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Operation Soul~若者達の幽霊退治~  作者: 杉之浦翔大朗
第三章 Kids in the box
20/103

20 呪いの箱

 春が終わり、梅雨が到来し、汗ばむ日差しに嫌気がさし始めた頃、博士から招集がかかった。

 なんでも、次の作戦は八坂を抜いた男五人だけで行うらしい。

 なんとも暑苦しそうな作戦だと、杉野は始まる前からやる気をなくしてしまっていた。



 地下十階の射撃場で自主練をしながら、次の作戦の事を考えて憂鬱な気分になってると、エレベーターから坂田が出てきた。


「ありゃりゃ? 杉野さんよぉ、なんか元気ねぇみてぇだけど、大丈夫か? なんなら、今回の作戦は休んで、八坂ちゃんと二人きりで訓練でもしてた方がいいんじゃねぇか?」


 エレベーターから出てくるなり、杉野に冗談を飛ばしてくる。

 こういう時の坂田は、少しウザイ。


「休むわけないっすよ。ただでさえ、最近は訓練ばっかりでつまんない日が続いたんですから、たまには外で幽体狩りでもしないと、張り合いがないっすもん。それに、坂田さんに心配されなくても自分の体調は自分が一番分かってますから」


 いつもなら軽く冗談を返すところだが、今回の杉野は少しばかり気が立っていた。


「そうか? なら、いいけどよぉ。もし、思ってたよりキツイ仕事だったら、俺がいくらでもフォローしたるからな!」


 そういえば、坂田はこういう人間だったことを杉野は思い出した。

 本気で心配してくれたのに、少し言い過ぎてしまっただろうか。

 チラッと坂田の顔を覗き見ると、対して気にした様子もなく、こちらに屈託のない笑顔を向けている。

 その姿に、杉野は自分の器がどれほど小さいかを実感した。



「ありゃ? そういえば、俺、何しにここに降りてきたんだっけか?」


「訓練じゃないんですか? 招集かかってるんで、早くミーティングルームに行かなきゃですけど」


「そうだった! 招集かかってんだったな! いや~間違えて十階まで降りてきちまったぜ」


「あ~そういうのってありますよね。特に、十階と六階は訓練で毎日使ってるから間違えやすいし」


「そうそう! あと、自分の部屋と間違えて、女子部屋入っちゃったり」


「いや、それはないですね」


 坂田の冗談で、再び場の空気がなごんでいく。

 この感じが、杉野は何よりも好きだった。

 親友ではないが、他人でもない、心地いい距離感はかけがえのないものだ。



 坂田となごやかなお喋りを楽しんでいると、エレベーターが到着した電子音がして、扉が開く。

 すると、中から神谷が出てきた。


「あれ? 神谷も間違えたん?」


「も?ってことは、坂田さんも間違えたのでありますか?」


 神谷は影響されやすいたちのようで、少し前に戦争映画を見てからずっと兵隊のような口調で話している。

 同室の二人はすぐに慣れて、気にすることもなくなった。

 まあ、八坂なんかは未だに神谷が喋ると怪訝な顔をしたりするが……。


「いや~、不思議なこともあるもんだね~」


「ほんとでありますな~」


「っていうか、早くミーティングルームに行かないとまた大目玉食らいますよ!」

 先日、この場にいる三人で昼休みに某4Xゲームで遊んでいたところ、訓練の時間を忘れて遊びふけってしまい、エリックにゲンコツを食らったのだ。

 あともう1ターン、あともう1ターンといった感じで、辞め時を見失ってしまったのが敗因である。


「まぁ1ターン、まぁ1ターンと、今日の訓練がわやになってまった。シド・マイヤ―さんもいかんわ、おもしろすぎるもん」


 この時の、神谷が放ったご当地ジョークにはエリックもおもわず噴き出していた。

 その後、杉野達とエリックの男四人で4Xゲームを用いての特別訓練が夜通し行われたことは、杉野達だけの秘密だ。



 杉野がこの前のゲーム三昧な日々を思い起こしていると、坂田が焦ったように言った。


