38 コトリバコ
感動の告白が終わったところで、博士による謝罪が始まった。
「今回の騒動について、清水君には申し訳ないことをしてしまった。すまぬ」
杉野達は、この無責任な博士にも謝ることができたのだと驚いた。
「いえいえ、そんな。私の運が悪かったのが悪いので」
「そうか。そう言ってくれると、こちらも助かる。あと、このことは八坂君には内密に頼むぞ」
「あっ、はい」
さっきまでの謝罪モードから隠蔽モードに切り替えた博士がさらに続ける。
「このことは、ここにいる人間以外には口外禁止じゃぞ! 分かったな」
「へーい」「了解であります!」「はーい」
杉野達の適当な返事が返ってきたのを確認すると、博士が反省会を始めた。
「さて、今回の実験で何故あのようなことになってしまったのか、誰か分かる者はいるか?」
「準備不足!」「知らねぇー」「お腹が空いていたからでありましょうか?」
男性陣の適当な答えを聞いて、博士が呆れた顔をする。
「どれも違うわ! いいか! 今回の失敗原因として有力なのは、相手を見くびっていたことだ。これは、ワシの責任でもあるのだが、そこは今は忘れてくれ。実はな、君らが清水君の身体を探しに行ったあと、清水君が文字通り命がけで開いてくれたコトリバコを調べてみたところ、面白いことが分かったのじゃ」
「面白いことって?」
気になるところで切るので、思わず坂田が聞く。
「気になるか? おぬしも好きよのう」
「うるせぇ、はよ言え」
「まったく、相変わらず坂田君はツンデレじゃのう。いいだろう、教えてやる。なんと、その箱には血が入っていなかったのじゃ。他の箱と違ってな」
最後の箱以外は杉野も中身を確認していたのだが、どれもドロッとした赤黒い血と胎児の遺体が入っていたことを覚えている。
「ただ、胎児の遺体は入っていた。八体な。だが、その遺体も他の箱に入っていたものと違っていたのだが、何が違っていたのか分かるか?」
「性別が違う?」「もったいぶらねぇで、教えろや」「生ハムで出来た胎児だったのでありますよ」
「違うわい! あと、神谷君は腹が減っているのか? さっきからそんな回答ばかりだが……。まあ、よい、話を続けるぞ! 最後の箱の胎児だけ、カラカラに乾いて干物のようになっていたのだ」
「やっぱり生ハムじゃないですか!」
「違うわ! しょうがない、神谷君にはワシが楽しみに取っておいた干し肉をやるから、食べながら聞いてなさい」
「わーい! ありがとうございます!」
博士がそこら辺の棚から引っ張り出してきた干し肉の束を神谷に渡した。
「俺にもくれ」「僕にも」
他の二人もおすそ分けしてもらい、講義室代わりの研究フロアには肉の美味しそうな匂いが漂っていた。
「まったく、君らは……。えっほん! それでだ、君らが廃墟で見つけてきた箱と八尺村で貰った箱は違う年代に作られた物なのではないかと考えたのじゃ。これはワシの仮説なのじゃが、コトリバコという呪物は作られてから時間が経てば経つほど呪いの効果が強力になる性質を持っている可能性が高い。つまり、八尺村のコトリバコは、最近になってから作られた可能性が高いのじゃ」
「証拠はあんのかよ?」
干し肉をしゃぶりながら、坂田が質問する。
「それは、これからじっくりと調べていけばよい。藤原に頼んで、村の方を調べてもらうのもいいかもしれんな。まぁ、この仮定が真実だった場合の処分については藤原の方で決めてもらうとして、廃墟の方はもう調べがついておるのだよ」
博士が言い終わると、代わりにエリックが話し始めた。
「そこは俺が説明してやろう。なんせ、おめぇらが島根の方で遊んでる間に、俺が直々に調べ上げたんだからな」
「いや、別に遊んでたわけじゃ――」
杉野の弁解を遮って、エリックが続ける。
「あの廃墟の持ち主は、『吉村 光一』。現在は、奥三河の山奥にポツンと一軒だけあるボロ屋に住んでる。んで、俺が直接乗り込んで、話を聞いてみたら、簡単に教えてくれたよ」
「そりゃ、そんな怖い顔した大男がいきなり訪ねて来たら、誰だってビビって教えちゃうでしょ」
坂田が茶化すように言うと、エリックの眼光が鋭くなる。
「あぁ? 俺のハンサムフェイスがなんだって?」
「なんでもないでーす」
「まぁ、いい。話を続けるぞ。それで、そいつが教えてくれたのは、あのラブホは元々、カップルを呪い殺すために建てたらしい。なんとも、捻くれた奴だ」
「リア充爆発しろってやつでありますな」
確かに、部屋の中に放射性物質があったり、女子供を呪い殺す呪物があったりと、今にして思うと殺意マシマシなラブホだった。
杉野が納得している横で、坂田が何か凄い発見をしたような顔をしている。
「なるほど、そうか。俺が振られまくってたのは、やっぱりあのラブホのせいだったのか!」
「多分、違うと思いますけど……。っていうか、出来たばっかりの彼女さんが悲しい顔してますよ!」
杉野が指摘すると、坂田は急に焦りだして、違うんだよとか昔のことだからとか言い訳しだした。
