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Operation Soul~若者達の幽霊退治~  作者: 杉之浦翔大朗
第三章 Kids in the box
29/103

29 帰るまでが遠征です!

 杉野達一行は新名神を抜け、伊勢湾岸道に入ってもなお、丸太を除去できないでいた。

 もちろん、SAで休憩がてら三人で丸太の除去を試みたのだが、十分ほど格闘し、数ミリ動いた程度という残念な結果で終わった。

 数分に及ぶ協議の結果、ここは一旦諦めて、帰ってから外そうということになった。

 会社に戻れば、戦車や他の車で引っ張り出すこともできるだろう。

 伊勢湾岸までの道中で通った料金所の全てをギリギリ通り抜けることができたのは、不幸中の幸いだった。

 このまま、警察に止められたりしなければ、晩飯までには帰れるだろう。



 後部座席の杉野が先程の戦いの疲れを癒していると、割れた窓ガラスの向こうから何処かで嗅いだことのある臭いが漂ってきた。

 前の席に座っている坂田も気づいたようで、すんすんと鼻を鳴らして頻りにその臭いを嗅いでいる。


「なんか、臭くね?」


「確かに臭いですね……これ、なんの臭いでしたっけ?」


 杉野達は、先程のどんちゃん騒ぎの疲れで記憶が曖昧になっていた。


「なんだろ? なんか嗅いだことある気がするんだけど……」


 坂田が海馬の記憶回路から目当ての記憶を探していくが、なかなか見つからないようで、頭を抱えたまま動かなくなった。

 そうしてる間にも、臭いはどんどん強くなっていく。

 気になってしょうがない杉野は、窓から顔を出して周りを見渡してみた。

 すると、車のすぐ後ろに白い布切れがひらひらと揺れているのが見える。

 その、布切れの白さを見て、杉野はようやく臭いの正体を思い出した。


「あ、ああ、あいつだぁぁぁ!! あいつが追いかけてきたんだ」


 杉野は震え声で危険を訴えるも、坂田達はまだピンときてないようで、まだ鼻を鳴らして臭いを嗅いでいる。


「あいつ? あいつって誰だよ? バイク小僧共がまた来やがったのか?」


「違いますって、あいつですよ! 八尺様ですよ!!」


「八尺様ですと!? そんな、今100km出して走ってんですよ! いくら八尺様でも追いつけるわけがない!」


「現にあの血生臭い臭いが漂ってるじゃないか! しかも、車のすぐ後ろにいるっぽいし」


 言われた神谷がサイドミラーで確認してみると、確かにひらひらと揺れる白い布切れが映っていた。

 そのまま見つめていると、神谷の車を追い越して、白いワンピースを着た八尺様が姿を現した。


「八尺様だ。ここまで我々の匂いを辿ってきたんだ。もう、お終いだ! あんな化け物相手に逃げ切れるはずがないんだ! うわぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ハンドルを強く握りしめたまま、パニックになった神谷が叫ぶ。

