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Operation Soul~若者達の幽霊退治~  作者: 杉之浦翔大朗
第三章 Kids in the box
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32 悶々ラーメン

 坂田達がツーリングを終えて、会社に戻ってくると、酷く機嫌の悪い博士が出迎えた。


「なーにをやっとるんじゃ、お前らは! バイクを回収したらはよう戻ってこんかい! この後も清水君には訓練やらなんやらやってもらわんといかんのに、まったく近頃の若者は……」


 壊れたラジオのように説教を垂れる博士にうんざりしてきた坂田は、奥の手を使って逃げることにした。


「あのー、俺、今日は休み貰ってるんで、これ以上時間を取るつもりなら、休日出勤ってことで給料を出していただかないと……」


「あーはいはい。それじゃあ、ちょうど昼時だから、清水君を食堂に連れて行きたまえ。ったく、あれが年長者に対する態度なのか?」


 まだブツブツ言ってる博士を放っておいて、坂田はまだ何も知らない新人を食堂へ案内した。



 食堂に着くと、すでに他のメンバーが集まっていた。

 その中に、神谷の姿がないのに気づいて、近場にいた八坂に聞いてみる。


「八坂ちゃーん! 神谷って、どこ行ったか知らん?」


「知りませんよ。私に聞かないで下さい。っていうか、その人、誰?」


 最近、訓練ばかりしているからか、少々気の荒い八坂が不愛想に答えた。


「あぁ、今日入ってきた新人の清水さん」


「どうも、八坂です。よろしく」


「よろしくお願いします、八坂さん」


「そんな怖い顔しないで、仲良くしてくれよ~」


 清水の表情も心なしか怒気を含んでいるような気がした坂田は、慌てて二人の仲を取り持った。


「別に、怖い顔なんてしてませんけど……」


 不機嫌な時の八坂の仏頂面は、一見すると怒っているように見えるかもしれない。

 だが、本人はいたって普通の表情をしているつもりなのだ。

 それとは対照的に、清水の表情は誰がどうみても怒っているようには見えない。

 しかし、坂田がこれまで培ってきた闘争本能が危険だと伝えているような気がしたのだ。

 その表情の奥底には、まるで獣が威嚇しているような凄みがある。

 このまま、この二人を対面させておくのは、非常に危険な気がした坂田は食堂の奥の方に座っている杉野の所に、清水を連れて避難した。


「おう、杉野! 元気か! いや~、帰るのがちょっと遅れちまっただけで、博士に説教食らっちまって、大変だったよ」


「へぇー、それは大変でしたね」


 杉野が適当に返事を返すと、清水に気づかれないように、坂田へ手招きして内緒話を始めた。


「それで、どうでした?」


「どうって、何が?」


「だから、まあ、その、こっちの方はうまくいったんですか」


 杉野が小指を立てながら聞いてみると、坂田の声がますます小さくなる。


「いや~、なかなかうまくいかなくてね。ツーリングして終わった」


「へぇ、悪くないじゃないですか。それ、脈ありですよ」


「そうかなぁ。俺的にはABCのAくらいはいけると思ったんだけどなぁ」


「さすがに、それは早くないっすか?」


「そうか? キスから始まるお付き合いとかもあったから、そんな早くはないだろう」


 坂田がそう言うと、急に杉野の機嫌が悪くなり、八坂のような仏頂面になってしまった。


「どうせ、僕は彼女いない歴=年齢ですから、坂田さんみたいなモテ男の役には立てませんよ」


 不貞腐れた杉野が、まだ昼飯も食べてないのに、エレベーターに乗って何処かへ行ってしまったので、坂田は後悔の念に苛まれた。



「えぇー、気を取り直して、ここが食堂です。基本的に朝昼晩の食事はここで取ってもらいます。つっても、外で食ってくるのも自由だし、さっきの杉野みたいに飯を食わんでもいい。うちの会社は結構ゆるいところあるからね」


 自分の話を真剣に聞いてる清水の視線に堪えられなくなってきた坂田は、思い出したように厨房を覗いた。


「さてと、今日の当番は誰じゃろなっと」


 厨房には、大きな寸胴鍋の前で難しい顔をしている神谷がいた。


「おーい! 神谷ー! ちょっと、いいか?」


「ん? なんですか? 今、ちょっと忙しいんですけど」


「わりぃわりぃ、新人にこの会社のもっとも重要なシステムを教えにきたところなんよ」


「はぁ、さいですか。それで、自分は何をすればいいのでありますか?」


 調理中に呼ばれたので、少し不機嫌な神谷が聞く。


「んにゃ、ちょっと呼んだだけ。えーと、この会社には専属シェフとかいないんで、自分達で飯を作ってもらってます。ちなみに、当番制で今日は神谷が、明日は俺が当番なんよ」


