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Operation Soul~若者達の幽霊退治~  作者: 杉之浦翔大朗
第三章 Kids in the box
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21 いざ、廃ホテルへ

 杉野も愛車に跨り、指定された出口へ向かう。

 今回はなるべく早く現場に着かなければならないので、アクセル全開で飛ばしていく。

 夏とはいえ、地下十階の深さにいるせいか、大して暑くない。

 だからといって、地上に出た先は山の近くだし、街中よりは涼しいだろう。



 そういえば、坂田は街中からのスタートらしい。

 ただでさえ、六月の真っ昼間からVツインエンジンのスポーツバイクに跨るという拷問じみた旅程だというのに、五人の中で一番、目的地までの距離が長いのだ。

 不憫に思った杉野がルートを代わってやろうかと、打診したのだが……。


「大丈夫だって。俺、暑いの好きだからさ」


 そう言われて、爽やかな笑顔で断られてしまった。

 地上に出たら、途中でスポーツドリンクでも買っておこうか。

 現場に着いたら、必要になるだろうし。



 地上に出ると、涼しい風が吹いてきた。

 杉野は山の冷えた空気が好きだった。

 特に、夏の暑い日に木々に囲まれた緑色の峠道を愛車で走る時の森の匂いがする空気が一番好きだ。

 今回の現場も、涼しい山の中らしいので少し楽しみであった。

 夕方にもなれば、さらに暑さも和らぐのだろう。

 しかしながら、制限時間は十八時までなのだ。

 そんな、悠長なことも言ってられない。

 なるべく早く現場へ到着する為に、険しくなってきた坂道を愛車に鞭打って全速力で登っていく。



 山に入ってからしばらく走っていると、分宮山と書かれた看板が見えてきた。

 一旦愛車を路肩に止めて、リアボックスから地図を取り出す。

 現在地を確認すると、どうやら目的地のすぐ近くまで来たようだ。

 杉野は、今になって地図のおかしな点に気づいた。

 最初に地図が配られた時には気づかなかったのだが、あらためてよく見てみると目的地までの道がない。

 一応、ルート事態はオレンジ色のペンでまっすぐな線が目的地まで引かれている。

 しかし、その線は山の等高線の上に引かれているのだ。

 しかも、反対側の麓には目的地に行けそうな道路が引かれているのにだ。

 何故、こんな林を突っ切るような無茶なルートが書かれているのだろう。

 その疑問は、いくらか走っていった先であきらかになった。



 しばらく走ると、左側に見えていた杉林が一部だけ開けているのが見えた。

 いや、開けているというよりは木々がなぎ倒されていると言った方が正確だろう。

 約3mくらいの幅に切り開かれているその道には、ついさっき重機か何かが通ったようなキャタピラの跡が付いている。

 杉野がその出来立てほやほやの獣道の近くに愛車を停めると、ルートを再確認する為に地図を取り出した。

 どうやら、この獣道あらため化け物道を通って行く必要があるようだ。

 大方、エリック辺りが重機で先に道を作っておいたのだろう。

 しかし、あの駐車場に重機なんてあったような気がしない。

 杉野はなんだか嫌な予感がしながらも、その化け物道をそろそろと進んで行った。



 しばらく、硬く踏み固められたキャタピラの跡を走っていくと、遠くの方にそれなりの高さのビルが見えた。

 おそらくあれが目的の廃ホテルだろう。

 遠目にはそこまで古いホテルには見えないが、中は果たしてどうなっているのやら。

 杉野は、これから取り掛かる仕事がまともなものであることを始まる前から願った。



 目的地の近くまで来ると、廃ホテルの全容があきらかになった。

 思っていたよりは綺麗目な見た目ではあるが、よく見ると所々に落書きが書いてあったり、窓ガラスが割れていたりしている。

 廃ホテルの一番上には「Explosion」と書かれた看板あるのだが、これもどういうわけか斜めに傾いている。

 次に入り口付近を見てみると、博士のハイエースや神谷の軽バンが停まっていて、その近くには何処かで見たヘリが駐機されていた。



 現場に到着し、バイクを停めて周りをよく見てみると、今迄正面玄関だと思っていた入り口は裏口だったようで、薄汚れた扉の横には業務用らしきダストボックスが大口を開けていた。


「おぉ、遅かったな」


 先に着いていたエリックに声を掛けられる。


「すいません、ちょっと準備に時間かかっちゃって……」


 実際には、準備よりも駐車場でのお喋りの方が断然長かったのだが、正直に言ようものならエリックによる懲罰的訓練が待っているだろう。

 なので、杉野は適当に誤魔化すことにした。

 そんなやり取りをしていると、背後からついさっき聞いたばかりのエンジン音が聞こえてきた。


「いや~、すいやせん。ちょいとお喋りに夢中になっちまいまして、遅れちまいやした」


 空気の読めない発言をしながら、バイクを杉野のカブの隣に停めたのは、ほかならぬ坂田であった。

 なぜかは分からぬが、肩に細長いケースを肩に担いでいる。

 ライフルでも持ってきたのだろうか?


