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Operation Soul~若者達の幽霊退治~  作者: 杉之浦翔大朗
第三章 Kids in the box
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34 宇宙線実験

 滞りなく作業は進んでいき、一時間足らずで五個のコトリバコを解体することができた。

 どの箱にも、血と胎児の遺体が入っているのは変わらないのだが、ナンバリングが進むごとに中の遺体の数が増えていくので、杉野は少しばかり憂鬱になってきた。

 まだ、ミイラのように干からびていれば多少マシなのだが、どの遺体もまるでさっきまで生きていたかのような状態で、触ってみるとぷよぷよとした感触が感じられるほどだ。

 何故、腐ったり干からびたりしないのか、何かの呪術的な効果なのか、はたまた何かしらの薬品が用いられているのかは、ただ箱を破壊していただけの杉野には分からなかった。



 しかし、博士が箱の中から出てきた血を解析すると、驚くべきことが分かった。

 それは、箱から出てきた血にある化学物質が混ぜこまれているということだ。

 その化学物質とは、「ホルマリン」というものらしい。

 杉野もなんとなく聞いたことはあった。

 しかし、日常生活で扱う事などそうないので、実物を見るのは初めてであった。

 なぜなら、このホルマリンという物質、本来は遺体の保存や動物の死体を標本として瓶詰にする際に使う防腐剤としての役割が一般的だからだ。

 大学で医学や生物学を学んでいるのでもない限り、一般人が扱うことは皆無に等しい。

 もちろん、杉野達三人は高卒なので、そんな実験を行ったことはない。

 ついでに言うと、三人とも化学に関しての知識は乏しかったので、ホルマリンが劇物であることなど知る由もなかった。

 結局、博士から防毒マスクとゴム手袋が支給されたのは、五つ目の箱を開けてからだった。



 色々とトラブルはあったが、運よく一人も体調不良を訴える者が出なかったため、続けて六つ目の箱である、「ロッポウ」の解体に取り掛かることにした。

 早速、坂田がベレッタを使って破壊を試みるが、命中したはずのコトリバコには傷一つ付いてない。

 これは、実験をしていくうちに分かったことなのだが、箱の中に入っている胎児が多ければ多いほど箱自体が堅くなっているのだ。

 そのため、拳銃が効かない場合は、さらに威力のある兵器を使うことにしていた、

 今回も早めに諦め、次の方法である実弾による破壊を坂田が試みようとする前に、慌てて博士が止めた。


「ちょいと待ってくれ。この『ロッポウ』に関しては解体ではなく、ちょっとした実験に使おうと思う」


「実験っすか?」


「あぁ。ちょうどエリックが実験に使う機材を持ってきたようじゃぞ」


 研究フロアに通じるエレベーターの扉が開き、中から何処かで見たことがある小型ロケットを抱えたエリックが出てきた。

 それを見て、坂田がギョッとした顔をしたと思うと、サッと顔を背ける。


「おう、遅れてすまねぇな。こいつの最終調整に手間どっちまって」


 最初の「イッポウ」を解体した後に席を外して、そこからまったく姿を見せなかったのは、ロケットの準備をする為だったようだ。

 エリックも、前のロケットを坂田が持ち出して盛大に爆破したりしなければ、わざわざこんなギリギリまで調整せずに済んだろうに。

 少し、可哀そうなことをしてしまったのかもしれないと、杉野は後悔していた。

 まあ、本人は自分の不注意で紛失したと思い込んでいるようなので、真実を話すのはよしとこう。


「それで、そのロケットを使って何をするのでありますか?」


「いい質問だ。君らにはここまで色々な方法でコトリバコを破壊してもらったが、薄々、君らにも感じているように、箱の中の遺体が増えるごとに強度が増しているのか、破壊に失敗することが多くなってきておる。さっき破壊した『ゴホウ』も拳銃どころか対戦車バズーカを使っても破壊できず、最終的には自走砲の砲撃でようやく破壊できた。残りのコトリバコはあと三つなわけだが。このままでは、破壊できない物も出てくるかもしれない。そこでだ、この『ロッポウ』に関しては、兵器による破壊の前にちょっとしたトリックを使ってみようと思う」


