2 目指せ! 幽霊ハンター!?
エレベーターの液晶が地下五階を示すと、スッと音もなく止まった。
扉が開くと、会議室のような部屋が見えた。
部屋の中には、おそらく先に来ていた同僚二名が畏まって椅子に座っていた。
遅れてきた二人にも座るよう促すと、老人は四人の前に向き直った。
「では、全員揃ったところで簡単に自己紹介でもしてもらおうかの」
そう言われて、すぐに立ち上がったのは坂田だった。
「坂田祐樹って言います。歳は二十歳です。これからよろしくお願いします! あ、あと彼女募集中です!」
あまりにも気合の入った自己紹介に、他の三人がぽかーんとしているのに気付いた坂田は、恥ずかしそうに自分の席へ戻った。
次に動いたのは、眼鏡をかけた真面目そうな青年だった。
「神谷小太郎です。十八歳です。よろしくお願いします」
そう手短に自己紹介を済ませると、席に座った。
坂田とは違って、大人しそうだったので、杉野はなんとなく仲間意識を感じ始めていた。
少し間が開いて、この中で唯一の女の子が自己紹介を始める。
「八坂美紀です。十八です。東京から来ました。よろしくお願いします」
鈴が鳴るような奇麗な声で簡単に自己紹介を終えると、八坂はふわっと香る甘い匂いを残して、杉野の隣の席へ戻った。
少しキツそうだが綺麗な顔立ちの横顔に見惚れて呆けていた杉野は、危うく自分の番を忘れてしまうところだった。
「す、杉野透です。えーと、十八です。よ、よろしくお願いします!」
慌てて立ち上がり自己紹介を始めた杉野は、どもりながらもなんとか自分の紹介をやり終えた。
「ふむ、中々元気がある子たちじゃな。では、ワシも名を名乗るとしよう」
そう言うと、ホワイトボードに名前を書き始めた。
「ワシは安倍明。この幽体研究所玉籠支部の博士兼所長じゃ、本部の連中からはマッドドクなどと呼ばれておるが、まあ適当に博士とでも呼んでくれたまえ」
それを聞いて、新入社員一同は動揺し、互いに顔を見合わせた。
「玉籠技研じゃないんですか!?」
坂田が問うと、安倍は顎をさすりながら答えた。
「あーそれは偽名じゃよ。騙して悪いがのぉ」
杉野は、もう帰りたくてたまらない気持ちでいっぱいになった。
おそらく、それはほかの三人も同じなのだろう。
皆、今までとは違った視線を安倍に向けている。
「どういうことだ! 説明しろよ!」
「ちょ、落ち着いてくださいよ!」
坂田が安倍に食ってかかるのを、杉野が必死に制止する。
「すまんな、だが社名以外は嘘ではない。給料は額面通り出すし、その他の待遇も同じじゃ」
それを聞いて、ようやく坂田が落ち着きを取り戻した。
しかし、どう考えても社名を偽るなど普通の会社ではないだろうという不安は消えない。
「どうして社名を偽る必要があるのですか? ちゃんと説明してください!」
杉野達を代表して、神谷が説明を求める。
「なぜかって? その理由は君達が今日からやってもらう仕事の内容にあるんじゃよ」
安倍が答えると、天井から会議とかで使うようなスクリーンがゆっくりと降りてきて、それと同時に照明が落とされた。
「まずはこれを見てほしい」
スクリーンに映し出されたのは、仲の良さそうな家族写真だった。
「なんだこれ? 普通の写真じゃねぇか」
坂田が吐き捨てるように言うと、安倍がため息をつきながら、細い指示棒を取り出す。
「ここじゃ、ここをよく見てみなさい」
指示棒で指し示した箇所に注目してみると、幸せそうに笑う父親らしき男性の背後に恨めしい顔をした女の顔がぼんやりと浮かんでいるのが分かった。
「ほぉ、心霊写真ですか」
神谷が眼鏡をくいっと上げながら、興味深そうな顔で写真を見つめる。
「うむ。次はこれじゃ」
次の写真は、暗い屋根裏部屋のような場所が写っていた。
前の写真と違うのは、フラッシュが焚かれた室内に丸い何かが無数に浮かんでいることであろう。
「オーブですね。しかもかなりの数だ」
神谷が得意げに当てる横で、八坂が割とガチで引いていた。
「なかなか詳しいのう、これは優秀な人材が入ってきたもんじゃ」
安倍が神谷を手放しに褒める。
「それほどでも」
神谷がドヤ顔しながら答えると、八坂の方から「キモッ」と小さく罵声が聞こえてきた。
「よし、では次は少し刺激が強いぞ」
次の写真には人の顔もオーブも見当たらなかった。
代わりに写真全体に赤い光が写りこんでおり、中央の部分だけ光がなくなっていて、壺のようなシルエットが浮かび上がっている。
「アステカの祭壇……」
神谷がぼそっと呟く。
「おーよう知っとるのぉ」
安倍の眼鏡が、映写機の光でキラリと光った。
