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Operation Soul~若者達の幽霊退治~  作者: 杉之浦翔大朗
第三章 Kids in the box
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25 男三人、旅道中

 会社に戻ると、困った顔をしたエリックが右往左往しているところに出くわした。

 カブを駐車場に停めて、うっかり関わってしまわないように気配を消してエレベーターを目指す。

 しかし、あともう少しというところで、エリックに呼び止められてしまった。


「あー杉野。武器庫にあった小型ロケット知らねぇか? 今回の作戦で使う予定なんだが、何処にも見当たらなくてよぉ。坂田と神谷にも聞いてみたんだが、二人とも知らねぇってんで、困ってたんだ」


 残念ながら、坂田の悪戯はその日のうちにバレてしまったようだ。

 よく考えてみれば、あんなデカブツがなくなって気づかない馬鹿なんてそうそういるわけがない。

 ただ、幸運にも誰がやったかは気づかれていないらしい。


「いや、知りませんね。っていうか、ロケットなんてあったんですね」


「あぁ、ちょっと前に材料を調達して組み上げたばっかりだからよう。また材料を揃えて組み上げってなるとかなり時間がかかっちまいそうなんだよ」


「へぇーそうなんですねー。僕、ちょっと疲れちゃったんで、部屋に戻ってますね」


「おう、お疲れさん」


 どうにか誤魔化しきって、杉野はエレベーターに乗り込んだ。

 だが、このままではバレるのも時間の問題だろう。

 早く坂田田達と合流して、作戦を立てなければならぬ。

 杉野は地下四階の居住エリアに着くまでの間、あーでもないこーでもないと思索に耽っていた。



 部屋に戻ると、坂田と神谷が大学ノートに何やら書き込んでいた。

 どうやら気づいていないようなので、驚かさないように二人の間から書かれている内容を盗み見た。

 ノートには謝罪文がずらっと書かれていて、そのほとんどにエリックの管理責任について言及する下りが入っている。


「バレる前から言い訳ですか……」


「んなこと言ったってしょうがねぇだろ。って杉野!? いつ帰ってきたんだよ!」


「さっき帰ってきたばっかりですよ。ってか、ほんとにどうするんですか! このままだと、特別訓練じゃ済まないですよ!」


「だから、こうして謝罪文をだなぁ」


「こんなの謝罪じゃなくて弁解でしょうが! もう打ち上げちゃったものはしょうがないですし、ここは証拠の隠滅を――」


「なんの隠滅だって?」


 後ろから、今もっとも聞きたくない声が聞こえてきた。


「あっ……教官、何か御用ですか? 上司とはいえ、理由もなく部下のプライベートを侵害するなんてことしませんよね? あぁ、そうそう、さっき杉野が言ってたのは、俺が教官の楽しみにしてたチーズケーキを食べちゃったことなんすよ。いやはや、申し訳ない。この罰はいつか必ず受けますので、どうか今日はお引き取りを」


 坂田が捲し立てると、エリックは少し笑いながら答えた。


「心配しなくても、ちゃんと用はあるぞ。さっき博士が帰ってきたんだが、ちょいと頼みごとを頼まれてな。ただ、俺はロケットの準備をしなきゃならねぇから、手が空いてるお前らにやってもらおうと思ったんだが」


「なるほど! では、早速やらせていただきます。えぇ、なんでもやりますとも」


 坂田がやる気を見せると、エリックが嬉しそうにニッコリと笑った。


「そうかそうか、やってくれるか。んで、その頼み事ってのが、今回お前らが取ってきた『コトリバコ』の原産地に行って、さらにいくつか現物を取ってきてもらいたいんだ。なーに、今回の現場と違って、ちゃんと生きた人間が住んでる所だから、そうキツイ仕事じゃねぇだろう」