「そのトリックとこのロケットがどう関係があるというのでありますか?」


「ふっふっふ、それはな……」


 それまで無表情を貫いていた博士が不敵に笑うと、床に置かれたロケットに近づく。

 そして、ロケットの真ん中辺りに付けられている取っ手を引っ張り、蓋を開けた。

 そこには、件の箱がちょうど一つ入りそうな空間が設けられていた。


「このロケットの中にコトリバコを入れて宇宙へ打ち上げ、宇宙線に晒したのち、ロケットに内蔵された射撃装置によってコトリバコの破壊を試みるという作戦じゃ」


 これまた、なんとも奇想天外な作戦内容に、杉野達は呆然としてしまっていた。

 やがて、我に返った神谷が質問する。


「宇宙へ打ち上げって、そんな小さなロケットで可能なのでありますか? 大抵、宇宙へ打ち上げられるようなロケットなんてもっと大きいと思うんですけど」


 神谷の質問に博士が嬉しそうに答えた。


「よくぞ聞いてくれた! こいつはなぁ、JAXAと我々幽体研究所が共同で開発した物資輸送用超小型ロケットなのじゃ。もちろん、これまでの実験で大気圏を突破して宇宙空間まで到達できることは証明されておるから、安心してくれ」


「そういえば、ここにも放射線を扱える機械ってありますよね? なんで、わざわざ宇宙に飛ばすんですか?」


 興味津々の神谷がさらに質問する。


「それはじゃな、放射線関係の機械を使おうとなると、色々と手続きがいるんじゃよ。ここの機械は本部の管理システムによって監視されておるから、勝手に使おうものならすぐに監査が飛んでくるんじゃ。その点、ロケットは優秀でのう。こっそり打ち上げれば、そうそうバレることはないし、打ち上げた後も、書類上は武器庫に保管されたままになっておるから、監査の時にだけレプリカを置いとけば問題はないのじゃよ」