しかし、悲しいように見えて、何処となく勝ち誇ったかのような清水の表情に、杉野は少し恐怖を覚えた。
「おーい! 聞いてるか? それで、そいつにコトリバコを何処で手に入れたか聞いたんだがよぉ、なんでもフリーマーケットで手に入れたとかで、前の持ち主の特定は難しいそうなんだ」
「なんでい! 自信たっぷりに語るから、出所を突き止めたのかと思ったら、全然駄目じゃないですか。うわー、カッコわるーい」
「うるせぇ! 廃墟の持ち主を見つけただけでも、充分な戦果だろうが!」
「まあ、そういうわけじゃ。あの箱が何処から来たのかについては分からなかったが、しっかりと呪物として使われたということは分かった。呪物というのは、呪いの道具として使われることもあれば、まったく気づかずにインテリアとして飾ってしまったりするようなケースもある。それを回収・確保し、研究するのが君らの使命だ。そう考えると、実に人の為になる仕事だと云えるな」
いい感じにまとめたところで、博士がニコッと笑った。
「では、今日の実験は終わりじゃ! 皆、ご苦労だったな」
「そういえば、清水さんの抜け殻が逃げ出したのって、どういう原理なんですか?」
博士が無理やり終わらせてしまう前に、杉野が気になっていたことを聞いてみた。
「なんじゃ、こっちが気持ちよく終わろうとしているのに、めんどくさいことを聞きおって。大方、コトリバコに封じ込められていた幽体が憑りついたのじゃろう」
「なるほど、ゾンビみたいなかんじですかね?」
「まあ、そんなもんじゃな。よし、もう質問はないな? では、今度こそ解散じゃ! ご苦労さん!」
色々と危ないことはあったが、どうにか実験を完遂したのであった。
数日後、杉野達は再び地下七階の研究フロアに呼び出されていた。
「なんだよ、これから昼飯って時に呼び出すんじゃねぇよ」
「すまんな、実験の準備が出来たから、早くやりたかったのじゃよ」
フロアには簡易机が用意されており、その上には色々な材料が並んでいる。
「では、早速実験を始めるとするかのう」
そう言って、まず博士が懐から取り出したのは、少し前に散々見た木箱だった。
「また、例の箱ですか!?」
杉野がうんざりしたように言うと、博士が否定する。
「いや、これはコトリバコではない、まだな」
不穏な言葉を残すと、箱の仕掛けを解いて、蓋を開け、その中へ試験管に入ったサラサラとした赤い液体を注ぎ込む。
「それって、もしかして……」
杉野が青い顔をして、恐る恐る聞く。
「あぁ、人間の血じゃよ。女のな」
「んなもん、何処で仕入れてきたんだよ!? もしや、博士……あんた! 杉野、ニンニク持ってこい」
「人を吸血鬼扱いするでないわい! ちゃんと、近くの大学病院から融通してもらった物じゃよ!」
それを聞いて、杉野達も一時は安心した。
しかし、博士が机の上に置いてあったタッパーから勾玉の形をした肉塊を取り出したので、再び驚愕する。
「次は、胎児でありますか!? それも、病院から?」
「いや、直接」
博士がとんでもないことを言おうとしたので、神谷は卒倒しそうになった。
「直接って、さ、殺人!?」
代わりに、杉野が聞いてみる。
「冗談じゃよ、これも病院から提供してもらった物じゃ。少し前におろしたばっかりらしいから、まだ新鮮じゃぞ」
ついには、神谷が泣き出してしまった。
「やい! この、鬼畜博士! こう見えても、神谷は打たれ弱いんだぞ!」
坂田が泣いている神谷をあやしながら、博士に抗議した。
「うるさいのう。今回は、君らに手伝ってもらうことはないから、黙って見ていなさい!」
「俺ら、いるのかよ?」
坂田の疑問を無視して、博士が黙々と胎児を箱に入れていく。
時折、箱の中に溜まった血が溢れたりして、ちょっとグロイ。
博士が最後の胎児を入れたところで、杉野が違和感に気づく。
「これ、全部で九体ありません? そんなに入れて、大丈夫なんですか?」
「それが、今回の実験の目的じゃよ。前回の実験では最大で八体までしか入っていなかったが、九体入れたらどんな強力な呪物が出来上がることか」
あまりにも、ワクワクした顔をして言うので、杉野はそれ以上何も言えなかった。
博士が箱を閉め終わると、ついに自家製コトリバコが完成した。
「これは素晴らしい! こいつを使えば、国一つ滅ぼすこともそう難しくは――」
「すいませーん、ご飯出来たんですけどー」
博士が悪の親玉のようなことを口走っているのを遮って、いつの間にかエレベーターから出てきた八坂が昼飯が出来たことを知らせてきた。
「えーい!」
咄嗟に、杉野が博士の持つコトリバコを取り上げ、そこらにあった焼却炉に放り込んだ。
「あぁ、ワシのコトリバコが……燃えてゆく」
おそらく、日本で初めて作られたであろう、胎児を九体も使った贅沢なコトリバコは、他の実験で出た廃棄物と一緒に焼却炉で燃やされてしまったのであった。