 その動揺は車にも伝わり、右へ左へと蛇行していく。


「ちょ、神谷! 落ち着けって、俺らがなんとかしてやるから! とりま、運転に集中してくれ!」


 坂田の説得により、どうにか落ち着きを取り戻した神谷が深呼吸をする。


「……すいません。取り乱しました」


「よし! じゃあ、運転は任せたぞ! 杉野、俺と二人であの怪物を退治するぞ」


「どうするんですか? 僕ら、空砲しか入ってない銃しかないんですよ」


「なーに、ああいう奴は銃声に慣れてねぇもんだ。ちょいと耳元でぶっ放してやりゃー、びびって逃げちまうさ」


「そんな簡単にいきますかね?」


「なんでもやってみなきゃ分かんねーぜ?」


 このまま何もしないよりかはマシだろうが、根本的な解決にはならないような気がする。

 おそらく、一回目は効くだろう。

 しかし、それも相手が慣れてしまったら、危険性がないことがバレてしまったら、そこでお終いだ。

 二回目は効かない可能性が高い。

 ぶっちゃけ、気休めにしかならなそうだ。

 杉野が考えを巡らせていると、すぐ横の窓の外から視線を感じた。

 恐る恐る窓の外に顔を向けてみると、いつか見た八尺様の人間離れした顔面がこちらを睨みつけていた。

 気づいた時には、銃口をその鼻っ面に向け、引き金を引いてしまっていた。

 さっきの坂田の空砲よりかはいくらか小さめの発砲音が鳴り響くと、初めて聞いた銃声に驚いた八尺様が後ろに飛び上がった。

 そのまま反対車線まで飛んでいき、ちょうど来ていた対向車に思いっきり轢かれていった。


「や、やりましたよ! あの八尺様を倒せました!」


「よくやった! これで、安心して帰れるな」


 無事に怪物退治を済ませた杉野一行が、名港トリトンに差し掛かったのはそれから十分後であった



 ご存知の方もいるかもしれないが、名港トリトンは横風が非常に強い。

 坂田なんかは、バイクで橋を渡り切るまでずっとタンクに突っ伏して、風の影響を極力受けないようにしているくらいだ。

 しかし、今日の名港トリトンは珍しく空いていた。

 いつもなら、夕方の帰宅ラッシュの時間帯はトラックや乗用車が互いに煽り合っていて、100km以上出さない車は確実に煽られているところだ。

 今日はそのような不届き者がいないので、一番左の走行車線を90km程の速度でゆっくりと走ることができた。

 神谷の愛車であるNVANは軽バンの中でも比較的背が高い方だったので、風に煽られてしまう速度で走らなくて済むのはありがたいことだった。



 ただ、神谷にはもっと速度を出さなければという強迫観念のような物が芽生えていた。



 なぜなら、さっきからルームミラーに白い点が見えていて、その点が少しずつ大きくなっているような気がするからだ。

 とはいえ、ここでスピードを出すと、車が風に煽られるかもしれない。

 神谷はどうするべきか悩んだ。

 そんななか、ルームミラーを覗き見た坂田が冷静に指示を出した。


「神谷、もうちょいスピード出して」


「これ以上出すと風に煽られちゃいますけど、よろしいですか?」


「構わん。なんなら、一気に150kmくらいまで上げてもいいぞ」


「そんな出したら吹っ飛んじゃいますよ」


 ハハハっと笑いながら、アクセルを踏み込んでいく神谷。

 その様子に、ようやく杉野も何が起きているのか理解した。



 ルームミラーに映る白い点は、はっきりと形が分かるくらいに近づいていた。

 神谷の予想通り、八尺様が舞い戻ってきたのだ。

 しかも、八尺様が着ている白いワンピースには所々赤い血らしき汚れが派手に付いていたりする。

 さらに迫力を増した八尺様が車に追いつくと、車の後ろや横に付いて、車体を無茶苦茶に引っ掻き回してきた。

 車内からも車体を爪で引っ掻くキーキーという金属音がよく聞こえる。


「あいつ、舐め腐ってやがるぜ」


「そのようでありますな」


「ここは一発、痛い目に合ってもらわなきゃな」


 坂田がそう言うと、後部座席に突き刺さったままの丸太に目をやる。


「まさか、この丸太を使うんですか?」


 杉野が聞くと、坂田がニヤッと不敵な笑みを浮かべた。


「その、まさかさ! 神谷! 思いっきりやってやれ!」


「了解!」


 坂田の号令を合図に、神谷が蛇行運転を始めた。


「杉野ー! シートにへばりついとけよ! お前まで飛んでっちまったら回収できねぇからな」


 杉野は言われた通りに、シートへ深く腰かけ、なるべく丸太に触れないようにした。



 蛇行運転はだんだんと大きくなっていき、丸太も車の動きに合わせて右へ左へと滑っていく。

 八尺様の方はというと、蛇行している車にピッタリくっついて離れようとしない。

 ちょうど、八尺様が左側から後部座席の杉野に襲いかかろうとしたタイミングで、坂田が指示を出した。


「今だ! やれ!」


「イエッサー!」


 神谷がハンドルを思いっきり左に切ると、車は左へグワッとスライドした。

 さらに、横風も加わって、車内にはかなりの横Gがかかっていた。

 八尺様にぶつかるかどうかというところで、今度は右にハンドルを切る。

 すると、丸太が外へ飛び出て、八尺様に直撃した。

 そのまま橋の欄干を突き破って、八尺様と丸太は仲良く海へと落ちていった。


「よっしゃぁぁ!! 今度こそ、くたばっただろ!」


「我々の完全勝利でありますな」


 大喜びしている坂田達とは違って、杉野の表情は芳しくなかった。

 あの、車に轢かれても追いかけてきた正真正銘の怪物がこのくらいでくたばるだろうか?

 結局、杉野が抱えていた不安は会社に帰るまで晴れなかった。



 あれからは、特にトラブルもなく、無事に会社まで戻ってこれた。

 さすがの杉野も、会社の地下駐車場に繋がるエレベーターまで入ってこれば、不安も消えてしまった。


「いやー、初めての遠征はトラブル続きだったけど、なんだかんだ楽しかったな!」


 坂田が杉野の緊張を解こうと、冗談なんかを言ってくる。


「楽しくなんてなかったっすよ。今度、遠征行く機会があったら、坂田さんだけで行ってくださいね」


「んな、つれないこと言うなよぉ」


 坂田と色々と言い合っていると、次第に緊張も解れて、いつもの杉野に戻ってくる。

 ただ、さっきから漂っている潮の臭いが少し気になってはいたが……。



 杉野達がワイワイと楽しんでいると、エレベーターが目的の階に着いたことを知らせるブザー音が聞こえてきた。


「さあ、着きましたよ。はぁー、ようやっと休めますわ。今日は、飯食ったら早めに寝よ」


 杉野がホッと一息ついている間にも、ゆっくりとエレベーターのシャッターが開いていく。


「俺はまだまだいけるぜ! 何なら、こっからひとっ走りしてきてもいいくら――」



 カァァァァァン!!!



 シャッターが開ききった瞬間、向こう側から黒い飛翔体がカッ飛んできたと思うと、車内を通って、唯一残っていたリアウィンドウのガラスを突き破り、すぐ後ろの鉄の壁にぶち当たった。

 壁に当たった飛翔体の弾かれた音がエレベーター内に反響して、杉野達の耳を虐める。


「なに、なんなの!? なにが飛んできたの!?」


「うぅ、耳が痛いのであります」


 杉野達が耳を塞ぎながら前方を見てみると、そこには申し訳なさそうな顔をして、オープントップの自走砲からこちらを見ているエリックの姿があった。



「いやー、すまねぇなぁ。まさか、こんなタイミングで帰ってくるとは思わなくてよぉ」


 自走砲から降りてきたエリックが軽い感じで謝りながら、こちらに向かってきた。


「冗談じゃないっすよ! あとちょびっとずれてたら死んでましたよ、俺ら!」


 坂田が車から降りて、エリックに抗議しに行く。


「まぁ、当たらなかったから良かったじゃねぇか。ところで、後ろの女性はどちら様だ? もしかして、途中でひっかけてきたのか?」


「後ろの?」


 思いっきり文句を言ってやろうと張り切っていた坂田が、思いがけない質問に思わず首を傾げる。

 嫌な予感がした杉野が後部座席から後ろを覗いてみると、そこには、戦車砲の直撃を受けて頭が半分になった八尺様がぶっ倒れていた。

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