「なるほど」


 さすがの神谷もかなり強引な理由だとは思ったが、あまり文句を言っていると聞いてもいない無駄話を延々とされそうなので、ツッコまないでおいた。



 屋内から打ち上げるわけにはいかないので、エレベーターで屋上へ移動することにした。

 小型とはいえ、全長2mもあるロケットをエレベーター内に押し込むのは至難の業だった。

 斜めにして入れたりしながら、どうにか入ったので良かったが、もし入らなかったらここまで入念な準備を進めてきた計画が頓挫するところだったのだ。

 杉野は、今になって不安になってきた。

 この計画性のなさに振り回されていたら、いつか大変なことになるような気がしたからだ。

 まあ、それを言っても改善してくれるような会社ではないことはよく分かっているつもりだが。

 杉野がこれからのことについて漠然とした不安を抱えたところで、屋上に着いたことを知らせるブザーが聞こえてきた。



 屋上に着いたら、また苦労してロケットをエレベーターから出し、屋上のど真ん中に配置する。

 これがなかなかの重労働で、杉野達若者三人がえっちらおっちら運んでいって、指定された位置に立てるだけで二十分もかかってしまった。


「ようし、ご苦労だったな。しばらくはやってもらうこともないから、あっちの小屋で休んできたまえ」


 そう言って、博士が指差した先には、見覚えのあるプレハブ小屋が建っていた。



 三月に使ってからずっと放置していたのか、小屋の中には炬燵が出しっぱなしになっていた。

 もう六月の真ん中だというのに扇風機の一つもない部屋には、外から容赦なく射している日光により熱気が溜まって、灼熱地獄と化している。


「こりゃ、外の方がマシなんじゃねぇのか?」


「あっ! あそこにエアコンのスイッチがありますよ!」


 神谷が部屋の奥にONとOFFだけのシンプルなスイッチを見つけ、早速電源を入れてみた。

 すると、天井の真ん中の吹き出し口から熱風が出てきたではないか。


「あっつ! 神谷! これ、暖房だぞ! 冷房にしろ、冷房に」


「あーすんません」


 軽く謝った神谷がスイッチのすぐ横にあるつまみを反対側に回した。

 さっきまで熱風が出ていた吹き出し口から、今度は冷たい風が出てくる。


「そうそう、これよ、これ。やっぱ、扇風機よりもエアコンよな~」


 杉野達が普段生活している居住フロアには扇風機しか置かれていないので、エアコンの人工的な風は非常に心地よかった。

 しかし、どういうわけか室温がどんどん下がっていき、ついには寒いとすら感じるほどになってきた。


「神谷! 今、何度になってる?」


「えーっと、-10℃であります」


 それを聞いた坂田が、すかさず炬燵に潜り込んだ。

 残された二人も急いで入ると、暖かくなるのを待つ。


「なんで、そんな一気に回しちゃうんだよ!」


「いや、そんなガッツリ回してないですよ! ほんとにちょっと回しただけで」


 それを聞いた坂田が炬燵から出て、さっき神谷がいじっていたつまみをよく見てみた。

 つまみには、右端に100℃、左端に-100℃という文字が印字されていた。


「なんじゃこりゃ!? 100℃とか何に使うんだよ!?」


 すぐさま、25℃くらいに設定し直すと、ゆっくりと室温が上がっていき、ちょうどいいくらいに落ち着いた。

 ようやっと、快適な空間を手に入れたと思ったら、小屋の扉が開き、博士が顔を出した。


「準備が出来たから、外に出てきなさい」


「えぇー、まだ全然休めてないんだけど!」


「十分も休めば充分じゃろう! さっさと出てこんかい!」


 杉野達が渋い顔をして、小屋から出てくると、嫌気が差すほどの日差しと共に、むわっとした熱気が出迎えた。



 博士が、準備が整ったロケットの中にコトリバコを入れ、何かポチポチと操作したと思うと、こちらに走ってきた。

 小型とはいってもロケットなので、そこら中に煙を撒き散らす。

 そのため、少し遠くの方から見守っていないと、煙でなにがなんだか分からなくなるのだ。

 博士が杉野達の所に避難し終わるのと、ロケットが発射したのはほぼ同時だった。

 少し前に狭いエレベーターシャフト内で聞いた音よりは迫力に欠けるが、それでもかなりの轟音だ。

 今度は少し遠くから見ているので、ロケットの尻から噴射される炎もその後に残る白い煙もよく見える。

 小さいからと見くびっていたが、こうしてみるとなかなかの迫力だ。


「よし! 無事に飛んだな。だが、ここからも油断はできんぞ。もし、ロシアや中国の方に飛んでいったら、まずいことになるからな」


 そう言うと、懐から何かの操作盤を取り出した。

 操作盤には、色とりどりのボタンと一緒に、アーケードゲーム機に付いているようなレバーが一本だけ付いていた。


「それで操作すんのかよ!?」


 坂田が驚愕するのを無視して、博士がレバーやスイッチをあちこち動かして、もはや白い点にしか見えないほど高く飛んでいったロケットを目視で確認しながら、操作する。


「よしよし、とりあえずは進路を西に取ったから、問題はないはずだ。では、すぐに下に戻ってロケットの様子をモニタリングするぞ! 早く行かないと、アメリカの荒野に落ちてしまう!」