「そんなことならいくらでもやりますよ! して、その生産地とは何処なのでしょうか?」


「あぁ、それがな……」




「いや、今から島根とか普通にキツイっすよ!」


「しょうがねぇだろう! ああでもしないと逃げれなかったんだから」


「まあまあ、運転は自分がやりますんで、お二人は休んでいてくださいよ」


 狭いエレベーターの中で、杉野達三人の言い争いが過熱していく。

 その理由は、エリックに伝えられた目的地というのが島根県で、しかも、今すぐに行ってほしいと頼まれてしまい、それを坂田が快諾してしまったからだ。


「いいっていいって、俺らもちゃんと交代してやっから」


「僕、四輪はペーパーなんですけど!」


「乗らなきゃペーパードライバーなんざ卒業できねぇつーの」


「お気持ちはありがたいのでありますが、自分の車は自分で運転しますんで、そんな無理してもらわなくても」


 結局、この不毛な言い争いはエレベーターが駐車場に着くまで続いたのであった。



 兎にも角にも、請け負った仕事は最後までやり遂げなければならない。

 それが社会人としての常識だろう。

 しかし、今の三人にはそんな常識なぞ、そこらの落書きと同じくくらいどうでもいいようだ。

 神谷の軽バンに乗り込んだはいいものの、誰も何も言わずに、杉野と坂田などは居眠りし始める始末だ。

 そんななか、神谷だけは真面目に運転している。

 だが、それも他に運転を任せられる人間がいないから仕方なくやっているにすぎない。

 杉野はペーパードライバーだし、坂田の方も四輪を運転しているところなど見たことがない。

 結局は自分が運転せねばならぬのだと、神谷は自分に言い聞かせて、近場の高速道路を目指した。



 そういえば、まだ晩飯を食べてないことを神谷は思い出した。

 ここいらで何かうまい店はあったかと思考を巡らせた神谷だったが、所詮は人口数万人の田舎町にうまい店などあるわけがないという結論に行きついた。

 飯のためにあっちこっち行ってもしょうがないので、さっさと高速に乗って、都会を目指すことにした。

 都会まで行けば、簡単にうまい店にありつけるはずだと、神谷は信じ切っていた。

 しかし、その楽観的な考えが後々になって、地獄の旅路が始まるきっかけになろうとは、この時の神谷には分かるはずもない。



 東名高速に入り、まずは愛知県の脱出を目指す。

 愛知のグルメも悪くはないのだが、せっかく県外に行くのだから、普段食べないような物を食べたい。

 そう思い、晩飯時の一番腹が減る時間を使って、ひたすら移動に専念する。

 神谷が自分の腹の虫を抑えながら必死に運転していると、助手席に座っていた坂田が目を覚ました。


「んー、よく寝たわぁー。神谷ー、今、どこら辺?」


「さっき高速に乗ったところでありますよ。二人して居眠りしちゃうもんだから、ちょっと寂しかったであります」


「わりぃわりぃ。ところで、飯はまだなん? ちょっと腹減ってきたんだけど……」


「あぁ、すみません。せっかくなんで県外出てから食べようかと思ったんですけど、先に飯屋に寄った方がよかったですかね?」


「いや、そういう事なら我慢するから大丈夫だよ。にしても、結構混んどるな~。こりゃー県外出るにしてもかなり時間かかるぞ」


 現在時刻は午後七時、帰宅ラッシュの真っ最中だ。

 これから帰る車、逆にこれから出勤の車などが上りにも下りにもみっしり詰まっている。

 坂田の言う通り、このペースで行けば県外の三重県に出るのにも相当な時間を要するだろう。


「一回降りますか?」


「いや、時間がもったいねえや。このまま行こう」


「了解であります」


 坂田の言う通りにしていれば、きっとなんとかなるだろう。

 弟分の杉野は勿論のこと、神谷でさえもそう信じて疑っていなかった。

 やはり、上司に問題があると頼れる年上の同僚に心酔してしまうのだろう。

 だが、その無責任な兄貴分にさっきほどまで振り回されていたことを、神谷はすっかり忘れていた。

 結局、その後も渋滞が解消されることはなく、三重県に出るのに一時間以上かかってしまった。



 三重県に入り、一旦高速を降りて飯屋を探すも、地元にもあるようなチェーン店ばかりで辟易してきた。