「ほう、お前らの中ではお喋りも準備の内に入るのか?」


 エリックが坂田を睨みつける。

 心なしか、エリックの背中から覇気のようなものが漏れ出ているようにも見えてくる。


「え! いや、違くて!」


 坂田が酷く狼狽えていたので、杉野は助け舟を出すことにした。


「神谷に今回のターゲットについて教えてもらってたんです。博士も後で神谷に聞くように言ってましたし、ターゲットの詳細な情報を把握するのも準備の一つだと思いますけど……」


「んまぁ、そうだな」


 杉野の言い訳は何とか通りそうだった。


「つっても、なんとなく聞いてたから、ほとんど覚えてねぇけどな」


 しかし、坂田の一言により杉野の頑張りは無に帰するのであった。


「なんだと?」


 このままだと、帰ってから個別トレーニングコースだなと杉野が悲観的になっていると、博士がハイエースの荷室から出てきた。


「なーにやってんじゃ。そろそろ突入してくれんと、日が暮れるまでに終わらんぞ」


「すまねぇ、こいつらの相手してたら時間を忘れちまってよぉ。んで、もうそっちの準備は完了してんのか?」


 思わぬ援軍により、窮地を脱した杉野達がホッとしていると、博士がソウルアイを渡してきた。


「もちろんじゃ。今回はかなりの大物相手じゃから、色々と準備する物が多くて骨が折れるわい」


「今回のターゲットって、そんなにヤバいんですか?」


 今になって不安になってきた杉野が聞いてみる。


「そうじゃな、今回ばかりは死人が出るかもしれん」


 この老人はよくとんでもないことを口走るが、今日は相当イカれているようだ。


「じょ、冗談ですよね……」


「いんや? ワシはつまらん冗談など言わんよ」


「大丈夫だって! ホラー映画じゃあるまいし、死んだ人間が生きてる俺らを殺せるわけねぇーって」


 坂田の楽観的な思考回路に、杉野はいつも助けられている。

 ただ、毎回根拠のない自信に溢れているので、こういう真面目なシーンでは唯々ウザイだけだ。


「今回は死ぬとしても君らではないじゃろうから、安心しなされ」


「ほら、博士もこう言ってることだし、大丈夫だって」


 自分達ではないという部分が引っかかったが、とりあえず安心して良さそうだ。


「それじゃ、俺は先に帰ってるからな」


「おー、そうじゃったな。道中、一般市民に見つからないように気をつけるんじゃぞ」


「分かってんよ! ま、真昼間じゃ見られないように飛ぶなんざ無理だから、適当に米軍のヘリに紛れて帰るとしますかね」


 そう言うと、何処かで見たようなコンテナのドアを閉め始める。

 チラッと中を見てみると、これまた何処かで見た亀っぽい戦車が収まっているのが見えた。

 どうやら、あの化け物道は戦車のキャタピラで作られたらしい。

 どうりで、カッチカチに踏み固められているわけだ。



 エリックがコンテナを閉め終わると、杉野達へ後ろに下がるように言ってから、ヘリに乗り込む。

 しばらくすると、プロペラが回り始め、少しずつ機体が浮かんでいく。

 ヘリが起こした風により、そこいらに落ちていたゴミが四方に飛び回るので、少し離れた所で見ていた杉野達は急いで物陰へ隠れた。

 前の作戦で飛んだ時は、ゴミがあっても鉄くずや粗大ごみなどの重い物ばかりだったので、油断していた。

 今回の現場の場合、巷でも有名な心霊スポットなのでやんちゃな若者が肝試しによく来るらしい。

 その影響で、プラごみやタバコなどの軽いゴミが多いのだ。



 ヘリが飛び去り、ゴミの竜巻が止んだのを見計らって、博士が廃ホテルの前に立った。


「では、エリックの奴が帰ったところで、覚悟を決めて突入してもらおうかのぅ」




「今回は時間がないので、特に説明はしない。しいて言うなら、怪我しないようにするんじゃぞ」


 廃ホテルの前で博士の挨拶をちょろっと聞いたら、早速、裏口の薄い鉄扉を開けて中へ突入する。



 中に入ると、事務室のような狭い部屋の中で神谷があちこち物色している現場に遭遇した

 外で見ないと思っていたら、先に入っていたのだ。


