28 ヤンキー狂想曲
山陰自動車道をひた走り、途中の篠坂PAにて休憩を取ることにした
わりかし綺麗なPAだったので、安心して休めそうだ。
しかし、安心したのも束の間、車から降りた杉野はゾッとするようなものを見てしまった。
助手席側のドアに鋭い爪で引っ搔いたような傷が無数に付いていたのだ。
このことを神谷に教えてやろうかと悩んでいると、PAにガラの悪いバイク集団が爆音を鳴らして入ってきた
そのバイク集団は、しばらく駐車場内をぐるぐる旋回してから、遠慮もなしに大型車用の駐車スペースを占有し始めた。
「あんの、糞野郎共! あんな所に停めたら邪魔になるだろうが! ちょっと文句言ってくるわ!」
それまで伸びやら欠伸やらをしてそこら辺でくつろいでいた坂田が激高した。
「はい!? いやいやいや、何言ってんすか!? もう帰るだけなんすよ!? めんどくさそうな奴らにちょっかいかけんでもいいでしょう!?」
「いーや! ああいうのは、ガツンと言ってやらんといかんのよ。ってか、同じバイク乗りとして許せんだろ、ああいうのはよぉ」
「だからって、坂田さんが注意しなくてもいいじゃないですか! それこそ、警察呼んで注意してもらえば済む話でしょう!?」
「んなもん、待ってる間に逃げられちまうじゃねぇか!」
杉野の制止を振り切って、ヤンキー共に文句を言いに行ってしまった坂田のせいで、また時間を浪費してしまいそうだ。
「てめぇら! そこはトラックを停める所だぞ! 勝手にバイク停めてんじゃねぇぞ、コラァ!」
何やら叫びながらヤンキーに突っかかっていく坂田。
それに応えるように、相手のヤンキー軍団の一人がものすごい剣幕で坂田に向かっていく。
「なんやぁ? てめぇ! よそもんがじゃかあしいこと言ってんじゃねぇぞ、ゴラァ!」
「あぁん! やんのか、てめぇ!」
「てめぇ! どこ中だ、コラァ!」
「玉籠中だ、ゴラァ! 文句あっか、あぁん!」
「玉籠中? 知らねぇなぁ。おい、てめぇらぁ、玉籠中って知ってか?」
ヤンキー共から、知らねぇだの、何処の田舎だよ(笑)だの、様々な罵倒が飛び交う。
杉野も玉籠中のOBとして、あまりいい気はしなかったが、あの数のヤンキー相手に喧嘩などして勝てるはずもなく、黙って見ているしかないのが悔しい。
しかし、喧嘩慣れしている坂田の場合は違うようで、さっき田舎がどうのとのたまっていたヤンキーへ渾身の右ストレートを食らわせた。
一人を倒した後は、一方的な殺戮であった。
三分もかからずに、あれだけいたヤンキー達を全員倒してしまったのだ。
中には、金属バットなどで武装している不届き者もいたのだが、そんな危険な奴らでも臆せずに拳一つで立ち向かうのだから、恐ろしいものだ。
坂田が最後のヤンキーを始末すると、足早にこちらへ戻ってきた。
「とっとと逃げるぞ! 早くしねぇと、警察が来ちまう!」
それを聞いて、さっきまでソフトクリームを舐めながら喧嘩を見ていた神谷が慌てて車の鍵を取り出し、自分の愛車に戻る。
「まだ、全然休憩できてないのに!」
終始、他人を装っていた神谷とは違って、杉野は坂田を止めるのに苦心していたので、まともに休めていなかった。
「んなもん、車の中でもできるだろ! はよ、乗れ! はよ!」
「そんなぁ~」
渋々、車に乗り込んだ杉野を待っていたようで、シートベルトを閉める余裕も許さずに、神谷が車を急発進させた。
そのまま、何人か起き上がってきたヤンキー達のすぐそばをわざと通ると、全速力でPAの出口へ向かった。
なんとか、警察が来る前に高速に逃げた一行は、しばらくは平和なドライブを楽しんでいた。
しかし、その平和も長くは続かず、遥か後方から迫りくるバイクの排気音がかすかに聞こえてきた。
「うへぇ~、あいつら懲りずに追いかけてきたのかよ」
「しかも、増えてますよ! それも、かなりの数」
もはや、若気の至りでは済まないほどの量が集まっているそのバイク集団には、まるでイカ釣り漁船のように大量のライトを照らして自分の存在を猛アピールしているスクーターや売ったらうん百万はしそうな旧車など、多種多様なバイクが揃っている。