 良さげな店を見つけたと思ったら、すでに閉まっていたりして、なかなか晩飯にありつけない。

 このままでは、まともに飯も食えないではないか。

 三重県内をあちこち走り回っていると、ようやっと杉野が目を覚ました。

 一人だけ後ろの席で横になって寝ていたので、さぞぐっすり眠れたことだろう。


「ふわぁ、おはようございます」


「おう、おはようさん。えらい長いこと寝てたなぁ、そんなに疲れとったん?」


「いや~、久しぶりに現場行ったんで、いつもより疲れてたみたいで」


「まーそろそろ晩飯だで、ちゃんと起きとけよ」


「へーい……ところで、今どこなんですか?」


「さっきようやっと三重県に入ったところよ」


 坂田の発言を証明するように、あちこちの標識に見慣れない地名が見える。


「すいません。僕だけ寝ちゃってたみたいで」


「気にすんなって、俺も寝てたんだから」


「こっちは起きて真面目に運転してるのに、二人ともグースカ居眠りしてたんですから、晩飯代は奢ってくださいよ」


「それは、ほんとゴメン! なんなら晩飯だけでなく、宿代も出してやるから、な! 杉野!」


「へ? あーはい、それくらいなら全然いいっすよ」


「ありがとうございますです! ではでは、この神谷小太郎、必ずや絶品の飯屋を探し当ててみせましょう」


 さっきまで、げっそりとした顔で運転していた神谷が、急にやる気に満ち溢れた表情になった。

 空元気ではないかと、杉野は少し心配になったが、後は飯を食って宿で寝るだけなのもあり、とりあえずは神谷に任せることにした。



 それから三十分、よさげな店を探したのだが、どうにもここだ!という店が出てこない。

 もうすぐ午後九時になろうとする時間帯だからか、ほとんどの店が閉まってしまっている。

 開いているのは、せいぜいコンビニと居酒屋くらいだ。

 さすがに、未成年を連れて居酒屋に入るのは、あまり心証がよろしくない。

 だが、コンビニで済ませるというのも、些か寂しいものだ。

 このままでは埒が明かないので、坂田が年長者として言うべきことを言った。


「なぁ、神谷ぁ、高速戻ってサービスエリアで食った方がいいんでねぇか? このままずーと夜の街を彷徨っててもどうにもならねぇよ」


「そうは言っても、ここまで来たからにはやはり三重県のおいしい料理をお二人に味わっていただきたいのでありますからして。そんな、高速のSAなんかでうまいもんが食えるのなら、最初からそうしてるのであります!」


「いやいやー、最近のサービスエリアも案外いいもんだぜ。何より、雰囲気がいい。俺なんか、眠れない夜なんかにあっちこっち走ってから、サービスエリアでラーメン食ったりコーヒー飲んだりしてるもん」


 杉野はカブしか乗らないので、サービスエリアどころか高速道路自体、縁がない。

 しかし、子供の頃に家族で旅行に行った時のサービスエリアはとても特別なものだった記憶がある。

 思い出補正が強いのかもしれないが、その頃に食べたなんの変哲もないラーメンがすこぶる美味しかったことは、今でも覚えている。


「僕もサービスエリアで食べたいかな~なんて。そういえば、ここら辺のSAだったかPAだったか忘れちゃいましたけど、かなりうまいラーメンがあるみたいなんですよ! そこ行きませんか?」


「ほらほら、杉野もこう言ってることだし、もう諦めて高速乗ろうぜ」


 坂田がもう一押しすると、ようやく諦めた神谷がカーナビで近くのインターチェンジを探し始める。


「……分かりました、諦めます。でも、島根に着いたら絶対にうまい飯屋を探しますからね」


「よっしゃー! やっと飯が食えるぜ」


「僕も腹減って死にそうですわ」


 どうにか、晩飯にありつけそうだと歓喜する二人。

 しかし、そんな二人のテンションをダダ下がりにさせるような発言が神谷の口から飛び出した。


「あーあと、今日の宿はもう取れなさそうなんで、今晩は車中泊ってことで」


 さっきとは打って変わって静まり返った車内、絶望の表情を浮かべる杉野と坂田、それを無視してひたすらに高速の入り口を目指す神谷、たった一言で楽しい旅はただの苦行へと変貌してしまったのだった。