「なんだぁ、神谷ぁ。あんだけビビってたわりにはやる気満々じゃねぇか」


 坂田が茶化すと、神谷が棚を探っていた手を止めて、こちらへ振り向いた。


「別に、やる気になったわけではないのであります。ただ、こういう廃墟を合法的に探索できる機会などそうそうないのですし、何よりも……」


「何よりも……?」


 兵隊風の口調に戻った神谷が顔を赤くして言い淀んだので、思わず坂田が聞き返した。


「自分、ラブホテルに入るのはこれが人生初なもので、つい浮かれてしまったのであります!」


「な~んだ、そんなことかよ。んじゃ、ラブホ王の俺が案内してやろうか?」


 ふざけた調子で坂田が神谷の肩に手を回す。


「なにやってんすか? 日暮れまでにお目当てのもんを探し出さないといけないんですから、ふざけてないでちゃんと探してください」


 見兼ねた杉野が二人を嗜めると、坂田が露骨に拗ね始めた。


「ちぇー、せっかく三人だけで仕事できるってーのに、ちょっとノリ悪いんじゃねぇか?」


「仕事なんですから真面目にやってくださいよ、頼みますから!」


「へーい」


 杉野がちょいときつめに言ってやると、ようやっと坂田の文句が聞こえてなくなった。



 しばらく、黙々と書類の山に手を突っ込んだり、棚を乱暴に開けて中を覗いたりしたのだが、どうにもこの部屋に目当ての物はないらしい。

 諦めて、受付らしきカウンターの横にある扉を開いて、廊下へ出てみる。

 廊下は先程の事務室とは違って落書きが多く、目がチカチカするような極彩色が目に飛び込んできた。


「うひゃー、すげぇなぁ。ある意味、芸術だぜ、こういうのも」


 坂田などは、壁の落書きを見て感嘆の声を上げているが、他の二人は真面目に辺りを探索し始める。

 しかし、見つかるのはスプレー缶などのD〇Nが残していったであろうゴミばかりであった。


 

 廊下には、事務室へ通じる扉の他に正面玄関とぼろっちいエレベーター、そして二階に上がる階段があった。

 廊下のゴミを調べるのに飽きた坂田がエレベーターに近づき、上向きの矢印が印字されたボタンを押してみる。

 もちろん、動くはずがない。

 ムッとした坂田が、今度は手動で開けようと鉄扉に手をかけてみるが、ビクともしない。


「何やってんすか? 早く、ここの探索終わらせますよ!」


「あぁ、すまんすまん」


 杉野が注意すると、すぐにゴミを掻きわける作業に戻っていった。



 廊下に落ちているゴミを全部調べ終わったところで、二階の方からガサゴソと何者かが居そうな物音が聞こえた。


「おいおい、俺らの他にも誰かいるんじゃねぇか?」


「死んでる人間だったら撃てばいいだけですけど、もし、生きてたらめんどくさいっすよ」


 一応、生きてる人間を見つけたら警察に突き出すように言われているが、その場合のタイムロスが痛い。

 何よりも、こんな廃墟にいるような人間などまともではないだろうし、場合によっては、無力化する為に格闘戦を余儀なくされる可能性もある。

 そうなると、坂田はともかく、杉野と神谷の二人は格闘経験がない。

 もし、何人ものDQNや浮浪者が襲いかかってきたら、怪我は避けられないだろう。

 杉野が不安な表情を浮かべていると、坂田がニカッと笑ってサムズアップしてきた。


「心配すんなよ。どんな奴がいたとしても、俺が守ってやっからよ!」


「坂田さん……」「坂田隊長……」


 さっきまでの傍若無人な坂田はいなくなり、いつもの頼れる兄貴分な坂田が帰ってくる。

 それにより、杉野にも二階へ突入する勇気が湧いてきた。


「いや、僕も戦います! 生きてようが死んでようが、やってやりますよ!」


「自分も僭越ながらお手伝いさせていただきます」


「よーし! その意気だ! やったろうぜ、てめーら!」


「「おー!!」」


 かくして、杉野達一行は二階への階段を意気揚々と登っていったのであった。

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