「これは正確には呪物と言ってのう。このレベルとなると、十人くらいは軽く殺せるパワーを持っているんじゃよ。この写真を確保するのには苦労してのう、こいつのおかげで本部の人員が八人も殉職してしまったんじゃ。ちなみに現物が今どこにあるかと言うと……」
「その辺にしときなよ、ドク」
後ろから声がしたと思うと、部屋の照明が点き、背の高い黒人が姿を現した。
「仕事の説明もまだなんだろう? あんたの与太話に付き合ってたら、新人どもに残業代を払わなくちゃーならなくなる」
「おーそうじゃった、肝心の仕事内容を話してなかったのう。 君らにはさっき見せた幽霊や呪物を確保してもらう。なーに、訓練はそこのデカ坊主が担当してくれるから安心せい」
デカ坊主とはおそらくこの筋肉モリモリな黒人のことだろう。
その証拠に、頭に巻いている星条旗のバンダナの下には髪の毛が一本も見えない。
「まったく、博士も人使いが荒いぜ」
そう言うと、黒人は新人四人を見回して、ため息をついた。
「こんなトーシロー軍団の訓練なんざやる俺の身にもなってくれよ」
「まあそういうなエリック。ここはまだ立ち上げたばかりで、猫でもトーシローでもなんでもいいから、とにかく人手がいるんじゃよ」
博士に説得され、エリックと呼ばれたその黒人が観念したようにスクリーンの前に出てくる。
「しゃーねぇなぁ……俺はエリック。エリック・スミスだ。 今日から上司兼教官としてお前らを指導する、よろしくな」
自己紹介が終わると、エリックはさっさとエレベーターに乗って、出て行ってしまった。
「よし、職員全員の顔合わせが済んだところで、仕事前の説明会はこれでお開きとしよう。……何か質問はあるかね?」
安倍が言い終わるや否や、坂田と八坂の二名が挙手した。
「ふむ、では八坂君から」
「えーと、幽霊とか訓練とかよく分からないですけど、とりあえず帰っていいですか」
「ダメじゃ」
安倍が即答した。
「ここまで来た時点で、君らをそう簡単に帰すわけにはいかん。ただ、今日のうちは簡単な訓練だけしてもらえればいい」
安倍が不敵な笑みを浮かべる。
「ちゃんと明日からも来るんじゃぞ。この研究所に入ったが最後、君らには常に監視が付くと思いなさい。逃げようとしても簡単には逃げきれぬぞ」
それを聞いた八坂は、青い顔をして席に座った。
「では次、坂田君」
呼ばれた坂田は、今にも安倍に食って掛かる勢いで立ち上がった。
「監視ってどういう事だ! それに俺はオカルト倶楽部に入った覚えはねえぞ」
坂田の質問を聞いた安倍の目から、生気が消えたような気がした。
「我々、幽体研究所は警察や公安はもちろん、自衛隊や米軍とも協力関係にある。例え逃げださずとも部外者にこの仕事のことを話そうものなら、けっして生かしてはおけないよ。君らも、秘密を知ってしまった部外者もね。あと、我々が研究しているものは列記とした科学であって、決してオカルトではない」
安倍の脅し文句にビビったのか、坂田は何も言い返さずに席に戻った。
「あ、あの」
今度は、神谷が控えめに手を挙げた。
「ん、なんじゃ」
「幽霊を確保するってどうやるんですか? というか、幽霊は実在してるんですか?」
それを聞いた安倍の目に生気が戻ってきた。
「良い質問だ。まず最初に、幽霊は実在する。これは私が提唱した理論なのだが、まず幽霊とは……あーそうそう、我々の間では幽体と称しているのだが、この幽体というのは人間の肉体が死に、その魂が抜け出て自由になった状態を云うんじゃよ。この魂というのは電磁波に近い、一種のエネルギー体なんじゃ。幽体研究所の目的は、この幽体を確保し、研究し、その研究結果から得た技術を使って、今生きている我々の文明を飛躍させることにある。つまり、君達には全人類の未来がかかっているのだよ。どうだ? やる気になってきただろう?」
興奮した安倍が、まくしたてるように説明する。
あまりの勢いに、質問した神谷でさえも引いてしまった。
「では次に、幽霊をどうやって確保するかについてだが、こいつを使ってもらう」
そう言うと、懐から銀色の杭のようなものを取り出す。
「これは対幽体捕獲磁石といってな。ソウルフェライトという特殊な鉱石で出来ていて、なんと幽体を吸収する性質を持っているんじゃ。こいつを幽体に突き刺し、吸収して捕獲するのが君らの仕事じゃ」
安倍の話を聞き終わると、吐き捨てるように坂田が野次る。
「ビームか掃除機辺りで捕まえるんじゃねぇんだな」
安倍が呆れるように笑った。
「ハハハ、そんなに簡単に捕まえられるなら苦労はせんよ」
笑い終わるのを待って、杉野が質問してみた。
「あのー訓練って具体的になにをするんですか」
「それはやってみてのお楽しみじゃ。さあそろそろ訓練に行かないと、エリックの奴が首を長くして待っておるぞ」
新人四人組は一抹の不安を抱えながら、安倍に連れられてエレベーターに乗り込んだ。