「坂田さんが作るお料理! すっごく楽しみです!」


 清水が尊敬の眼差しで見つめてくるので、褒められ慣れてない坂田は少し恥ずかしくなってきた。


「お、おう、そんなに楽しみにしてもらえるなら、俺も頑張りがいがあるよ。いつもはみんな無言で黙々と食べやがるからな」


「あのー、用がないのなら、あっちで大人しく待っててくれませんかね!」


 堪忍袋の緒が切れたらしい神谷が叫んだ。


「あぁ、すまん。えーと、今日の昼飯はラーメンかなんか?」


 厨房から漂ってくる醤油の匂いから、坂田が献立を当ててみると、神谷が不敵な笑みを浮かべた。


「ふふふ、分かりますか。実は、一昨日食べたラーメンを再現してみようと思いまして、今日のは凄いですよ! 麺を作るところからやってますから!」


「へ、へぇー」


 神谷のガチっぷりに若干引き気味な坂田が清水へテーブルに座っているように、指で指示した。


「それじゃあ、ちょいと味見してみようかなっと」


「あっ! ちょっと!」


 いつの間にか厨房に侵入した坂田が、寸胴鍋の中のスープをひょいっとスプーンで掬って、ズズっと啜ってみた。

 すると、口の中にあっさりとした醤油と少し濃い目な魚介出汁が合わさった極上の味が広がった。


「こ、こいつは!? あの時の味とは違うが、これはこれでうめぇぞ、おい!」


「ほんとでありますか! いやー、三時間くらい掛けて作ったかいがありました」


 