そのバイクに乗っているヤンキーにも色々な種類がいるようで、見ていて飽きない。
杉野が呑気に人間観察などをしている間にも、相手はどんどん差を詰めてくる。
まず、一番槍を食らわせてきたのは、ベェェェンと甲高い音を響かせてきたスポーティな見た目の族車だった。
「ありゃNSRじゃねぇか!? もったいねぇことしやがる」
その峠小僧から盗んできたような族車が追いついてくると、ピッタリと並走してきた。
よく見ると、武器を持っているようだ。
左手に黒光りした特殊警棒を握っているところを見るに、そこまで腕力があるわけではないらしい。
しかし、力が無くとも鈍器で窓を殴られてしまったら、いつかは割れてしまうだろう。
さらに、乗っているバイクが2stなことが一番厄介だ。。
他の4stの重いバイクに比べて、動きが身軽でこちらの攻撃を避けながら攻撃できるため、いつまでも経っても排除できないのだ。
それを証明するかのように、坂田が窓を開けて殴りかかるも、相手はそれを軽々と避けてはあざ笑うかのように警棒で車のサイドミラーを叩き落とした。
「あぁ! ミラーが! まだ買ってから一年も経ってないのに!」
神谷が悲痛な叫びを上げる中、坂田は車内から発煙筒を探し出し、ヤンキーに向かって投げた。
ヤンキーの懐へ見事に入り込んだ発煙筒がモクモクと赤い煙を上げる。
すると、視界を奪われたヤンキーがずるずると後退していった。
「やりましたねぇ、坂田さん! これなら、ミラーが折れたくらいで済むかも」
「いや、そんな簡単にはいかなそうだぜ」
坂田の言う通り、ヤンキー達が雁首揃えてこちらへ爆走しているのがその爆音で分かる。
後部座席の杉野がリアウィンドウ越しに覗いてみると、さらにヤンキーが増えていた。
ミラーだけで済ます気はないようで、金属バットや竹刀、果ては丸太を抱えた力自慢などもいるようだ。
これはどれほどの被害になってしまうのだろうと、杉野は内心ワクワクしていた。
暴走族の皆さんが少しずつ追いついてきて、だんだんと殺気のこもった視線が多くなってきた。
しばらくは何もされなかったが、派手な改造を施されたZRX400に跨がった総長らしきヤンキーが雄叫びを上げると、一斉に襲い掛かってきた。
ある者は窓を割り、ある者はドアを叩いてへこませ、少し前まで新車同然だった車体はボロボロの廃車のようになってしまった。
まあ、これであの気味の悪い引っ掻き傷を隠せると思えば、案外、悪くないだろう。
しかし、お相手さんは車だけでは飽きたりず、中に乗っている人間にまで危害を加えてこようとするので、困ったものだ。
問題は、腕っぷしに自信のある坂田はともかく、杉野は喧嘩などしたこともない一般人なことだ。
こちらから手を出そうとすれば、たちまち車外へ引きずり出されて、蛸殴りにされたのち、そこらに放り捨てられるだろう。
銃があれば、少しはどうにかなるだろうが、エリックや博士の車ならまだしも、神谷所有のごく普通の軽バンに銃が隠されているとは思えない。
だが、何事も決めつけるのは良くないので、杉野は駄目元で聞いてみることにした。
「神谷ー、今大丈夫?」
「あんまり大丈夫じゃないですけど、なんですか?」
「車に銃とか積んでたりしない?」
「あー、ありますよ」
「やっぱ、ない――えっ! あるの!?」
「モデルガンとモノホン、どっちがいいですか?」
なんと、モデルガンが積んであるだけでなく本物の銃まであるらしい。
準備がいいのは良いことだが、その出所に不安が残る。
「モノホンの方って、もしかして教官にもらったやつ?」
「そうでありますよ。護身用にって渡されまして」
まぁ、大体予想はついていたが、あのハゲ坊主はこんな真面目そうな青年に銃を渡していたのだ。
銃刀法やコンプライアンスなどが黙っちゃいなさそうだが、あの教官ならバレなきゃ問題ないとでも考えていそうだ。
とりあえず、今はそこらへんのめんどくさい問題に目をつぶって、自分も銃を取ることにする。
「じゃあ、モデルガンの方で」
本物の銃を一般人に向けるのは、さすがの杉野にもできなかった。
「それじゃあ、運転席の下に張り付いてるんで、勝手に取ってください」
「ほーい」
杉野が生返事を返して、運転席の下に手を突っ込んだ。