「やっべぇー! こんなところで油売ってる場合じゃねぇぜ。はよ、エレベーター乗らんと」


 そういえば、博士に呼ばれているのだった。

 我先にと飛び込んだ坂田に続いて、杉野と神谷の二人も急いでエレベーターに乗り込んだ。



「遅かったな。何処で油を売ってたんだ?」


 ミーティングルームに着くと、早速エリックの詰問を受けた。


「いやー、ちょいと降りる階を間違えちまって……」


 坂田が苦し紛れの言い訳を返す。


「そうか……まあいい、時間押してんだから、はよ座れ」


「へーい」「はーい」「了解であります」


 相変わらず兵隊風な口調の神谷にはツッコまずに、エリックも手近な椅子に座る。



 全員が席に着くと、奥の扉から博士が申し訳なさそうな顔をして出てきた。


「すまんの~、今回の現場の使用許可を得るのに手間取ってしまってのぅ」


 言い訳を言いながら、手を縦に振って軽く謝る。


「大丈夫だ、こいつらもさっき来たばっかりだからよ」


「そうか? なら、良いのじゃが」


 そう言うと、博士がホワイトボードに愛知県の全体像が描かれた地図を貼りだした。

 基本的にこの会社では作戦会議前の挨拶などはなく、いつの間にか始まっているのが普通である。

 なので、めんどくさいルールもなければ礼儀を気にする必要もない。

 会議中に昼飯を食うことすら自由だ。

 そこら辺を踏まえると、非常にアットホームな職場と云えるのではないだろうか。

 どうりで、新人が入ってこないわけだ。


「今回君らに行ってもらうのはここ。分宮山の麓にある廃ホテルじゃ」


 博士が、地図の分宮山の辺りに小さな赤いマグネットをくっつけた。


 少し前にエリックと過激なドライブを楽しんだ峠のちょうど反対側の麓のようだ。


「ほい」


坂田が適当な掛け声と共に手を挙げる。


「なんじゃ?」


「そのホテルって、もしかしてあの『お別れホテル』?」


 そういえば、そのようなあだ名が付けられたラブホの噂を杉野も聞いたことがあった。

 なんでも、そのラブホで休憩したカップルは高確率で喧嘩したり、どちらか一方が病気になるなどして別れてしまうらしい。

 ホテル側からしたら、根も葉もない噂で客足が遠のくという悪夢のような状況だろう。

 潰れたのも、その噂のせいなのかもしれない。

 単に、田舎すぎて客が来なかったからかもしれないが……。


「確か、操業当時はそういう呼ばれ方をしておったな」


「やっぱりな! 絶対あのホテルにはなんかいると思ってたんだよ」


「坂田さんもあのホテルに行ったことあるんすか?」


 杉野はなんとなく聞いてみた。


「もちろん、高校の頃に何度も行ったぜ。行くたんびに、喧嘩したり、いつの間にか疎遠になって自然消滅したりして別れまくったからな。まあ、幽体共の仕業ってんなら納得だ」


「ちなみに、何回くらい?」


「そりゃーもう星の数ほど行ったね。あの頃はモテまくってたから、別れてもすぐに新しい彼女が出来てな! ある程度仲良くなったら毎回、例のホテルに行ってたんよ。今考えると、ジンクスを破ろうとしてたんだろうな。ま、全敗だったが……」


 ハハハと力なく笑う坂田の瞳からは生気が失われていた。


「それで、その廃ホテルで幽体を捕まえてくるのが今回の仕事内容でありますか?」


 燃え尽きた坂田は放っておいて、神谷が兵隊風に聞いてみる。


「いや、今回のメインターゲットは幽体ではない」


「幽体じゃない? じゃあ、何を捕まえるんですか?」


 意表を突かれた神谷の口調が元に戻る。


「今回、君らに確保してもらうのは、こいつじゃ」


 言いながら、懐から写真を取り出した。

 その写真には、市松模様や花の絵が描かれた赤い木箱が写っていた。


「はえ~、綺麗な箱ですね」


 神谷が写真をまじまじと見つめる。


「そうじゃろう? ちなみに、今回のターゲットの見た目について何じゃが、これと全く同じ色でないかも知れんし、形も違うかもしれない。じゃから、これは参考程度に覚えておいてほしい」


