24 エレベーターからの脱出
現在時刻は午後五時半を過ぎ、制限時間が刻一刻と近づいている。
時間もきついが何よりきついのは、昼に溜まった熱のせいでエレベーター内が灼熱地獄と化していることだろう。
そういえば、坂田に渡そうと思っていたスポーツドリンクが腰のホルダーに刺さったままなのを、杉野は今になって思い出した。
「坂田さん。これ、飲みます?」
坂田にスポーツドリンクを渡そうとすると、首を振って拒否された。
「それ、杉野の分だろ? 俺は大丈夫だ、なんせこいつがあるからな」
そう言うと、胸ポケットから例のガムを取り出して、口に放り込んだ。
「うん、まずい! でも、唾液が出りゃ問題ねぇや」
それではダメだろうと思った杉野だったが、坂田の厚意を無駄にしないために言わないでおいた。
「にしても、この箱はどうなってんだ? えっらい複雑に見えるけど……」
女性が握りしめていた例の箱を坂田がもぎ取ると、カチャカチャといじり始めた。
近くでよく見てみると、箱の横板の一部が飛び出していたり蓋がずれていたりと、どうにかして開けようとした跡があった。
おそらく、この女性がやったのだろう。
もし、自分達が見つける前に開けていたらどうなっていたのだだろうと、杉野は想像した。
呪いの道具なのだから、やはり死んでいたのだろうか。
それとも、前の作戦でのエリックのように我を忘れて暴れていたのだろうか。
どっちにしろ、ろくなことにならなそうだ。
「あっ」
杉野がそんなことを考えていると、坂田の方からやっちまったって感じの声が聞こえた。
もしや開いてしまったのかと思い、チラッと見てみると、箱は綺麗な四角形の姿に戻ってしまっていた。
どうやら、坂田がいじっているうちに今迄解いた仕掛けを全て戻してしまったようだ。
「何やってんですか!? あとで、博士に怒られますよ」
「いや~すまん。俺、こういうややこしいの苦手なんだわ」
「っていうか、ここを出る方法を考えないと箱を確保できても意味ないんですからね。最悪、この箱と一緒にここで飢え死にって可能性もありますし……」
実際、もう水分も食料もそんなには残ってない。
今晩だけなら凌げるかもしれないが、日が昇って気温が上がれば蒸し焼きになるであろうことは想像に難くない。
杉野が悲観的な想像をしていると、坂田が肩に担いでいたケースを床に置き、蓋を開けた。
「これ、なんだと思う?」
坂田が取り出したのは、小型のロケットであった。
羽の部分とロケットの先端は赤く塗装されており、真ん中には小さな扉と覗き窓が付いている。
いかにも、ロケットですって感じの見た目だ。
「な、なんですかそれ!? どっから持ってきたんですか!?」
「武器庫に置いてあったのを、ちょいと拝借してきたのよ」
「拝借って……。っていうか、そんなん使ってなにやるつもりだったんですか?」
「無事に仕事が終わったら、ドバーンと派手に打ち上げて祝おうかなと」
そういえば、この人はそういう人だった。
この前も、連休前の仕事が終わって食堂でちょっとした宴を開いていたら、酒に酔った坂田が武器庫から対戦車バズーカを持ち出して、食堂の一角を吹っ飛ばしたことがあったのだ。
「こんなとこで打ち上げたら大変なことになりますよ! また休み潰して、訓練したいんですか?」
「まぁ、待て。こいつを使えば、この状況をどうにかできるかもしれねぇぜ」
「どうやって?」
杉野が聞くと、坂田はそこら辺に転がっていたマネキンの足を拾い上げ、それを使って天井を突っつき始めた。
「何やってるんですか?」
「映画とかだと、エレベーターの天井には上に出れる非常ハッチがあるはずなんだが……」
「なるほど! そこから上に登っていくのでありますな!」
さっきまで、この世の終わりかのような顔をしていた神谷が急に元気になった。
「まあ、そんな感じだ。ただし、ちょいと強引な登り方になるかもだが」
「えっ、それってどういう?」
神谷の問いに答える前に、非常用のハッチを探し当てた坂田が勢いをつけて天井を突いた。
すると、天井に付いていたハッチが向こう側に勢いよく開き、外の涼しい空気が入ってきた。
「んじゃ、時間もないし、ちゃっちゃと上に上がるか」
そう言うと、坂田は天井に開いた出口へジャンプしてよじ登った。
その次に神谷が登ると、次は女性を上げなければならない。
八坂よりかは身長が高く、体重もかなりありそうなこの女性を上げるのは中々に苦労した。
かなりの労力を使って女性を上に上げると、最後に杉野がヒョイッとジャンプして出口に捕まり、懸垂の要領で上によじ登る。
エレベーターの上に来ると、暗くて何も見えない。
すぐにソウルアイをナイトビジョンモードに切り替えて周りを見ると、エレベーターの真ん中に小型ロケットが設置され、それを神谷がいじくっているのが見えた。
「どう? いけそう?」
「うーん、イチかバチかにはなりますが、多分いけると思います」
「大丈夫だって、きっとなんとかなるから」
無駄に自信たっぷりな坂田は、女性と自分を近くに落ちていた金属製のロープで括り付けている。
先程の落下時に切れてしまったワイヤーロープだろうか。