予想通り、ダクトテープで張り付けてあったのを無理やり剥がして、テープごと回収すると、いままで扱ってきた拳銃よりもあきらかに小さいサイズの拳銃であった。
「おぉ! それ、デリンジャーじゃん。いいなー」
坂田が窓の外のヤンキーを軽くしばきながら、こちらをうらやましそうな目で見つめる。
「助手席の下にもありますので、使いたかったらご自由に」
次々と迫りくるヤンキーを避けるのに忙しそうな神谷が、無責任なことを言った。
「やったー! ちなみに、実弾はあんの?」
「あるわけないじゃないですか!!!」
坂田の危ない質問には、さすがの神谷も全力で否定した。
「空砲用の弾があるんで、それ使ってください。あと、くれぐれも人に向けないでくださいね、色々と危ないんで」
「へーい、了解でーす」
適用な返事を返した坂田が、自分の座ってるシートの下から器用に銃だけを取り出した。
「弾はもう入ってますんで、そのまま撃ってください」
「気が利くねぇ。ほいじゃ失礼して、一発撃たせてもらいますよっと」
坂田が窓の外に拳銃を握った手を出すと、周りにいたヤンキー達が散っていく。
だが、度胸があるヤンキーは臆せず近づいてきて、坂田の手から銃をはたき落そうとする。
何回か叩かせてから、もったいぶっていた坂田が引き金を引いた。
車内に、パァンという乾いた音が鳴り響く。
普段から銃声を聞きなれている杉野達はまだしも、ヤンキー達にとっては生まれて初めて聞く本物の銃声だ。
そのほとんどが急速に速度を落として逃げる準備を始めた。
中には、びっくりして転んでしまう者もいる。
一発撃っただけで、これほどの効果が出たなら、杉野がモデルガンを撃つ必要はないだろう。
そんな楽観的なことを考えていると、杉野のすぐ近くの窓から極太の丸太がかなりの勢いで侵入してきた。
おそらく、あの力自慢の丸太持ちが逃げるついでに投げてきたのだろう。
「杉野ー、なんかすげぇ音がしたけど大じょ――うおぉぉぉぉぉ!? ほんとに大丈夫か!? 杉野ー!!!」
「な、なんとか大丈夫です。ちょっとずれてたら直撃でしたけど」
丸太は杉野の顔面ギリギリを通過していたので、相当な恐怖を感じたが無事ではあった。
ただ、このままでは料金所が通れない可能性が高いので、どうにかして外す必要がある。
杉野が丸太をガッシリと抱え、窓の外へ押し出そうとするが、普通の人間が一人でどうにかできるわけもなく、ビクともしない。
見兼ねた坂田が助手席から手伝ってみるが、それでも動く気配はない。
あの力自慢のヤンキーがどれほど人間離れしているか、よく分かる。
結局、どうやっても動きそうにないので、何処かのSAで停まった時に三人で押し出そうということに決まった。
一方その頃、島根県警察本部にて、一人の警察官が管轄区域のオービスから送られてくる写真をチェックしていた。
ほとんどの写真には、高そうなスーパーカーや本格的なレーシングスーツを着込んだライダーが乗ったスポーツバイクなど、如何にも速そうな車両ばかりが写っている。
もちろん、軽やミニバンなどのごく普通の車両もある。
その写真達から、ナンバープレートや運転手の顔などの個人の特定に繋がりそうな情報を探していくのが、彼の仕事だ。
この仕事は、非常に骨が折れる。
ナンバーを曲げたり板で隠したりして見えないようにしている車両や曲げてはないが指定の場所ではなく、非常に見づらい位置に付いている車両など確実な特定は困難を極める。
警察官が無数の写真と格闘していると、中国横断自動車道のオービスから新たな写真が送られてきた。
オービスに記憶されたデータによると、200kmを越える速度で走り抜けたらしい。
「今度はスーパーカーか、それとも死にたがりのライダーか、どっちにしてもこんな田舎で飛ばすなよな」
あまりの激務に、つい独り言が飛び出してしまったりする。
だが、泣き言を言ってもこの仕事から逃れられるわけがないので、渋々送られてきたばかりの写真を手に取った。
そこには、バカ高いスーパーカーでも死にたがりのライダーでもなく、白い服を着た女性が猛スピードで爆走している姿が映し出されていた。