「うんめぇ、このラーメンガチでうめぇなぁ」


「ほんとっすね! あぁ、ここまで我慢してよかった」


「これは!? あっさりしてはいるが味自体は濃い目のスープが太めの麺に絡んで、たまらなくうまい!まさに、ベストオブラーメン! ラーメンオブベスト!」


 あの後、暗い山道などを通って、どうにか辿り着いた鈴鹿PAでラーメンを食した。

 実を言うと、閉店時間ギリギリだったので、ここで食えなければ併設されているコンビニで済ますところだった。

 もう少し判断が遅ければ危なかっただろう。

 それにしても、このラーメンはうまい。

 空腹は最大の調味料とは云うが、これなら腹が膨れていても美味しくいただけるだろう。

 神谷などは、地元のチェーン店では滅多に味わえない味に感動して、何処かのグルメ漫画に出てきそうなキャラになっている。

 この至福の時間が永遠に続くことを杉野は心の底から願ったが、現実は非情にも完食という終焉を迎えてしまった。



 飯を食い終わり、車に戻って最初にしたことは、誰が何処で寝るか決めることだった。

 とりあえず、今迄頑張って運転してくれた神谷には最上級の寝床を譲ってやろうと杉野は考えた。

 それは坂田も同じなようで、杉野にアイコンタクトで合図を送ってきた。

 それに答えるように、杉野もウィンクなんかを返してみたりする。

 これにより、神谷が知らないうちに話がまとまったのだった。


「神谷~、後ろの席使っていいぞ。俺らは前の席で寝るから」


「いいのですか!? 別に自分は運転席でも全然大丈夫なのでありますが」


「遠慮しないでも、僕らはさっきまでぐっすり寝てたから、多少寝心地が悪くても問題ないよ」


「ぐっすり寝てたのは杉野だけだろう~」


「てへへ、そうでした」


「二人とも……」


 杉野達がちょっとした子芝居を打ち、神谷に気持ちよく後ろの席を使ってもらう。

 それにより、明日からの旅路がちょいとでも楽しいものになるのであれば、杉野達にとってこの程度の犠牲など何ら苦にはならないのだ。


「では、お言葉に甘えまして、使わせていただきます。ではでは、おやすみなさいませ」



 その夜、彼らは慣れない車中泊のおかげでほとんど眠れなかったのであった。



 翌朝、杉野が目を覚ますと、隣にいるはずの坂田の姿が見当たらない。

 筋肉痛でバッキバキの身体を起こして、車から出ると、近くの喫煙所で坂田が煙草を吹かしているのを見つける。

 時刻はまだ朝五時を回ったところなのだが、意外にも他のお客さんも多いようで、喫煙所には坂田の他に五、六人のおっさん達が煙を吹いていた。

 おそらく、初対面であろうおっさん達と親しげに談笑する坂田を見て、杉野は感心していた。

 自分だったら、ああいう場で赤の他人と普通に話すことなどできるだろうか。

 まず、無理だ。

 やはり、坂田のコミュ力に関しては、杉野も見習うべきだろう。



 しばらくすると、煙草を吸い終わった坂田が喫煙所から出てきた。

 杉野が駆け寄ると、気づいた坂田が手を振ってくれた。


「おーい! 杉野ー! おはよー!」


 未だに、こちらを見つけると大声で挨拶されるのは慣れない。


「おはようございます。今日は早いですね」


 いつもなら、業務開始時刻ギリギリの午前七時半をいくらか過ぎたところで、ようやっと目を覚ます坂田にしては、午前五時起床というのは相当な早起きである。


「いやー、寒くて起きちゃってな。んで、眠気覚ましにちょいと煙草吹かしてたんよ」


「あー、僕も寒くてさっき起きちゃって。っていうか、坂田さん、煙草吸うんすね」


「あぁ、言ってなかったけ? あんま未成年がいるとこで吸わんほうがいいよな~って思ってさ。一応、今迄も隠れて吸ってたんだけどな~、杉野にバレっちったか」


 杉野は坂田のこういうところが好きだった。

 自分よりも年下の同僚に気遣って、他にも色々と我慢していそうだ。

 今度、ツーリングにでも誘ってみようか。

 日頃見れない一面が見れるかもしれないし、普段からツーリングに行きたいと言っていたので、良い恩返しになることだろう。


「坂田さん! 今度、ツーリングに行きませんか?」


 杉野がそう言うと、坂田が心底嬉しそうな顔をした。


「へへっ、いいぜ! 何処行くよ?」


「じゃあ、静岡の方、行きましょう」


「おぉ、いいな! んじゃ、予定開けとくわ」


「楽しみっすねぇ」


「そうだな~」


 杉野には、ある計画があった。

 しかし、今言ってしまうのは少々勿体ないので、ここは黙っておくことにした。


 

 車へ戻ると神谷が起きていた。

 なにやら難しい顔をして、地図と格闘しているようだ。


「神谷ー、おはよう! よく眠れたか? 今日も運転頼むな! ところで、何やってんだ?」


「おはようございます。見れば分かるとは思いますが、一応説明しますと、今日のルートを地図で確認しているのでありますよ。自分、こんなに長い距離を走るのは初めてなので、少し心配で……」


「それなら、俺に任せとけ! 高校の頃からバイクであっちこっち走ってるから、いくらでもナビできるぜ!」


「助かります! じゃあ、島根までお願いしますね」


「おうよ! 必ずや目的地まで導いてみせらぁ!」



 その後、PAのコンビニで朝飯を食らい、島根を目指して出発したのだが、道を間違えて琵琶湖の方へ行ってしまったり、降りる所を間違えて四国に入りかけたりと、坂田ナビのおかげで相当なタイムロスを強いられてしまった。

 結局、目的地である島根県の八尺(はっしゃく)村についたのは昼過ぎになってしまい、後工程の短縮を余儀なくされたのであった。

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