 ちょいとばかし不穏なセリフを吐きながら博士がエレベーターに乗り込んだので、杉野達も急いでその後に続いた。



 エレベーターは研究フロアがある地下七階を通り過ぎて、その下の地下八階に止まった。

 そのフロアには、杉野も入ったことがなかったので、少しワクワクしてしまった。



 エレベーターの鉄扉が開くと、テレビ局にあるような壁一面に画面がいっぱいある部屋が広がっていた。

 壁の中央には一際大きい画面があり、宇宙から地球を、特に日本周辺を映した映像が流れている。

 その映像はほとんど変化がなく、まるで静止画のようだった。

 少しばかり、画面の端っこが揺れているので、かろうじてそれが動画であると認識することができる。

 その映像の違和感に杉野が気づくまでに、いくらかタイムラグがあった。

 その違和感とは、映像に映る地球のサイズが少しずつ大きくなっていったことだ。

 いや、大きくなっているのではない、離れているのだ。


「もしかして、これってロケットからの映像ですか?」


「左様。ロケットの外周に十個ほど小型カメラを付けておいたから、死角はないに等しい」


 言いながら、画面の前のコンソールを操作すると、違う方向を映している映像が流れた。


「んで、これで何が分かるんだ? 中の映像がないんじゃ、意味がねぇだろう」


「まあ、そう慌てなさんな。これから、箱を出すからのぅ」


 再び、博士が懐から操作盤を出し、数あるボタンのうちの一つをポチッと押すと、これ以上遠ざかることがなくなった地球に重なるようにコトリバコがふわふわと浮いてきた。


「それで、こいつを……」


 博士がさらにボタンを押していくと、ロケットから伸びてきたらしき二本のロボットアームが映像に映った。

 片方のアームの先っぽには、なんとベレッタがくっ付けてあり、もう片方には簡素な二本の指が付けられている。

 博士の操作で、ベレッタが付いている方のアームが箱の方へ伸びていき、ベレッタの銃口を箱に押し当てる。

 もう一方は、その二本の指を器用に使い、箱をガッシリと掴んで、動かないように固定した。


「よしよし、これで破壊されれば、ワシの仮説が正しいことになる」


「仮説ってなんすか?」


「今は話しかけるな! 集中しているんだ!」


「さーせん」


 怒られた坂田がしゅんとしてしまったが、そんなことは気にしない博士が操作盤の下の方に付いているトリガーを引くと、映像に映っていたベレッタのスライドが一瞬動いた。

 どうやら、弾を発射したようで、箱には小さな穴が開いており、そこから赤黒い血がぽろぽろと球体になって出てきている。


「実験は成功じゃ! やはり、ワシの仮説は正しかった!」


「その仮説ってなんなんすか? ってか、なんで地上では穴どころか傷も付かなかったのに、宇宙空間に出したら穴が開くんだよ!?」


「よくぞ聞いてくれな、青年よ! 調べたところ、あのコトリバコには幽体がみっしり詰まっておるんじゃ。おそらく、その幽体が何らかの形で物質を強化している可能性が高い。そこで、箱に放射線を当ててみたら、幽体が消滅するのではないかと考えたのじゃ。結果は見ての通り、地上では歯も立たなかった拳銃でも穴を開けることができた。つまりは、強い放射線を当てることにより、幽体は消滅するということが分かったのじゃ」


「はぁ、なるほど」


 坂田には難しいらしく、適当な返事が返ってきた。

 さらに博士が熱弁を振るおうとしたので、うんざりした杉野は博士に肝心なことを聞いてみた。


「あのー、すいません! ちょっと、いいですか?」


「なんじゃ! 人が気持ちよく語っている時に!」


「このロケットって、最終的にどうなるんですか?」


「それはもちろん、爆破するんじゃよ?」


「どうして!? 勿体ないっすよ!?」


「内緒で発射したからのう、バレる前に処理せんとめんどくさいことになるんじゃよ」


 言い終わると、操作盤の端っこに付いているガラスカバー付きの赤いボタンをカバーごと叩き割る。

 すると、さっきまで血の球が出続けていたコトリバコを映していた映像に、一瞬、閃光が走ったと思うと砂嵐に変わってしまった。


「これでよし! 後で、JAXAに匿名でデブリ情報を送っておけば、今日のうちに宇宙状況把握(SSA)システムに登録されるじゃろう。あーあと、モニターの電源を切っておいてくれ。じゃ、ワシは先に戻っておるからな」


 博士はそれだけ言い残すと、まだぽかんとしている杉野達を残して、エレベーターに乗り込み、研究フロアへ戻ってしまった。

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