのかも?」
不安そうな声色で八坂が楽観的な仮説を言う。
「そ、そうだよな。きっと、神谷はまだ生きてる。そう、絶対に!」
坂田が自分に言い聞かせるように同調するので、杉野が元気づける。
「大丈夫っすよ! 僕らで泳ぎ方を教えたんですから、島まで泳ぎ切ってますよ。もしかしたら、島で僕らを待っているのかも? 藤原さん、先を急ぎましょう! これ以上、遅くなったら神谷に怒られちゃいますよ」
「う、うん、そうだね。そ、それじゃー、出発!」
まだ軽く動揺している藤原の頼りない号令で、再び大発が動き出した。