ふと、上の方はどうなっているのかと気になった杉野が頭上を見上げると、一番上にある乗り口から木偶人形とマネキン達がこちらを覗き込んでいるのが見えたので、杉野は見上げたことを後悔した。
そういえば、あいつらには幽体が憑りついていることを思い出した杉野は、ソウルアイの幽体視認機能をONにして、再び上を見上げた。
やはり、木偶人形やマネキンの周りには幽体のオーラのような物が見える。
ちなみに、この物体に纏わりついているオーラのような物の有無によって、幽体が憑りついているかどうかを判断できるらしい。
杉野自身も実戦で見るのは初めてなので、あまり詳しくは分からないが……。
人形達を見るのに耐えられなくなった杉野が坂田の方に視線を戻すと、坂田に括り付けられた女性の頭から幽体が飛び出しているのが見えた。
しかも、不思議なことにその幽体の顔が女性と全く同じなのだ。
最近になって、ソウルアイの幽体視認機能の解像度を上げたことがこんな発見に繋がろうとは、博士も予想してなかっただろう。
「できました! これで、多分いけるはずです」
ロケットの準備が終わったようで、神谷から不安になるようなGOサインが出た。
「じゃぁ、全員ロケットに掴まれ!」
坂田の合図で、三人がロケットに掴まる。
神谷が何か操作したと思うと、ロケットから機械音声のカウントダウンが聞こえてきた。
「14……13……12……11」
「ちゃんと掴まっとけよ! 絶対、離すなよ!」
坂田に言われて、ロケットを掴んでいる手に力を入れる。
ふと、下から何か物音がすることに気づいた。
もしや、三階の乗り口をマネキン達がこじ開けたのだろうか。
確認のため、上を見上げると、木偶人形達はちゃんとさっきと同じようにこちらを凝視している。
少しばかり、マネキンの数が減ったような気がするが……。
そのまま見つめていると、急に人形達が遠ざかっていった。
それと同時に、先程も体験した浮遊感が襲ってくる。
また、エレベーターが落下し始めたのだ。
「3……メインエンジンイグニッション……2……」
ロケットの噴射口から赤い炎が見え始めると、軽く上に引っ張られる感覚が手に伝わってくる。
「1……0……リフトオフ」
機械音声のカウントが終わり、一気にロケットが浮かび上がった。
杉野はロケットの勢いに耐えられず、手を離してしまった。
一瞬、遅れて下の方からガシャーンと金属音が聞こえ、エレベーターが地上に着いたことが分かる。
ロケットの勢いで落下スピードが軽減されたのか、エレベーターの天板に着地してもそこまで痛くなかった。
杉野に遅れて、坂田が落ちてきて見事な着地を決める。
神谷は手を離すのが遅かったのか、かなりの勢いで落ちてきたので、慌てて杉野が受け止めた。
全員の無事が確認できたところで、上から爆発音が聞こえてきた。
おそらく、天井にぶつかったロケットが爆発したのだろう。
そう思い、上を見上げてみると、そこには赤く染まった夕焼け空が見えていた。
「は、早く逃げますよ! 破片が落ちてきたら火傷じゃ済まないですから」
神谷の指示を聞いて、杉野達は急いでエレベーターの中に飛び込んだ。
エレベーターが一階に落ちた衝撃でドアが壊れたようで、 少し開いていたところを男三人で力を合わせてこじ開けて、急いで外に出た。
幸い、マネキン達は一階まで来てなかったようで、特に襲撃を受けることもなく脱出できた。
廃墟から無事抜け出すと、機嫌の悪い博士が待ち構えていた。
「遅い! 時間ギリギリじゃぞ! それに、さっきの爆発は何じゃ!? ワシは現場を破壊してこいとは言っておらんぞ」
「いやはや、すんません。ちょっと、色々ありまして……」
「それで、肝心のターゲットは見つかったのか?」
「それはもうバッチリ!」
坂田がロケットを入れていたケースから例の箱を取り出して、博士に渡した。
「結構! ところで、そのお嬢さんはどうしたんじゃ?」
「えーと、なんか迷い込んでたみたいで保護してきました。今は気絶してますけど、ちゃんと生きてます!」
「分かった。その子はワシの車に乗せておけ。君達はさっさと帰りなさい。まったく、面倒な仕事を増やしおってからに」
ぐちぐちと文句を言うと、何処かに電話をかけ始めた。
しょうがないので、女性を博士のハイエースの荷室に積んである椅子に座らせる。
その時、杉野はその椅子に違和感を覚えた。
何処かで見たことがあると思ったら、これはあのエリックを使った人体実験で用いた椅子ではないか。
少しばかり不安になったが、助手席は書類やよく分からない機械で埋め尽くされていた為、ここしか座るところがないのでしょうがない。
シートベルトがなかったので、代わりに椅子に付いている拘束具を使って女性を固定する。
事情を知らない誰かが見たら、SM物の撮影だと思うだろう。
他にやることもないので、これ以上怒られる前に杉野達はそれぞれの愛車に乗り込み、帰路につくことにした。
ふと、さっきまで探索していた廃ホテルが気になった杉野が振り返ってみると、廃ホテルの五階部分がきれいさっぱり吹っ飛んでいるのが見えた。