「ちなみに、これはなんていう名前の箱なんですか?」


「あー、まだターゲットの名称を教えてなかったのぅ。これは『コトリバコ』という呪物じゃ」


「コッ! コココココココ……」


 神谷が急に鶏の真似を始めたと思ったら、椅子ごと後ろにひっくり返った。


「おいおい、大丈夫か? 頭打ってねぇか?」


 坂田がすかさず神谷の手を取り、起き上がらせる。


「すいません、大丈夫です。んなことより、今、『コトリバコ』って言いましたよね!?」


「確かに言ったとも。いやー、神谷君は相変わらずこういうことには詳しいのぉ」


「い、いや~それほどでも」


 褒められた神谷が照れて、自分の頭を軽く掻く。


「『コトリバコ』についての詳細は後で神谷君に聞いてみるといい。時間が押しておるから、いちいち説明してる時間も惜しいのじゃ」


 そう言うと、杉野達に地図を渡していく。

 地図にはここから廃ホテルまでのルートが書かれており、地上に出る出口もちゃんと指定されていた。

 杉野が使う予定の出口は、玉籠市北部の山間にある立体駐車場になっていた。

 目的地まではちょいと遠いが、例の電車用トンネルから出るよりはよっぽどマシだろう。


「では、各自準備をして、すぐに出発してくれ」


「おいおい、ちょっと待て!」


 さっさと作戦会議を終わらせようとした博士を坂田が慌てて止めた。


「なんじゃい?」


 博士が苛立った声で答える。


「八坂ちゃんは呼ばんの? もしかして、留守番?」


「前にも言ったはずなのだが、もう忘れてしまったのか? 今回の作戦は八坂君抜きでやるつもりだ。物が物だからのぅ」


「はぁ」


「さぁ、もう質問がないのなら、早く準備しなさい。今回の現場を探索できるのは今日の午後六時までじゃから、早くしないと何もできずに終わってしまうぞ」


 現在時刻は午後一時半を回ったところである。

 急かすのも当然だ。


「んじゃ、準備しますかね」


 やる気満々の坂田とは対照的に、神谷の顔は心配になるほど青くなっていた。



 銃やらなんやらの装備を急いで準備して、地下駐車場へ降り立つと、博士とエリックの二人はすでに出発した後だった。

 杉野が装備一式をカブのリアボックスに詰め込んでいると、エレベーターの扉が開き、中から坂田と神谷が出てきた。


「杉野ー! 神谷がなんか話したいみたいだから、まだ出発しないでくれー」


「わっかりましたー!」


 坂田達とはかなり距離があるので、どうしても大声を出さなければならず、出発前から少し疲れてしまった。



「それで、話って何ですか?」


 無理のない声量で話せる距離まで坂田達が近づいたところで、早速聞いてみる。


「えっと、さっき博士が言ってた『コトリバコ』について、お二人は何も知らないんですよね?」


 さっきよりかは顔色が良くなった神谷が、杉野達二人に問いかけた。


「いんや、なーんも知らんよ。聞いたこともねぇ。なあ?」


「あー、僕は名前くらいなら聞いたことあります。どういう物かは知らないですけど……」


 「コトリバコ」という名前は、何処かで聞いたことがあった。

 とはいっても、まとめサイトかなんかでチラッと名前が出てきたくらいだが……。


「んで、その『蚊取り箱』がどうしたんだよ?」


「『コトリバコ』です! オカルト界隈では有名な話なんですけど、その箱ってのがいわゆる呪いの道具なんですよ。しかも、超強力な……」 


 そこまで言うと、神谷の顔がまたもや青くなっていく。

 それに気づいたのか、坂田が懐から板ガムを一枚取り出し、神谷に渡した。


「まあまあ、これでも噛んでリラックスしろや」


「ありがとうございます」


 神谷が受け取ったガムを噛み始めると、苦虫を噛み潰したような表情になる。


「なんですかこれ? なんか渋いような苦いような変な感じの味なんですけど」


「あぁ、それ? 教官から貰った奴。なんか変な匂いがするから、どうにも食う気になれなくてね」


 神谷の持ってるガムの包装紙を見てみると、以前杉野が貰ったのとは違う言語――やはり何が書いてあるのか分からない――で色々と書かれていた。


「そんなもん、人に食わせないでくださいよ!」