 その日は、今迄で一番美味しい昼飯が食べられたのであった。



 昼飯を食べ終わると、清水の訓練やらでなかなか会えない時間を過ごすことになり、坂田は悶々と昼寝することになった。

 もちろん、彼女のことが気になってほとんど眠れなかったのは、言うまでもない。

 結局、寝つけたのは午後五時を回ってからだった。



 眠い目を擦って、坂田がベットから起き上がったのは、午後七時を回ったところであった。

 もう、晩飯の時間をとうに過ぎているので、腹が減って仕方がない。

 しかし、食中毒防止のため、この会社では飯を作って置いておくという行為は基本的に禁止されている。

 つまり、時間までに食わなかった飯は問答無用で捨てられてしまうのだ。

 昼に残ったラーメンのスープも、規定に則って、神谷が泣きながら排水溝に捨てているのだ。

 少し勿体ない気もするが、安全衛生上仕方ないことなのだ。



 坂田は晩飯をどうしたものかと悩んでいたが、ふと、昨日駄菓子屋でブタメンを貰ったことを思い出した。

 成人男性一人の晩飯には少し物足りない気もするが、贅沢も言ってられない。

 各居住スペースにはガスコンロなどという贅沢な物はないが、電気ポッドくらいなら備え付けられている。

 しかも、博士お手製の改造が施されているので、わずか十秒でお湯を沸かすことができる優れものだ。

 坂田は、早速ポッドに水を入れ、ブタメンの蓋を半分剥がして、準備を整えた。

 ほどなくして、お湯が沸いたことを知らせるブザー音が鳴る。

 すぐさま、ブタメンのカップの中へお湯を注ぎ込み、三分待つ。



 三分後、腹が減ってもじっと我慢していた坂田は、セットしていたアラームが鳴ったのを合図に、蓋をザパっと取ると、付属の小さなフォークを器用に使って一気に麺を啜った。


「う~ん、やっぱこれだわ」


 子供の頃から慣れ親しんだ味を懐かしみながら、じっくりと味わって食べていると、隣の部屋から声が聞こえてきた。

 元々、隣の部屋は八坂一人が使っていたのだが、今日からは清水も一緒に暮らすことになるらしい。

 二人の様子が気になっていた坂田が壁に張り付いて、向こう側から聞こえてくる会話に全神経を集中させる。


「ところで、八坂さんは好きな人とかっています?」


「えっと、特にはいないです」


 どうやら、恋バナをしているようだ。

 やはり、女の子同士、そういう話もするんだなぁと、坂田は感心していた。

 あの仏頂面の八坂がガールズトークをするとは、思っていなかったからだ。



 坂田が鼻息を荒くして、隣の部屋からの会話に聞き耳を立てていると、部屋の鉄扉が開いて、杉野が入ってきた。


「……何やってんすか?」


 少し引き気味に聞いてみた杉野に、坂田が焦った様子で人差し指を口に当てた。


「しーっ! 声が大きい! 今、八坂ちゃんと清水さんが恋バナしてるんよ」


「ほう、それで坂田さんは乙女の内緒話を盗み聞きしてるんですか。へぇー」


 完全にドン引きした杉野が、坂田と一定の距離を取る。


「そんな、引かんでも……あっ! 八坂ちゃんがお前のこと話してるぞ!」


「それを早く言ってくださいよ」


 杉野が掌を返して、壁に張り付き、聞き耳を立てる。

 しかし、向こう側から聞こえてきたのは、「好きなアーティストは誰か」というありきたりな内容だった。


「違うじゃないですか!」


「へへっ、すまんな。でも、なかなか楽しいだろ?」


「まあ、それはそうですけど」


 確かに、自分が気になっている子が話しているのを聞くのは、割と楽しい。

 ただ、かなりリスキーな行為であることには変わらない。

 もし、バレてしまえば極刑は免れないだろう。


「やっぱ、ヤバいっすよ! バレたらどうなるか」


「なんで、壁に張り付いているのですか?」


 八坂が乗り込んできたのかと一瞬思った杉野が、羽毛布団に潜り込んだ。

 暑い夏の夜に羽毛布団に潜り込むという愚かな選択をしたことを、杉野は後悔した。

 なによりキツイのは、それがさっきまで坂田が被って寝ていた布団だったことだろう。


「あっつい!! しかも、びちょびちょだし! 何これ!?」


「すまん。それ、俺がさっきまで使ってた奴だわ」


 杉野が布団から勢いよく飛び出すと、そこには八坂ではなく神谷の姿があった。


「今日は随分と元気でありますな。自分はまだ、昨日の疲れが残っているので、つらいのでありますよ」


「いや、ちょっとびっくりしちゃって」


「ところで、何をやっていたので?」


「いやね、お隣から色々と聞こえてくるから、ちょっと聞き耳を立てていたのよ」


「所謂、盗み聞きというやつですな」


「いや、言い方!」


 ことの発端である坂田が叫ぶ。


「そういうことなら、良い物がありますよ」


 そう言って、神谷は自分のクローゼットから拡声器を取り出した。


「いやいや、そんなんで何するんよ?」


「こいつはですね、自分の趣味で作ってた集音マイクなのであります。ほら、中にマイクが入ってるでしょ」


 拡声器の内側を覗いてみると、小さなマイクがポン付けされているのが見えた。


「こいつを壁に当てて、このイヤホンジャックに適当なイヤホンのプラグを挿せば、壁に張り付くよりよっぽどクリアに聞こえますよ」


「どれどれ」


 興味津々な坂田が、ベットに置きっぱなしだった自分のウォークマンからイヤホンを抜き取り、拡声器に付いているイヤホンジャックにプラグを突っ込んだ。

 すると、さっきより数段クリアな音質で聞こえるようになった。


「これ、すげぇなぁ。お前、天才すぎるっしょ」


「ありがたきお言葉。ちなみに、イヤホンジャックはあと二つあるので、杉野隊員も良かったら」


「そいじゃあ、遠慮なく」


 杉野も自分のイヤホンを挿して、お隣の盗聴に勤しんだ。

 やることがなかった神谷もそれに加わる。


「あれ? なんも聞こえてこねぇぞ? 故障か?」


「いや、そんなはずは……」


 隣からの会話が聞こえてこなくなって、一分が経過し、三人が諦めかけたその時、八坂のささやく声が聞こえてきた。

 何を言っているのか気になった杉野が、すかさず拡声器に付いてるつまみをいじって、ボリュームを上げる。

 それでも、なかなか聞こえないと思っていたら、また静かになってしまった。

 次の瞬間、ドンという壁を叩く音が大音量で杉野達のイヤホンに送り込まれた。


「あ、あいつ! 気づいてやがったな!」


 杉野達の耳鳴りが止まないうちに、鉄扉を勢いよく蹴り開けて、右手に木製バットを携えた八坂が襲ってきた。



 この騒動は、うるさすぎて眠れなくなったエリックが仲裁しに来るまで続いたのであった。

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