「わりぃわりぃ。でも、ちったぁ落ち着いただろう?」


「んまぁ、それはそうですけど……」



 神谷がガムを噛み終わると、再びコトリバコについての説明を始める。


「『コトリバコ』っていうのが呪いの道具というのはさっき言いましたけど、何を呪う物なのか分かりますか?」


 急に質問形式になったので、聞いていた二人は深く考え込んでしまった。


「あぁ、いや、そんなに深く考えなくていいですよ。直感で答えてもらって大丈夫なんで」


「分かった! コトリって言ってるから鳥の子供だ!」


 坂田が自信満々に答える。


「方向性はあってるんですけど、種類が違いますね……」


「そうか~、方向性はあってるんだな。よしよし」


 あれだけ自信満々に答えて玉砕したわりには、そんなにへこんでないようだ。


「ヒントは『人間』です」


 坂田を応援するように、神谷がヒントを出してきた。

 ここまで分かりやすいヒントを出されれば、さすがの杉野も答えは分かる。

 しかし、ここは坂田に答えさせることにした。


「……よっしゃ! 次は絶対合っとるわ。答えは『人間の子供」だな」


「正解です!」


「やったぜ! ん? 子供? え? マジで?」


 答えが当たって喜んでいた坂田が困惑してしまっている。


「マジです。大マジです。正確には『人間の女子供』ですね」


「そんなんありかよ! んなもん、なんかの条約違反とかになるんじゃねぇの!?」


「いやいや、呪いの道具に条約とかないっすよ」


 坂田の天然ボケに、杉野が思わずツッコミを入れていた。


「まあ、元々『コトリバコ』が作られたのが明治時代の始めですから。僕らが知らないだけで、現代にそういうような条約があったとしても、無効でしょうね」


「それで、その『コトリバコ』ってのは俺らが触っても大丈夫なのか?」


 坂田が本題を切り出した。


「多分、大丈夫だと思います。元の話では、男が触っても死ぬことはなかったはずですから」


「それなら、いいけどよ~。ってか、んなヤバいもん持って帰って大丈夫なんかね? 八坂ちゃんに呪いがかかっちゃったらどうすんだよ」


 確かに、直接触れなくても何かしらの影響があるかもしれない。

 しかも、当の本人はそのことについて何も知らないのだから、余計たちが悪い。


「それは……僕にも細かいことは分からないので、後は博士に聞いてください」


 そう言うと、逃げるように自分の車に乗り込んで出発してしまった。



 坂田と二人、駐車場で頭を抱えて考え込む。


「……どうするよ。ガチでヤバいもんなら、止めた方がいいかもしれねぇぜ」


「それでも仕事ですから、やるしかないっすよ」


「ほんとにいいのか? 好きな女が死んじまうかもしれねぇんだぜ?」


「それは……えっと……」


 そう言われて、杉野は益々悩んでしまった。

 このまま、件の箱を持って帰ってしまったら、自分の意中の相手が死んでしまうかもしれない。

 そのことを考えると、心の奥がキュッとなってしまう。

 このままバックレて、作戦の失敗を願いたくなる。

 しかし、そういうわけにもいかない。

 高い給料を貰っているのだから、簡単に仕事を投げ出すわけにはいかないのだ。

 なにより、そんなことをしたら、後で何かしらのしっぺ返しが来るような気がする。

 例えば、休日返上で個別トレーニングとか……。


「それでも、やります! 行って、探し当てて、持ち帰ってからどうにかします! 必ず!」


「おーいいこと言うなぁ! そんなら、俺も最大限協力してやんよ」


「……ありがとうごじゃいます!」


 杉野は泣きそうになりながらも、なんとか感謝の言葉を言い終えた。

 すると、坂田が懐から何かを取り出し、杉野の手に握らせた。


「そんな顔じゃカッコつかねぇぞ。これでも食って落ち着け。そいじゃ、俺は先に行くからな!」


 バイクで走り去る坂田の後ろ姿に、杉野がお辞儀をして見送る

 ふと、自分の手の中を見てみると、さっき神谷が渡された物とは違う包装の板ガムが入っていた。


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